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お別れです。

どのくらい走っただろう。手を引かれて行き着いた場所は、あのなつかしい庭園だった。琴姫として生きていた頃に住んでいたお城の庭園。

「さすが、お転婆な琴姫ね。あのときのあなたは、護身用の短刀すら持っていなかったから、勝ち目はなかったのよ。さあ、あとは萌葱様と決着をつけるわよ。」

「まさか、また切るの?」

「場合によってはね。情けをかけている場合じゃないわよ。離れて見守っているから、最後だと思って向き合って。大丈夫。コレがあるから。」

マコさんは刀を指差して微笑み、姿を消した。


「琴姫様。」

萌葱様が私を呼んだ。

「ごめんなさいね。あなたのお母様を切ってしまいました。」

呪いを解くためをはいえ、誰かを、何かを切ってしまったショックは大きい。ましてや相手はかつて愛した相手の母親である。ここで萌葱様に切られても文句は言えまい。

「もう良いのです。琴姫様と添い遂げられるのであれば、銀の蛇の血を絶やすことなど、どうだって良いのです。」

「でも、もう私は琴姫ではありません。新しい世を生きているのです。」

「私と添い遂げていただけぬか。他の者と添い遂げさせるわけにはまいりませぬ。もう一度、これを着けてくださらぬか。」

萌葱様の手に握られていたのは、琴姫がつけていたキラキラした、大好きだったかんざし。萌葱様が贈ってくれたんだった。あのときの私には何よりも大切だった。

「私はあのまま囚われの身になり、生まれ変わることすらできずにそなたをただ座敷牢の中から、そのお姿をずっと見て想っておりました。そなたの亡骸から外したこれだけは肌身離さずに。」

萌葱様は念という形で私をずっと見ていて、回りに不思議なことを引き起こしていたんだわ。

「もうそれを身に着けるわけには参りませぬ。」

何故なにゆえ…?」

「もう琴姫ではない故です。」

萌葱様に今の言葉遣いが通じるようになるべく古典の教科書の内容を思い出しながら話す。

「添い遂げられぬと言うのならば、ともに切腹しようぞ。他の者に渡す訳にはいかぬ。」

萌葱様が刀を抜こうとするのを制止して私は言った。

「おやめください。確かに琴姫だった頃の私は萌葱様を愛しておりました。忘れてはおりませぬ。されど、もう琴姫ではありませぬ。時は流れております。萌葱様ももうご自由におなりあそばせ。」

「時、とな?」

「時です。見ていたのならば、存じておられるはず。着るものも、唄も、屋敷もすべて、このような形ではありませぬ。萌葱様の魂は千年よりも遠い時を越えて私の側におられたということです。今の私は、千年よりも先の時代に生きる、雪村花音です。」

「そんな…!」

「忘れないでくださいまし。琴姫は確かに萌葱様を愛しておりましたことを。人間になってでも添い遂げると言ってくださって、嬉しゅうございました。」

私は必死で話した。萌葱様にときめいていた、あの気持ちを思い出したから。悲恋に終わってしまったけど、あの頃の気持ちは本物だったことだけは伝えておきたかったから。


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