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暑い土曜日

ようやく。

 

 唐突では有るが、僕は映画は外から見るタイプだ。


 登場人物に感情移入して見るのではなく、使われている技法やストーリーの整合性、役者の演技力。そういう外から見た完成度の高さを図るのが好きだ。まあ、だから僕は映画を見て泣いたりする事は、全くと言っていいほど無い。つーかホント言うと、感情移入するのが苦手だからそう言う見方をしていると言うのが正しいかもしれないが、自分のことなのでよく分からない。


「うぐぐぐぅー。ぞんな〜あんまりだよ〜」


 だから、そう。隣で一緒に映画を見て、ボロボロ泣くような作品を内側から見て完全に感情移入している奴に、かけてやる言葉は無い。無論、手を握ってやるなんて殊勝な心がけもありはしない。むしろ、ウッセーから黙れと言いたい。


「イミカ。ウッセーから黙れ」


 あ、つい言ってしまった。まあでも、小声だしセーフだな。


「ん、ぐすっ。なんだよ、コイツ。好きなんだったらちゃんと気持ちを考えてやれよ〜。……かわいそうじゃん」


 聞いちゃいない。別にいいけど。

 今日。9月のさる土曜日。僕は何故かイミカと一緒に映画を観に来ていた。今朝、無駄に徹夜して空回った僕の頭を揺するように、電話が掛かってきた。

 文化祭の出し物の事で話し合いたいから、今から出てきて、と。僕は心地良く足を引く睡魔を決死の思いで振り払ってその誘いに乗った。正直、僕1人で考えてもろくなアイディアは出そうに無かったし、何より……いや、いいや。何にせよ、僕はイミカの誘いに乗った。で、その結果がこれだ。

 クズクズと涙を流す馬鹿を尻目に映画鑑賞。僕みたいに無感動な人間からすれば映画を観て泣けるのは素直に羨ましくもあるが、だからなんだ。

 とりあえず、映画が終わるまでは待とう。もう山場を越えて、佳境に入る。正直、寝不足解消のチャンスと思っていだが、これが意外に馬鹿に出来ない。青春ラブストーリーなんて僕の好みでは無いが、くそっ、面白い。……果たして僕にこんな作品は書けるだろうか、と分不相応にも頭を悩ます程に面白い作品だった。


「いやー、面白かったね! 不覚にも私! 感動して泣いちゃったよ!」


 映画鑑賞を終えて、僕とイミカは近くの喫茶店に足を運んだ。無論、映画の感想を言い合うためでは無い。


「知ってるよ。つーかお前、映画でそんな泣く奴だったけ?」


「んーー、ものによるかな。たまにあるんだよねー。こう、カチッとパズルのピースが合うように、心を鷲掴みにされちゃう作品!」


「へーー。で、文化祭の出し物はどうする? 何かアイディア有るのか?」


 ダラダラと続いて結局、終着しなさそうな会話に見切りをつけ、無理やり方向転換する。こういうのは出来る限り早くないと、ダラダラと終点まで引っ張られてしまう。


「えーー。もう少し映画について話そうよ? あのシーン! ヒロインの美咲ちゃんが夢を追う彼氏を、涙を飲み込んで笑顔で見送るシーン! 私、そこが一番よかったと思うな!」


「そうか? 僕はその後1人で涙を流すシーンの演出が……じゃなくて、お前、文化祭の出し物について話したいからって電話してきたんだろ。僕も暇じゃ無いんだ、決めるべき事をさっさと決めちまおうぜ」


「決めるべき事って、愛と恋の違いだっけ?」


「文化祭の出し物って言ってんだろうが。愛と恋の違いなんてどうでもいいつーの。どっちも報われないし、報われなくてもいいもんだよ」


「アイタンの恋愛観は酷いね。そりゃあ、映画を見ても泣けませんよ。分かってない。分かってないよ。愛と恋の違いはね、愛は暖かくて、恋は熱いものっていう事なのさ! 分かったか、アイタン!」


「どうでもいい。心底どうでもいいよ」


 言って目の前に置かれたアイスコーヒーに口をつける。やっぱりコーヒーはブラックに限る。


「ぷぷぷっ。アイタン、ブラックコーヒーとかカッコつけちゃって」


「かっこいいから好きなんだよ。で? なんかアイディア有るのか? 次、話逸らしたらアホ毛引っこ抜いて本体を火にかけるからな」


「ちぇー。まあいいや、実は取って置きのアイディアが有るんだよ。というかこれしか無いってヤツ」


 イミカはコーヒーに大量の砂糖とミルクを加えながら自信満々に胸を張る。ああ、ダメだ。いつものパターンだ。これは、本当に期待できないぞ。


「バンドを組もう私達で!」


 ほら、ダメダメだ。


「もう組んでるし、何より僕は楽器も歌もからっきしだぞ」


「私はギター弾けるぜ? 歌も歌えるぜ?」


「いや、お前だけだろ? 僕らのバンドで楽器できるの。欠陥バンドじゃん、僕ら。確かあんまり覚えて無いけど、僕以外の幽霊の子達もからっきしだった筈だろ?」


「まあ、織守ちゃんも、桐音ちゃんも、いい子なんだけどねー。楽器とかは触った事も無いって言ってたよ」


「じゃあ、ダメじゃん。それともお前1人でやるのか?」


 僕の問いにイミカはちゅうちゅうと吸っていたストローから口を離し思案する。いや、実際は何も考えてないかも知れないが。まあ、腕とか組んでるし思案してる筈だ。


「……嫌だね。うん、嫌だ。つまんないじゃん私1人でやっても」


 そして、腕を解いてつまらなそうにそう言う。一応は考えていたみたいだ。


「だろ? じゃあ、どうする? 楽器練習してる時間なんて無いだろうし、楽器の展示も使えないとなると、もう諦めて生徒会の手伝いでもやるか?」


 もうなんだか、それが一番楽な気がしてきた。小説家を目指している身として情けなくは有るが、考えるより言われた事をこなす方が楽だ。なんだかかんだで、宮沢さんも鬼や悪魔じゃ……なくは無いが、言ってみれば所詮は鬼や悪魔だ。情け容赦は無くても、妥協くらいはしてくれる筈だ。


「……やだ。せっかくの文化祭なんだから、思い出に残るような事したい!」


 思い出に残る、か。僕はこの言葉は年寄りくさくて好きじゃ無い。思い出なんて今を大切生きてれば自然と残るものだろ、と僕は思う。思い出を残す為に今を生きるなんて本末転倒もいいところだ。……まあ、でも上目遣いでこちらを窺うように見られると、そうきつい事を言う気が起きない。我ながら甘いが、もう少し付き合ってやるか。


「分かったよ。その代わりお前も真面目に考えろよ」


「ありがとう! さすが、イタンは昔から優しい! サイコーだぜ!」


「……んな事はいいから、さっさと考えるぞー」


 なんとなく笑ってしまいそうになった頬を引き締めて、頭を回す。


 文化祭。出し物。展示。飲食。お化け屋敷。人数は4人で、宮沢さんが認めてくれそうなもの。あまり、手間と時間が掛からないも。


 色々な要素を頭の中でかき混ぜて、何か出てこないか探る。……うーん。何も出てこないな。うん。思いつかないわ。となると


「やっぱ、物販か展示が無難だな。準備の手間も時間もさして掛からないし」


「つまんなくない? もっと、派手なこう、なんかないの?」


「ウッセーなぁ。いいじゃん、できない事をちんたら考えても仕方ないだろ? だったら、できる事をどう面白く弄れるかを考えた方がずっと建設的だぜ?」


「物販や展示をどういじるのさ?」


 と、ジト目で疑問を投げられ少し思案する。

 単純に考えるなら、変わった格好で売るか、変わった物を売るかの2パターンだろう。ただ、変わった物を展示するというのは楽器andCD展示の例で否定されている。となると、格好か。メイド服や軍服、ナースに巫女。うーん。ありふれてるなー。第一そんなものを用意する時間と金も無いんだよなー。つーことは……。うん。何も思い浮かばないな。


「……イミカ。やっぱり軽音部なんだから物販や展示じゃなくて、もっとこう、ロックなのがいいんじゃないか?」


「アイタンって、面倒になると投げ捨てる癖があるよね」


「癖つーか、習性、いや習慣かな。行き詰まると一旦思考をリセットして、視野を広げられるようにしてるんだよ。単なる経験則では有るけど、その方が上手くいくことが多い」


「ものはいいようだね、アイタン。ホントはめんどくさいから思考放棄してるだけでしょ」


「否定はしないな」


「よ! アイタン! 相変わらずダメダメだね!」


「るせーよ」


 という事でまたスタート地点に逆戻り。

 同じ轍を踏まずとも、同じ所に帰ってくるんだから現実は優しくてやるせない。ちょうど空になったアイスコーヒーの氷を口の中で転がして溶かす。窓の外はまだ夏の最後の残り火が道行く人々を熱し、それを讃えるように蝉の鳴き声が響く。それに何を思ったのか、僕はつまらない事を口にする。


「……なぁ、イミカ。この際だから一曲書き上げてみるってのどうだ?」


 僕の問いにイミカは笑顔で応える。


「だからー、私は悲劇しか歌わないんだってー。実質の無い悲劇なんて、喜劇と変わんないって言ったのはアイタンじゃん。私はアイタンと違って、別に創作で生きようなんて気概は無いしねー。一生で一曲作れればそれで満足なんだよー」


「……そうか、まあでも悲劇の反対が喜劇つーほど世の中単純じゃねーんだぜ?」


「また、出たよアイタン。だったらアイタンは悲劇の反対はなんだと思うのさ?」


「……青春」


「……青いね」


「青いんだよ」


 っと気づくとまた横道に逸れている。さっさと閑話は休題して本筋に戻ろう。


「じゃあ、どうするよ。つーか、元々はお前が勝手に決めたんだから少しは頭を回せよな」


「話は逸れるんだけどさ、アイタン! アイタンは小説の方はどうなの? 乗ってる?」


「いや、逸らしてやんねー。お前いつも勝手に決めて面倒ごとを僕に押し付けてるんだから、たまには自分で頭を悩ませよ」


「でも、悩ませても私の頭は知れてるぜ?」


 馬鹿の考え休むに似たり。なるほど、理にかなっている。だがこの世界では理屈より感情の方が強いって事を、この馬鹿は馬鹿のくせに知らないらしい。


「知れてるならしゃーない。……なんていうかボケ。悩ませないから馬鹿なんだよ」


「むー。そこまで言うなら考えてやんよ! そうだ! きた! 降りてきたよ! これしかないって魂が叫びを上げている!」


 またしても自信が溢れて、元気に胸を張る。

 期待できないぞ。


「なんだよ、言ってみろよ?」


「劇だよ! 劇! さっきの横道が実は伏線だったんだよ! むしろ、映画を観る所から伏線だったんだ! さすが私! 悲劇でも喜劇でもパーっとやちまおうぜ!」


 ほら、ダメだ。……いや、うーん。一考くらいの価値は有るか。


「うーん。人数は4人。短い劇なら練習もそんなに掛からないだろうし、衣装は演劇部にでも余り物を借りればいけなくもない。意外と悪くない。問題は軽音部がやるような事じゃないという一点だけだな」


「そこは問題無い! むしろぴったり! 小説家を目指してる癖に画家に弟子入りして、軽音部に入ってるアイタンらしい!」


「僕らしいって、それはそうかもしれないが、この場合、他の2人の幽霊と何より宮沢さんが認めてくれるかが問題なんだろ?」


 実際やるとするなら、体育館でやる事になるだろうし、そうなると既に体育館使用のタイムテーブルが決まっているとするなら、一刀両断されても文句は言えない。


「大丈夫! 大丈夫! 織守ちゃんと桐音ちゃんも頼めば分かってくれるって! 」


「宮沢さんは?」


「エマキンはアイタンに任せた」


「なんでだよ。お前と宮沢さんは付き合い長いだろ? 結構仲がいいんだろ? 友達のよしみをフル活用しろよ」


「いや、エマキンにその手の情は通じない。むしろ、エマキンは頭が良いから私なんかアレヤコレヤと言う間に言いくるめられちゃうよ」


 確かに。宮沢さんの性格から考えると、イミカのよく分からん勢いに流されてくれるとも思えない。まあ、だからって僕が適任とも思えないのだが、僕がやるしかないかー。


「……分かった。宮沢さんには明日にでも僕の方から連絡してみるよ」


「おけおけ。頼んだよー。……ん? でも、なんでわざわざ明日? 月曜に言えばいいじゃん」


「月曜に言って無理だったら打つ手なしだろ。でも明日聞いてダメって言われたら、次の手を考える時間くらい残るだろ?」


「おおーさすが頭脳派。でも、だったら今から訊いてもよくない?」


 イミカのもっともな指摘に少したじろぐ。

 確かにそれはそうかもしれない。が、徹夜明けの頭で宮沢さんと渡り合うのは荷が重い。瞼も重い。気持ちも重い。三重苦で僕はへし折れてまう。


「……ねむたい」


「ファイトだ! アイタン! アイタンにならできる!」


 元気一杯にガッツポーズされても、生憎こっちは色々とガス欠気味なんだ。


「パスだ」


「誰に?」


「明日の自分」


「ダメだよアイタン! 今日できることは今日のうちに!」


「おいおい、イミカ。その言葉は全然ダメだぜ? 今日はできないことでも明日ならできる。こう言った方が全然前向きだろ?」


 やばいな。ちょっと自分でも何言ってるか分かんねーわ。まあ、イミカは馬鹿だし騙されてくれるだろ。


「確かに! よろしい! 今日のところは家に帰って存分に休むといい」

 

 ほら。


「んじゃ、帰るわ。お前はこれからどうすんの?」


「んー。私も特に用も無いし、あー、でもちょっと本屋に寄って帰ろうかな」


「お前が本屋? 珍しいな? いや、最近はそうでも無のか?」


 昔はどこへ行くにも一緒だったが、月日の流れとともに僕らも別々に流されて、今では結構な距離がある。得てして幼馴染なんてそんなもんだし、なあなあで、ベタベタした関係は僕の好むところでは無い。昔からの悪友。時たま思い出したかのように面倒ごとを押し付けてくる。僕はイミカとのそういう関係性を意外と気に入っている。


「むー。アイタン最近素っ気なく無い? もっと私に興味もてよー」


「今でも十分付き合ってやってるだろ? それに僕は昔からこんなもんだ」


「……確かに。クールぶってて、クールぶりきれないのがアイタンでした」


「ぶってねーし、打つぞ馬鹿」


「やなこったー! それじゃ支払いヨロシク!」


 言って、イミカはビシッと立ち上がり逃走にかかる。それを、ブラブラ揺れるアホ毛を引っ張って止めてやりたいところだが、今の僕にその気力は無い。なので最後に一つ言葉を吐く。


「イミカ、最後に一つ」


「なにさ、恨み言なら聞かないよ」


 言いつつも律儀に足を止めてくれるところがコイツの良いところ。


「お前、ラブレターか殺人予告書くならどっちを書く?」


 僕のおかしな質問に、イミカは数瞬瞬いて、ニヤリと唇を歪ませる。


「そんなのラブレターに決まってんじゃん」


 その笑顔に僕が何を思ったか。何を思い出したか。僕はまだ気がついちゃいない。ただ、秋の風がスーッと心を通り抜けた、そんな気がした。


「……決まってるか。ああ、まあ、お前ならそうだな。悪いな変な事聞いて。お詫びにここは僕が支払っておいてやるよ」


「気にするなよ、アイタン。支払いは元からアイタンに頼む予定だったんだし、お詫びなんて水臭い言葉は無しだぜ?」


「次はお前が奢れよ」


「じゃあ、その次はアイタンね」


「……ふっ。もういいや、さっさと帰れよ。本屋行くんだろ?」


「えーい。じゃあ、またねー」


 そう言って手を振るイミカを見送って、僕も喫茶店を後にする。店の外に出ると日差しが強い。僕は一度、何かに引かれるようにして振り返える。振り返っても何も無い。ただの日常があるだけだ。僕はそれを確認してから、ゆっくりと帰路に就いた。




いけるいける。

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