異世界と魔法
疲れているはずなのに翌日の早朝に目覚めてしまった.目覚めたばかりのゴロゴロとした目であたりを見渡す.昨日,魔女から部屋を借りた.この部屋は魔女の昔の弟子が使用していた部屋であるらしく,現在は空き部屋になっているらしい.多少の埃っぽさはあったが,書物などはしっかりと整理されておりインテリアの趣味も良く,この部屋の様子から弟子の性格がうかがえた.ぼーっとした頭で思い出していると,喉が渇いていたのに気づき台所へと向かった.どの部屋からも明かりが無く,窓から差す光でうす暗かったが私にははっきりと見えているため明かりを点けず通路を歩いた.
昨日の戦闘は少し激しかったため疲れが抜けていないのだろうか.体が少し重く感じる.台所に着き,蛇口を開く.すると大きな水釜に溜まった水が流れてくるため素早くコップに注ぐ.乾いた口に水を含む.昨日も思っていたが,水には少し薬草の香りがついている.恐らく,この水の腐敗を防ぐために殺菌ならびに抗菌効果がある薬草を水釜に入れているのだろうと思った.
水を飲み終えるころには段々と目が覚めてきたので,このまま起きてしまおうかと思った.目覚めの一杯として茶を入れようと思い,茶葉が何処に収納されているのかを探す.一嗅ぎすると昨日の茶がどのあたりにあるかわかったので,その香りがする棚の扉を開き,茶葉を探し当てた.
湯沸し器に熱を加え,茶器を用意しポットには適量の茶葉を入れた.椅子に座り数分待っていると湯沸し器から勢いよく水蒸気が噴き出したので,茶葉の入ったポットへ湯を入れた.ちょうどその時に,アドラーが目を細め,すさまじく爆発した髪型で台所へやって来た.
「おはようぅ.」
『おはようございます.』
「もしかしてお茶を入れているの?それなら私にも入れてくれないかしらぁ.」
『わかりました.余分に作ってあるので入れちゃいますね.』
「ありがとうねぇ.」
私は,もう一つコップを取り出し茶を注いだ.
『すみません.朝ごはんはまだ作ってません.』
「大丈夫よ.住み込みだからってそこまで気を使わなくても.このお茶を一杯飲んでから一緒に作りましょうよぉ.」
『はい.ありがとうございます.』
淹れたての茶を啜りながら,ぼーっとしていた.アドラーの方はというと髪をくしで溶かしている最中であった.その時ふと昨日の禁書のことを話しておかねばと思い立った.
『アドラーさん.あの禁書ですが,読ませていただいても大丈夫でしょうか?』
「大丈夫よ.だけどこの家からは持ち出しは厳禁よぉ.」
『ありがとうございます.』
就寝前や隙間時間に読むことができそうだ.
朝食も取り終わり,まったりしているとアドラーが話し始めた.
「今日は,なにをしましょうかね.正直全く考えてないのよねぇ.うーん.」
私は,アドラーの方を見つめ答えが出るのを待った.
「あっそうね.一つ確かめておかなければならない重要なことがあるわ.手を出して.」
『はい.』
返事と共に私は手を出す.アドラーは私の手を軽く握る.私には,少し鳥肌が立つ感覚があった.
「どう?何か感じるかしらぁ.」
『はい.なんかゾワゾワします.』
私の目から見ても,魔力は纏えてるわね.だから,魔力に対して絶縁というわけではなさそうね.ただ魔力が体に馴染んでないから,比魔力量が極端に少なくなっているだけねぇ.
『そうなんですか!』
私は,希望に満ち溢れた表情で返事をした.この言葉だけで,私はこの先の人生に十分過ぎる目標を持つことができる.魔力に対して全くの適応力がないわけではないのだ.ただ,魔力を生成できていないだけだ.なら,外部から魔力を取り入れて貯める方法を考えれば良いだけだ.魔法を使える.使えるのだ…
「良かったわねぇ.」
『はい!』
「ところであなたは魔法を見たことはあるかしらぁ?」
『いえ,ほとんどありません.』
思い返してみると,魔法という魔法を見たことはなかった気がする.父やあの奴隷売りの棟梁といった魔力により強化された人間は見たことがあったが,火を出したり水を出したりする魔法は見たことがない.
「なら,まず見るところからね.外に出ましょうかぁ.」
外に出ると,木々の葉の間から木漏れ日がさしていた.今日は昨日とは打って変わって晴れていた.しかし,カラっとした晴れではなく,昨日の雨のせいでジメっとした晴れであることが残念ではある.このジメジメした森の中をアドラーは杖を携えて歩き始めた.私は,そのアドラーの後に続いて歩く.10分ほど歩いたが,まだ目的地へ着かないらしい.
『どこへ向かっているんですか?』
「もう少し歩くと湖が見えてくるはずだわぁ.」
確かに,1キロほど先にやけに明るい場所が見える.恐らくそこが湖なのだろう.
湖に着いた.お世辞にも綺麗とは言えない水質と風景がそこにはあった.アドラーは湖へ向けて杖を振りかざす.
「見ていなさいなぁ.」
何か呪文を唱えているが私には理解ができない.
杖の先から,ボーリング玉程度の火球が勢いよく飛び出し湖の真ん中付近で大爆発を起こした.ここまで離れているはずなのにヒリヒリと肌が痛いほどの熱を感じる.遅れた衝撃波によって水面が激しく波打ち水飛沫がまう.そして木々はしなり,森全体が揺れたように感じた.その直後に鳥がざわめきながら飛び立ち,動物達の大地をかける音が遠ざかっていく.この威力に私は感嘆した.たかが1人の人間が対戦車火器以上の威力をいとも簡単に放つことができることに.これが魔法.魔法なのだ.
「まずいわね.少し調子に乗りすぎてしまったわぁ.」
アドラーは,そう言いながらも芸術家が完成した自身の作品を見るような表情をしていた.ふと太陽に重なる小さな影が見える.既視感と重なり,嫌な予感がする.その小さな影は次第に大きくなりこちらに向かってきているように思えた.姿がくっきり見えるようになり,予感が的中していたことがわかった.人生2度目のドラゴンとの遭遇である.しかし,以前と異なる点が一つある.そう,全知のアドラーが目の前にいることだ.
縄張りを荒らされたと思ったのだろう.上空から,急降下しアドラーの前に着地した.ドラゴンの超重量を風圧と振動で感じた.目の前のドラゴンからは,異常ともいえるほどの饐えた臭いがあたりに漂い始めた.私は反射的に腕で口元を覆い隠してしまった.しかし,こちらには目もくれずドラゴンとアドラーは,お互い睨み合って動かない.私はこれ以上にお互いを刺激しないよう息を殺し,趨勢を見つめた.痺れを切らしたドラゴンは発達した尾をアドラーへ向けて振りかざした.即座に地面から生成した土柱で,その攻撃を防いだ.そしてアドラーは一歩前に進み,大きく目を開いた.ドラゴンは攻撃の手を緩めることなく,その特徴的な長い尾を様々な方向に振り,アドラーを連続的に攻撃し始めた.しかし,アドラーはいくつもの土柱を生成し,すべてを防いでいる.そして,その都度前進しドラゴンへ近づいていく.それとは対照的にドラゴンは少しずつ後退し,終いの果てには翼をはばたかせ,勢いよく上空へ戻っていってしまった.
あの攻防でドラゴンは,アドラーから何を感じ取り,自ら身を引いたのだろうか.このことは今の私にはわからなかった.魔法といいドラゴンといいこれらの出来事は,私が生きている世界が異世界であるということを強く確信させる1日となった.




