048 閑話5 あるイギリス諜報部員の改宗
すみません、体調を崩して、1週開いてしまいました。
イギリスの諜報部員のジェームズは、清国での義和団事件の後、
鉄道技術者という肩書きで来日し、半年間かけて、日元国中を回りながら、
英日同盟を組むかどうかの判断材料として、様々なデータを集め、
それを基に、報告書を作りながら頭を抱えていた。
「こんな話、誰が信じるんだ・・・」
ジェームズは自分の書いた報告書を見直しながら呟いた。
ある国が豊かになるためには、つまり、その国の経済を発展させるためには、
その国でしか産出されない、あるいは作れないような付加価値のあるものを
輸出して、外貨を稼ぐしかない。
そして、逆にその国を衰退させるには、その国の産業を潰せばよいのだ。
例えば、かつてインドでは、綿花栽培が盛んで、イギリスから輸出しようとした
羊毛がまったく売れなかった。
そこで、難癖をつけて機織り機を壊しまくり、さらに職人たちの腕を
本当の意味で切り落として、インドの綿産業を破壊しつくしたのだ。
その結果、インドは只単に原材料の綿花を輸出するだけになり、
イギリスから、綿織物や羊毛製品を言い値で売りつけられるだけの
国になったのだった。
また、清国との貿易では、お茶や絹などを買い取るばかりで、
イギリス側からは、あまり売るモノが無く貿易赤字に陥ったため、
インドなどで栽培したアヘンを売りつけたのだった。
それらの国々に比べれば、小さな島国の日元国には、
30年程前に発見された金山から出る多少の金と、絹ぐらいしか
輸出するものがないはずなので、イギリスの圧倒的な貿易黒字に
なるはずなのだが、なぜか貿易はトントンであった。
しかも不思議な事に、世界中に植民地を持つイギリスに比べ
経済力は50分の1にしかならないはずなのだが、
欧米諸国から何か輸入する場合も、きちんとキャッシュで支払われており、
支払いが滞り、外国人居住地の土地や鉄道権利などを
担保として取られることもなかったのだ。
かといって、清国のように国民に過大な税を課しているわけでもなく、
国民も、それなりに豊かに暮らしているようなのだ。
(そういえば、物乞いもいないんだよな・・)
半年前までは清国、その前は、インドで諜報活動をしていたジェームズは
どの国でも、多くの物乞いを見てきており、スラム街では、
何回か襲われそうになったこともあったのだが、
この日元国では、全くと言って物乞いを見ていなかった事に気がついた。
(そういえばスラム街も見ていないな・・・これは、やはりアレが原因なんだろうか・・・
しかし、アレを報告書に書けば、私のキャリアは終わってしまう・・・)
*** ジェームズのレポート
日元国は、我が大英帝国にローマの衛星都市、ロンディウムが存在した頃に
アマテラスという女神が降臨し、その子孫の天皇家が統治を始めたとされる国である。
(本当はローマ帝国より古いみたいだが、それを言うと我々イギリス人のプライドが
傷つくからやておこう・・・)
しかし、今から900年程前から、その天皇家に仕える、征夷大将軍が
力をつけ始めて、幕府という政治体系を作り上げた。
幕府は鎌倉や室町など、何度か変わる事はあったが、天皇家は存在し続け、
我が大英帝国で言うところの、女王陛下と議会政治に似ている関係であった。
そして最近まで存続していた、徳川幕府では、
将軍が全ての日元国を支配している訳では無く、
将軍の下に、300以上もの藩が存在し、それぞれの藩の殿様が、
その領地を統治する国家体制であった。
ただ、今から30年程前に、徳川慶喜将軍が、統治権力を天皇に返上し、
徳川家も一大名(藩)に戻った。
それを受けた、明治天皇の基に議会が作られ、その議会の中で選ばれた
首相が、政治を行う、極めてイギリスに近い政治体制を取っている。
(ここまでは、まだいいんだ、ここから気が重くなる・・)
我が国では、ロンドンに当たる東京、バーミンガムに当たる京都、
マンチェスターに当たる大阪、リバプールに当たる神戸などの都市は、
我が国と同様に上下水道や街路灯が整備されており、
鉄道網も我が国と遜色ない程にまで発達してきている。
(いや、本当は、東京、大阪、名古屋に存在する旅客と貨物の
2重ループ鉄道や、そこから放射状に複々々々線で郊外に延びる鉄道網、
しかもすべて24時間運行で、ほとんど遅れも無い運行体制は、
ハワードが唱えている、健康的な田園都市に住み、鉄道を使って都市部に通勤する
という構想を先取りしていると思うんだが、これはさすがに書けないな・・)
また、隣の清国やインドのようなスラム街が存在せず、
物乞いも、ロンドンと同じぐらい少ないような感じである。
(いや、本当は一人も見てないんだが・・・、そうは書けないし、
やはりロンドンと同じぐらいにしておこう・・・)
街路はきちんと舗装され、店には、商品が溢れて活気があり
また、蒸し暑い夏の時期を快適に過ごすためか、街のいたる所に、
古代ローマの街のように銭湯があり、汗を洗い流せるようになっている。
(いやこれ、本当に気持ちよかったぞ、特にフロ上がりの冷えたビールが、
最高だったんだが、これも書けないよな・・・)
そのため、行き交う市民も、皆さっぱりとしており、華美ではないが、
服装も清潔で、礼儀正しく、外国人の私が歩いていても、
清国のように罵声を浴びせられることもなかった。
そして、もっとも驚く事は、これらの動力源、つまり、
鉄道を動かす石炭や街路灯を灯すガス、風呂を沸かすための薪などの
エネルギー源が、魔力水晶から引き出される、
マジックエネルギーで賄われている事だ。
(うう、ついに書いてしまった。絶対に、これは作り話だと思われるぞ・・)
驚く事に、日元国人の夫婦から生まれる赤ん坊は、全て魔力を有しており、
生まれてすぐ、お宮参りという、キリスト教でいう洗礼を受けることで、
魔力が体内を流れるようになるのだという。
そして、平均的な日元人は、1日6時間の睡眠で、21600ほどのマジックポイントを
体内に創り出すことができ、そのマジックポイントを魔力水晶に補充し、
それを必要に応じて取り出して、我々の西洋文明の石炭や電気やガスのように
エネルギーとして使っているのだ。
そのため、食材の煮炊きや、鉄道の蒸気機関などのための石炭や薪は
購入する必要がない。
さらに、鉄道の運賃や、一部の大衆食堂では、数100から数1000ぐらいの
マジックポイントを改札口や、食堂の支払い台に設置してある
魔力水晶に注入すれば、お金の変わりになってしまうのだ。
もちろん高級な商品やサービスは、マジックポイントでは払えない場合があるが、
庶民が日常使用するものに関しては、ほとんどマジックポイントが使えるように
なっていて、働かなくても最低限の生活ができるようになっている。
この事が、物乞いが激減している大きな要因だと思われる。
{明治元年生まれから魔力を有するようになったため、35歳以上の日元人は
魔力を有していない。そのため、彼らには、ハワイ国と同様に最寄りの神社に
設置してあるピラミッド型の魔力水晶製の部屋でチャクラキレートを受ければ、
魔力回路が開けるようになっている}
(こんなの絶対信じてもらえないなあ・・)
{紫禁城への突入で、開や龍馬が魔法を使ったことは、
報告していたが、それはあくまでも一部の魔法使い者が存在すると
いうことであって、日元国の国民すべてが、魔法使いになりつつあると言うことは
まだ、正式には伝わっていなかった}
以上の事から、日元国と同盟を結ぶ事は、我が大英帝国に取って、
大いに利益を与えるものと思われる。
***
「ここを切り崩して、初心者が滑れる迂回コースをつくりましょう」
開たちは、軽井沢スキー場の建設現場に来ていた。
「分かりました」
土魔法を使える、現場監督が指示を出そうとすると、
「私も参加させてください」と
設計者のジェームスが声を掛けて来る。
あの報告書を提出すると、やはりジェームスは左遷された。
仕事がほとんど無くなった、ジェームスは、本当に興味のあった
鉄道建設の、信越本線の碓氷―軽井沢間のトンネルの工事現場に
見学に出かけたのだが、そこで、紫禁城突入の時に世話になった、
開に再会したのだった。
直線で8km程の距離の間に、高低差が500mもある碓氷峠の鉄道建設は
前世では最大の難所になっており、歯車をかみ合わせながら登るラック式で建設後、
少し迂回する新線の建設、そして大きく迂回する北陸新幹線の建設と、
3回にも渡って、線路を敷き直していたが、魔法が使える今世では、
魔力水晶をコーティングすれば、急勾配でも問題なく走れるため、
横川から、ほぼ直線で中尾山をくり抜いて軽井沢に続くトンネルを、
わずか3週間ほどで掘り抜いたのだ。
{しかも、複線が3本!魔法鉄道工作隊凄すぎ!!}
その様子を間近で見させてもらい、しかも外国人でも、
日元神道に帰依して、チャクラキレートを受けて、日元国に帰化すれば、
日元人の10分の1程度ではあるが、魔力が使えるようになるという話しと、
北京の日元公使館に逃げ込んだときに、かいがいしく怪我の治療や
食事の世話をしてくれた、西徳公使の麗子令嬢に再会したことで、
ジェームスは、日元神道に改宗した上に、日元国へ帰化してしまったのだ。
「大丈夫ですか、ジェームスさん?」
魔力が少ないジェームスに替わって、彼が使う魔力斧に
魔力を補充してあげながら開が尋ねる。
「まだまだ大丈夫ですよ。それにしても、まるで草を薙ぐように
大木が切れてしまうんですね。魔力ってすごいですね・・・」
キリスト教から、日元神道に改宗してしまったため、
キリスト教のコミニュティから閉め出されてしまったジェームスは、
日頃のうっぷんを晴らすように、スパスパと大木を切りまくっていた。
切られた大木は、肉体強化魔法を使える作業員が運び出していき、
さらに土木魔法が使える作業員が、緩やかな坂道に斜面を整地していく。
みんなで連携しながら、2時間ほど作業を行い、山の中腹まで降りてくると、
「ジェームス!」と手を振りながら、
麓から、中腹まで開通したリフト代わりのモノレールに乗って
麗子さんと、お手伝いさん?がみんなのお弁当を持って来てくれた。
二人だけの世界にさせようと、他の作業員や現場監督さんと食べようと
思ったのだが、麗子さんに申し訳なさそうに頭を下げるジェームスと
それを必死でやめさせようとする麗子さんの様子が気になったので、
それとなく声を掛けた。
「どうしたのですか」
「・・・実は、今度出来た、軽井沢の教会で結婚式を上げるので、
ジェームス様のご両親を招待したのですが・・」
{鉄道が開通した軽井沢は、前世と同様、夏は避暑地、冬はスキーができる
リゾート地として開発中だった}
最初は、必ず行くからという返事だったのだが、
相手の女性が、日元人だと分かったとたん、妾として養うならかまわないが、
正妻にするのはやめてほしいと連絡があり、
ジェームスが、いや正妻にしたいと再度手紙を送ると、
そのような結婚式には出席できないと返信が来たのだという。
「そうですか・・、で二人はどうするのですか」
「たとえ、世界中の人が反対しようとも、僕は麗子さんと結婚します」
(いやいや、反対してるのは、あなたの両親だけですから)
開は心の中で突っ込む。
「私も、どんな事があっても、ジェームス様に付いて行きます」
(けっ、孫文に続いて、ジェームス、お前もか!勝手にやってろリア充め)
勾玉内の海が急に暴れ出した。
(まあ、なんてすばらしい!開、必ずこの二人を結ばせてあげなさい!)
女性陣の方はこういう、シチュエーションに弱いらしい・・。
「いつか、きっとジェームスさんのご両親も理解してくれますよ・・」
開はそう言いながら、麓に出来つつある軽井沢の街を見下ろした。
開の予言通り、日露戦争後、日元人は、名誉白人のような立場になり
{開は不満だったが}日元女性を妻にしたジェームス・マッカートニーは
日英同盟の体現者として持ち上げられ、
彼の地元のリバプールで名誉市民として歓迎されたのだった。
さらに数十年後、彼らの孫のポール・マッカートニーは、
四人で、カブト虫の名前のバンドを組んで活躍し、
さらに、日元とイギリスの友好の絆を太くすることになるのだった。




