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白澤百合姫の転生日記  作者: トキムネ
家族との日々
19/38

ノルマンウルフ

森に入り3時間ほどが経過した.太陽が昇っていても森の中は薄暗く不気味な雰囲気を漂わせている.すると土の匂いが増し,まとわりつくような湿気を感じた.恐らく雨が降るのだろう.森の中の雨は嫌いだ.体温を奪い去るし,なにより泥にまみれた靴は中がぐしゃぐしゃになり足の感覚がおかしくなる.それに,乾きづらくそのまま放置すると細菌感染を引き起こす.急いではいるが,先のことを考えると今日は進むのを止めようと思った.


雨宿りできる場所を探し,目に入った大きな倒木の下に潜り込み乾いた地面に腰を下ろした.靴に一匹の虫がせっせと登ってくるのを観察しながら,ふと考える.森の中を歩き続けて3時間ほどたったが魔物一匹出て来やしない.迷いの森という別名を持っているだけで,特段危険というわけではないかもしれないと思い始めたが,この不穏な静けさは以前のウグロ狩りのことを思い出させる.体育座りをしていると膝までやっとこさ登ってきた虫をデコピンで弾き飛ばす.そうこう思考を巡らせていると雨音が聞こえてきた.そこまで大降りではないものの移動するには億劫な降雨量ではあった.そして丁度,小腹がすいてきたので干し肉をしがんだ.


何かが近づいてくる気配を強く感じた.息が荒く,地面をたたく足音は軽い.恐らく,オオカミ系のモンスターだろう.素早く数匹が私を囲んだ.干し肉を急いでむさぼり,地面の土を掴みながらゆっくりと立ち上がった.


『おいおい,野生動物は雨の日には体温調整のために狩りをしないんじゃかったのか.』


奴らを観察すると非常に荒い息と多量のヨダレをたらし,尋常でない痩せ方をしていることがわかった.目の前に見えているのは2匹で1匹は種類が異なる.そして,恐らく気配的には背後に1匹の計3匹の群れに囲まれている.恐らく正面の1匹はプスードウルフの上位種であるE級のノルマンウルフだろう.


私は覚悟を決めた.これは,食べるために殺すのではない,私が生きるために殺すのだ.いつもなら,ナイフを使い一瞬で終わる相手も素手だとそうはいかない.1匹であれば組めば締め殺せる自信はある.しかし囲まれている今は,その方法が得策ではないことは明確だ.なら,やることは決まっている.考えが決まった直後に後ろの一匹が私に飛びかかってきた.前の2匹に握った土を投げつけると同時にその遠心力を使い瞬時に後ろに振り向いた.そして,飛びかかってきた奴の腹に右足でバイシクルシュートを放つように蹴りを入れながら,一方の前脚を左手で握る.プスードウルフが下敷きになるように受け身を取りつつ握った前足を両手でへし折る.その後を追うように金属質な鳴き声が響く.これで1匹は戦闘不能だ.それに狼狽えたのか,残りの2匹の動きが辿々しくなる.その隙を逃さず,しゃがみ,上着をクルリと素早く左手に巻き付け,拳大の石も右手に携えた.


準備を整えた二匹がわずかな時間差で飛びかかってきた.前者のノルマンウルフには,握った石でアッパーをお見舞いする.後者のプスードウルフに対しては,左腕を噛ませる.服を挟んだとはいえ,狼の咬合力だ.捻髪音が身体を伝わって響いてくる.石のアッパーを喰らった奴は,のびて横たわっていた.よくイヌ科の動物は噛みつくと絶命するまで離さないと聞く.これは長い戦いになりそうだ,と噛みついた左腕を左右に揺さぶろうと四肢で踏ん張っている奴を見て思った.


『さて,根比べと行こうか』


握った石をプスードウルフへ振り下ろす.力強く何度も何度も.狼の頭からは,血が吹き出し,腕から滑るように地面に落ちていった.無傷のオオカミの残りは1匹となった.


雨のせいで,少し深めの水たまりができている様子が目に入った.人間は,たった10 cmの水深でも溺れるという.気絶したプスードウルフの尻尾を掴み引きずりながら水たまりへ向かう.途中で目覚めた狼は何をされるのかを察して抵抗する.水たまりに近づくとさらに抵抗は強くなるが,私はお構いなしに水溜まりへ靴を履いたまま足を沈める.グッと握ったオオカミの頭を浅い水溜まりへ浸ける.最初は激しく上がっていた水泡も時間と共に小さくなっていった.完全に水泡が無くなったことを確認し,尻尾をつかみ元の場所へ戻った.


後は前足が折れた最後の1匹になった.その1匹には何もせず,2匹を担ぎ上げ足早に去った.恐らく,あの前足ではもう厳しい自然界を生きていくことができないだろうと思う.またオオカミ系モンスターを倒し終わった私は,E級の攻撃型モンスターでこの程度かと思い,次のD級の壁を甘く見てしまっていた.


せっかく雨水に濡れたくなかったのに,狼たちのせいで泥まみれになってしまったと溜息をもらしながら,ぐずぐずになった地面を歩いた.すると,雨雲で暗くなった森の中で前方からぼやっとした明かりが確認できた.目に入ってきた明かりが真かどうか確かめるために頬をつまもうとするが,あいにく両手はオオカミで埋まっている.私は街灯の光に誘惑された蛾のように,その明かりへと近づいていった.ふとある考えが頭に浮かんだ.目の前の光は待ち伏せ型のモンスターの罠なのではないかと.もしそうなら連続での戦闘を強いられることになるし,敵が低ランクのモンスターとも限らない.それでも好奇心に煽られ,光の源へと距離を詰めていった.


一歩一歩進みながら頭の中のモンスター図鑑に検索をかける.待ち伏せ型のモンスターの種類も多種多様だ.巣の前に餌を置き,小型のモンスターが近づくと瞬時に巣の中に連れ去る蜘蛛系のモンスター・頭の先に着いたヒラヒラを活きた生物に見立て,おびき寄せられた被食者を瞬発的な咬合で食いちぎる魔物や高度なモンスターになると幻術で誘い込み,そのまま殺さず幻術を見せ続け魔力を吸われ続けるというえげつないものまで様々である.この森は迷いの森と呼ばれるのだ,最後に挙げた幻術系モンスターの可能性は高い.


その明かりとの距離が縮まるにつれて,光は小屋のようなものから漏れていることがわかった.小屋へ近づき木でできた3段程度の階段を上がり,ドアを叩いてみる.警戒しながら出方を見る.するとすんなり開いた扉から,銀髪の女が出てきた .


「物乞いにしては,殺気がですぎだね.何かようかしらぁ?」


『狼を買わないか?安くするよ.』


私は,にっこりとした表情で開口一番にセールスをした.女は,腕を組んだ後,すぐに親指で後ろの室内を指した.


「交渉の続きは中で行いましょうよ.玄関を開けっぱなしだと室内も湿気が酷くなってしまうわ.ひとまず,中へ入りなさいなぁ.」


そう勧められた私は,断るのも悪いと思い小屋の中へと入ってしまった.

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