魔法学の基礎と変装方法
先日と同じように池まで来た.あのとき,アドラーはドラゴンとの攻防には何も触れず,その前に使用した赤魔法の魅力ついて語っただけだった.その時の内容はというと自身は赤魔法(火もしくは炎属性)が一番好きな魔法だけれども得意なのは茶魔法(大地属性)という現実の非情さに嘆いた愚痴だったが...
私が回想をしていると,凛とした顔つきでアドラーは口を開いた.
「魔法は3魔色と呼ばれる赤魔力,青魔力,緑魔力の3つが基本となることは知っているかしらぁ?」
『はい.卓上の話ですが,知っています.』
このことは,家にあった本で読んだことがあるため既知の内容だ.
アドラーは続けた.
「優秀ね.一応,説明はしておくわ.マクロな視点で話をすると,魔法を放つと言う意味は,この3魔色を混ぜることによって様々な属性を発現させ,その元素を放つことを言うの.もちろん,魔力を属性の発現なしに放つことはできるけれど,本当にただの魔力の塊を投げつけているだけで,特性は全く帯びていないわぁ.」
『ご説明ありがとうございます.1点関係がないことでお尋ねしたいことがあるのですが,聞いて大丈夫でしょうか?』
「なんでも聞きなさいなぁ.」
『以前のお話なのですが,炎を放つときは呪文を唱えてましたが,土柱を生成したときは唱えてなかったように思います.その違いは何ですか?』
「いい質問ね.流石は私の弟子ね.端的な答えとしては,ルーティンとして呪文を唱えると魔法の成功率が増すからよぉ.」
『???』
首を傾げた.
「ふふ.魔力をそのまま放出するのではなく,魔力に属性を与えて放出するには,膨大な魔力量と集中力が必要になるのよ.後は,属性によっての得手不得手があるわねぇ.」
『そうなんですね.そこまで詳しくは知りませんでした.』
「それなら,もう少し詳しく話しましょうか.まず,魔法を発動させる段階は大きく3ステップに分けられるの.詳しく見るともっと多くなるけれど,具現化するものによってまちまちだから省くわね.すると
①魔力の魔色性を調整する.
②元素(属性を持つ魔素)を出力する.
③出力した元素を放出する.
といった具合になるわねぇ.」
『はい.』
「この3つの中で,①の魔色性を調整することに非常に神経を使うの.もし,配分を間違えてしまうと異なる属性になりかねないからね.そして,魔法の影響範囲にもよるけれども②の元素を出力する段階で膨大な魔力量が必要になるわ.しかし,自分が出力したい元素が周りにある場合は,その魔力を出力せずにその元素へ流し,そして操作すればよいから必要な魔力量が少なく済むのよぉ.」
『元素を出力する魔力量=元素へ流す魔力量ではないのですか?』
反射的に質問をしてしまった.
「本当にあなたは,良い質問ばかりするわね.その話は活性化魔力と無放射魔力などとの兼ね合いの話になってくるの.少し複雑になってくるから,もう少し大きくなってから学びなさいなぁ.」
『はい.承知しました.』
「後はね.③の出力した魔力を放出する際にも魔力が必要になるのよ.」
アドラーは,空中で石を生成させた.しかしその石は生成後,一瞬にして地面に吸い寄せられてしまった.
「今見たわよね.出力し,生成されただけの石は地面に落ちてしまうのを.」
『はい』
「そこへ魔力を加えると...」
再度発現させた石を弾丸のように射出し,木に大きな穴が開いた.ただの石を飛ばしただけなのに威力は対戦車ライフルに近しい.やはり魔法は本当に恐ろしいものだと再認識した.
「今日の魔法学の講義はこんな感じでどうかしらぁ.」
私は感謝を述べ,拍手した.
池のほとりでの講義を終え,魔女の家へ戻る道中にアドラーがよりためになることを教えてくれた.
「結構大事なことを教え忘れていたわ.現在,魔力を扱う人間は2種類に大別されるの.魔力を纏うことが得意な人間と放出することが得意な人間にね.これに関しては今後より種類が出てくると思うけれど,あなたが目指すべきは前者よぉ.」
『なぜですか?』
「この2つのタイプは性格も大きく影響してくるのよ.あなたは,生粋の戦士じゃないの.華奢な魔法使いのようなタイプではないでしょ.」
『確かにそうかもしれません.』
一言多いとは感じたが,その後はたわいもない話をし,帰り道を歩いた.
今日の魔法の講義は本当にそれっきりらしく,夜までは自由時間となった.ちょうど手が空いたので,そろそろクロムへ手紙を書かねばならぬと思い,書くことを決心した.
『アドラーさん.お金を払うので,紙とペンを借りても良いでしょうか.』
「ええ.いいわよ.ペンはその引き出しに,紙はそっちの大きめの引き出しにサイズごとに分けられて入っているわ.今度から好きに使っていいわよぉ.」
アドラーはペンと紙の保管場所を順に指さした.
ペンと紙を取り出し,席に着いた.少し右上を眺めながら文章を考え,筆を走らせる.端的な内容を手紙に書く.その内容は手紙が遅れたことへの謝罪,自身の状況やこれからの目標などである.ひとまず書き終わり,文章の見直しをする.
「何を書いてるのかしらぁ.」
また気配を消して,私の後ろから手紙を覗き見してきた.やはり,気配もなく急に声をかけられると驚いてしまう.
『アドラーさん.覗き見するのはいいんですが,お願いですから気配を消して私の後ろに立たないでください.心臓に悪いです.』
「ごめんね.何をしているのかなと思うとつい息を潜めて様子を見たくなるの.今後は気をつけるわねぇ.」
『ありがとうございます.今,友人へ手紙を書いています.親には置き手紙をしたんですが,友人には何も言ってきてないので.』
婚約者ということを言うと面倒なことになりそうなので伏せ,友人ということにした.それに,この手紙はトレイシアも読むだろうしまんざら嘘というわけでもない.後は,この手紙を出す段取りをつけなければいけない.
『今度,お休みをもらって近くの町の郵政省の支店に行かせてもらっても良いですか?』
「ちょうど明日は午後に用事で出かけるからお休みにしましょうかぁ.」
『ありがとうございます.もう一点,厚かましくて恐縮なのですが,変装が可能な道具とかってあったりしますか?』
「ふふ.どういった変装をしたいのかしらぁ?」
アドラーの微笑は,あなたが何をやらかしたか察したよという意味にとれてしまった.
『この白い髪と赤い目をどうにかしたいです...』
「それなら髪の毛を染める染料はウィシュシュの実がいいかもしれないわね.黒色に染まるわ.それに一度染めると大体1か月程度は持つわ.どうかしらぁ?」
『そんなのがあるんですね.それでお願いします.』
「持ってくるわねぇ.」
そう言ってアドラーは自室から,ウィシュシュの実と呼ばれるものとその抽出液を持ってきてくれた.
「ウィシュシュの実はこれよぉ.」
そう言って浅黒いザクロのような実を見せてくれた.
「染料になるのはこの種の部分よ.これを潰して水に入れて数ヵ月したものをろ過し,濃縮したものがこれになるのよぉ」
明かりの光を全て吸収しているようなどす黒い染料が入った瓶を私に手渡した.
「使い方は至極簡単よ.原液をこのまま葉に取り出して,このヘラですくって櫛で髪に馴染ませていくといいわぁ.」
『ありがとうございます.』
次に黒く細長い布を手渡された.
「目はこれで覆いなさいなぁ.」
『布...ですか?」
「目の病を患っていると言いなさいな.そうすれば,目を隠していてもなんらふしぎではないわぁ.」
『確かに...そうしてみます.』
こうして私は,私の特徴である目と髪の色を隠す術を手に入れ,手紙を出すための段取りをしっかりと取り付けることができた.




