039 ぐだぐだの朝鮮半島
ハワイ騒動から、1年が経ち(明治17年、1884)、開は、天照さまを背負って
李氏朝鮮の首都、漢城{現在のソウル}を歩いていた。
「うーん、東京に比べて、まったく活気がないですね。
それに衛生状態が悪すぎる・・」
開は、道に転がる沢山のウンチを踏まずに歩くのと、
周囲に漂う悪臭に壁々していた。
(日元国なら、下水道が出来るまで、近郊の農家が喜んで、
町人の屎尿を引き取りに来てたのに、こっちの農家の人は何してるんだろう)
(いや、今の朝鮮半島は、両班という支配階級が、常民と、さらに下の奴碑を
支配して、徹底的に収奪と迫害をしている国だから。
農民が自由に肥料になる人糞と野菜を交換するなんて出来やしないさ)
開の疑問に、勾玉内の海の父親が答えてくれた。
「確かに、なにもかも終わっちゃってる感じの国ですね」
開は、活気の無い漢城{ソウル)}の街の様子を見て思わず口に出してしまう。
(まあ、元々、李氏朝鮮という国は、1395年に高麗の将軍だった李成桂が、
自分の君主だった高麗の王を裏切って、王族全てを皆殺しにして
作った国だから、建国の正当性が全くないんだよ。
自分達、王族と両班{李氏朝鮮の支配階級}さえ贅沢に暮らせればそれでいいのさ、
だから、常民{李氏朝鮮の被支配階級}からは搾取するのみ、
常民の街の衛生なんか考えちゃいないさ)
日元国では、江戸時代に入り、各藩が治安や治水に積極的に取り組んだため、
徳川幕府260年間で、1千万人から3千万人に人口が増えていたが、
李氏朝鮮では、両班が常民から搾取するのみ熱心で、
治安・治水には全く行わなかったため、
衛生状態が悪く、伝染病が多発し、500年かけてようやく、
600万の人口が1千万人になる程度だった。
(自分の君主や、その一族を皆殺しにして、権力を奪取するって、
日元で言うと、明智光秀が織田信長を殺した後、秀吉に討たれずに
そのまま国を創ったって感じですか)
(いや、光秀は、織田一族は滅ぼしていないからね、あえて言えば
源氏と平家の戦い?でもあれは、ガチンコでぶつかり合ったからなあ、
豊臣家と家康も、関ヶ原でガチンコ勝負してるし、やっぱり日元国では
李成桂のように敵を攻めると見せかけて、裏切って味方の君主を殺して
国を分捕った人はいないんじゃないかな)
(そんな君主なら誰も付いてこないんじゃないでしょうか)
(そう、だから、明を宗主国として仰いで、女性300人を含む献上品を贈って、
その見返りとして、自らを王と認めてもらうというやり方で、権力を維持していたんだよ。
シナの王朝が替わっても、そのスタイルは変えずに、まあ言えば、500年間、
ずーと属国として過ごしてきたと言うことさ)
(500年間も属国って・・、その間、反乱とか起きなかったんですか)
(ああ、反乱を起こさせないために、嘘を付いてはいけないとか、人を騙しては
いけないとう教えを説いて、それまで広がっていた仏教を破壊して、
目的のためなら、人を騙したり、君主殺しや、人民を搾取することも肯定される、
儒教の朱子学を国学にしたのさ)
(でも、それじゃあ逆に、今度はいつ自分が殺されるかわからないんじゃないですか)
(そうなんだよ。だから、王族だけでなく、両班内でも、嘘や騙しが横行して、
この500年の間に、3人の国王が抗争に敗れて殺され、18人の王子が殺害され、
王妃やその他の数多くの王族が幽閉、流刑、処刑されているんだ)
(はあ、すさまじいですね。所で、今の朝鮮はどうなんですか)
(相変わらず、政権争いが激しいよ、明治天皇と同じ年の命福という人物が
11歳で第26代の高宗王に即位しているが、実権を握っているのは、
大院君として摂政に君臨している父親かな、
ただ、高宗王の嫁さんの閔妃も、結構力を付けて来ているから、
どちらに転ぶか微妙な状態だな。
簡単に言えば、父{大院君}と義理娘{閔妃}が政権争いをしていて、
夫であり、息子である命福{高宗王}が、父に付いたり、嫁に付いたり
オロオロしてる感じだな)
前世では、清が閔妃の子{択、後に純宗として李氏朝鮮最後の国王となる}ではなく
李尚宮の子{完和君}を国王にするという情報を得て、日元国を利用して清に対抗して
自分の子を次期国王にするために、1875年に日元国軍艦を呼び寄せ、
1876年には、欧米を差し置いて、日朝修好条約が結ばれているが、
今世では、朝鮮半島には、関わらない方針を取り、欧米と同じ1883年に
修好通商条約を結んでいる。
(あちゃー、それってグダグダじゃあないですか、そんな体制を作り替えようとする
龍馬さんや西郷さんのような方は、朝鮮半島には生まれていないんですか)
(うーん、この500年間、常民たちは文字も教えてもらえず、
反抗すればすぐに殺されて、ひたすらに、搾取され続けていたからなあ、
群衆を引っ張る言論もリーダーもなかなか出てこないんだよ。
強いて言えば、両班だけど、数年前に福沢諭吉さんの慶應義塾大学に留学していた、
金玉均、洪英植、徐光範、朴泳孝さんたちが、日元国を手本にした
改革を考えているかな、開も一度会った事があるだろう)
(ああ、あの人達ですか・・、確かにいい人達ではあるんですが、あの人たち、
「日元国が東洋のイギリスになるなら、我ら朝鮮半島は、フランスになるんだ」、
とカッコイイこと言う割には、日元軍の軍艦を貸してくれとか、
日元軍を漢城に派遣してくれとか、他人の力ばっかり当てにするんですよね。
もう少し、自分で汗かいて動いてほしいんですが・・・)
(ははは、両班は、キセルを吸うのも召使いにやらせて、とにかく
自分が動かない程、素晴らしい行為であると言っているからなあ)
勾玉内と会話しながら街を歩いていると、少し人通りの多い所に出た。
「うぎゃ」
天照さまを、道に転がる、ウンチから守るために背負っているのだが、
その両手が塞がっている、開の懐を狙って、男が近寄ってきたようで
そんなスリ防御のために、あらかじめ掛けてある、電撃魔法にしびれて、
その男がその場に倒れ込んだのだ。
「はあ、またかよ、他人の懐を狙うより、自分で働けよ」
開を狙うスリは、すでに10人を越えていた。
(いやこれじゃあ、働く仕事も無いだろう)
物流がほとんど、動いていないみたいで、街には活気が無く
どんよりとした目で、至る所に人が座り込んでいるのだ。
少し大きな奴隷商の店の前で、天照さまを下ろし、奴隷商に
少し金を握らせ、奴隷を見せてもらう。
「どうですか天照さま、麻衣ちゃんの魂の反応ありますか」
そう、日元国の情報機関として活動している海援隊に
徐福が造ったシステム{麻衣ちゃんの魂察知器機}を設置して
もらっているのだが、なぜか先週、この朝鮮半島の漢城から
反応が出たと知らせが入り、1週間前から、捜査しているのだ。
「いや、ここにもいないみたいじゃのう」
「そうですか・・、そろそろ暗くなるので、大使館に戻りますか」
治安が良くないので、今年出来たばかりの大使館で寝泊まりさせて
もらっていたのだった。
***
それから数日が経ち、今日も空振りに終わった、開と天照さまが、
大使館に戻って来ると、日元国大使館の浅山書記官が慌てて走ってきた。
「浅山さん、どうしたんですか?今日は、朝鮮で最初の郵政局開設の
披露宴が開かれているんじゃ」
日元国の援助のもと、朝鮮にも郵政局が開設され、初代長官に洪英植が選ばれ、
その開設発表と、着任のお祝いのために、アメリカ、イギリス、ロシア、清国、
日元国などの外交官が集まり本日、披露宴が開かれているのだ。
「大院君側のクーデターです。別宮に火が放たれ、宴会場にいた閔妃側の
高官が次々に殺害されました」
閔妃により冷遇され、給料もろくに払われていなかった軍人たちを焚き付け
反乱を起こさせた大院君側が、国王{高宗}と王宮の金権を把握し、
大院君の甥が首相に、長男が副首相に就任したのだ。
ただ、ややこしいのは、金玉均たちも、高宗に進言し、首謀者の一部に
なっている事だった。
「竹添大使は無事なんですか」
「ええ、なんとか、今、護衛に守られてこちらに向かっているようです」
そんなやり取りをしていると、竹添大使が頭から、
血を流しながら戻って来た。
「大使、すぐにソファに横になってください」
開がいそいで、回復魔法を掛けていく。
すると、立ちどころに大使の頭の傷が治っていった。
続けて、護衛に当たっていた者で、怪我をしている人たちにも
回復魔法を掛けていった。
「おお、助かった」回復した者たちから、次々に感謝の言葉が聞こえた。
「いや、助かりました。開殿がここにいてくれたのは、まさに天佑ですね。
しかし、日元国が手を出さなくても、やはりクーデターが起きましたか」
竹添大使には、開たちが別の未来から来ている事や、前世の朝鮮半島の事情を
話してあり、もしかしたら、今日の披露宴でクーデターが起こる可能性を
示していたのだ。
「そうすると、この後は、清を使っての閔妃側の巻き返しが起こるのですか」
「ええ、僕の居た世界{本当は海の世界だが、勾玉の事は話していない}では、
閔妃が夫{高宗}の名を用いて清軍の出動を要請したはずです。
そして、清国の闇の大臣、李鴻章の右腕と呼ばれる、
袁世凱が漢城に駐在している、1500名の清軍で、王宮を制圧するはずです」
「そうですか、では、開殿の世界どおり、我々も戦わずに撤退しましょうか」
万が一に備えて、仁川港には、日元船の千歳と巡洋艦日進が停泊中だった。
そして、予想通りというか、清軍出動の知らせを聞いた、国王{高宗}は、
臆面もなく、清国に擦り寄り、逆に金玉均、朴泳孝、徐光範を
はじめとする進言者たちを、逆賊として、殺すように命じたのだった。
開たちは、仁川から迎えに来た一個中隊140名の日元軍と共に、
途中、清軍や暴徒と交戦しながらも、固く閉ざされていた西大門を
魔法で破壊して仁川に向かった。
「開、あっちの方に麻衣の魂を感じるぞ」
「本当ですか!竹添大使、先に仁川に向かってください。
僕たちは別行動をします。
もし、夜明けまでに戻らなければ、そのまま出航してください」
「分かった、じゃあ護衛を、何名かつけましょう」
「いえ、二人だけの方が、いざとなれば飛んで逃げられますし」
「え、飛ぶんですか!」
驚く大使を残し、開は踵を返して背負った天照さまが示す方へ駈けだした。
天照さまの指示に従って、いくつか路地を曲がると、
暴漢に襲われている高貴そうな少女がいた。
その少女の護衛と思われる者たちが、、少女を守ろうともせず
逃げ出す所だった。
「やめろー」
開は、少女を襲っている暴漢たちの中に飛び込むと、
雷撃魔法を四方に打ち込み、一瞬で7人を倒す。
さらに近づいてくる10人程に雷撃魔法を打ち込むと、
「ば、化け物だ」と、残りの暴漢たちが逃げ出していった。
「海兄ちゃん?」
袈裟斬りにされ、血まみれの少女が、日元語で語りかけてくる
「麻衣ちゃんか?」
「最後に、会えてよかった・・」
「最後なんて言うな、ヒーリング!」
開は、傷口に両手を置くと、必死に回復魔法を掛けていく。
開の回復魔法で、少女の傷口は徐々に塞がっていくが、
流れ出た血液までは、再生されていなかった。
「海にいちゃん・・・」
最後にそう呟くと、少女は静かに息を引き取った。




