獅子の子落とし
ある昼のことだ.アドラーは私に見せたいものがあると言い,私を連れて通常通りに森へと出た.しかし,いつもとは異なり森の奥の方へ入っていった.着いたのは山の麓の方で,そこには大人が余裕で入れるくらいの穴が開いていた.私はアドラーの後ろから背伸びをして覗こうとしていたがうまく見えない.彼女が手招きをするので穴の近くまで行った.軽く覗き込むと地下水が溜まっており,水深もわりと深そうだった.
『地底湖でしょうか?』
そう言って陸地を探そうとさらに覗き込むと,私は背中を押された.
『えっ』
私は大きな水しぶきを立て地底湖へとダイブした.呼吸を整えるために水面に顔を出す.そして,アドラーの方を見上げる.
『何するんですか!私は取り乱しながら,叫んだ.』
「ごめんなさいね.けれどこれもあなたのためよ.可愛い子には旅をさせろというからねぇ.」
困惑している私を他所にアドラーは続けた.
「ここまでよく学んでくれたわね.あなたが学びにきてから,今日はちょうど折り返しの日に当たるわ.そろそろ実戦と行きましょう.」
『はぁえ?』
「ひとまず,ダンジョンに2週間程度潜ってきなさいなぁ.アドラーの背に日が当たり,正面に影が被りアドラーの姿は見えにくい.この森にはあまり知られていないけれどもダンジョンが2つ存在するわ.1つは,初級.もう一つはまだ攻略されていないダンジョンになるの.あなたが踏み入ったのは初級のダンジョンよ.モンスターもそうレベルは高くはない.けれど油断はしないことねぇ.」
『ちょっと待ってください!』
「生きて帰ってきてね.待ってるわぁ.」
私の言葉など気にも留めず,手をひらひらさせてアドラーは去っていった.
先程も言っていたがアドラーからしたら獅子の子落としのつもりなのだろうが,されている方からしたら,紛れもない圧倒的なDVだ.子供にして良い仕打ちではない.しかし,こうもダンジョンに投げ出されては抗議する余地もない.今は素早く陸へ上がるのが先決だろう.体温の低下は即命取りになる.
すぐに地底湖の岸に上がり,周りを見渡した.このフロアは円形になっており,真ん中よりややずれたところに陸地がある.その陸地には,まっすぐ一本の奥につながる道がついている.その他の部分は奥の壁まで地底湖が広がっており,このフロアでは陸地よりも水の占める面積の方が大きい.しかし不気味なのは,この湖,私の目をもってしても底が見えないのだ.
濡れた衣類は不快だから,服を乾かすために火を焚こうと思った.先ほども様子を確認したが,このフロアでなら物を燃やしても大丈夫だろう.乾いた枝でも落ちていないかを確認する.至る所に枝が落ちていることがわかった.先ほどの穴から落ちてきたのであろう.それらの枝を拾い集める.赤魔力の籠った火おこし機で火を起こそうとする.しかし,気化熱の影響で水が完全に蒸発し切るまで,火おこし機の温度が上がらない.それにこの火おこし機は,そんなに上等なものではないため温度が上がるのにも時間がかかるのだ.やっとの思いで火を焚いた.地面に突き刺した枝に肌着意外を吊るし,乾かす.
肌着一枚になった私は身を丸め,アドラーに教えたもらったダンジョンについての知識を振り返る.
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「そういえば,あなたはダンジョンへは立ち入ったことはあるかしらぁ?」
『恐らくないと思います.』
ゴブリン達の洞窟を思い出しながら慎重に答えた.
「そう.今後,貴方もダンジョンを探索することになるかもしれないから良いことを教えてあげるわぁ.」
『ありがとうございます.』
「ダンジョンで生き残るには上がらず下がるということよ.これは鉄則なのだけれど多くの冒険者ができていないことなのぉ.」
『なぜなんですか?上がった方がモンスターのランクも低く,トラップの数も減りそうで安全だと思いますが.』
「それは半分正解だけれど,現在のギルドの調査では,ダンジョンで遭難した際には下がるよりも上がる方が死亡率が高くなるの.その理由は,いくつかの理由が絡み合っているの.だから勘違いされやすいのよ.例えば,浅い階層はモンスターが低ランクであることが多いことからの油断してしまうこと.それに帰りは戦利品を持って帰るから行きよりも身軽さを失っていることなどが挙げられるわねぇ.」
『そうなんですね.気を引き締めてダンジョンには挑みたいと思います.』
「ふふっ.まぁ,もっと根本のことを言うと基本的にダンジョンは深層へ潜りにくいと思われがちだけれどそれは間違いなの.本来は逆で,潜りやすく出て来にくいものなのよ.その理由は簡単で,ダンジョンの本来の姿とは,古代人が自分たちの宝を守るために建造したものだからなの.それに古代人は達の法では,目には目を歯には歯をという言葉があるの.それ故に,自分たちの財産を狙ってきた盗人から財産を守るだけでなく,金品をも巻き上げようとしているのよぉ.」
『けれど,それは深層に潜れば生還できるという保証にはなっていないのではないでしょうか?』
「そうね.最大の理由は別にあるわ.それは,深層へ移動させるトラップが少なくないということと最深層の一つ手前の層には必ずと言ってよいほど最浅層へ移動させる魔法陣が付けられているの.これは,恐らく古代人からの敬意と情けねぇ.」
「確かに,肝に銘じておきます.」
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『はぁ.』
珍しくため息をついてしまった.私は,このダンジョンの深層へ向かうしかないのかと思いながら,揺らいだ火が映る水面を眺める.まぁ,泳いでいる途中,生命の存在は感じなかったが水棲モンスターに襲われなかったことは不幸中の幸いだろう.
湖の奥の方から泳跡のみがこちらへと向かってくる.おい,フラグじゃないんだぞ.そう思いながら姿勢を低くし,短剣を構えた.すると水面から勢いよく水から飛び出してきたのはペンギンにも似た生物だった.1匹が陸に上がると次々と上がってくるではないか.私は呆気にとられ,ただただ茫然としていた.




