未来へ。
「もう琴姫はおりませぬ。ご自由におなりあそばせ。時を越えてお守りくださってありがたく存じます。雪村花音は未来へ帰ります。」
萌葱様は静かに涙を流している。どうか自害などしないで欲しい。これまでの彼氏がいずれもケガをしたことは許せないけど、色々な形で私を守ろうとしてくれたことはわかる。だから感謝の言葉も伝えておこう。
「ここへ残ることはできぬか?」
「できませぬ。ここでお別れです。」
膝の折ってうなだれる萌葱様がかわいそうな気もしたけど、私がこれ以上ここにいるわけにはいかない。
「萌葱様を愛しておりました。」
もう一度、心をこめて言うと、萌葱様の姿は透き通って行き、姿を消した。
気づくと私は泣いていた。胸が苦しくなる恋を、最後に引き裂かれる恋を思い出したから。
「帰りましょ。」
マコさんがいつの間にか隣に立っていた。涙を拭いて頷き、差し出されたマコさんの手を握った。
ストンと降りてきた場所は、カラオケボックスのソファーだった。
「よく頑張ったわね。さ。鏡を見て。」
バッグから取り出した手鏡を覗い込むと、そこにいたのはアザがすっかり消えた私。もしやと腕を見ると、腕にもアザはどこにも見当たらない。
「消えているわ…。」
「そうよ。呪いを解くことができたのよ。萌葱様を斬らずにすんだわね。きちんとお別れができて良かった。」
呪いを解くために必要だったのは、怒りの力でも、刀を振りかざすことでもなく、想いを伝えることだったのね。
「疲れたでしょう?少し休んだら?元の時間に戻って来たから時間は十分あるわよ。」
「はい。そうします。」
ソファーで横になった私は二時間ほどウトウトした。その間、マコさんは静かな曲を選んで音量を控えめにしてBGMのように流して、マイクを使わずに時々口ずさんでいるのが聴こえていた
。マコさんは私を一人にさせないようにどこまでも気を遣ってくれた。
マコさんにお礼を言って別れてから家に帰ると、夕方になってから隼人から電話があった。
「会える?今から行ってもいい?」
「いいけど、急にどうしたの?」
「話がある。」
いつもなら、ここで別れ話だったわよね。もう呪いは解いたはずだけど、話って何かしら?不安がよぎる。
珍しく定時で仕事を切り上げたのか、夕食にはまだ少し早い時間にやって来た。
「今日、不思議なことがあったんだ。」
部屋に入ると、座るなり隼人が言った。おかしいな。一昨日ケガをしたばかりなのに、腕の包帯がない。
「不思議なこと?」
「昼休みにウトウトしていたら、淡いグリーンの着物の武士が現れてさ。俺に言ったんだ。今まで済まなかったって。それから、お前のことをよろしくって。目が覚めたら、腕の痛みがなくなっていて、ほら、このとおり。すげーだろ?あんなにひどく切ったのに傷が残ってないんだぜ?」
「何それ?」
うれしそうに腕を見せる隼人に、一応は知らないフリで答えてみたけど、わかる。たぶん萌葱様のことね。
「俺たち、結婚しよう。…ゆ、夢を見たからってわけじゃないぞ。婚約指輪の金、貯まったんだ。」
「え?今、何て?」
一瞬の言葉に空耳かもと聞きかえすと、隼人が真っ赤な顔で怒ったような口調で言った。
「何回も言わせんなよ!俺だって照れまくりなんだぞ!け、結婚しよう!花音となら家庭を作っていきたいんだ。」
隼人は同い年だから、だいたいの収入は知っている。子供ができるまでは共稼ぎすれば充分やっていけるが、子供ができて、私が働けない時期のことを思うと少々不安だね、なんていう話をしていたばかり。
「ホント?」
思わず涙があふれる。
「おい、泣くほどイヤなのか?」
「バカ!」
いつものふざけた口調に思わず泣き笑いになった私を隼人が抱きしめた。




