025 閑話2 カイと、掛布さんと、二頭竜
「カイ、出し惜しみは無しだ、最初から全力でいけ」
7回の表のアメリカチームの攻撃陣に飛車役として加わったカイに
キャプテン・カエサルが声を掛けてくる。
「はい!」カイは元気よく答えると、試合開始の号砲の合図と共に、
ステップ魔法を使って、空中を走り出した。
元々、陸軍の模擬戦から始まった魔法将棋は、明治の中頃までは、
特に決まったフィールドは無く、適当な丘を陣地にして、
四方八方から、攻め込む形で模擬戦が行われていたのだが、
各、師団対抗の交流戦が行われるようになると、
味方の師団チームを勝たせるために、明らかに丘の高さが違ったり、
足場が泥沼になっていたりという、アウェーのチームが不利になる事態が
頻発したために、当時、欧米から伝えられた、サッカーというスポーツの
コートを使用して、公平になるように試合が組まれるようになったのだという。
そして守備側の王将は、サッカーでいうペナルティエリア内にいなければ
ならないというルールにしたため、攻撃側は基本的に正面からの攻撃になっていった。
ちなみに、30秒ぐらいなら、コートの外に出てもよいというルールがあるため、
上空高く飛んで、ゴールラインの後ろから攻め入る方法もあるにはあるが、
戦術が読まれ安いために、あまり、多用はされていない。
むしろ、混戦になったときに、多少ゴールラインの外に出ていても
かまわないといった感じで試合が進む事が多かった。
余談だが、日元国の関ヶ原という古戦場で、毎年秋の、朝の8時から、
夕方の4時まで8時間ぶっ続けで行われ、延べ10万人が参加する
“大合戦関ヶ原の祭典”では、史実を基に、各チームが丘の上などに
陣地を築いているため、側面や背後からの攻撃も可能なのだという。
ちなみにこの祭典も、元は陸軍の師団単位での作戦行動訓練として
始まったのだが、ストレス発散のためか、当時の明治政府の偉さんや
なんと、明治天皇まで参加したため{天皇は、2年続けて西軍と東軍の両方に参加し、
どちらの年も天皇が入った方が勝利している}、やがて訓練と言うよりは、
秋の大運動会のようになり、現在では、20才以上でライセンスを持っている人なら
誰でも参加できて、観客動員数も前夜祭を含めると100万人を超える
巨大イベントになっている。
敵の魔法弾をサイドステップで躱すと、カイも対抗して魔法砲を3発連射、
再び、敵の魔法弾を躱すと、カイも2発連射したところで、敵の飛車役の
掛布選手との斬り合いに移るため、魔法砲を捨てた。
魔法砲は、10発の弾が入っているので、あと5発は撃てるのだが、
カイの腕では、どうせ当たらないし、斬り合いの邪魔になると思ったのだ。
「ほう、魔法砲を捨てるのか思い切りのいい選手だな」掛布さんの呟きが聞こえる。
「でぃやー」カイは、大太刀を両手で構えると、振りかぶるのではなく
突きを放つ。
「なるほど、ブーストも使えるのか、それにステップ魔法も、いやいや
たいしたものだ」そう言いながら、カイの渾身の突きを軽く躱し、
カウンターのように突きを放ってくる。
欧米人は魔力が少ないため、空中を移動したり、加速する場合は、
ジェットブーツなどの補助魔法具を使う場合が多いのだが、カイは一応
日元人並の魔力があるため、補助ブーツを使わず、{補助ブーツは、ほんの
わずかだが、発動するのにタイムラグがあるのだ}ステップ魔法で、
空中に足場をつくりそこを走っているのだ。
「がはっ」カイは突きの衝撃を受けて10m程吹っ飛ばされる。
胸には、赤々と蛍光塗料が付着していた。これで1回、死亡したことになり、
残りの命は2つだ。
(はやい、さすが阪神の飛車役を5年も保持しているだけある、
でも、こっちだって、それは想定済みだ)
カイは、この試合に出られる可能性を知ってから、2ヶ月間、無理を言って、
ナショナルチームのセンター内にある重力増加トレーニングルームで、
重力をなんと3倍にしてもらって、ずっとトレーニングをしていたのだ。
なので、カイの作戦は、まず、残り2つの命と、7回裏の守備の時間の
3つの命を使って、掛布選手に、本気のスピードを出させ、それに慣れること。
そして次の、8回表の攻撃の時に3つの命で、掛布さんの癖を逆手にとって、
一太刀浴びせ、隙をついて、王将に突っ込むことだった。
「まだだ、出し惜しみはしない」カイは再び突っ込んでいく。
****
「ボロボロだなカイ、大丈夫か?」キャプテン・カエサルが
心配そうに訊いてくる。
「はあ、はあ、大丈夫です。次でなんとか一太刀入れてみせますよ」
カイはスポーツドリンクを飲みながら答える。
7回裏の守備でも、カイは積極的に掛布選手と対峙した。
その結果だいぶスピードに慣れ、1回死んだ所で、掛布選手に利き腕に刀を
持たせることに成功し、そして3回目に死ぬ時には、かなりの本気を出させた
ものと思っている。
「布石は打った。あとは、癖のカウンターにカウンターを撃つだけだ」カイは呟く。
そう、掛布選手の癖は、相手の攻撃に対して、それより速い同じ攻撃を返す、
カウンターを撃ってくることだった。
相手が、袈裟斬りを仕掛けると、それより速い袈裟斬りを、相手が突きを放つと、
それより速い突きを無意識のうちにカウンターで放ってくるのだ。
「でやー」カイは再び掛布選手に突っ込んでいくと、この回から変更した、
二刀流の片手剣で、突きを放った。
掛布選手が、無意識の癖で、その突きより速い突きを、カウンターで返してくる。
(ここだ、ブースト!)
カイは今まで、ブースト魔法をセカンドギアまでしか上げていなかったが、
ここで、今まで封印していた、サードギアに上げて身体速度をさらに加速させ、
掛布さんの突きをいなしながら、左の剣で、突きを放ったのだ。
ドン。そのとたん掛布選手が10m程吹っ飛ばされる映像が、
オーロラビジョンに映し出された。
「 「 「 「 「 おお! 」 」 」 」 」観客から、歓声があがる。
阪神タイガースの飛車役に、アメリカチームが一太刀、入れたのは、
これが初めてだったのだ。
(このまま、王将へ)カイはサードギアのまま、王将に突っ込む。
「なっ」カイがペナルティエリアに入ったとたん、敵の王将が放ったと思われる
魔法弾が、正面、上下、左右から、5発同時?に迫って来たのだ。
正面と、右から曲がってくる魔法弾は、なんとか、ピンポイントでシールドを
作りだして止めたが、上から落ちてくる弾、左から曲がってくる弾、
下からホップしてくる弾には、対応できず、一瞬で3回アウトを喰らい、
退場になってしまったのだ。
(くそ、誤算だった。あそこで5発同時に魔法弾がくるなんて)
カイは掛布選手の癖の対策に重点を置いていたため、急遽出場することになった
二頭竜ルーキー・オオタニのデータはあまり調べてなかったのだ。
(いや、調べてなかったのはこっちのミスだな、しかしどうするか・・)
カイは、あのまま最後の切り札を使って、王将に一太刀入れるつもりだったのだ。
(掛布さんに同じ手は効かない。掛布さんを抜いて、ペナルティエリアに入るには
最後の切り札を切るしかない、でもそれじゃ王将への一太刀は無理だ・・)
カイが考え事をしていると、あっという間に、味方の王将が
3太刀斬られて、8回裏の守備時間が終わってしまった。
(しかたない、まずは掛布さんを抜くため、最後の切り札を使おう、え?)
カイがそう決心していると、王将のカエサルと角行のブルータスが、
カイを守るように前に立ったのだ。
「カイ、ペナルティエリアまでは、俺たちが護衛しよう」
「王将にぜったい、一太刀入れてください」
「あ、ありがとうございます!」
(そうだ、一人でやってるんじゃないんだ)カイは笑顔でお礼を言った。
9回表、アメリカチームの最後の攻撃、スコアは0対72、逆転は無理だ。
いや、親善試合でなければ、5回でコールドゲームになっているはず。
しかし、一太刀だけでも入れたい、それが、アメリカチームみんなの想いだった。
試合開始の号砲と同時にブルータスの角行、カエサルの王将、カイの飛車が
一直線の矢のように飛び出す。
それを阻止しようと、魔法弾や矢が飛んでくるが、ブルータスが全て、
魔法銃で撃ち落としていく。
さらにセンターラインを超えてからは、横から他の敵駒役が肉弾戦を仕掛けてくるが、
それらには、全て、他の味方が捨て身でぶつかって防いでいく。
ペナルティエリアの前で仁王立ちしている掛布さんが、スッと避けると、
後ろから、敵の王将が放った、5連射の魔法弾がブルータスに襲いかかる。
「ぐはっ」その全ての弾を受けて、墜落していく角行のブルータスに変わって
前に出た、王将カエサルが、今度は敵飛車の掛布さんと斬り合いになる。
「いけーカイ」壮絶な斬り合いをしながら、カエサルが叫ぶ。
「いきます!」
カイは斬り合う二人をサイドステップで躱すと、エリア内の王将に突っ込む。
敵王将のルーキーオオタニは、余裕の表情で、再び魔法弾を5連射してくる。
(なめるな、同じ手が何度も通用するか!)
カイはピンポイントのシールドを5つ作り、その全ての弾を受け止める。
少し驚いた様子のルーキーオオタニだが、二頭竜というあだ名は伊達では
ないようで、カイが間合いに入った瞬間、斬馬刀のような大太刀を
凄い早さで振り下ろしてくる。
(ここだ、ブースト!ブースト!ブースト!ブースト!)「でぃあー」
カイはブースト魔法のギアを4速に上げると、紙一重で、大太刀を躱し、
オオタニ選手の懐に突っ込んだのだ。
(みんなの想いをこの一太刀にかける!)
ブーストの4速、これが、今のカイの最大スピード、切り札だった。
「ドガッ」見事にカイの突きが決まり、オオタニ選手が10m程吹っ飛ばされる。
「 「 「 「 「 「 うあーーー」 」 」 」 」 」その様子がやはり
オーロラビジョンに映し出されていて、大歓声が10万人収容のスタジアムを
包み込む。敵王将への初めての一太刀、初得点だった。
「やったな、カイ」3回、殺られて退場になっていた、キャプテンたちが
駆け寄ってくる。そう、カイ以外のみんなは、すでに退場になっていたのだ。
ちなみにカイもすぐに魔法弾を3発くらって退場になり、試合終了になった。
「キャプテンたち、いえ、みなさんのおかげです。
エリアまで連れて行ってもらえなければ、一人では無理でした」
みんなにもみくちゃにされていると、掛布選手とオオタニ選手が寄ってきた。
「カイ君って言ったかな、たいしたスピードだ、それにアメリカチームの
あの最後の攻撃、あれはジェットストリームアタックだろう?
あの、古の攻撃を、ここで見られるとは思わなかったよ。
いや、勉強になった、なあ、大谷」
「はい、正直、少し侮っていました。掛布先輩の癖のカウンターを
さらにカウンターで返すなんて・・アメリカにもサムライたちが
いたんですね。すみませんでした。逆腕で剣を握ったり、加速魔法を
使わなかったりして。また試合をしましょう。今度やるときは、
最初から全力でやらせていただきます」
手加減してもらって、3対72という最終スコアを見ながら、
「はは、最初から全力ですか、よろしくお願いします」と、少し顔を
引きつらせながら、キャプテン・カエサルが答えていた。
「あの、掛布選手、僕たちアメリカチームは、強くなれますか?
その、いつか阪神タイガースと互角に戦えるようなチームになりますか」
「うーん、逆にカイ君たちに質問するけど、カイ君たちは、魔法将棋、
こっちではサムライチェスっていうのかな、このスポーツが好きかい?」
「はい!大好きです」カイが大声で答える横で、キャプテンたちも頷く。
「おお、いい返事だね。なら大丈夫だ。その、好きだという気持ちを
持ち続けて、努力し続ける限り、アメリカチームは強くなり続けるよ。
でも、阪神も強くなるぞ、またやろう、お互いに強くなって、互角の戦いを」
掛布選手の語らい後、敵味方関係なく、互いに肩をたたき合った。
その様子に10万人の観客は、いつまでも祝福の拍手を贈っていた。
****
阪神タイガースとの交流試合から、2週間後、カイはまたロサンゼルス空港にいた。
しかし、国内線ではなく、国際線の搭乗ゲート前にいるのだった。
「ねえ、カイ本当に行くの?いくら阪神タイガースへの入団だと言っても、
2軍でも、3軍でもない、ただのテスト生だよ、しかも1年間の期限付きの。
そんなとこに行くより、奨学金もらって、ハーバードに行った方がいいんじゃないの?
ハーバードにだって、サムライチェスクラブぐらいあるでしょう?」
「ハッハッハッ、ナタリー、カイ君が困ってるじゃないか、男の子には、
誰も知らない土地で、自分の力を試してみたいという冒険心があるんだよ、
それを理解してあげなさい」
「パパ、それは男女差別だよ、女性にだって冒険心はあるわよ、
だいたい、ご先祖のイザベラ・バードさまが女一人で冒険して、
日元国を旅したから、今の魔法を使える私達が、いるんでしょう」
「おお、そうだった、そうだった。カイ君、時々、ナタリーにメールして
やってくれないか、大好きなカイ君が、日元国とサムライ・チェスに夢中に
なっているのが、寂しいみたいなんじゃ、ジェラシーっていうのかの?」
「ち、違うわよパパ。な、何言ってるのよ、私はただ、泣き虫な弟が
いじめられないか心配なだけよ」
「ありがとう、ナタリー姉さん、マイケル伯父さん。では行って来ます」
カイ・バードは、マイケル伯父さんとナタリーにハグをすると、
出発ゲートに向かった。
ナタリーとハグした折に、頬にキスしようとした、カイの顔を無理矢理押さえ、
口づけにしたナタリーを茶化すマイケル伯父さん、それに真っ赤な顔で
反論するナタリー。楽しそうな二人を遠目に見ながらも、カイの心はすでに
これから始まる日元国での冒険?のことで、胸がいっぱいだった。
それは、ちょうど、ご先祖のイザベラ・バードが日元国に向かった年から数えて、
150年後の事だった。
真弓さん、和田さん、バースさん、掛布さん、岡田さん、平田さん・・。つい昔を思い出してしまい、
別世界でも、活躍する風景が見てみたくて、思わず、描いてしまいました。




