天然と突っ込み
私はあきらめない、魔力が無いだけで。この世界には魔法と肩を並べる醍醐味がある。そう “剣” だ。
誕生日の翌日に父に剣の稽古をつけてもらうようにねだった。娘からのそのような要望に、元国境警備隊の騎士であった父は大いに喜んだ。一方の母はというと、複雑な表情を浮かべていた。
剣術の稽古が始まってから、父は畑仕事を早めに切り上げるようになり、父と話す機会も増えた。稽古の合間に、父は兄との跡継ぎ抗争に嫌気がさし、フローリア家が管理する領地の隅に逃げてきたことやフローリア家が貴族から領地の管理を任されている中間管理職的な立ち位置であることなど様々なことを教えてもらった。私は父との会話の中で、自身のフルネームがリリア・フローリアであることが判明した。
父親と仲睦まじくすると母親との亀裂が入る。私が母に話しかけると冷たくあしらわれる。こうなった時の殺し文句はこうだ。
「お母さま、リリアのことがお嫌いになったのですか? 私はお母さまのことを愛していますよ。」
このように子供らしからぬ弁舌で、子猫のような瞳で見つめると母も落ちる。こうやって両親との均衡を図りながら日々の生活を送っている。
剣術の型やそれに伴って体幹トレーニングを一か月程度行ったところで、初めて父との手合わせを行うことになった。
家の前の広い庭で両者が構えた。最初に動いたのは父の方だった。わかりやすいように縦に振られた剣を私は剣先だけで軽く受け流した。父の剣は左にそれ、空いた首元の天突に剣を押し込んだ。しかし、剣のガード部分であっさりとはじかれ、残った私の身体に、反射的に動いた父の膝が食い込んだ。ピンポイントで鳩尾を射抜かれた私は三十秒ほど呼吸ができず地面に四つん這いになった。このとき私は思った“このクソおやじ、手加減しろや”と。
どこかで私のリミッターが外れる音がした。腹ばいのまま、自身の瞳孔が開いていくのを感じ、食いしばった白い歯が剥き出しになった。私は剣を持たず、そのまま低姿勢で踏み込んだ。踏み込まれた地面は抉れ、断片が周りに飛び散った。仕返しと言わんばかりの私の正拳が父の腹に打ち込まれた。
これを父は無表情で受け止めきった。それでは終わらず、父は私に
「いきなり魔物のような戦い方をするから驚かされたよ。腕は大丈夫かいリリア。」
といった。
私は、この時ひどく憤慨した。その理由は、渾身の一撃を完全に受けきられたことでも相手に労わられたことでもなく、ごく単純な“心配するなら腕じゃなくて、まず腹やろがい”ということであった。
この手合わせの後で、私は自分で立つこともできないくらいの疲労感に襲われた。そのため、父が部屋まで担いでくれた。この苦い経験と共にこの日は終わった。