第11話 足でも潰したら持ち運びやすくなるかしら?
ダンジョンとは、各地に突如出現する地下迷宮のことを指す。
その深奥は魔界に繋がっていると言われており、強力無比な装備や人智を超えたマジックアイテム、希少な鉱物などを倒した魔物から得られるため冒険者が攻略に精を出している。
だが、棲息している魔物は地下に降りるほど強力となっていくため完全に攻略されたダンジョンは数えるほどしかない。
ダンジョンによってその性質は様々で、硬く扉が閉ざされているものもあれば、中から魔王が出てきてダンジョン周辺の街や村を支配してしまったという恐ろしい事例もある。という説明はスフィアから聞いた。
そんな危険極まりないダンジョンを攻略したい理由はなんだろう、と穣は疑問に思う。
そして、その答えをすぐに棺は口にした。
「私が冒険者をしている目的は、実は2つあるの。1つは私が追っている魔王…ナグラーダへ復讐するため。もう1つは、魂から肉体と精神を再構成する秘術を見つけるため。」
棺は真紅のマフラーをとり、首にかかっているネックレスを外した。
ネックレスには、小さな黒い立方体が1つだけついている。
棺がスキルで生み出したものだ。
「この中に、ナグラーダに殺された妹の魂が眠っているの。」
棺が保有しているスキルは複数あるが、メインスキルは《厄災の箱》という任意の場所に黒い立方体を出現させるスキルだ。
その本質は空間の隔離にあり圧縮は副産物である。
隔離された空間は時が進まないため、魂を箱の中に閉じ込めて妹の魂が世界に霧散することを防いだのだ。
ナグラーダを追う傍ら妹復活の手がかりを探していると、ある街の占術師にその秘術のヒントが件のダンジョンにあることを告げられた。
占いなど、元の世界ではあまり信じていなかった棺だが、スキル《鑑定》で占術師の能力は本物だとは確認できた。
だがどうあっても入り口の扉を開くことができず、歯痒い思いをしながら他の手がかりを探っていたらしい。
そこに、魔王ごと魔王城を蒸発させる規格外の存在が現れた。棺にはこれは運命だと感じざるをえなかった。
「そういう理由で、あなた達に助けてほしいのよ。もちろん、報酬は惜しまないわ。美味しい食事も提供するし、ダンジョンで得たアイテムは基本的に全部あげる。」
「わかりましたいいでしょうジュルリ。」
スフィアは即答する。
えぇ…ちょっとチョロすぎませんかね?
そして、一呼吸おいて言葉を続ける。
「しかし、扉を壊すのは穣です。」
ふえぇ?棺さんでも壊せない扉を壊せって?
それは無茶ではないだろうか。
「いやいや、ちょっと待て。扉を壊せる気もしないし、まだ協力するとも言ってないよ!ダンジョンで生き残る自信もないよ!」
穣は少し焦り、抵抗を試みた。
「穣はゆくゆくはけーきやどーなつを私に献上できるようになってもらわねば困ります。《野菜製造機》から野菜以外の物を創造するためにはスキルの進化が必要ですし、それは並大抵のことでは起こりません。」
それが目的か!
棺の料理だけではなく、それも見据えているとは貪欲だな…
「ダンジョンの1つや2つ攻略できないようではそんなものは夢のまた夢ですよ。これは神の試練なのです。わかってくれますね?」
ミシミシ、と肩を掴まれ最高の黒い笑顔を向けてくる。
この女神、NOと言わせない気だ…!
「ありがとう。そうと決まれば、まずはダンジョン攻略の準備をしましょう。ここから一番近い都市は、要塞都市アチクダね。」
「まだYESと言ってませんが!?」
「うん?何かしら?…そうねぇ、足でも潰したら持ち運びやすくなるかしら?」
棺が穣の足元に手をかざすと、黒い立方体が下肢を覆った。
いやいや、これ体半分じゃん!潰されたら死んじゃうから!
「わかったから!行くから!行くからこれ解除してよぉ!」
「うふふ、冗談に決まっているのにね。」
棺がパチン、と指を弾くとガラスが砕けるように立方体は消えていった。
いや、目がマジだったよ…このお姉ちゃんたち怖いよお…。
まぁ、どのみち棺の妹の話を聞いた時点で、何とか力になってあげたいとは思っていたわけだが。
こうなればヤケだ。
かくして、穣たち一行は要塞都市アチクダへと歩みを進めていった。