反射体
目の前にいるのは巨大なヤスデにも似た甲虫だ.成人男性程度の大きさはある.このサイズなら目の前の1匹くらいは対処できそうではある.しかし,こういう類のモンスターは群れでいる可能性が高いのでむやみに刺激したくはない.そのため私は息を殺し,向こうが去ってくれるのをじっと待った.ところが,5分くらい経っても巨大ヤスデは一向に離れていく気配はない.なぜだろうかと,目の前に警戒しながら考えてみる.最初はこのモンスターは暗がりに住んでいるため目が退化しており,ほとんど目などは見えていないと思っていた.しかし,それは私の思い込みであり,奴には私の姿がぼんやりと見えているらしかった.それがなぜわかったかというと,試しに左腕を少し動かすと僅かにそれを追う動作をしたからだ.ここで私は,ふと自分の姿を思い出した.そう,全身が白いということを.数ヵ月持つはずのウィシュシュの実の効果は,魔女特性の石けんの効果によって僅か数日で抜けてしまったのだ.したがって今の私には,白い髪と恐ろしく白い肌が戻っている.即ち,私は光をよく反射する生命体なのだ.私がどれほど良い反射体なのかは目の前の奴に訊いてみるとよくわかる.
音を立てることもなく追加で数十分程度動かなかったためヤスデに似たモンスターも,私の目の前から去っていった.奴を追いかけるようにフロアの少し先へゆっくりと入っていくと,やはりヤスデ系モンスターがうじゃうじゃとフロア一面に張り付いている姿が目に入ってきた.一匹と遭遇したときに戦闘ではなく見を選択して良かったと心から思った.しかし,現状,これ以上進むためには,このモンスター達を倒さなければならない.ここで選択に迫られる.これらのモンスターを容易に倒すには一番最初のフロアに置いてきた武器が必要となる.けれども取りに戻るとなると再度ここへ来る面倒くささがある.これらを天秤にかけている最中に,その群れの中の一匹が,壁に向かって排泄している姿を目にしてしまった.唖然とした私は,ゆっくりと再度壁に付着している黒色の物体に目をやる.そう.この黒い粘着物の正体は,こいつの糞だったのだ.流石の私も嫌悪感で寒気がしてきた.
ひとまずこの場から離れたくなったので,ゆっくりと後退しフロアを出ようとした.しかし,人間はこういう時に限ってポカをしてしまう.私は,やつらのクソで滑って大きく音を立ててしまったのだ.これはやってしまった.音を聞きつけた巨大ヤスデの群れが続々とこちらに向かってくる.私は明るいフロアへ戻るために全力で走る.奴らは予想以上に早いが何とか逃げ切れそうだ.足を前へ前へと出し,奴らのクソを巻き上げながら進んでいく.
緩い上り坂にこけそうになりながらも,前のフロアのやさしい光が見えてきた.もう少しだ.呼吸を荒げ,光の射すフロアへと飛び込んだ.激しい息遣いのまま仰向けに地面に倒れこんでしまった.走りづらい道を長く走ってきた.もう動けない.上体を軽く起こし,穴の方を見る.どうやら,このフロアまでは,奴らも追ってきてはいないようだった.よく見てみると入り口の方で,巨大ヤスデたちはモゾモゾと闇に隠れている.
うつ伏せになり,目指す湖の方を眺めた.ペンギンもどき達がこちらに向かって睨みを効かせていることがわかった.彼らのおかげでヤスデたちもこのフロアへは入ってこられないのだろう.安心しきったとき,入り口にいる一匹がこちらに素早く這い寄ってきた.立ち上がり,重い足を振り上げながら岸を目指し走った.今回は私よりもヤスデの方が早い.まずい,追いつかれる.そう思ったとき,ペンギンもどきの中から一匹がこちらに猛スピードで向かってきた.彼は私とすれ違い,飛びかかってきた巨大ヤスデを一瞬にして両断してしまった.その後も彼はこちらへ戻ってくるのではなく,入り口の方を睨みつけている.私はその一連の出来事に驚きを隠せなかったが,やっとのことで岸へとたどり着いた.そして私は倒れるように再び仰向けになり,安堵した.穴の方を見ると私を助けてくれた一匹がこちらへとテクテクとありてきた.私は感謝の言葉を口にした.
『ありがとう.』
(頷く.)
呼吸が整ってきたので,体を起こし,ついた汚れをまずは落としたい一心で湖へと入水した.あのヤスデたちがいたフロアへは正直,戻りたくはない.他のルートを探そう.そう思いながら体を洗っていくと,酷い疲れと空腹が襲ってきた.何か口に入れたいがこのヒカリゴケのフロアには装備を一切持ってきていないので当然食料はない.湖から上がり,今から漁を行う気力もない私はペンギンもどき達へ空腹である趣旨を伝えた.天井の優しい光を眺める.今はそれしかできそうにない.お腹が減っていることは彼らにうまく伝わっているだろうか.もし,誤って伝わっていたとしても今日はいったん寝て明日に最初のフロアへ戻ろう.そう考えていると,瞼が重くなり自然と目が閉じてしまった.




