032 閉話4 ある青年の、真夏の夜の夢2
暑すぎて、先週に続いて、暴走してしまいました。
家の前でセ○ウェイに似た、魔転車の乗り方を、
こちらの世界の妹の真衣に教えてもらい、駅に向かう事にした。
魔転車がセ○ウェイに似ているのは、偶然のようで、
最初は西洋から輸入した、自転車に、日元国で開発された
魔力モーターを取り付けた、快の世界で言うところの
電動アシスト自転車の様なものが出来上がり、
やがてオートバイに進化したのだそうだ。
それを陸軍が騎兵隊の馬の代わりに導入して、銃を撃ちながら、
片手で運転出来るようにならないかと、メーカーに相談して来て、
「だったら、自転車のスタイルにこだわる必要は無いんじゃないか」と
試行錯誤の上にこの様な形になったのだという。
やがて、サスペンションが改良され、無限軌道型も開発されて、
かなりの荒れ地や急斜面も走れるようになり、
日露戦争では、秋山師団や黒木師団に投入されて、大活躍したのだそうだ。
その話を聞くと、こちらの世界では、セ○ウェイより、魔転車の方が、
100年以上も早く開発された事になる。
また性能も、魔力電池の発達に比例して、どんどん良くなり、
最新モデルでは1回の魔力補充で、1000km走るのだそうだ。
{セ○ウェイは40km}
乗り方は簡単で、踏台の左側から突き出しているシフトバーを
前に傾ければ前進、右に傾ければ右に曲がり、元に戻せば止まり、
5分も練習すれば、全く初めての快でも、自由に乗りこなす事ができるようになった。
「今日も暑そうだから、エアコンつけて行った方がいいかも」
「エアコン?」
「うん、その、傘のマークと冷房ってとこ押してごらん」
妹に言われたとおりにボタンを押すと、
四隅から、透明な幕をまとったポールが、
快の頭上20cmぐらいまでスーと伸びてきて、
前面のポールからクルクルと銀色の幕が後方に覆うように広がっていった。
さらに驚くことに、そのポールに無数に付いている空気穴から、
冷たい空気が吹きかかってくるのだった。
ビジュアル的には、一昔前に街角でよく見られた、
ガラスで覆われた電話ボックスにタイヤが付いて動いてくれて、
しかもエアコンも付いているといった感じだろうか。
「おお、すごいなコレ」
自分の周りの空間がアッと言う間に、爽やかな湿度と温度の
快適空間に変わった事に驚いた。
「ええ、そう?でもこれ、魁兄ぃが高校生の頃から使っている旧型だから、
エアコンの効きも、あまり良く無いんだよ。最新のは、もっとすごいよ。
快兄ぃの世界には無いの?」
「うーん、移動する台車の部分だけで言えば、少し似たものはあるけど、
公道は走れないし、空港とかで、ガードマンが乗ってるぐらいかな。
でも、それにはこんなエアコン空間は付いてないよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、うちらの世界の勝ちだね。そろそろ行ける?」
うちらの世界の勝ち、と言われてなんだか少し悔しく感じたが、
魔転車に関しては、その通りだと思ったので、何も言い返さなかった。
「お、おう」(これがあれば、駅から20分かかるあの坂道も楽勝だな)
と、思いながら、妹についていくのだが、こっちの魁達のアパートは、
駅から50mしか離れていない、マンションの中だった。
マンションと言っても、快の世界のようなマンションではなく、
1mの地盤の上に4mの空間が広がり、それが50層にも連なる、
巨大な立体駐車場のような建物だった。
真ん中に幅6m程の道が通っていて、その両側に1区画{5m×20m}の土地が
借地として貸し出されていて、その借地に、6畳程のダイニングやユニットバスなどの
部屋を自分の好みで、繋げて使うというスタイルだった。
面白いことに、6畳{3m×4m}の部屋には、小さな車輪が付いていて、
移動させる事ができるのだという。
つまり、リビングやお風呂の部屋を一度購入しておけば、引っ越す時には、
業者に頼んで、その部屋ごと移動させればいいのだという。
それで、こっちの世界のカイ達は、フロ・トイレ・洗面台ユニットと、
キッチン・ダイニングユニット、リビングユニットに、カイと妹の部屋の
5つのユニットを、実家から持って来て{自分達の部屋以外は、両親が
新たに購入してくれたらしい}繋げて使っているのだそうだ。
「いくら東京から離れた、新京成線の五香駅とは言え、
駅から50mしか離れてないのに、家賃5000円は安すぎないか」
どうやら、こちらの世界の快たちのマンションは、八柱駅ではなく、
五香駅のそばに借りているのだそうだ。
魔転車に快適空間を作るために四隅から伸びているポールには、
エアコンの空気吹き出し口以外に、マイクとスピーカーも付いている様で、
話したい相手と瞬時にペアリングして、会話しながら、走行できるのだった。
「そう?部屋は全て実家から持ってきている自前部屋だし、
ココ、20階だから下まで降りるのに結構時間かかるから、こんなものだと思うよ」
さらにこの世界では、電気やガスは、魔力で賄えるため、
上下水道代だけで済むのだという。
ちなみに、快が向こうの世界で借りている駅から20分離れた
築20年の2DKの部屋は月5万円だった。
(アパートの勝負も負けたな・・)
エレベーターと言うより、エスカレーターの様な感じで
次々に降りてくるエレベーターに乗り、1階 に降りる。
「快兄ぃ、オートのボタンを押してから、{池袋まで}って指示して」
「おう、わかった」快が真衣に言われたとおりに操作すると、
快の魔転車は、真衣の魔転車の後ろにピッタリ付き、
他の魔転車と共に流れるように駅に向かった。
「これが五香駅?」
普段は、八柱駅を利用していた快だが、たまに五香駅で途中下車する事もあって、
自分の世界の五香駅とあまりの違いに声を上げてしまった。
快の世界の新京成電鉄は、元々陸軍の鉄道連隊が演習用に敷設した路線を
活用しているため、急曲線が多数介在する路線で、松戸~津田沼間は、
直線距離だと16km程なのに、なんと26kmもあるのだった。
なぜその路線沿線にアパートを借りたかというと、快の通う津田沼の
工業大学に、一本で行ける上に、都心に直結していない分、他の路線より
家賃が安かったからだ。
その五香駅が、いや新京成電鉄自体が大幅に変わっていたのだ。
松戸~津田沼間の路線は変わっていなかったが、かなり直線化された上に
高架化されていて、しかも複々線になっていたのだ。
さらに、路線の両側には12m程の道路が走り、高架化された路線の上に
高速道路?が設置されていたのだ。
快があっけに取られている間に、魔転車は自動改札機に向かい、
高速道路のETCのような感じで、快を乗せたまま、改札機を通過してしまった。
「おお」
快が驚いている間に、魔転車は、坂道を登ってホームにたどり着くと、
ちょうど到着した車両に、快たちの魔転車が、自動で乗車し、
電車の進行方向に向けて、妹の隣に止まった。
{ランダムに止まったように見えたが、じつは降りる駅を事前に指示してあるため
降りやすいように計算されて止まっているのだという}
天井から降りてきたポールに軽く触れると、それが開いてイスになった。
「す、すごいなコレ。ラッシュ時でも、ぎゅうぎゅう詰めにならないんだな」
「ぎゅうぎゅう詰め?」
快がラッシュ時には、駅員さんが、押し込んでくれる話しをすると、妹は
「それ、大変じゃん。じゃあ、電車もうちらの勝ちだね」と得意そうだった。
その後も驚きの連続だった。
松戸で乗り換えた常磐線は、複々線どころか、複々々々線だったし、
上野で乗り換えた山手線も複々線だった。
ちなみに、こちらの世界の常磐線は、南千住駅から、
快の世界では日比谷線が走っている
経路を通って上野駅を結んでいるため日暮里駅は通らなかった。
ついでに言うと、東武伊勢崎線が西新井駅から、真っ直ぐ南下して、
尾竹橋を通って町屋に抜けて、上野駅に入っていた。
逆に京成電車が、押上から浅草にターミナル駅を持っていて、
京成電鉄と東武鉄道が入れ替わっているようだった。
そのため、快の世界では、梅島駅や鐘ヶ淵駅を通る、
東武スカイツリーラインや、町屋駅から、お花茶屋駅を通って
青砥駅に向かう京成上野線は、都営荒川線のような
路面電車{複々線}になっていた。
それに伴って、それぞれの各駅停車線にあたる、
日比谷線と千代田線も、そっくり入れ替わっていた。
ちなみに、地下鉄も複々線で、昼間は快速も運行されていて、
夜は片方の路線が交互に点検に入るため各駅電車のみになるが、
24時間運転だった。
さらに付け加えると、銀座線は、渋谷駅で京王井の頭線と接続されていて、
浅草駅では京成と接続されていた。
丸の内線は、中野方面は同じような状態だったが、
池袋駅では、東武東上線と接続されていた。
東西線、南北線、有楽町線、副都心線は路線の配置自体は、快の世界と
変わらなかったが、全て複々線になっていた。
半蔵門線は渋谷駅での東急田園都市線との接続は変わらないが、
水天宮から真っ直ぐ東に伸びて、快の世界の都営新宿線のラインを走っていて、
その分、新宿線が、東大島駅から、少し北寄りの小松川方面に伸びていて、
江戸川区を走る路線も、北から、京成本線{6路線}、総武線{8路線}、
新宿線{複々線}、半蔵門線{複々線で、西船橋で東葉高速線に乗り入れ}、
東西線{複々線で、船橋で東武野田線と乗り入れ}、京葉線{8路線}と
充実した鉄道網を構築していた。
つくばエクスプレスは、関東鉄道{複々線}と、つくば線{複々線}が守谷で合流し、
守谷からは、8路線で秋葉原駅ではなく、東京駅まで繋がっていて、
東京駅からは、複々線で、晴海通りの地下を東京ビッグサイトまで伸びていた。
快が、魁のスマホ?を使って、こちらの世界の鉄道の事を調べているうちに、
快の世界の半分ぐらいの時間で、池袋に着いてしまった。
しかも、松戸駅や上野駅の乗り換えも、魔転車が自動運転で
乗り換えホームまで運んでくれて、山手線ですら、座って行けたのだ。
{山手線も複々線なので快速運転が行われていて、
上野~日暮里~巣鴨~池袋の3駅で到着した}
「え、41円?安!」
快の世界なら、初乗り運賃も加算されるため、五香~松戸間で、174円。
松戸~池袋間で435円の運賃がかかるのだが、
こちらの世界では、初乗り運賃も掛からないようで、
1km1円程で、乗れるのだという。
池袋駅で降りた快達は、サンシャイン120
{ワンフロア5mあるので、高さで言うと3倍近い600m程ある}
近くにある妹の通う専門学校で用事を済ました後、
池袋だけでなく、新宿や渋谷も案内してもらった。
日本国の倍の2億6千万人もの人口を抱え、
首都圏だけでも、5千万人を超える人々が暮らしているそうなのだが、
充実した鉄道網とその上に施設された高速道路網のおかげで、
ラッシュの時間帯でも、ほぼ座って通勤通学ができ、
通勤時間も快たちの世界の半分程度なのだという。
「はあ、家賃も運賃も10分の1、通勤時間は半分で、座って通勤できるのか。
しかも、駅まではこの魔転車がある・・。完敗だな・・」
「快兄ぃ・・。元気出しなよ。私からすれば、魁兄ぃも、快兄ぃも
変わらないと思うんだよね。まあ、うちらの方が、少し魔法を使えるけど」
「どう言う事だ?」
「たとえば私は、髪の毛切る練習してて、自分よりすごい綺麗なカットを
する先輩とか友達とか見ると、すごいなって思うけど、
今の時点では、負けてるなって思うけど、
でも、同じ人間がやってる事だから、私も努力すれば、
絶対、いつか追いつけるって思うんだよね」
「・・つまり、俺の世界でも、こっちの世界に追いつけるって事か」
「ガンバ、快兄ぃ。向こうの真衣にもよろしくね」
真衣が、笑顔で頷く。
「・・サンキュー、真衣。そうだな、こっちの世界の魁たちが、
こんなにすごい社会を造ってるんだ、同じ快として、
この世界と同じ社会を、いやここより、すごい社会を造れない訳はないな・・」
****
スマホのアラームが鳴り、快は目を覚ます。
急いで、部屋を出ると、妹の真衣とすれ違う。
「おはよう、快兄ぃ。昨夜、結構、酔っ払ってたみたいだけど大丈夫?」
看護学校に通う妹が心配そうに声を掛けてきた。
「お、おう」と言いながら、妹の横をすり抜け、
玄関のドアを開ける。
ドアの横には、昨夜乗ってきた自転車が置かれていて、
その向こうには、無秩序に開発された住宅街を、
グネグネと坂道の道路が続いていて、
駅に向かうサラリーマンたちが、汗を拭きながら自転車を押して
坂道を登って行く姿が見えていた。
「今日も暑そうだね。快兄ぃも熱射病とか気を付けなよ」
後ろから、真衣が顔を出す。
「ああ、そのうち熱射病にかからず、みんな快適に通勤できる
システムを開発してやるよ」
魔転車ほしい・・。次回からハワイ編になります。




