好奇心
岸に腰掛け,一息ついたところで,自然と天井を見つめていた.明るさは非常灯ほどのか弱いものであるが,真っ暗な地中ダンジョン内では十分すぎる光量である.しかし,なぜ光っているのだろうか.ふと疑問に思ってしまった.
よく見ると天井だけでなく周囲の壁も,天井ほどではないが僅かながら光っている.重い腰を上げ,近くの壁へと向かう.そして壁をじっくりと観察すると,なにかが着いておりそれが弱い光を放っていた.近くに落ちていた枝を拾い上げ,壁を擦る.明らかに感触が柔らかく,そしてその部分では,光を発することはなくなった.恐らくだが,壁を形成している鉱物が発光しているわけではなく,表面に生えた苔が光を出しているらしかった.その光源へ掌を近付けてみる.光が弱いせいもあるかもしれないが,熱はとくには感じない冷光のようだった.光る苔の不思議に触れていると,大きく水面を叩く音が聞こえたため,視線を地底湖の方へと向けた.黒く長い何かが水中へ戻っていくことは確認できた.私は自然と口を開けてしまった.
私は急いでペンギンもどきの元へ向かった.
『あれは何なんだ?』
動揺しつつも水面を指差しながら問いかけた.
「クァカカ」
私は自分の愚かさに頭を抱えた.先ほどまでは,コミュニケーションができていたこともあり,すっかり忘れてはいたが,彼らは言語はわかるといっても,しゃべれないのだ.
彼らは繰り返す.
「クァカカ」
このとき,もしやと思い私がその単語を言ってみた.
『さ・か・な?』
(一同が頷く.)
『あれが魚なわけあるかい!』
私は手に持っていた枝を地面に叩きつけながら,叫んだ.
この出来事は,私の部隊に北部出身の部下がいたときのことを彷彿とさせる.休日に彼の家に招かれ,彼が隊員全員に茶を振る舞ってくれた.私が最初にその茶へ口を付け,瞬時に吹き出してしまった.初めは,理解が追いつかなかった.茶の見た目と香りがしているにも関わらず,劇的に甘い.それも一口を口に含んだ時にメープルシロップを連想させるほどに.他の隊員たちは私を見て,むせたのかと勘違いし,笑いながら彼らも茶を啜った.すると茶を飲んだ全員が吹き出してしまったのだ. 彼は,
「そんなにまずかったか?」
と問いながら茶を飲む.その行動に全員が注視する.しかし,我々の予想と反し彼はこう言った.
「うん,普通にうまい.」
このとき,おぼろげな記憶がよみがえってくる.たしか,北部は非常に寒く体温の維持のためにエネルギーを大量に摂取する必要があり,このような劇的に甘く,そして熱い茶を飲む習慣があったはずだが...まぁ.少し違うかもしれないが今回も思い込みによる認識の違いということだ.
彼らとの会話はそこそこに,私はフロアの奥へと進んだ.通路口が3つある.顎に手を当て考える.さて,どのルートへ進むべきか.右からは,草木の香りが僅かに漂ってくる.恐らくこのルートを選ぶと地上へは出られるだろう.しかし,アドラーからは半月はダンジョンで過ごせと言われているため,このルートは排除だ.そして真ん中からは,何とも言えない獣臭がするが,そこまでひどくはない.この獣臭の根源がプスードウルフ,ノルマンウルフ程度ならステゴロで対処できるし,緑の匂いはほとんどしないため恐らく下へ続いているのだろうと予想できる.このルートは良いルートだと思う.そして,最後の左のルートからは空気感が変わり,饐えた臭いが鼻腔をついてきた.いわゆる死臭に近い臭いがする.このルートでは,森の匂いなど明後日の方向を向いてしまっている.これらのルートの中では最悪解であることは間違いない.普通は,真ん中のルートを選ぶのが最も理性的であるだろう.しかし,私は哺乳類が持つ好奇心から,怖いもの見たさで一番左のルートを選択しようと思った.
穴の前に来るとより強烈な臭いが漂ってくる.今からここへ入っていくのだ.このフロアから外れると光はなく,景色はより深い闇となる.武器も持たず一歩踏み出し,異臭の漂う穴へと入っていった.僅かな傾斜を歩いているうちに,臭いの原因は地面や壁についた黒色の粘着物だとわかってきた.この粘着物を光る苔のように近くで観察しようと思わないし,触れたいなどとは到底思えない.また鼻という器官は,半端なものでずっと嗅いでいると慣れてきてしまい臭いを感じなくなってきていた.通路のさらに奥へと進むとこの道は下へと続いていることがわかった.
歩き続けていると開けた場所に出た.ここは,まえの湖のフロアよりも狭く,湖もない.そして天井が低い.見渡すと,ぱっと見だと何もいないように見える.しかし,油断は禁物だ.こういう時こそ慎重にならなければならない.一段と悪臭が酷くなったのだろう.鈍感になった鼻が殴られた感覚があった.それと同時に,おぞましい姿をしたものが私の正面に現れ,それと目が合ってしまった.




