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第十一話  議

またも井上姉弟(フタバ&まどか)が空気。

あれ、主人公って誰だっけ?



 入団試験が終わった日の夜だった。


「無駄に疲れたわねフタバくん……。結局一日中、試験を覗き見してたし…」


 自室に戻り、真っ先にベッドへダイブしたまどかが枕に顔を埋めながら言う。その声には明らかに疲労が混じっていた。

 フタバもソファに身を沈める。


「姉ちゃん見た? 途中で入ってきた変な男の人。陽炎さんに何か変なことしてた人いたよね」


 まどかが視線だけを弟に移し、答えた。


「あのお化けみたいに気味悪い人ね。何も喋らないし、目の下の隈怖いし。まあ、当たり前に試験は不合格かしら。だって陽炎さん、大変な事になってたものねー」

「……。」


 フタバは不安を感じていた。

 あの気色悪い男――早乙女と呼ばれていた、あの男と、また一度会い見えることがある予感がするのだ。嫌な予感だ。早乙女のあの虚ろな灰色の濁った瞳がまだ、フタバの脳裏から離れない。


 不思議な、魔法のようなものを使い、陽炎を襲った男。

 危険な男なことぐらい、幼いフタバにも分かる。


(もしこの教団の中にも、ああいう人が他にもいたら……。でも本当にいるかもしれない――。桜月さん、言ってたもんな。この教団は正義の味方じゃないって……)


――入団試験なんて覗き見しなければ良かった。

 そうため息を吐いたフタバは、ベッドのまどかの隣にもぐりこんだ。時刻は夜九時を回ったところだった。



  <第十一話:(はかり)



「――じゃあここまでの合格者はこの二十九人って事で」


 佐々波の抑揚のない声が会議室に渡った。

 入団試験も終わり、休む間もなく(はなだ)、佐々波、桜月、陽炎の四人の試験官は会議室にて合否の会議を行っている。

 本来ならば大人数が会議する円卓会議のための楕円形のテーブルに、四人で席を占めていた。


「んで、残る一名の枠……問題は“早乙女 (えん)”。奴を合格にするかどーか。」


 佐々波の本題の提示に、すかさず桜月が言った。


「私は反対です。彼は、陽炎さんを殺そうとしたんですよ。しかも彼、不思議な札から出した黒い煙を操ってました。――あれは……魔術です」


 “魔術”という単語が、会議室内に沈黙をもたらした。

 桜月以外の三人は(せわ)しなく視線をさ迷わせている。桜月が続けた。


「この白の国では魔術は禁止されています。そんな術を使う早乙女さんを王室護衛団の教団に入団させていいわけありません」


 普段の穏健さを微塵も感じさせず、厳しく言う桜月に佐々波も同意を示した。


「んー……俺もそー思うけどー。つーかなんかアイツ問題起こしそうだし。俺の仕事増えそうだよねー」

「佐々波さん……っ、そういう問題じゃないですよ!」

「は、はいはい」


 めったに怒らない人物が怒ると怖い。特に桜月はその類に値するのだ。佐々波は大人しく軽い口を閉じ、すぐに話題を戻した。


「陽炎さんは? もちろん早乙女の入団は反対でしょ? 実際殺されそうになったのは陽炎さんだし」


 桜月の隣に座る陽炎は、能面のような無表情を崩さず答える。


「わたしは――……その、卓之介様が言うことならなんでも……」

「あ、そうっすか……。」


 それ以上意見を仰ぐことはせず、佐々波は苦笑を隠しながら縹に視線を移した。


「団長はどー思います?」


 いつもなら自分の意見を真っ先に告げ、さっさと会議を終わらせる縹だったが、今回は険しい顔でじっと椅子に座っているだけだ。

 佐々波に意見の場を与えられると、眉間の皺を一層増やし、端的にこう告げた。


「早乙女 炎、あいつは入団させる」


 はっ? と三人の小さな声が重なった。

 気にすることなく縹は、いつもの高慢な態度のまま続ける。


「これからは『黒の国』とのぶつかり合いが激しくなる。戦争になるかもしれねえ。魔術を心得ている団員がいると戦闘要員になるだろ」


 真っ先に反対意見を唱えたのは桜月だったが、


「でも縹さん、魔術を取得している彼の入団によって教団の規律が乱れる場合も――」

「決定事項だ。団長の俺が言うんだ。反論は認めても反対は認めねえ」


 縹にすぐ言葉を遮られてしまう。桜月は口を噤んだ。

 なんとも自分勝手な決定だが、結局三人はそれ以上縹に何も言えないでいた。

 三人の沈黙を認めると、縹は大きな音を立てて椅子から立ち上がる。白い団服を翻すとテーブルから離れた。


「いいか佐々波君。奴は合格だ。書類を送っとけ。間違っても不合格手続きなんてするんじゃねーぞ」


 呆然と縹の背を見送る三人を横目に、ずかずかと会議室から退室していく縹だった。



  < 2 >



 すっかり夜は更け、時刻は真夜中だった。

 縹の勝手な決定により強制的に会議を終了させたあと、佐々波たち三人はすぐに会議室を辞した。

 会議室は本部の一階にある。窓を多めに設置してある廊下を三人は歩いていた。窓からは珍しく雪の姿は見えず、月の光が差している。神秘的な夜だった。


「はあ〜。相変わらず団長の横暴さには疲れるぜ。会議の意味があるんだか」


 もはや癖ともいえるため息を吐き、佐々波がそう(こぼ)す。

 隣を歩く桜月も疲労を隠せないようで、沈んだ声で答えた。


「まあ、縹さんも馬鹿ではないですから。一応、先のことも考えて早乙女さんを合格にしたんですよ。……黒の国との衝突が近いのは、事実ですし」


 佐々波と陽炎は頷いた。黒の国――その国と戦場で会いまみえる日が近いのは、師団長の彼らは痛いほど分かっている。だから縹の決定にも同意したい気持ちは少なからずあるのだ。


 何にしても、早乙女の入団後の言動には気を配るべきだ。


 そう気持ちを落ち着けると、三人は本部の上階にある自室を目指し階段を上っていった。

 陽炎は途中、窓から見える白いほどの月を仰ぎ、薔薇のように色づく唇からかすかな息を吐いた。


(卓之介様……わたしは貴方様のお考えになら……どこまででも従います――)


 白い着物が月光に照らされ光っているようだった。

 雪空ばかり広がるこの白の国にいる間、あとどのくらい、月の見えるほど晴れ渡る夜空を眺めることが出来るだろう――。


 陽炎はそう考えると、なぜか胸がひどく締め付けられるような気がした。



<第十一話 「(はかり)」・終>







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