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第九話  幽・1



 フタバとまどかのもとに桜月(さつき)と佐々(さざなみ)がやって来たのは数分後のことだった。

 二人は連れ立って歩き、フタバ達の座るベンチへと近づいてきた。


「こんにちわ。フタバ君、まどかさん。今朝は国王様と縹さんのところ、両方へ行ってきてお疲れでしょう。大丈夫ですか?」


 桜月が柔らかく言う。フタバとまどかは揃って頷いた。

 つづいて佐々波が口を開いた。


「さっき大変だったんだぜ? 姉ちゃんのほうが、よりによって団長と陽炎さんの会話を盗み聞きしちゃってさー」

「むっ、盗み聞きとは失礼な!」

「本当のことでしょー?」


 反論できず口を噤むまどかを、フタバは少し驚いて見る。口でまどかに勝てる佐々波に感心していたのだ。


「お二人はこれからお仕事ですか?」


 まどかが聞いた。

 すると佐々波と桜月は顔を一度顔を見合わせると、またすぐにまどかの方に振り向いた。


「まーね。これから我らが『白の教団』の“入団試験”なんだ。俺と桜月は幹部だから、試験官の仕事があんの」

「……入団試験?」



  <第九話:(かすか)・1>



 早急に佐々波と桜月は去って行った。中庭を横切り、本部の影に消えていく。


「入団試験だって! 聞いたフタバくん!」


 なにやら瞳を輝かせているまどかをフタバは不思議そうに凝視した。


「なんでそんなに嬉しそうなの姉ちゃん……」

「私たち、昨日からつまらない事ばかりだったでしょ! こんな楽しそうな事ないわよ!」

「へ……?」


 姉が“楽しい事”というのは、たいてい危ないことだ――ということをフタバは痛いほど知っている。額を嫌な汗が伝った。


「なに企んでるの、姉ちゃん……」


 小学生に何を企んでるのか、などと聞かれてもまどかは気にしない。


「ふふっ、入団試験を覗きに行くのよ!」


 やっぱり。

 フタバは頭を抱えたくなった。しかし所詮は自分の姉。逆らえるはずもないのだ。


「覗きに行くって……いつ? 試験って、一日ずっとやってるんでしょ」


 まどかはフフンと鼻を鳴らした。


「これだからフタバくんは嫌なのよ……今から行くわよ!」


 やっぱり。




  < 2 >


 二人は佐々波と桜月の後を追って、本部の裏側に来ていた。そこにも小規模な庭が広がっていた。本部に隣接している寄宿舎の建物も見える。そして少し離れたところに、ドーム型の大きな建物がそびえていた。


「あの建物で試験をするのね」


 庭に整然と美しく植えられている木の陰に隠れているまどかが言った。


 ドームの前には大勢の人が集まっている。百人はいるだろうか。――すると、その様子を見ていたフタバがあっと声を荒げた。


「ね、姉ちゃん! あの人たち、みんな着物きてるよ!」

「ええ?」


 目を凝らして見ると、確かにドームの前に集まっている男達はみんな着物を纏っているようだった。着流しだろうか――浴衣だろうか――フタバ達のところからは判断できないが、たしかに着物を着ているのだ。


「やっぱり私の言った通りじゃない! この国は和風の文化があるんだわ。国民は着物を日常的に着てるのよ。やっぱり、私たちのいた世界と繋がりがあるんだわ」


 どこかしら嬉しそうなまどかは、興奮を抑えられない、といったふうに笑顔を浮かべている。そして木の陰から見つめるだけでは物足りなくなったのか、彼女は突然、フタバの手をとりドームの方へ歩き出したのだ。


「ね、姉ちゃん? どこ行くの? まさか――」


 嫌な予感をとめられないフタバが聞いた。


「もちろん、近くに行って覗くのよ。あのドームの中で試験をするんでしょ? 試験の様子を見ようじゃない!」

「ええええっ。もしバレたらあの怖い団長さんに殺されるよー!?」


 まどかは振り向いてニヤリと笑った。


「ふふん、まどかお姉さんをナメないでくれる? 縹卓之介なんて私がぎゃふんと言わせちゃうわよ」


 自信満々に言い放つまどかに、フタバは反対を唱えることが出来なかった。



  < 3 >


 数分後、二人はドームの裏側に回ってきていた。うまい具合に、試験をうける受験者たちには姿を見つかることは無かった。

 ドームの裏は整備させていないようで、雑草が好き放題に根を張っている。フタバの身長だと、雑草が太ももまで伸びていた。


「こんなとこから覗き見するの、姉ちゃん……」


 まどかはどこからか空き箱を持ってきていた。それを壁にある小窓の真下に設置する。作業をしながら言った。


「ここなら誰も来ないでしょ。草ボーボーなのも、人が来ない証拠よ」

「うう〜……足がかぶれそう……」


 嫌悪感を抱くフタバとは反対に、まどかは雑草の中を歩くのにも抵抗を示さない。女性だというのにだ。まどかのシフォンスカートは雑草の葉で汚れている。ストッキングは今朝のうちに脱いでいるらしかった。


「フタバくん、ここに(のぼ)って」


 まどかが小窓の下に設置した空き箱を指した。

 雑草に埋もれるように置かれている空き箱のうえにフタバが乗れば、ちょうど小窓からドーム内の様子を伺えるのだ。


 言われるまま箱のうえに上ると、すこし不安定だがなんとか足場にはなる。まどかはその隣に並び、背伸びして窓を覗いていた。


「見て。桜月さんたちよ。準備してるわ」


 声をひそめてまどかは言った。


「忌々しい縹卓之介もいるわね。佐々波さんも。――あの白い着物の人は陽炎さんだわ」


 二人が覗く窓からは、ちょうど縹たちの背が見える。ドームはかなりの広さで、中心にいる彼らの細かい動作はフタバとまどかには見えなかった。話し声も少ししか聞き取れない。


 なにか面白いことが起こらないか――そんな単純な好奇心から、姉弟は中の様子を食い入るように観察するのだった。



  < 4 >



「団長〜、何時に終わるんすかあ? 入団試験」


 モップを片手に持ちながら佐々波が文句を漏らす。彼はドーム内の清掃中だ。このドームは団員たちの鍛錬場なのである。


 ドームの中には、四人の試験官が集まっていた。

 団長の縹。他は、第一師団長の佐々波に、第二師団長の桜月、第三師団長の陽炎(かげろう)である。


「いいから君は掃除を終わらせろ!」

「はあ……なんでいつも俺ばっかり…」


 縹のぴしゃりとした声が飛んで、佐々波は掃除の手を再開し始める。隣で桜月が笑っていた。


「今日は五年ぶりの入団試験だ」


 縹が言った。


「いいかお前ら。間違っても変な奴を入団させないように、受験者の細部まで目を配れ。入団者の予定は三十人だ。今日はその五倍もの受験者が集まってる」

「三十人も新しく入団させるんですか?」


 佐々波の掃除を手伝っていた桜月が聞くと、縹は静かに頷いた。


「最近、脱退者が多いからな」

「あー、ソレみんな団長が怖いんすよー。国家護衛職なのに給料低いしねー」


 へへ、と笑った佐々波を一喝すると、縹はどかりと椅子に腰を下ろした。試験官の縹たち用に用意した椅子だ。鍛錬場の真ん中に四脚の椅子というのは奇妙な光景だ。


「卓之介さま、時間です」


 今まで黙って佇んでいた陽炎(かげろう)が静かに言った。


「よし、佐々波くん。一人目を呼べ」

「はいはーい」


 掃除用具を適当に放り出すと、佐々波が鍛錬場の扉を開けた。重い音をたてて開く扉。その向こうには雪景色が広がっていて、受験者たちがひしめいている。

 佐々波が受験者を一人、呼ぶ。入団試験が始まった。

 フタバとまどかは依然とその様子を見ているのだった。



<第九話 「(かすか)・1」 終>












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