第02話 世の中そんなに理不尽じゃないよね?
(…うん?………にんじん?)
まさか、遥々異世界まで来て得た能力が人参を生み出す力、なわけないよね?世の中そんなに理不尽じゃないよね?
という穣の心情を他所に、右手を突き出すたびにぽとり、ぽとりと人参が生み出されていく。何度かの施行の結果、とある仮説を思いついた。
右手からは人参。では、左手ならどうか。右手が理不尽なまでに使えない能力である代償に左手からはとんでもない炎とかそういうのが出るのだ。うんきっとそうに違いない。
そうでなければ、もしここが本当に異世界だったとしたら生き抜けない。右手から人参が出る時点で、現実ではないことは察しているが…
藁にもすがる気持ちで左手を突き出すと、玉ねぎが落ちてきた。ご丁寧に皮は剥いてある。
「右手からお野菜!左手からもお野菜!
そんなのってないよ!」
穣はその場に膝から崩れ落ちた。隣の化け物が石壁を破ってきたりしたらもうどうしょうもない。
仮に、無事この独房から脱出できたとしてもお野菜の力で何ができるというのだろうか。
「俺のほのぼの異世界ライフが終わってしまう…」
積み上げられた人参と、そのてっぺんに座す玉ねぎを愕然と眺めていると、ミシリ…という奇っ怪な音とともに化け物がいるであろう部屋から女性の美しい声が聞こてきた。
「もしや、そこに食べ物があるのですか?」
まさか、化け物と一緒に女性が閉じ込められているのだろうか?だとしたら、この力で彼女を救うことは到底できないだろう。
己が無力であるばかりに眼の前の女性一人救うことが叶わない。
いや、あるいは彼女の代わりとして化け物に人参を食べさることができれば…
穣が回らない頭で必死に考えながら壁を見やると、先程まではなかった亀裂が走っていることに気付く。そして、またもや美しい声が響く。先程よりも少しトーンが低いのは気のせいだろうか?
「…あるのですね、食べ物が。私の鼻を誤魔化すことは何人にもできません。」
何かとてつもない力が壁に加わり、パラパラと壁の細かい欠片が落ちる音が聞こえる。
そして亀裂は猛烈な勢いで広がり、豪快な音を立てて壁が崩れ去った。獣の咆哮とともに…
終わった…もっとマシな企業に就職して親孝行がしたいだけの人生だった…化物の腹の中で生涯を終えることになるとは…こんなことになるのなら一度でも課長のハゲ頭をペチンと叩いておくんだった…
長めの後悔の念が頭中に渦巻いている。しかし終わりの時はいつまで経ってもやって来ない。
恐る恐る穣が目を開けると、肩まである艶々の金髪を揺らしながら人参を頬張る絶世の美少女がそこにいた。
獣の咆哮のような轟音は、少女のお腹から鳴り響いていた。
「お前の腹の音だったんかい!」
穣は思わずツッコんでしまう。が、少女はそんなツッコミも意に介さず、ひたすらに野菜にかぶりつく。
「美味しい…この赤くて甘い食べ物は何でしょう?それにこの白くて辛いものは?」
転がっていた人参と玉ねぎを食べ尽し、不思議そうな顔で首を傾げている少女を改めて見ると、幼さが少し残っているが、透き通るような白い肌に目のさめるような整った顔立ちをしている。
年齢は10代半ばくらいだろうか…
見惚れていると、少女がニッコリと微笑みながら話しかけてくる。
「この食べ物はあなたが?全然足りないので、もっと私に献上する栄誉を与えますよ?」
この後、天使のようで女神のような少女の食欲を満たすために筋肉痛になるまで腕を突き出す羽目になることを穣は知る由もなかった。