003 じいちゃんの工房と魔法華
(父さんと母さんは生きていたのか、でもこの10年間、僕たちには
全く連絡してくれなかった。いったいどう言うことなんだ)
開が悩んでいる横で、舞は先ほどの気まずさを払拭しようとしているのか
「すごい、おじいちゃんの工房の裏がこんな風になってるなんて」と
驚きの声を上げながら、魔力列車の窓の外を夢中で眺めている。
真っ黒なトンネルが続いているだけなので、見ていて楽しいのかと
最初は疑問だったのだが、所々に水晶や鉱物の採掘現場が見えたり、
枝分かれした別のトンネルと、レールが見えたりして、昔一度だけ、
家族で行ったことがある、西京にあるネズミーランドの列車と海賊の
アトラクションを合わせたような感じで、妹は楽しそうだった。
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喜一郎じいちゃんの工房自体は、おかげ横丁から、五十鈴川沿いに
車で20分ほど走った、森の中の崖にへばりつくように建てられた
見た目は普通の一軒家だった。
驚いたのは、工房の裏の崖に、きのこを栽培するためという名目で掘られた
横穴の、えのき栽培場所を通り抜けた所に設置された、
魔力扉をくぐった後だった。
そこは、西京ドームのような巨大な空間になっていて、研究施設のような
建物がいくつも建っていているだけでなく、魔力列車のプラットホームまで
あったのだ。
そのプラットホームには、箱根登山鉄道のような少しレトロな
魔力列車が3両編成で止まっていて、その前には、伊勢神宮の宮司さんが
ズラリとならんで、待っていたのだ。
「絹江殿より連絡をいただいて、お待ち申しておりました。
月読さまが、実体化され伊勢に現れるのは、平成天皇が即位されて、
伊勢詣でをした時以来、30年ぶりになられます。
ここには、実体化した、月読さまのお姿を初めて見る者もおります。
どうか、我らに一言お声をいただきますよう、何卒お願い申し上げます」
宮司長の挨拶のあと、月読さまがお声を掛けられ、絹江ばあちゃんとが
なにやら打ち合わせをして、じいちゃんが先に行って待っている、
瀧原宮の地下にレトロ列車で向かっているのだ。
驚いたことに、じいちゃんの工房裏から、出発する魔力列車は、
様々な鉱物を採取する坑道として、千年前から掘られはじめていて、
いまでは、紀伊半島の山の中を数百キロの長さで、
縦横無尽にレールが貼り巡らされているのだという。
列車の運転はなんと、絹江ばあちゃんだった。といっても、
コントロール版から出ている半球の水晶に魔力を注いでるだけなのだが。
月読さまたちのお世話は、内宮で何度か見たことがある、
きれいな巫女さんが、担当していた。
月読さまは、この列車には何度も乗っているようで、慣れた感じで、
4人掛けの豪華なボックスシートの窓側に座ると、横に妹の制服を着た、
女子高生風の天照さまを座らせ、開達を呼び寄せた。
その結果、月読さまの向かい側に妹の舞が、
天照さまの向かいに開が座ることになった。
「開とやら、そちは、食べぬのか」巫女さんが運んでくれた、
自分のケーキをさっさと食べてしまった、妹の制服を借りた、
女子高生風の天照さまは、物思いにふけっている開に声を掛けてきた。
ボックスシートの間に広げられた折りたたみ式のテーブルの上には、
紅茶と共に、地元で有名なケーキが人数分載っていたのだ。
両親の事で頭が一杯の開は、よく食べるなあと思ながら
「よかったら、どうぞ」先ほどの金福餅に続いて、自分の分の
ケーキを譲ると、「おお、そうか、お主は、よい男よのう」と天照さまは
頬に生クリームをつけながら、ケーキを食べ始めた。
「いい男ですか・・」開は自己下嫌気味につぶやいた。
「先ほどの言葉、まだ気にしておるのか」月読さまの
問いに開は、小さくうなずいた。
「お兄ちゃん?私は気にしてないよ」妹の舞が優しい言葉をかけてくれる。
しかし、開は自分が許せなかった。
感情が高ぶっていたとは言え、自分の魔力を失った事を、
妹のせいのような事を言ってしまったのだ。
自分のした事を他人のせいにする心。
しかも相手は、気を失っていた5歳の妹である。
これは月本男子として、いや人間として最低である。
自分の心の中にそんな卑怯な感情がある事を改めて気づいたのだ。
開は、情けなくてしかたなかった。
「お主、なかなかよい心構えじゃのう。
人間は間違いを犯す生き物じゃ、神から与えられた、自由な心を
上手にコントロール出来ずに、同じく神から別れた仲間であるはずの
他の者の肉体や心を傷つけるような暴力や言葉を発してしまうことも、
時にはあるもんじゃ。
最も、多くの人間は、それを自己正当化して、反省など一つもせんがのう。
それに比べ、お主はきちんと反省しておる。
そういう人間は、そのうちきちんと自らの心を治める事が
出来るようになり、徳高き人物に成長できるのだぞ。わらわが保証してやろう」
頬に生クリームを付けた、妹にそっくりな美少女が、ドヤ顔で、
励ましてくれる、ギャップに戸惑いながらも、
「ありがとうございます。でも僕はあの事件以来、何度も何度も人を責める
というか、魔力を持っている人への嫉妬心のような思が出てきて・・、
これは良くないと思ながらも、自分の心がなかなかコントロールできないで
いるんです」と素直に打ち明けた。
「そうか、ならケーキのお礼に、お主の心を少し修正して、
コントロールしやすいようにしてやろうかの」
「心を修正?心を変える事ができるんですか」
「いやいや、わらわのような民族神のレベルじゃ、
みたま(心)の中核を変えることはできんよ。
わらわが主宰神の日元神道、いやこちらではヨミヨミが主宰の月本神道か、
まあそこでいう、みたまの中核、西洋でいうコアスターと呼ばれておる部分は、
神が人間を創るときに、神の一部分を人間に分け与えた、
神の光の一部分であり、各自の個性でもあるからのう、
その部分を、他の者が勝手に変えることはできはせんよ。
しかしのう、みたまの中核と、各チャクラとの接続コードの本数は
変更が可能なんじゃよ。
例えば、すぐにカッとなって暴力を振るうような者は、みたまの中核と
愛のチャクラを繋ぐコードが細くて切れかかっておるのじゃよ、
それに比べ、愛多き者は、何本ものコードが繋がり、太いロープの
ようになっておるのじゃ。
お主は、10年前の事件がキッカケで、そのコードが切れかかっているか
あるいは、愛のチャクラから外れて、暗黒領域に繋がっているのかも
知れんから、それを修正してやるだけじゃよ」
「あの、そのチャクラって、魔法華のことですか」妹の舞が質問している横で、
開は昔、中学の魔力についての授業で学んだ、魔法華について思い出していた。
一般人には見えないのだが、魔力眼のある者が見ると、
人間には、魔力を吸収したり、放出したりするための、円錐型のチャクラが
いくつか存在するのだという。
1つ目は頭の頂点にある黄色のチャクラで、ここから光系魔力を吸収し、
両手の手のひらにあるチャクラから放出するのだという。
2つ目は、眉間と後頭部に対をなすように存在する紫色のチャクラで、
後頭部の方から吸収し、眉間の方から放出するのだという。
同様に、のどの前後の青色のチャクラ、
胸の前後の白色のチャクラ、
腹部の前後の銀色チャクラ、
生殖器の前後の赤色チャクラ、
尾てい骨当たりから、地面に向かって広がる緑色のチャクラ。
これらのチャクラは、魔力量が増えれば増えるほど、円錐が大きくなり
まるで巨大な、朝顔の花が回転しているように見えることから、
魔力華と呼ばれている。
例えば、1日の魔力創造量が、100万MPを超えるような、医者を魔眼で見ると、
彼の胸の前後には、直径が30cmを超えるような、白い魔法華が、キラキラと
輝きながら、ゆっくり回転している様子が見られるのだという。
なので、それぞれの道を究めた人を、その道の大華というそうだ。
開が思い出している間に、舞も似たような事を説明していた。
そして舞の説明に天照さまは、
「ふむ、だいたい分かった。おそらく魔法華とチャクラは
同じことを言っておるのじゃろ。
ほれ、開とやら、そこに横になれ、助けてもらったり、金福餅やケーキを
譲ってもらったお礼じゃ、お主のチャクラのコード、こちらの世界では魔法華か、
それとみたまの中核とを接続している魔力回路というのを、調整してやろう」
開は戸惑っていた。10歳で魔力をほとんど失い、それ以後は、ずっと
リハビリをしても魔力は取り戻せなかったのだ。
それに、開以外の月本人でも魔力が少ない人は人口の1%の260万人はいる、
そんな中で自分だけが、魔力を取り戻していいのだろうかと・・。
また、キリスト教圏やイスラム教圏では、
逆に100人に1人ぐらいしか魔力を持っている人がいないし、
アジアの仏教国でも魔力保持者は10人に1人、
宗教を弾圧する共産党が政権をにぎる中華人民共和国では、
天安門事件以降、1人も魔力保持者が生まれなくなったという。
なので、魔力とは神を信じる力、つまり信仰心の強弱に関係が
あるのではないかと開は考えていた。
もちろん開は、神棚に朝夕毎日、2礼2拍手でお祈りをして、
行方不明の両親の安全をお祈りしている。
しかし、どこかで本当に神様がいるなら、奇跡を起こして、
自分の魔力を回復させてくれてもいいじゃないかという不満の心や、
1日の創造魔力が豊富でリッチな人々への嫉妬心が渦巻き
いつも、どうしていいのか、わからなくなるのだ。
そんな中で、自分だけ魔力を戻してもらっていいのだろうか。
そんな開の心を読んだのか、月読さまが慈愛の眼で語りかけてくれる。
「開よ、そなたの思いは半分正解で半分は間違いといえるでしょう。
キリスト教を起こしたイエス殿も、イスラム教を起こしたムハンマド殿も
天上界では、私達の知り合いなのですよ。
彼らは彼らで、それぞれの時代に、それぞれの民族に合わせた
神の教えを説いたのです。
だから、初期のキリスト教徒やイスラム教徒たちは、その信仰心を基に
強い魔力をもっていて、その魔力を使って様々な病気直しや、文明の基礎となる
考えや技術を作り上げていきました。
しかし、やがて教会が腐敗したり、イスラムの指導者が自分勝手に
コーランを解釈するにしたがって魔力を使えない者が生まれはじめ、
今では、あのような状況になっているのです。
でもそれと、月本国に生まれてくる、魔力少力者は違うのですよ。
これは、私が頼んでいるのです。
月本国の国民が自惚れないように、生まれ変わりの者の中から、
一定の人々に今回は魔力少力者と生まれるように、あるいは、
人生の途中で、何らかの事故で魔力を失うように、
生まれる前に計画を立ててもらっているのです。
ただ、開の場合は違いました。10年前の事件は本当に事故で、
計画されていたものでは、なかったのです。
だから、開については、どうにかしてやりたいと、思っていたのですよ。
しかし、神である私が作った、{魔力回路を暴走させて、魔力を失った者は、
2度と魔力が回復しない}というルールを、神自らが破ってしまっては、
示しがつかないのです。
開からの祈りはもとより、喜一郎殿や絹江殿、そして舞さんからの祈りも
毎日、届いていました。
だから、どうにかしてやりたいと思っていました。
そんな時に、テラスが来たと感じたので、30年ぶりに実在化して
やって来たのですよ、そなたの魔力回復の事をお願いするために」
「そんなに、思ってくださっていたのですか。ありがとうございます」
今までどんなに祈っても何の返事もなかった。
そのため、いつしか、心のどこかで、神を信じなくなっていた自分を
心から恥じながら、開は素直に、隣のボックス席に横たわった。
天照さまは、開の額に手をかざしながら
「ふむ、これは、愛のチャクラコードだけではなく、全身のコードが
ズタズタじゃのう。よし本腰を入れるか」とつぶやき
腕まくりをすると、開の額から、のど、胸、お腹、尾てい骨、右足、
左足、右腕、左腕と両手の手のひらをかざしていく。
すると、魔力の少ない開にも感じられる程、後頭部や背中の魔法華から、
魔力が取り込まれ、みたまに向かって流れ込んで行くのが体感できた。
「どうじゃ」
「はい、魔力が吸い込まれ、体の中を流れて行くのが自分でも分かります。
それに伴って、今まで自分は自分、他人は他人と、心の壁を作っていた意識が、
薄らいで、壁が消えていって、その逆に自他は共に、神から別れてきた存在
かも知れない、いやきっとそうだっていう感覚が強くなってきてます。
これで、他人を憎んだり、嫉妬したりしなくて済みそうです・・」
開は途中から言葉にならず、涙がとまらなくなった。
今まで溜まっていた、嫉妬心や憎悪が、洗い流され、そこに温かい
何とも言えない安らぎの光が流れ込んでくるのだ。
(これが、神様の光なのか・・)開は今まで味わった事のない幸福感に
包まれていた。
「おお、そうか、自他一体の感覚が出てきたのじゃな。それはいいことじゃ」
天照さまが、魔力回路の修正が終わったと同時に列車は減速をはじめ、
やがて、瀧原宮という看板のあるプラットホームに着いた。
瀧原宮は、伊勢神宮から、30kmほど内陸にある神社で、
伊勢神宮を創る前に創られている。
もともと、ここを伊勢神宮にしようという話もあったようで、
元伊勢と呼ばれている。
魔力列車を降り、詰め所を通って、2つほど扉をくぐって、
広い体育館ほどの空間に出たとき、開は、なぜ瀧原の地が
元伊勢と呼ばれて、伊勢神宮より先に神社が作られたのか理解したのだ。
目の前には、5mを超える水晶の鳥居と、その先には、水晶の神殿が見えていた。