小さな冒険の終わり
相変わらずの奇妙な鳥のさえずりで目を覚ました。まだ日が昇っておらず、薄暗い。下に降り、なんとなく決めた目的地である小さな谷へ向かった。大木の平原から、再度森へ入ると真っ暗であった。しかし、前世の遺伝子改良実験で梟の遺伝子を組み込まれた私にはこの程度の暗さはどうってことはない。少し進むと、周りに獣の気配を感じた。むやみな殺生を避けたかったので、囲まれる前に突破した。
目の前に光が見えてきた。森を抜け、少し歩くと小さな谷にたどり着いた。ここが今回の冒険の目的地であるユーヘン谷である。この谷は浅く、穏やかな傾斜になっており、前回の小川より倍程度大きい川が流れている。また、川に沿って作られた道は馬車が並列になっても通れるほど広く、町を行き来するための商業馬車がたまに通るくらいだ。
谷に降りず、この道に沿って歩いていくと、何やら争う声が聞こえてきた。私は急いで声のする場所へ向かった。その場所が近づくにつれ金属を打ち付け合う高い音が響いてきた。そこへ着き、木の陰から谷底へ目をやる。すると、格式の高そうな馬車が何者かに襲われているのが見えた。盗賊が十六人に対し、騎士は五人と人数は劣勢ではあったものの技術的には護衛の騎士の方が優勢であると判断したため、私は静観した。しかし、劣勢になった盗賊が後ろに下がり叫んだ。
「先生お願いします!!」
この一言に対して “悪役のお決まりのパターンかい” と突っ込みそうになったが必死でこらえた。仮面をつけ刀を左の腰に差した短髪野郎が姿を現した。
流石は先生、騎士たちをバッタバッタと切り倒していき形勢は逆転した。最後の一人の騎士が馬車のドアの前に立った。
「ここは開けさせん。」
遠目から見ている私には、騎士たちの剣の技術はそれほど低くはないが、正確さ, 速さ, 威力, etc…については盗賊たちとは何ら変わりはなかった。最後の騎士も例外ではなく、他の騎士よりかは、いくぶんかましという程度で“先生”には勝つことができないことは明白であった。しびれを切らした私は、ホーンボアを狩ったときと同じようにナイフを構え、十八番とも呼べる加速で騎士と先生の間に着弾した。
私が先生を睨みつけた目と仮面の後ろにある目が合った。先生が一歩後ろに引いた。私は低姿勢のまま、瞬き一つしなかった。
盗賊の一人が不思議がり、先生に声をかけた。
「どうしたんです、先生。あの子供ごとやっちゃってください。」
無知な盗賊Aに対して先生は居合の型を取り、真剣な声でこれに応えた。
「あの赤い目と恐ろしく白い肌は吸血鬼だ。子供の姿をしているが、実年齢はその百倍はあると考えてよい。油断はできない。」
一応断っておくが、私は断じて吸血鬼ではない。ちょっとばかし特殊な梟の遺伝子が組み込まれた普通の人間だ。まぁ、警戒されるに越したことはない。谷の上で観察して感じたことだが、この先生とやらは恐らく父よりも弱い。父よりも魔力が多かったとしても私には魔力が無いため魔力を感知することができない。また余談ではあるが、相手が魔力探知を使ったとしても魔力のない私を感知することはできない。
私と先生はお互いの隙を伺いどちらとも動かない。先に動いたのは私であった。鬼の踏み込みで瞬時に先生の前まで詰めた。鞘に収められた刀が抜かれる前に、地面すれすれまで身をかがめながら二回目の踏み込みでさらに加速した。先生の股を頭から抜け、止まるために両手を地面につき、その勢いを乗せたまま両足で背中を蹴り飛ばした。
先生は勢いよく吹き飛び、川の中に落ちた。その状況に盗賊たちは狼狽え、逃げ出した。彼らをみすみす逃がすほど私は甘くはない。再度加速し一番先頭を走っている奴の頸動脈を切り裂きながら、盗賊集団の目の前に躍り出た。私はナイフを地面に捨てた。そして、足を揃え、両手を軽く広げながら凄んでみる。盗賊たちはこの恐怖に打ち勝つために、叫びながら私に突進してきた。これに対して私は貫手だけで彼らの急所のみを的確に射抜き、確実に息の根を止めていった。
軽い運動を終え、馬車へゆっくりと向かった。騎士は剣を握りしめブレードの先を私に向けた。私は好奇心から尋ねてみた。
「中にだれがいるのか見せてくれないか。」
「助けてくれたことには感謝するが、それはできない。」
私は騎士の前で腕を組み、あごに手を当てながら考えを捻る。馬車へ向かって大声を出した。
「命の恩人へ顔くらい見せてくれたらどうだ。」
すると馬車の中から、女の声が聞こえた。
「わかりました。今から出ます。」
乾いた音を立てながら馬車の扉が開き、中からは母親と幼い娘が出てきた。母の後ろに隠れている娘の方は、私より少し歳が上くらいであった。彼女らは、吸血鬼に似た五歳児が返り血を全身に浴びているという異様な光景に目を大きく見開いた。
「あっ貴方がすべて倒してしまわれたのかしら。」
「いえ、五人程度は騎士さんたちが倒しました。私が殺したのは残りの十人だけです。では私はこれで失礼します。」
森へ戻ろうとすると、母親の方に声をかけられた。
「お名前は何とおっしゃるのです?」
「リリア・フローリア」
私は名前だけ残し、すぐに森の中へ消えた。岩陰に隠した革袋と燻製肉を担ぎ、来た道を戻った。
そろそろ帰ろうと森を出ると、父が看板の前に立っていた。燻製肉を担ぎ、かなり返り血を浴びた姿を見ても父は動揺せず、私の頭に軽く手を乗せた。
「まぁ、お前なら死んでいる心配はしてなかった。だが、母さんは違うぞ。ものすごく心配していたから、家に帰ったらまず謝りなさい。」
これに対し、私は無言でうなずいた。
家につき、扉を開けると激烈な姿の娘が現れたのだ。母はものすごい速さで私の下に来て、思いっきり私の頬をぶった。その後、すごい力で抱きしめられた。それから二時間ほど説教を受けた。これには本当に、反省した。
この日は、乾いた血が付いた服を洗濯かごに入れ、母と一緒に風呂に入った。晩御飯は私が持って帰ったボーンボアの燻製肉をメインにした。私の部屋で、この二日間に何があったかを詳細に話た後、母と一緒のベッドで眠りについた。