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続く火曜日

そろそろ。


 書く。無心で。意味を求めるな。理解しろ。考えるな。ただ、手を動かせ。


「……ねぇ、アイタン。バームクーヘンとシェイクスピアどっちが好き?」


「僅差でバームクーヘンかな。シェイクスピアには甘さが足りない」


「なら、ドーナッツとゲーテだったら?」


「ドーナッツかな。ゲーテはあんま読まねーし。なんとなくキツいイメージが有る」


「じゃあさ。チーズケーキとゼリービーンズだったら?」


「チーズケーキだな。ゼリービーンズなんて食った事ねーし」


「私はあるよー。どんな味だったか忘れたけど」


「……そうか」


「うん」


「あっ、そういえばさ、アイタン実は……」


 と。


「いい加減にして下さい! 黙って手を動かすか、せめて意味の分かる会話をして下さい!」


 そこで、宮沢さんの怒声が響く。

 意味の分かる会話か、難しい注文だな。いや、まあ、宮沢さんはそういう事が言いたいんじゃ無いんだろうけど。

 先日の会議の翌日、僕とイミカは生徒会室に呼ばれて、取るに足らない雑務を手伝わされていた。一応は、無理を言った事への罰則という事らしい。が、しかし、本当に取るに足らない、頭どころか手を動かす必要もない程の瑣末な雑務。生徒会長たる宮沢 恵真紀が優秀に働いているからこそ、この程度の仕事しか残っていないのか、或いは、切羽詰まっている僕らへの優しさか、どちらにせよ宮沢さんは優秀だ。

 だからこそ、僕らもそれに習ってくだらない会話をしながらでも、たいして時間のかからないような吹けば飛ぶ仕事に僕らは精を出している。


「エマキンには私達の会話はレベルが高すぎた? しょうがない。もう少し、レベルを下げるか。ねぇ、アイタン。会話のレベルってどうやって下げるの?」


「しらね。RPGでもレベル上げはあっても、レベル下げはあんまねーしな。なんか専用のアイテムか、転生でもしねーとレベルは下げられねーんじゃねーの」


「アイテムに転生か。……なるほど。エマキンはどっちがいい?」


「どっちでもいいです。もう、手を動かしてくれるなら好きに話してもいいですから」


 はぁ。と、ため息まじりに宮沢さんは言う。

 でも表情はいつもと変わらず、不機嫌の仮面に覆われている。それでも、なぜだか相手に不快感を与えないのが宮沢さんの凄いところだ。


「そういえばさ、宮沢さんに聞いてみたい事が有ったんだけど」


 僕は宮沢さんのその表情を見て、前から気になっていた事を思い出す。


「……なんですか?」


「あっ! もしかして、おっぱいのサイズ! それならねぇ!」


「いや、ちげーよ。んなの興味ねーし」


「む! それは嘘とみた!」


「嘘は見えねーよ、バカ。くだらない横槍入れてねーで手を動かせ。アホ毛引っこ抜くぞ」


「無駄だよ。私のアホ毛は抜いても抜いても、すぐに復活するからね。その再生力はプラナリアと張る!」


 言いながら、イミカは自信満々に胸を張る。

 バカかこいつは。どう考えても再生するアホ毛なんて恐怖でしかねぇ。抜けば抜くほど、地に溜まっていく髪の毛、こわっ。


「プラナリアは1週間前くらいから断食させておかないと、切った後に体内の消化液で自分の体を溶かして死ぬらしいですよ」


 そして、宮沢さんの謎の豆知識。


「え? それホント? エマキン……私しぬ?」


「貴方がプラナリアでしたら、死にますね。さっきからばくばくお菓子を食べていますし」


「さよならイミカ。あっ、こっち向くな。アホ毛から噴き出る消化液がかかるだろうが。向こう向いてろ」


「ガッ、ガーン。しんだ」


 くだらない冗談に、なぜだか本気でヘコんでへこたれるイミカ。なんだ、コイツ。プラナリアがガチで好きだったのか? でも、抜いても再生するアホ毛は怖いが、アホ毛から消化液が噴き出るのは笑えるのはなぜだろう? ……いや、どうでもいいけど。イミカのプラナリアへの愛も、噴き出る消化液も心底どうでもいい。


「で、坂口くん。聞きたい事って何なんですか?」


「ああ、そうだった。僕が聞きたかったのは、さ、宮沢さん。宮沢さんはなんでこの高校に来たの? ってこと。宮沢さんの実力だったらもっと上の高校にも行けたと思うけど」


「…………貴方は二年の秋になった今にわざわざ、そんな事を聞くんですか?」


「ん? まあ、もっと前に聞いても良かったけど。なんとなく、タイミングが悪かったからね。別に言いたくないなら、言わなくてもいいよ」


「……それは、貴方だってそうなんじゃないんですか? 坂口くんも勉強できるでしょう?」


「僕? 僕は、そうだな……」


 聞き返されて少し、考える。

 興味無いからな、勉強なんて。と、答えるのはなんだか失礼な感じだし、近いから、なんて馬鹿みたいだ。僕は僕の行動にたいした意味なんて有るとは思えないし、理由は無いというのが本心からの正解なんだろうけど、宮沢さんには真っ直ぐ伝わりそうに無い。自分の人生に興味がない奴なんて、宮沢さんの辞書には載ってなさそうだ。


「たいした理由じゃないけど、小説を書きたかったから、かな。進学校なんて行ったら小説なんて書いてる時間なんて無いだろうし」


 だから僕は嘘のような本心を、或いは本心のような嘘を言葉にする事にする。


「……なるほど。それは確かにそうですね。でも貴方なら、もっと屈折した理由が有るのかと思ってました」


「屈折……ね。まあ、それもあながち間違いじゃ無いよ。それで? 宮沢さんはどうしてなの?」


「私は、ただ……いえ、貴方が行くから、と答えたらどうします?」


 なんだそりゃ。宮沢さんの冗談は返しづらいな。


「いや、どうもしないっていうか、できないし。仮にもしそれが本当なんだとしたら、どうかするのは宮沢さんの方だろ?」


「ん、まあ、そうですね。冗談です。本当は学校にあまり興味が無かったていうのが正解です。だって勉強っていうのは一人でするものでしょ?」


 勉強は一人でするもの。自己学習は最も優れた勉強法。なるほど。凄いな。確かに僕も似たような考え方では有るが、そこまで言い切れるほどじゃ無い。頭のいい奴は勝手に賢くなるけど、環境だって大切だ。だから、宮沢さんはこう言いたいのだろう。学校なんて環境の内に入らない。その程度は些事だと。私は何処だって勉強できると。


「やっぱり、宮沢さんは凄いな。そう言い切れる事は素直に尊敬するよ」


「貴方だって似たような考えなんじゃないですか?」


「まあ、似てるよ。でも、似てるだけ。似て非なるだね」


「何が違うんです?」


「宮沢さんは一人で勉強する。僕は勉強は一人でする。まあ、単なる言葉遊びみたいなもんだけど、そういうところが、僕と宮沢さんの違いかな」


「……おもしろい事を言いますね」


 珍しく、宮沢さんの顔が綻ぶ。楽しいというより、興味深いと言った風に。


「って、全然面白くなーい! 私を置いて勝手に会話のレベルを変えるな! 何言ってんだか分かんないよ! 話をプラナリアまで戻そうぜ?」


 謎に落ち込んでへこたれていたイミカが、不意に復活して言葉を吐く。こいつは感情の振り幅が0か100しかねーのかよ。急に大声を上げられるとびっくりするじゃねーか。


「急に大声を出すなよ。つーか、手を動かせ。僕はもう自分のノルマは達成したぞ」


「えーー。アイタンひどっ。非道! だったら私の分も手伝って!」


「ダメですよ、イミカさん。自分の分は自分でやらないと罰の意味が有りません」


 バカなイミカにギロリと宮沢さんが睨みを利かす。


「うぐっ。ぐぐぐっ。エマキンこわっ。分かったよ。分かってるよ。自分の分は自分でやります!」


「あたり前です」


 ブツブツ言いながら、イミカは手を動かし始める。さて、僕はどうしよう? このままここでダラダラするよりは、家に帰って劇の台本の執筆にかかった方がいいだろう。しかし、自業自得では有るが、一人頑張るイミカを残して帰るのは少し可哀想ではないだろうか? 待っててやるのが優しさか?

 ……いや、いいか。イミカだし。


「それじゃあ僕はやることやったし、帰ろうかな。僕はこうみえて忙しいし」

 

 言って僕は立ち上がる。


「うぎー。帰るなよー。私の仕事もあと少しで終わりそうだし、3人で一緒に帰ろうぜー」


 ……。


「……別にいいけど。宮沢さんは?」


「私も構いませんよ」


 ……なんだか最近流されがちでは有るが、まあ忙しくは有るけど、急ぐ理由は無いので別にいいか。急がば回れ。急いては事を仕損じる。そういことにしておこう。


「待っててやるから、さっさと終わらせよ。5分以内だからな」


 言って僕は席に着く。


「さっすが、アイタンとエマキンは優しい! 任せろ! 5分どころか1分以内に終わらせてやるぜ!」


「いや、イミカさん。急がなくてもいいので丁寧にお願いしますね」


「いやいやいや、急ぐよー! 急いで丁寧! 急いては定年! イカすぜ諦念!」


 YO! と。イミカは不意になん理由もなく、謎なラップを繰り出す。僕は思わず笑ってしまう。


「なんだそのわっけ分かんねーラップもどきは。イカす諦念ってどういう意味だよ。ちょっと笑っちまったじゃねーか」


 バカとの会話は不意を突かれるからダメだ。長い付き合いでも、急に背後から後頭部を殴られるような突飛な発言には慣れない。意味の分からん言葉で笑ってしまう。


「坂口くんの笑いのツボはよく分かりませんね」


「それは僕も分からないよ。なんか、たまに突拍子もない、わけわからん事に笑ってしまうんだよ」


 僕の唯一の短所だ。


「私には分かるよ! なんたって幼馴染だからね! アイタンの事は私が世界一分かってる!」


「……そうなんですか?」


 元気一杯に胸を張るイミカに、なぜか目が鋭くなる宮沢さん。


「いや、知らねーよ。イミカが僕の事をどれだけ知っているかなんて。まあ、でも僕より詳しいって事はないと思うぜ?」


「いやいやいや、アイタン自分の事全然分かってないじゃん。これは確定!」


「まあ、確かに。じゃあいいよ、お前が世界一で。おめでとう、君が世界一だ」


「イエイ! じゃあ帰りはアイタンの奢りでドーナッツだね!」


「前奢ってやったばっかじゃねーか。奢らねーよ。金もねーし。奢る気もねーよ」


「じゃあ、私の奢りだ! イエイ!」


 満面の笑みでピース。

 なんか本気で喜んでるな。イミカのテンションが高いのはいつものことだが、今日は2割り増しぐらいでピーキーだ。何かいいことでもあったのか。或いはその逆か。まあ、どっちにしろ、僕には関係ないことだけど。


「……貴方達は本当に仲がいいですね」


 一瞬、そう言った宮沢さんの顔が寂しそうに見えた。


「当たり前だよ、エマキン! なんせ私とアイタンだからね。このままだと、諺になっちゃうくらいだよ。アイタンとイミカ。意味、仲が良い。とか」


「ですかね」


「いや、乗るなよ宮沢さん。有りえねーし。あって欲しくねーよ」


「むむむ。つれないなーアイタンは。まあいいや。……よしっ! 終わったー! 長く続いた戦いもようやく終焉。ドーナッツ食べに行こうぜ!」


「ちゃんとやったのか?」


「ばっちし!」


 ざっとイミカの書いた書類に目を通す。うん、たぶん問題ないだろ。というか、こいつは相変わらず、綺麗な色の文字を書くな。


「ん? なんか変なところあった?」


「いや、たぶん大丈夫。んじゃ行くか。宮沢さんの仕事も終わっただろ?」


「ええ、大丈夫です。行きましょうか」


 そうして、3人で生徒会室を後にする。

 僕はなんだか笑ってしまいそうになった頬を引き締めて、廊下を歩いて行く。これからやる事が目白押しで、のんびりしている暇なんてないけれど、こういう日があるから頑張れるのかな、なんてらしくもない事を考えながら。



日常。

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