ほのぼの3
私は七歳になり,剣術に関しては父に教えてもらっていることはほとんど身に着けていた.また魔法に関する学習は,本などでインプットができても魔力の無い私にはアウトプットができず,ほぼ限界に達していた.さらに魔力を生成することは,本来この世界の生物であれば生まれたときに必ず備わっている機構であるため,体の中で魔力を生成するための機構など私が目を通した限りだと一教科書レベルには記載されていない.この現状を打破するためには大学にでも行って論文を読むか専門家に尋ねる必要がありそうだ.このように考えを整理していると自身の成長がここ2年間全くなく,図体だけでかくなっていくばかりであり,どうにもならない焦燥感だけが悶々としている.この焦燥感を紛らわせるために,また森へ歩を運んだ.
ほぼ毎日のように森に入り浸っていると飽きてくる。今日は、唯々退屈だったので探索しようと普通では通らない道を歩く。途中、軽い崖になっている道があり私は足を踏み外してしまった。いつもの私なら瞬時に体勢を立て直し元の位置に戻るのだが、立て直す気力もなく転がってみたくなった。背中から地面にたたきつけられ下へと転がっていった。斜めに生えた木にぶつかり、そこが終着点となった。流石に痛かったので少し後悔はしたが、転がりでついた傷と痛みは瞬時に癒えていった。ため息をつきながらあたりを見渡す。
目の前には沼があった。異様な形をした甲殻類らしき生物が沼に潜り込んでいたり、目が三つのトンボらしき生物が飛んでいたりと独自の生態系を形成していることがわかった。一方で、沼の対岸には小さな祠のようなものが確認できた。
そこへ向かって歩き、中へ入る。入り口は私が入るには十分な広さであったが大人が入るには少し狭いくらいだった。中は薄暗いが風通しが良いためジメジメしておらず過ごしやすい環境だ。前に目をやると先が真っ暗であり、この洞窟は意外に長いらしいということがわかった。一分ほど歩くと分岐点が現れ、右か左か迷ったが獣の匂いがする右を選んだ。歩を進めるにつれ獣の匂いが強くなってきた。人間のものではない話し声が聞こえる。火の薄い明りが何かの影を映し出している。気配を殺して岩陰から明りの中心を見てみる。背は小さく焔が薄黄緑色の肌を照らしているのが確認できた。そう、ゴブリンである。
書斎で見たモンスター図鑑では、耳鼻は長く、低身長といった奇怪な姿をしていたことが印象的であった。髪の毛については彼らにも個体差があるらしく、髪がある方がゴブリン界隈ではモテるらしいが…。要するに餓鬼に非常によく似たモンスターである。
ここで、奴らの目の前に現れてみる。奴らは私を警戒し、こん棒と人間から奪ったであろう鉄製の武器を握りしめてこちらを睨んでいる。私は胡坐をかき、腰のベルトポーチにしまってあるナイフを取り出し、地面に置いた。
二十秒ほどの時間が経ち、一匹の髪を紐でまとめたゴブリンが近づいてきた。そいつも手に持った短剣を置き私の真向かいに腰を下ろした。
「オマエナニシニキタ。」
『正直、私にもわからん。ただ目の前に洞窟があったから入っただけだ』
「ソウカ。オマエメシハクッタカ。」
『いや、まだだ。』
「ナラクッテイケ。ワレワレニハタビビトニアタエヨトイウコトバガアル。」
『では、遠慮なくいただく。』
私たちは立ち上がり、焚火を囲うようにして座った。急で怪しすぎる誘いではあったが、勝手に入ってきた手前断れなかった。毒を盛られても多少なら耐えられる身体を持っているから心配はないだろう。
まず、笹の葉の上に何かの芋虫が三匹乗っているものが用意された。皆、生で食している。私は頭の方を摘み尻から口に入れ、頭だけを残すように食べた。最初に、ぶよぶよした皮の感触が唇から伝わり、噛もうと歯を立てると皮を引き裂くときにぷつんとした食感が歯に伝わっていく。するとすぐに口全体がクリーミィになり、それと同時に青臭さが鼻を抜ける。味としては甘みと僅かな苦みがあった。こちらの世界の幼虫も悪くはない。昔、訓練のときに食わされたのが最初であり、実戦では砲弾の嵐の中、隊からはぐれてしまい一週間ジャングルをさまよった際に土を掘り朽ちた木を削りながらこいつらを探して食っていたが…。
思い出に浸っていると毛を紐まとめたゴブリン以外がよくわからない言語でしゃべりながらこちらを見ている。毛をまとめたゴブリンが通訳してくれた。
「コレ、ハジメテクウニンゲン、ミンナイヤガル。オマエスゴイ。」
『昔よく食べていたから平気なんだ。』
そんな感じでゴブリンに感心されていると次の料理が出てきた。少し黄みがかった透明なスープの真ん中に手羽元があり、鳥の脂が適度に浮いている。スープから湯気と共に上がってくる匂いを嗅ぎ、これはうまいと確信した。スプーンは無く、椀を持ち直接口をつけてスープを流し込む。恐らく塩と恍惚鳥のみを煮たスープだろう。スープの材料が単純なものであるため無駄な雑味が無く、それ故に鳥の味は深くいい余韻を残してくれる。空いた手で肉をつかみ頬張る。ほろほろと肉が崩れ、僅かに効いた塩が恍惚鳥のうま味を引き立てている。
私が良くできた料理だと軽くうなずいているとさらなる料理が出てきた。蓮の葉の上に白身魚と葉生姜らしきものが二本添えられている。まず、白身魚を手で一口程度のサイズになるように身をちぎり、口に運ぶ。この魚は軽く揚げてあるようでふわっと香ばしい香りがする。この香ばしい香りの後ろからとても懐かしい風味がやってきた。この何とも形容しがたい香りは何なんだろうか…。わかった!!醤油だ! この香りと魚の甘みを引き立てる調味料は醤油なのだ!! 故郷の味に夢中になり、すぐに平らげてしまった。後で、醤油の作り方を教えてもらおうと思った。
最後の料理は肉料理だった。今までの料理と違って料理の乗っていない葉っぱの小皿が分配された。そして、目の前にドンっとボーンボアの丸焼きが置かれ切り分けられる。これもハーブが肉の臭みを上手に消しており、しっとりとジューシーな焼き加減で十分おいしいがその前の醤油のインパクトが強すぎることと以前自身で狩って食べたというのもあったので、特別おいしくは感じなかった。
最後に白湯を啜りながら私は一つの疑問をもった。私の勝手なイメージだが、ゴブリンは粗雑で生肉をしがんでいるイメージしかなかった。しかし、目の前のゴブリンたちの食事は今の私の家の食事と比較するとかなり文化的である。そこがすごく疑問だった。
『なぜ、こんなにもうまい飯を食っているんだ?』
「ワレワレカラダダイジ。タベモノカラアスイキルチカラモラウ。ダカラダイジ。」
その答えには感心した。加えて、ここまで手の込んだ料理は久しぶりだった。母が弟につききりになってからは野菜の炒め物など簡素な料理ばかりだったから…。これはお返しをしなくてはならない気持ちでいっぱいであった。
『こんなにごちそうしてもらって悪い。私も何かお返しをさせてくれ。そうだ、晩のおかずの一つは私に任せてくれ。』
毛をまとめたゴブリンが不器用に笑顔を作り、うなずいた。私は早速洞窟をでて森を駆けた。同時に何を作るかを考える。単純な材料でうまい肉料理を作るとしたらシャリアピンステーキしかない。そこで、一つ問題がある。ゴブリンは玉ねぎを食べられるのだろうか。もし食べられなかったとして、玉ねぎを盛ったことによるゴブリン殺害なんてことになったら末代までゴブリンに犯されそうだ。しかし、まぁゴブリンの種族は確か餓鬼科に部類されていたはずだから大丈夫だと思うが、血筋にイヌ科が混じっていないことを唯々祈るしかなかった。