イレギュラー
入り口から飛び出した私は,ゴーレムに向かって前蹴りを入れた.しかし,びくともせず,膝に来るダメージを抜くために私はわざと後ろに跳びんだ.そして,再度勢いをつけて腰を入れた掌底打ちをするも私の攻撃が効いているそぶりを一切見せない.流石は岩の塊だ.硬すぎて脛や拳を使いたいとは思わない.この二回の攻撃で,このままこのフロアで戦ってもじり貧になることを悟った.ならば他の戦い方を考えなければならない.
動きの遅いゴーレムの攻撃を避けながら,私は冷静になって思考を巡らせた.あいにくゴーレムの弱点であるコアは固い岩の外皮に覆われており,私の攻撃では剥き出しにできそうもない.そこで考え方を変えた.ゴーレムとしてではなく,フロアボスとして見ることにしたのだ.頭の中では,フロアボスは自分が守るフロアを出ることはほとんどないとされているという文章が反芻されている,この文章のほとんどという部分が重要だ.ならばごく少数ではあるが例外があるはずだ.例えば,激怒させるとか...私はフロアボスの目の前に立ち,わざと放尿した.それを見たゴーレムは一瞬の間はあったが激怒し,両手で思いっきり地面を叩いて怒りを表現した.怒るかどうかは賭けだったが,人為的に作られたであろうゴーレムには有効であった.私はそれをあざ笑うかのように入り口まで戻り,フロアボスをヤスデの巣まで誘導することにした.途中,光の間を通過した際にゴーレムを見たペンギンもどき達は全くの無反応だった.
私の作戦通り,フロアボスはヤスデの巣に入るとすぐにクソで足を滑らせて下層まで一気に滑り落ちていってしまった.その後,大きな音と振動がこちらまで地面を伝わってきた.私は滑らないようにゆっくりと音のした場所へと向かった.ゴーレムにはヒビが入り,立ち上がっては滑るの繰り返しだ.それに再度激怒したゴーレムは両手で地面を叩いた.すると積み重なったヤスデのクソのせいで地盤が緩んでいたのか,地面が崩落してしまった.予想よりも崩落の規模が大きく逃れることができなかった私も落下してしまった.私は空中で体勢を整え,怪我をすることなく崩落先へと着地した.
崩落した土砂が後ろの道を塞ぎ,ここを進んで行けと言わんばかりに,道は目の前の通路のみになっていた.抜けた天井を見る.崩落した岩を登っていけば,戻ることはできそうだ.私はこの空間に違和感を覚えている.明らかに,先程の空間とは異なる雰囲気を醸し出していることに加えて,血なまぐさい臭いが洞窟を吹き抜ける風が運んできている.私は,ゴーレムが落ちたであろう場所へと進んだ.瓦礫に埋もれたゴーレムを見つけたが,動かなかった.そのことを確認すると私の注意は,この血の匂いへと向いた.私はさらに前へと進んだ.すると,この匂いの正体が現れた.目の前には魔物の死骸はなく,血だまりのみという不自然な光景があった.これ以上は安易に近づけない,私の本能がそう告げている.全方位に最大限警戒しつつ様子を窺った.
その血だまりが泡を吹き,何か異形なものが吐き出された.それは蠢き,被っていた膜を破り始めて身体が直接空気に触れた.それは2本の腕で土を掻きながらゆっくりと地面を這い始めた.タイミングが悪く,私の後ろで瓦礫が弾き飛ばされた音がした.どうやら,ゴーレムの意識が戻ったらしい.そいつは,再度地面を叩いたであろう振動が地面を伝わってきた.恐らく異形なものに気づいておらず,大きな音で自分の存在を知らせてしまっている.それは,その大きすぎる振動を捉えてしまっていた.
その異形なものは,素早く振動のする方へ向かいゴーレムが抵抗する暇も与えぬほどの速さで絡みつき始めた.その締め付けを解こうと,ゴーレムも必至に抵抗しているが,それがより締め付けを強くするとゴーレムがあっけなく砕け散ってしまった.私が弱らせたとはいえ,D級相当のゴーレムを余裕で倒したのだ.今の私では勝てるはずがない.私は息を殺す.染み出した地下水のしずくが滴る音のみがこの空間に広がる.私の中で,本能と理性とが葛藤している.私の本能が動いてはならないと言う.一方で,私の理性は今すぐに逃げろと言う.私は本能を信じ,微動だにしなかった.それはゆっくりと滑らかに私を横切った.しかし,私の額から冷や汗が水滴になり流れ落ちる.その汗の雫は地面に吸い寄せられるかのように落下した.
その瞬間,その生命体の動きが止まり,私の方へと近づいてくる.動きはゆっくりとしており,そのことはまだ私の存在が確証になっていない証拠だった.異形なものは目の無い顔を私に近づけた.そして,相手は私の存在を認知してしまったらしい.すぐに絡みつこうとされたが,私は俊敏に動きその場を離れ,絡みつきを回避した.スピードなら私も負けてはいないらしい.始めたくはない戦いが始まってしまった.後悔が先に行くが,生きのこるために戦わなければならない.どれだけ祈ってもアドラーは助けには来ない.私にはどんな方法を使ってでも目の前の怪物に勝つしか選択肢はないのだ.




