009 龍馬さんも魔法使いになる?
八坂神社近くの料理屋から、脱兎のごとく飛び出した龍馬さんを
「ちょっと待ってくださいよ」と言いながら、開が追う。
天照さまを背負っているにもかかわらず、
なぜか付いていけているので不思議に思っていると、
「どうじゃ妾が掛けてやった、肉体強化魔法は、快適か」と
天照様が問うてきた。
「こんな魔法をかけられるんなら、最初からかけてくれていれば、
さっき、あれほど疲れなかったんですけど・・」と少し文句をいうと
「ふん、最初から魔法にたよってどうするのじゃ」と言い返された。
「うう正論です・・・」
(しかし、背中に当たるこの柔らかい感触と太股の感覚が・・)
(開、不謹慎だぞ)
(身体を乗っ取れる魔法はないのか、俺に代われ)
勾玉の中の、外野がうるさかった。
***
どうやら近江屋に着いたようで、「慎太郎、大丈夫か」と龍馬さんが
すでに開けっ放しになっている引き戸から、建物内に飛び込んだ。
続いて開が、中に入ると、いきなり斬りかかられた。
「うわ」(なんで俺?龍馬さんは)と思ったら、
龍馬さんは素早くよけたみたいだった。
肉体強化の魔法のおかげか、最初の一太刀はなんとかよけられたが、
相手の殺気にあてられ、恐怖で体が動かなくなってしまった。
(やばい、斬られる)暗くて、あまり見えないが、
それでも、相手が上段に構えて斬りかかって来るのは分かったのだ。
ところが、バンと音がしたとたん、相手から殺気が消え、
そのまま崩れ落ちた。
「ゆるせよ、こっちも急いでるんでのう」倒れた侍に向かって
龍馬さんはそう呟くと、階段を駆け上がってしまった。
それが、龍馬さんが撃った拳銃のおかげだということに気づくのに
暫くかかって、動けないでいると、勾玉から、
(開、大丈夫か)と親父たちの声がした。
(はい、なんとか)
(気をつけるんだぞ、いくら強化魔法を掛けてもらっていても、
死ぬときは死ぬからな)
(わかりました)開は気を引き締めると、
「様子を見てきます、天照さまはここでお待ちを」と天照さまを降ろし、
今さっき、崩れ落ちて、おそらくはもう、死んでいるだろうと
思われる侍が握っている刀を、ふるえる手で奪い取り、
龍馬さんの後を追って、階段を上り始めた。
すると、2階の方で、バン、バンと2回、銃声が聞こえた。
勇気を奮い、残りの階段を一気に駆け上って、刀を構えて、部屋に入ると、
中岡慎太郎さんと思える人と、1人の武士が刺し違えるように事切れていて、
その横に、今、まさに龍馬さんに斬りかかろうとして
逆に撃たれて、死んだと思われる侍が2人倒れていた。
その向こうには、小太刀を持って、けなげに立ち向かおうとしていた女性と、
その奥に、すでに斬られたのか、血まみれで倒れている女性がいた。
「お田鶴さまがなして、ここに・・」龍馬の問いに
田鶴さまと呼ばれた女性が
「それが、美子さまが、急に、龍馬殿に会いたいと申されて、
お忍びで、待たせてもらっていたんです・・」
「う、うう・・」美子さまと呼ばれた、血まみれの女性は
まだ、息があるみたいで、目を開けると、開の方を見て、
「海にいちゃん・・やっと会えた・・」と、呟いて再び目を閉じた。
(やっと会えたってどういうことだ?)勾玉内が騒然となる。
「え、もしかして麻衣ちゃんか」
(なんと、麻衣は、この人に憑依してるってことか)
開は、刀を放り出して、美子という女性に駆け寄り抱き起こした。
その女性は、男装をしており、おそらく龍馬さんと間違えられたのだろう。
肩から胸に掛けて袈裟斬りされているようで、
開の両手がぬるりとして、一瞬で血まみれになった。
「麻衣ちゃん、しっかりしろ、くそ、血が止まらない、どうすれば・・」
(開、魔法を使え!)勾玉から、海の声が聞こえる。
(魔法か・・)開の脳裏を10年前の、出来事が一瞬よぎる。
(魔力回路は、修復してもらったけど。でも、ヒーリングは、あの時以来
使っていない・・。できるのか俺に・・)
麻衣ちゃんが憑依している美子という女性の顔から、
見る見る血の気が引いていく。
隣で倒れている、中岡慎太郎さんは、目を開けたままピクリとも
動かない。おそらくもう・・
(やるしかない、もう誰も死なせたくない。神様どうか、
俺に力を貸してください。彼女を、お助けください)
「ヒーリング!」開が無心に祈りながら、ヒーリングと叫ぶと
自分でもハッキリ分かるほど、頭上のクラウンチャクラから、
白色系の癒やしの光が、滝のように流れ込んできて、それが、
手のひらのチャクラを通して一気に吹き出していくのを感じた。
すると、斬り裂かれた着物についている血はそのままだが、
その奥の深い斬り痕が、たちどころに塞がっていったのだ。
「開君、また魔法が使えるようになったがか、よかったのう」
「はい、また使えたみたいです。でも、なんでなんだろう」
「信仰の力じゃよ、さっき、みなで決めたであろう、
日元神道を中心に、神様を本当に信じている者は、
魔法を使える世界にしようと。もう忘れたのか」と言いながら、
天照さまが、ゆっくりと階段を上がってきた。
「慎太郎は、間に合わんかったか」
龍馬さんが抱えている中岡慎太郎さんを見て、天照様が、悲しそうに呟く。
龍馬さんが、慎太郎さんの開いたままの目を優しく閉じる。
「慎太郎・・、無念じゃったろう。
慎太郎、魂になって、儂にしがみついちょけよ、
おまんの想いも背負って、儂が走れる所まで、走っちゃるきに、
走れる所まで走ったら、次のもんにタスキを渡して、
儂もそっちに戻るきに、そのときは、また一緒に酒でも飲もうぜよ」と
言いながら、なぜか開の方を見た。
(え、なぜ、こっちを見るの?)
(そりゃ、龍馬さんが、次のランナーにお前を選んだってことだろう)
(え、俺!)
(頑張れよ、開)
(がんばって開)勾玉内の外野がうるさい・・。
「龍馬殿、こちらの方々は?」お田鶴さまと呼ばれていた方が問う。
「儂の友人ですよ。それより、こ奴らは、見回り組ですかいのう、
見たことない顔じゃけども。
まあ、もうすぐ新撰組も、かぎつけるでしょう。
ここは危ないきに、とりあえず、美子さんを安全な所に移して、
話はそれからにしましょうぜ」
慎太郎さんの遺体を龍馬さんが担ぎ、お田鶴さんと、天照様を間に挟んで、
最後尾に、開がまだ、意識が回復しない、美子さんを背負って、近江屋を後にする。
少し離れた、船着き場から、小舟に乗り、伏見の寺田屋にたどり着いた頃には、
もう夜が明けかけていた。
****
「もっと、ズバッと斬り降ろして、クルッと返してスパーンと
斬り返すんじゃ。もう一回やってみせい」
「はい・・」
(うう、龍馬さんの教え方は、元巨人軍の某名誉監督よりも感性的で
さっぱりわからん)
寺田屋という龍馬さんが贔屓にしている伏見の宿に
お世話になってから3日がたった。
麻衣ちゃんが憑依している美子さんの体は、開のヒーリング魔法で
治癒しているのだが、流れ出た血液までは回復できず、
命は取り留めたものの、まだ、意識が回復していないのだ。
とりあえず、彼女の意識が戻るまでは動けない。
お田鶴さまには、小舟の中で開達の事を説明して、
寺田屋で、少し休んでもらってから、龍馬さんの手紙を持って再び、
京の街に戻ってもらっていた。
お田鶴さまは、時空を超えて150年後の別の世界からやって来たという、
開達の話に驚きながらも、美子さんに施した治療魔法を間近で見ていたためか、
素直に信じてもらえたのだ。
中岡さんの遺体は、寺田屋に着いた翌日に、お登勢さんという
寺田屋の女将さんの口利きで、近くの中書島遊郭の片隅にある
お寺に埋葬させてもらっていた。
少し時間が出来たので、今朝から、どの程度、魔力が回復しているのかの
確認も兼ねて、近くの河原で、前の世界でやっていた、
早朝トレーニングを再開したのだ。
魔力測定器がないので、正確な魔力は分からないが、
赤色の肉体強化系魔力、黄色の光系魔力、青色の知力系魔力
緑色の調和系魔力、紫色の礼節系魔力、銀色の科学系魔力
そして、一昨日使った、白色の医療系魔力の7色全てが
使えるようになっていた。
(開が使った、治癒魔法は、母さんが使う魔法に似ていたなあ)
(え、そうだったの、じゃあ最低でも10万MPってこと)
(いえ、あの傷を治すには、最低でも50万MPは必要だから、
白色系魔力は、レベル5の真ん中以上はあるはずよ、他はどんな感じ?)
(ちょっとまって、肉体強化!)開は、心の中で肉体強化魔法を唱えると
河原の石を拾って、思いっきり握ってみた。
すると、手の中で、ボロボロと砂のように潰れたのだ。
(おお!これもすごい、レベル5ぐらいはいってるぞ)
心の中で、勾玉内の住人たちと会話しながら、様々な魔法を
試していると、なぜか一緒に付いて来た、龍馬さんが、
北辰一刀流の稽古も付けてくれる事になったのだ。
実は、龍馬さんも魔力持ちだったので、昨夜、天照さまの指導の下で、
なんと開が、龍馬さんの魔力回路を整えたのだ。
龍馬さんは、やはり、北辰一刀流の免許皆伝の剣術使いだけあって、
魔力回路を整えると、すぐに赤色の肉体強化系魔力が使えることがわかり、
さらに、薩長同盟や、大政奉還を成し遂げたタフ・ネゴシエーターだけあって、
青色の知力系魔力の素質もあるようで、試しに、開の魔力パスポートに入っていた、
電子版のTOEICのテストをやってもらったら、いきなり900点以上をたたき出しのだ。
{開の世界では、青色のレベル3で、TOEICなら900点以上あり、レベル4だと、
ネイティブと普通にディスカッションが出来てしまうので、
この時点で、龍馬さんは、レベル3以上の魔力があると判定されたのだ。}
「だからもっと、スコーンと振り下ろしてズバッと行くんじゃ。
それにしても、この肉体強化魔法はすごいのう、ほら」
龍馬さんは、すぐに、肉体強化魔法を使いこなせるようになり、
愛刀の陸奥神にも魔力を流して、直径が50cm以上あると思われる、
河原の石をスパッと斬ってしまった。
「おお、これなら黒船もたたき斬れそうぜよ、
開くんも、スコーンとやってみせい」
(だから、そんな感性的な言葉じゃ、まったく意味が分かりませんよ。
よく、桂さんや西郷さんを説得して薩長同盟を結ばせたよな)
(いや、俺にはよくわかる)
(なにー)
「うー、素人の僕には無理ですよ。しかし、あっという間に
肉体強化魔法も使いこなせるようになるなんて、さすがですね」
「開師匠の教え方が上手いんだよ」
昨夜、魔力回路を整えた後、目に見えない魔法華が
頭頂、眉間、喉、胸、腹、丹田、尾骨部分に存在していて、
そこから、天上界の魔力を吸収して、体の中を循環させると
割とスムーズに魔力が使えることを教えたのだ。
龍馬さんは、すぐに体得したが、それから開の事を、
魔法の師匠と呼ぶようになったのだ。
「いえいえ、龍馬さんが凄すぎるんですよ。
僕は少しコツを教えただけですよ」
開は月本国時代、5歳で地元では魔法の神童と呼ばれ、
10歳で、魔力をほとんど使えなくなってからも、
毎日ずっとチャクラ浄化とトレーニングをしていたのだ。
「しかし、さっき見せてくれた、飛行魔術は便利そうじゃのう、
儂にも使えるようになれるじゃろうか」
開は10年前に起こった事件の時、10m以上の高さにある空間の裂け目から
流れ出る濁流を止めようとして、両親が見せてくれた飛行魔術を、
魔力が使えなくなったこの10年の間もずっと、
イメージトレーニングを続けてきたのだ。
「そんなに簡単には体得できないと思いますが、ずっと練習すれば、
そのうち使えるようになると思いますよ。僕も10年ぐらい・・」
開がそう言っていると、龍馬さんが1m程浮かび上がった。
「おお、これは便利じゃのう。大井川を、川越人足を使わずにわたれるぜよ」と
川の上をスイスイと飛びはじめた。
「ええ、もうマスターしちゃったんですか、すごすぎる・・」
(魔力が使えない間もずっとイメージトレーニングしていた
僕の10年間の努力はいったいなんだったんだ・・)
次々に魔法をマスターしていく龍馬さんの上達スピードに
ショックを受けていると、寺田屋の女将さんのお登勢さんがやって来た。
「朝食ができましたえ、それと、陸奥さんたちが
見えましたえ」