040 その後の朝鮮半島
「麻衣ちゃん死ぬな!」
開が事切れた少女の亡骸を抱きしめると、不思議なことに
首から下げていた、開の勾玉が光り始めたのだ。
一瞬、意識が飛んだ開が目を開けると、海と海の両親、
そして開の両親と、輪郭が少し、ぼやけていると表現していいのだろうか、
麻衣ちゃん?の姿があった。
「もしかして勾玉の中なのか?」
以前、美子さんの魂が天上界に帰って麻衣ちゃんの
魂の一部がそのまま美子さんの肉体に入り続ける相談をしたときの事を
思い出しながら呟く。
「ええそうよ、声はよく聞くけど、霊体として会うのは久しぶりね、開」
「まあそうですね、母さん。その横たわっているのが麻衣ちゃんですか、
なぜ意識が戻らないんです?」
以前、麻衣ちゃんの魂が美子の肉体に残るという話しをしたときは、
少し透けて見えてはいたが、意識はあり、しっかり意思表示をしていたのだが、
今回は、まったく目覚める様子がなかったのだ。
「わからんが、だいぶ憑依して時間が経っておるからのう、
この肉体の主に霊体エネルギーを吸収されているのかも知れんのう」
そう、答えたのは、霊体になって勾玉内に来ている、
月読さまにそっくりな、金髪の天照大神さまだった。
「吸収されるって・・」
横たわっている麻衣ちゃんは、もともとの魂が7つに分かれたうちの、
1つ分のチャクラエネルギーしかないのだ、
そうなったとしても、おかしくはない事に気づいた開は、愕然とした。
美子さんに、カイウラニ王女、そしてこの少女と、こちらの世界に来て
20年近く、経つというのに、まだ半分も見つかっていなかった。
「急がないと!天照さま、行きましょう」
「あら、もう行くの、せっかくケーキを用意したのに」
海の母親の実咲が、想いの力で実体化したケーキを持ってくる。
「ええ、全ての麻衣ちゃんの魂を見つけたら、そのときにゆっくりと・・」
開がそう言っている間に、天照さまはちゃっかりと座って、
「なに、かっこつけとるのじゃ、ケーキを食べるぐらいの時間はあるじゃろが!」
と、ケーキにフォークを突き刺していた。
***
結局、ケーキを5つも食べて満足した、天照さまと開が1時間後に勾玉内から
出てきたのだが、時間の流れが違うためか、こちらでは、少女の亡骸を抱えてから、
1分ほどしか経っていなかった。
天照さまを背負って、少女の亡骸を抱え、飛行魔法で仁川港に飛んだ開は、
明け方になり、夜通し漢城から走ってきた、竹添大使たちと、
巡洋艦日進で合流することができた。
「この少女には、見覚えがございます。たしか金弘集の愛娘の苺様ですね」
少女を見るなり、浅山書記官が呟く。
「金弘集?」
「閔妃派にも大院君派にも属さない中立派の役人ですよ。
穏やかで、話しが分かる人物ですよ」
(へえ、そうなんだ知らなかった)
(ただ、史実では、この後、高宗に散々こき使われた後、死刑にされているんだよ。
ちなみに、金玉均たちも、日元国で匿ってもらった後、清国の口車に乗せられて、
上海に渡った所で、袁世凱と高宗の刺客に殺されるんだ・・)
(はあ、なんなんだよ、そのぐだぐだ・・。
福沢諭吉さんが朝鮮を当てにしなくなるのも分かるよ)
「ええそうです。私も会った事がありますね。
確か金弘集は、新羅の敬順王が始祖とか、
新羅の時代には日元国ともかなり交流があったようですよ」
竹添大使も同意する。
(なるほど、日元国の血も引いているのか・・、
だから麻衣ちゃんの魂が入ったのか)
「そんな名門家の娘さんを暗殺って・・。本当に朝鮮はグダグダですね」
「た、大変です」偵察に出ていた兵が報告に戻ってきた。
「国王{高宗}の命で、金玉均、朴泳孝、徐光範が、
日元国と共同して、反乱を起こし、多くの要人を殺害して逃走。
その途中で、金弘集の愛娘も殺害した上で、亡骸を奪って逃げたので、
彼らを捕らえ、死刑にせよと、お触れが出まわっています」
「はあ?全部、日元国に罪を擦り付ける気かよ!
どんだけ腹黒んだよ、高宗王!」
***
昌徳宮に戻り国王に返り咲いた高宗は、金玉均を通して下した王命を全て撤回し、
金玉均たちと、日元国を反逆の首謀者とし、その暗殺を指示した後に
金弘集を呼び寄せた。
「金玉均たちが、日元国と共謀して反乱を起こし、
多くの優秀な人材を殺しただけでなく、
そなたの愛娘にまで、手に掛けたことは、誠に許しがたきことじゃ。
そなたの悲しみもようわかるが、辞職などせず、このまま、我に力を貸してくれぬか?」
「高宗陛下、本当に金玉均の一派と日元国が反乱を起こしたのでしょうか?
先日も、私は、金玉均と竹添大使と話しをしたばかりで、とてもそのような・・」
ドン、ガガーン、ドン、昌徳宮の外が急に騒がしくなり、
伝令兵が駆け込んでくる。
「何事じゃ?」
「そ、それが、空から少女の亡骸を抱えた青年が降りてきて、
我々の制止も聞かずに、まっすぐこっちに向かってきております」
「なんだと!清軍はどうした袁世凱殿の軍が守っているであろう」
「そ、それが、袁世凱殿の軍がいくら銃を撃ってもまったく効かず、
雷撃で、兵を吹き飛ばしながら、まるで無人の広野を歩くように
こちらに向かっているんです」
「なっ」
ドガーン。
そんな会話をしていると、扉が一撃で吹っ飛び、
金弘集の愛娘の遺体を、お姫様抱っこのようにして、開が入って来る。
「苺―」金弘集が駆け寄って来る。
苺の亡骸を開から受け取った、金弘集がその場に泣き崩れる。
「・・娘さんが、襲われていることを感じて、
急いで駆けつけたのですが、間に合いませんでした」
開が魔法を使って流暢な朝鮮語で語りかける。
「・・・そうですか、駆けつけてくれたんですか・・・
苺の最後はどんな様子でしたか」
「・・護衛だと思われる人々が、お嬢様に刃をむけていました・・」
「な、金弘集、そんなやつの言うことに耳を傾けるな。そ、そやつが犯人じゃ!」
(はあ?犯人が敵軍のまっただ中にわざわざ、遺体を届けに来るかー。どアホ!)
勾玉内で海がエキサイトしていた。
「確かに、とても明治天皇と同い年の王とは思えないよ」開は日元語で呟くと。
再び朝鮮語に戻り、金弘集にだけ聞き取れるような小声で、
「閣下、もし、日元国へ亡命したくなったら、娘さんが握っている玉を
地面にでも投げつけてください」と囁いた。
金弘集が、娘の手からそっと、ガラス玉のようなものを受け取るのを確認すると、
開は踵を返し、何事も無かったように去っていった。
***
前世では、清国と日元国の二股外交を続けた閔妃が、再び起こった、暴動時に、
二股外交に怒った、日元国のテロリストに殺害され、
それに恐怖した高宗王が、ロシア大使館に逃げ込んで、
自分の身の安全と引き替えに、ロシアに鉄道施設権や、
港湾使用権などを次々に与えたため、朝鮮半島のロシア領化を恐れた、
日元国が、日露戦争の勝利後に、併合したのだが、
今世では、この事件の後、日元国は、閔妃の誘いに乗らず、
大使館を設置しただけで、朝鮮半島から完全に手を引いたのだった。
困った閔妃は、今世では清国とロシアで二股外交を展開し、
やはり、再び起こった暴動時に、大院君派の暗殺者に殺され、
そんな刺客たちに恐怖した高宗王が、やはりロシア大使館に逃げ込んで、
前世と同様に鉄道施設権や、港湾使用権などをロシアに与えたのだった。
しかし、今世の日元国は、前世のようにお節介を焼かず、
朝鮮の事は朝鮮人が決めることだと
それに対しての抗議活動は、一切行わなかった。
その結果、李氏朝鮮国という名と、高宗王は、かろうじて残ったものの、
その内情は、属国のままで、宗主国が、清国から、ロシアに移っただけ
という悲しい結果になった。
金弘集は、前世と同様に、実質の首相としてしばらく、高宗王に、
こき使われたあげくに、抹殺されかかったが、開の与えた光玉
{天照さまの移転魔法が組み込まれていて、地面などに叩きつけると、
一度だけ移転が使える}で、日元国へ亡命してきた。
そして、開たちの忠告を聞かずに、上海に渡って暗殺されかかった
{前世では、暗殺されたが、今世は、海援隊の治癒魔法士が密かに
同行して、一命を取り止めた}金玉均が、金弘集と共に、
朝鮮半島から、続々と逃げ出してくる朝鮮人の安住の場所として、
済州島に新高麗国を造って欲しいと日元政府に懇願してきたのだった。
その件に関して、日元政府は消極的だったが、
{特に勾玉内では、前世では、日元国の東北地方より先に
上下水道や鉄道などのインフラを整備し、小中学校や病院の整備をはじめ、
大阪大学より先に漢城大学{ソウル大学}まで開学させて、
朝鮮半島の近代化に取り組んだのに、戦後は、慰安婦問題をでっち上げ
戦犯旗問題をでっち上げて、反日活動を展開する彼らを助ける必要はないと
海を中心に反対意見が多かった}
なんとイギリスが日元国の正当性を保証すると乗り出してきて、
日英共同で、済州島に新高麗国を建設することになるのだった。
別に英国は、ジェントルマンとして朝鮮人の肩入れをしたわけではなかった。
その証拠に130年に渡る実質的インド支配{1757年の東インド会社による
プラッシーの戦いの勝利から数えて}はそのままで、今年{1884年}はすでに、
ベルリン会議の基、アフリカ大陸をケーキのように切り分けて植民地化していたし、
来年{1885年}の、ビルマ{現ミャンマー}植民地化に向け着々と準備をしていた。
要は他の欧米諸国のアジア進出{フランスは、朝鮮と同様な清国の属国の
ベトナムを植民地化するため戦争を仕掛け、ドイツはニューギニアやサモア、
マーシャル諸島の占領に動いていた}を妨害する駒として、
日元国を利用しようとしているだけだった。
そしてその巧妙なイギリスの戦略に乗せられて、せっかく朝鮮半島や
シナ大陸から距離を置こうとしている、日元国は、清国との争いに
引きずり込まれていくのだった。




