035 リメンバー パールハーバー?
すみません。農作業用モノレールが気に入ってしまい、今週もモノレールネタになりました。
真珠湾に造られた、ハワイ軍士官学校を、着物の着流しではなく
アロハシャツを着た西郷隆盛が、上野の山の銅像のように犬を連れて歩いていた。
アロハシャツは、元々移民した、日元人たちが持って来た着物をシャツに
仕立て直して着たのが始まりらしく、今では、このハワイの地で5年間、
一からネイティブハワイアンの若者を立派なハワイ軍兵士に育ててきた
西郷校長のトレードマークのようになっていた。
「西郷校長先生、こちらにいましたか」
「おお、開君か、相変わらず君は若いのう。
もうすぐ、坂本兄も来るはずじゃから校長室で話しもっそ」
そう、開たちがこちらの世界に来てから、18年がたち、
西郷さんは64歳になっていたが、開は、なぜか歳を取らず、
外見は20歳のままであり、遠目に見ると、祖父と孫のような感じに見られた。
{ちなみにいまだに、坂本兄と呼んでいる龍馬さんも51歳になっていた}
***
「陸奥君たちからの情報だと、アメリカさんは、上陸制圧専門の
海兵隊っちゅう部隊を作って、25隻もの軍艦を使って、
2000人規模での上陸訓練をしとるらしいぞ」
海援隊で、龍馬さんの右腕と呼ばれていた、陸奥陽之助は、
陸奥宗光と名を新ため、表向きは外交官として、アメリカに赴任しながら、
日元国のために情報を集めてくれていたのだ。
「ペリーが我が国(日元国)に開国を迫った時は4隻だったはずじゃ
それが25隻の軍艦に2000人の上陸部隊とはのう、
こりゃ本気でハワイを乗っ取る気じゃど」
{実際には、日元国に開国を迫った時も、13隻で艦隊を組んで
来航する計画だったが、予算が掛かりすぎるので、サスケハナ、
サラトガ、プリマス、ミシシッピの4隻のみだったらしい}
「狙いはハワイの首都がある、このオアフ島だと思いますが、
この島の、どの辺に上陸するかまでは、分からないですよね」
「いやそれがのう、陽之助もなかなかやりよるぞ、
どうやって手に入れたのかわからんが、大まかな
アメリカさんの作戦も知らせてくれとるんじゃ」
陸奥さんの報告では、ホノルルとは反対の位置にある、
山を越えた向こう側の主要港のハレイワの街とカイルアの街に
それぞれ、3隻の軍艦と250人づつの海兵隊を送り込んで港を占領する。
それにより万が一、ホノルルを占領されて、山を越えて逃れてきた
王族を捕まえると同時に、他の島からの援軍も排除するのだそうだ。
それと同時並行で、残りの19隻が、暗闇にまみれて、真珠湾に流れ込み、
一斉に艦砲射撃を行う計画だという。
艦砲射撃で、ダメージを与えた後、9隻は真珠湾に残り、
700人の海兵隊が上陸して、ハワイ軍士官学校及び、武器弾薬庫を占領する。
また、残り10隻は、艦砲射撃後、ホノルル港に向かい、まず海兵隊400人で
ホノルル港一帯を占領し、残りの400人の海兵隊が、イオラニ宮殿を占領して
{前世では、1年後の1882年に建立されるイオラニ宮殿だが、今世では、
資金的に余裕があったため、1年前には完成していた}、
カラカウア王をはじめとする、すべての王族を束縛し、
武力で恫喝しながら、政権を白人政府に譲渡させる作戦だそうだ。
「完璧にクーデターじゃないか、しかし、前に読んだ開君の報告書では、
2年後{1883年}の、米布{ハワイ}互恵条約を更新する条件として、
真珠湾のアメリカの独占使用権を認めさせてから、
じわじわとハワイ政府に圧力をかけていき、武力行使のために
164人の海兵隊がホノルルに上陸するのは、1892年だったはず、
まだ10年程、時間的に余裕があると思っていたのだが」
「こちらの改革が予想以上に上手くいき、しかも早まっていますから、
その揺り戻しとして、アメリカ側の動きも早まっているんでしょうか」
「そうかも知れないな、しかし19隻による艦砲射撃は、
魔力コーティングした防御板で何とかなるとしても、
上陸してくる700人の海兵隊の相手は厳しいな。
なんせこっちは、士官学校の卒業生を全部集めても300程だからな」
西郷さんは、ネイティブハワイアンも魔法が使えるようになったので、
入隊資格に魔法を使えることを条件にして兵士を募集していた。
具体的には、日元国の魔法将棋、ハワイではサムライ・チェスと呼ばれている、
スポーツを参考に、11名の小隊の訓練から始めて、
{初年度は11名の教官役を育て、2年目から10小隊ずつ、育てていた}
現在は40小隊、440名程の兵士が育っていたのだ。
{ただ、その内の10小隊は、今年入隊の訓練兵なので、戦力としては微妙}
アメリカ海兵隊の上陸には、まだ10年程時間があると考え、じっくりと
ハワイ人の士官兵を育てていたのだ。
「確かになあ、どうする開君。この際、日元軍に応援を頼むか」
「えーと、頼んでおいた、ここから{パールハーバー}ホノルルや
ハレイワ、カイルアへのモノレール軌道の建設はどの程度、進んでいますか」
「ああ、あの角材を繋げるだけの工事なら、とっくに終わっているよ。
言われた通り、海岸線では、海側を3m高、陸側を5m高と少し、
段差を付けてあるし、何の工事だと聞きに来た住人たちには、
将来、堤防を作るための基礎工事だと説明してあるが、
本当に、あんなレール?言っちゃ悪いが、柵みたいなもので、300人も運べるのか?
元々、陸蒸気というのは、レールが2本必要じゃないのか?」
「あの、この前も説明しましたが、あそこを走るのは陸蒸気じゃなくて、
モノレールというものです」
「ものレール?」
「ええ、もうすでに、横須賀の工場で完成した、最新式のエンジンを
送ってもらい、組み立ても終わってます。
幸い、ブルー魔力水晶がこっちで生産できるようになったので、
燃料切れはないですし、後で、試乗できますよ。
それより、レールもう完成しているんですか!
それなら桶狭間の戦いと言うよりか、アレシアの戦いに近い
戦い方ができるかも知れませんよ。
なので、日元軍の援軍なしで、ハワイ軍のみで撃退しましょう」
桶狭間の戦いとは、日元国の戦国時代に、
京都に向かう45000の今川義元軍を2000人の織田信長軍が
奇襲し撃破した戦いの事であり、
アレシアの戦いとは、古代ローマのガイウス・ユリウス・カエサルが、
ガリア地方{今のフランス}で、アレシアの丘に陣取る6万の
ガリア軍をわずか、8千のカエサル軍が包囲しているところに、
外側から、ガリアの援軍14万人に挟まれたが、内側を馬が走れる
塀を作って撃退し、ガリア軍に勝利した戦いである。
{こんな戦いを開が知るよしもなく、勾玉内の開の父、
勇一郎や海の父、勇太郎から得た情報であった}
「それは、頼もしい。よし、じゃあ開君、明日からは、その
モノレールとやらを使っての迎撃訓練を始めよう」
***
それから一月後の月の無い夜に、19隻のアメリカの軍艦が真珠湾に
侵入してきた。
ジョンソン司令官は、懐中時計を取り出すと、
光が回り漏れないように工夫されたランプで、時間を確認し、
海兵隊に上陸用の小型船への乗船を急がせた。
日元国のサルたちは、魔力を使って油の要らないランプを持っているというが、
黒人は、ゴリラの親戚いや、しゃべれるゴリラ、黄色人種はサルの親戚だと、
思い込んでいる白人至上主義のジョンソンにとっては、
そんな話しはフェイクニュースだと思っていた。
白人だけが人間で、黒人や黄色人種は人間ではないと思っている
ジョンソンにとって、ハワイのサルと、日元のサルが結託して、
ハワイのアメリカへの編入を拒む、現在のハワイ王族は、
抹殺されて当然の存在だった。
なので、今回、ハワイでプランテーション農業を営む
資産家{いわゆるビッグ5}達から、アメリカへの編入に
力を貸してほしいと懇願されたとき、
真っ先に、協力を申し入れたのだった。
「ジョンソン司令官、そろそろサル共の撲滅の時間ですか」
ロサンジェルスから、同船している、スタンフォード・ドール
{前世では、乗っ取ったハワイ共和国の大統領になる男}が、
声を掛けて来る。
海兵隊の上陸準備も整ったようで、小舟から、準備OKのランタンの
合図が示された。
ジョンソンは軽く頷くと、攻撃開始の合図を放った。
それから、15分間は、隣同士でも大声でしゃべらないと聞こえない程の
砲撃音が鳴り響き、対岸のハワイ軍学校があると思われる場所は、
火山が噴火したような、火柱が上がり続けた。
「これじゃあ、生き残っているサルはいまい」
「もしかしたら、椰子の木に登ってにげたサルがいるかも知れませんぞ」
「ふん、それなら海兵隊の格好の獲物になるだろう。ハハハ」
ジョンソンとドールが楽しそうに会話をしていると、
「海岸に上陸成功の合図が上がりました」と伝令が伝えてくる。
確かに、ランタンがぐるぐる回されていた。
「よし、上陸も成功。こっちは大丈夫だろう。
艦長、予定どおり、ホノルルに向かえ、他船にも合図だ」
19隻の内9隻を残し、10隻が速やかに、反転して真珠湾の出口に向かった。
*** 2時間ほど時間を遡る。
「!!本当に来たぞ。艦数も、1,2,3,・・19隻、予測通りだな。
よし、すぐに司令部に連絡だ」
真珠湾の入口に隠して設置されている見張り陣地の隊長の命令で、
すぐに、アメリカ艦隊の湾への侵入はハワイ軍に連絡された。
「ついに来たか、野郎共、西郷校長に今こそ訓練の成果をお見せするぞ。
直ちに戦闘準備にかかれ!」
角刈りで、ガタイの良いネイティブハワイアンの大佐が命令を出す。
「 「 「 おう!!!」 」 」
あれから、一ヶ月間、夜襲を想定して、昼夜逆転した生活のなかで
猛訓練をしてきた、ネイティブハワイアンの兵士たちの士気は高く
臆することなく、準備を整えていった。
どん。
大太鼓を叩いたような音が聞こえ、腹にズンと来た後は、
どどどどどどどど・・・と、キラウエア火山が噴火しているような
音と、地響きが伝わってきた。
「だ、大丈夫かな」まだ、入隊して半年しか経っていない、
訓練兵の一人が呟く。
他の訓練兵も不安そうに隊長の方を見ると
「大丈夫だ。お前達も、砲弾をはじく、防御魔法の掛かった防御板の
実験を見ただろう?あの防御板が10枚も重ねてあるんだ。
心配せんでよか。それによく耳を澄まして見ろ、この上には
落ちとらんぜよ」
「隊長、西郷校長先生と坂本先生の言い方が混ざってますよ」
「そ、そうか」
「でも、そう言われると落ち着いてきました」
ハワイ軍士官学校から、少し離れた海岸沿いに作られたモノレール基地は
5m程掘り返した上で、2mの防御魔法板で覆われており、
時々ハズレ砲弾が、落ちてきていたが、びくともしなかった。
***
「なんだこりゃ、防御塀のつもりか」
上陸に成功した海兵隊が、海岸の先を見ると、3m程の杭が打ち込んであり、
上部に角材のようなものを繋げてある柵のようなものが見えたのだ。
しかし、その柵のようなものには、杭と杭の間を塞ぐ板のようなものは無く、
まだ作りかけの防護塀のように見えた。
「しょせんサル共だ。途中で怖くなって逃げ出したんだろう」
「よし、サル共を抹殺しに行くぞ。
まあ、あの砲撃で生き残っていればだけどな」
海兵隊員たちが、そう軽口を叩きながら、前進しはじめると同時に
どこからともなく、エンジン音が聞こえて来た。
「うん?なんだ、この音は」
それは、その後パールハーバーに上陸し、運良く生き残った海兵隊にとって、
トラウマとして残り続け、なんとか忘れ去りたい記憶になる出来事になるのだった。




