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いらない火曜日

ここで。

 

 朝日が眩しい。それだけの事で、何だか1日が嫌になる。そんな日がある。しかし逆に、朝日が眩しい。それだけの事で、はつらつと1日を過ごせる。そんな日もある。


 さて今日は、どちらか。


 通学路を学校に向かって歩きながら、そんな事を考える。考えている段階で、既に、多分、どちらでも無いんだろうけど、それでも僕は考える。理由は無い。理由が無いのは楽でいい。

 理不尽や不条理はそりゃあ、誰だって、僕だって嫌なものではあるが、理由が無い事だけは唯一の救いだ。

 恨む事ができない。それは辛い事では有るのだろうけど、楽でいい。僕は、理不尽のそういうところを気に入っている。それは小説には、空想には表現できない事だけど、代わりに現実に腐るほど落ちてくれている。腐って落ちている。嫌いじゃ無いけど、やっぱり近づくのはごめんかな。腐ったみかんは周りも腐らせる。腐った現実は空想をも腐らせる。


「え、えっと。おはよう」


 と。不意に背後から声をかけられる。聴き覚えのあるような、無いような声だ。だから、僕は振り返る事にする。

 するとそこには、赤茶けた髪を恥ずかしそうに抑えた、石川さんが不安そうな表情で立っていた。


「おはよう、石川さん。早いね、もしかして学校に行く所なのかい?」


 適当に挨拶を返す。


「え? えっと、そうだけど。坂口くんは違うの?」


「いや、違わない。僕は学校に行く所だよ」


「ん? うん。そうなんだ」


 なんだか気まずそうに、石川さんは言う。少し重ための沈黙が降りる。

 あんまり仲良く無い人に適当な事を言うと、変な奴だと思われるな。別にいいけど、今度からは気をつけよう。


「……えっと、石川さん。石川さんはイミカの奴と仲良いの?」


 重だけな沈黙を、無難な質問で無理やり破る。


「う、うん。仲良いよ」


「そうなんだ」


「うん」


「…………」


「………………」


 おっと、会話が終わってしまった。僕は適当な事を言うか、よく分からない事を言うかの2パターンしか会話の方法を知らないから、こういう静かな子との会話は、なかなか広がらない。

 仕方ない。奥の手のカナブンかトビウオの話でもして、場を濁そう。この2つは話し出せば大抵の人間は知識も興味も無いので、場を封殺できる。


「あ、あの。訊きたい事が有るんだけどいい?」


 僕が奥の手を使う前に、石川さんがそう先手を打って尋ねてくる。


「……トビウオの事?」


 僕は懲りもせず、またそんな事を言っている。馬鹿か。


「え?」


「ごめん、なんでも無い。なんでも聞いていいよ」


「えっと。夏休み、とか、何してたのかなー、て」


 夏休み。夏休み。一応、思い返してみる。でも、別段、思い返す程の事もなかった。この前イミカの奴に言った通り、師匠のところでこき使われていた、それだけだ。


「師匠……いや、うん。なんて言ったらいいのか。とある画家の所で、雑用みたいな事をしてたんだよ。……まあ、バイトみたいなものかな」


「うん? えっと。画家? なんで?」


 本当の事を言っても、僕は訳の分からん奴になってしまう。もしかしたら、僕は本当に訳の分からん奴かもしれない。そんな事は僕の知った事では無いが。


「話すと長いし、意味もわからないだろうから、まあ、成り行きだよ。僕の人生は、成り行きでしか成り立ってないからね」


「……へぇ、そうなんだ」


「うん」


「…………」


「………………」


 ダメだな。もういいや。学校まで沈黙で。僕は気まずいのも、別に嫌いじゃ無い。


「……えっと、あの。い、忙しかったのは分かるけど、その、なんで、イミカさんに会ってあげなかったの?」


 不意に、と言うより満を持して、といった雰囲気で石川さんはそう尋ねてくる。多分、なんとなく、単なる予想では有るけど、石川さんはこれが訊きたくて僕に話しかけてきたのだろう。そんな感じた。


 石川さんの方に視線を向ける。

 石川さんと目が合う。真っ直ぐな瞳と目が合う。その色に何かを感じた気がするが、今は目を瞑る。そして、考える。


  なぜ、イミカと会わなかったか。確かに一度も会わなかった。家は隣だけど、僕は殆ど家には帰って居なかった。


 なんで?


 理由なんて無い。僕とイミカは別に付き合ってる訳じゃ無いんだ。だから、会うのには理由がいる。この夏はそれが無かった。それだけの事でしか無い。


「特に、理由は無いかな。理由が無いから、会わなかったんだと思うよ」


 散々沈黙して散々な答えを吐く。


「……た、他人事みたいに言うんだね」


「そりゃあ、自分の事だしね。僕は僕の事なんて全然分からないし、興味も無いから、そういう言い方になっちゃうんだよ」


「……そ、それって、ずるいよね。イミカさん寂しそうにしてたんだよ? この夏だけじゃ無くて、ずっと前から、ずっと」


 寂しい。寂しそうにしている。独りだから、独りじゃ無いから。

 なんだか、僕は笑ってしまう。僕は独りでも笑っていられる。


 だから、そんな事は知った事では無いんだ。


 僕とイミカは幼馴染で、幼馴染でしか無い。


 男女の友情はどうだか、とか、くだらない事を言うつもりは無い。どんな友情でも、友達だと思えば成立するし、どんなに頑張ってもいつかは終わるものだ。

 大事なのは、成立するかなんて馬鹿みたいな事じゃ無い。いつ終わるのか。


 好きになったら。

 愛したら。

 抱いたら。


 馬鹿馬鹿しい。心底から馬鹿馬鹿しい。


 終わらないものなんて、この世のどこにも有りはしない。要はそれだけの事でしか無い。何一つとして、永遠には届かない。


 そして、僕らはとっくに終わっている。だから、いや、それでも、僕らは友達なんだ。友情は成立している。思えばこれも馬鹿な言葉だ。成立なんて、そんな言葉を使うから、分からなくなるんだ。友情は、友情。それだけだろ。成り立つ必要なんてどこにも無い。僕とイミカは、だから、友達なんだ。


「……僕は、いや、だからかな。僕は今みたいにイミカが無茶な事を押し付けてくるのを、待ってるんだと思うよ」


 あいつが寂しいから、寂しそうにしているって分かるから。……いや、これは自惚れだな。


「ずるいね。それも」


「僕はずるい奴だからね。でも、石川さんは、優しい奴だと思うよ」


「わ、私はただ、イミカさんの力になりたいと、思っただけ。優しさじゃ無くて、憐憫だよこんなのは」


「憐憫なんて日常会話で初めて聞いたよ。やるね、石川さん。史上初だよ」


「ご、誤魔化さないで! そう。うん。誤魔化さないで、イミカさんが可哀想だよ」


 可哀想。酷い言葉だ。僕はこんな言葉は言いたく無いな。石川さんはだから、憐憫なんて言葉を使ったのかと思ったけど、どうやら違うらしい。僕とは感性が、違うらしい。


「誤魔化す。可哀想。うん、まあどっちも間違っているし、違いは無いんだけど。誤魔化すの方が分からないな。誤魔化すって、石川さん。僕は、誰を誤魔化してるって言うんだ。イミカ? それとも僕自身?」


「……そ、その言い方が、もう誤魔化しだよ。それに、両方だと思うよ。自分の事もイミカさんの事も両方とも誤魔化してるんだよ」


 自分に嘘を吐き。他人にも嘘を吐く。そんな事は僕にはできない。世界も自分も騙したら、それはもう、誰も騙していないのと同義だ。


 両方、2人とも誤魔化すなんてのはだから、無理なんだ。自分を騙したら他人を騙す必要なんて無いし、他人を騙すなら自分を騙す必要なんて無い。


「僕は、さ。嘘つきなんだよ。それに酷い奴だ。要は、さ。それだけの事なんだよ」


 そして、僕は変わらない。だから、僕は変わらない。


「坂口くんは辛くないの?」


「辛いとか、そんな事どうでもいいんだよ。みんなよくそんな事で泣いたりできるなって、いつも思ってる。心がどうだかとか、笑っちゃは無い?」


「こ、心は心だよ。大切なものだと思うよ。別に笑ったりしないよ」


「そう? でも、さ。吊り橋効果とかあるじゃん。あれは笑えるよ。目の前の人間に恋をしているか、落ちて死ぬ事が怖いのか、そんな事の区別すら、心はできないんだ。所詮はその程度、程度の低いおもちゃでしか無い」


 ……何故だか馬鹿みたいなことを言ってる気がする。今日はなんだか、口が回り過ぎる。僕らしく無い。きっと、日差しが強いせいだ。


「わ、私は笑えないよ」


「僕は、笑うよ」


「う、嘘だね」


「かもね」


 歩く。歩いて行く。永遠に歩いてる気がする。通学路が長い。相対性理論は時間だけじゃなくて、空間にも作用するらしい。朝っぱらから、意味の無いことに頭を使い過ぎた。意味の無い事は嫌いじゃ無いけど、時間を無駄にするのは頂けない。

 こんな事なら台本の内容でも頭の中で練っておけばよかった。それなら、石川さんも話しかけてこなかったかもしれない。余計だな。今日の朝は余計な描写だ。僕が小説を書くなら、こんな所は描写したりしないだろう。現実ていうのはつくづく、センスが無い。


「坂口くん。でもね、わ、私は……いや、いいや。その、ゴメンね。勝手に色々言って、台本頑張ってね。……でも、イミカさんには優しくしてあげて」


 石川さん言うだけ言って、走り去って行く。僕はそれを、黙って見送る。見えなくなるまで見送って、大きく息を吐く。ため息が出ないほど、大きく息を吐く。


「……石川さんは何かを隠してるな。どうでもいいけど」


 そして、そう独り呟く。確証は無い。でも確信はある。他人の気持ちなんて、見ても、話しても、聞いても、何年一緒に過ごしても、僕には分かったりしないけど、今回は確信がある。確信つーか、既視感がある。見覚えと言い換えてもいい。


 石川さんの表情。仕草。言葉。それはなんだか、大切なものを包み込むように、包み隠しているように僕には見えた。


 それは、その想いは、誰かに似ている。



 僕に似ている。


 僕には僕の事なんて、全然分かって無いけれど、目の前で喋っていればさすがに気がつく。


 まあでも、だからって別に何もするつもりは無いし、何も言う気も起きない。


 好きにすればいい。


 僕には関係無いし、きっと誰にも関係無い。それは、彼女だけの問題だ。


 そして、ようやく、学校が見えてきた。今日は、朝が長かった。だからきっと、昼と夜は短くなるだろう。なんとなく、意味も無いけれど、そんな事を思った。



ちょっと、不穏。

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