024 閑話1 サムライスポーツ
魔法が使える世界なら、こんなスポーツをやってみたいなと思って書きました。
ロサンゼルス空港の到着ゲートをくぐってロビーに出ると、
今年から女子大生になり、これまでの知的美少女から、
知的美人へと変貌しつつある、従姉のナタリー・バードが、
カイに気づき、手を振ってくれた。
その隣には、ナタリーの父親のマイケル・バード伯父さんがいた。
「久しぶりだけど、元気そうだね、カイ君」
「はい、マイケル伯父さんもお元気そうで、ナタリー姉さんは、
一段と、綺麗になりましたね。しばらくお世話になります」と
2人とハグをしながら挨拶をかわす。
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マイケル伯父さんが運転する車は、片側5車線のフリーウエーを
伯父さんたちの住むビバリーヒルズに向かって快適に走っている。
「え、ハーバードから、授業料免除で奨学金まで付いてる
オファーが来てるの?すごいじゃない、私なんか、UCLAの
授業料免除が最高のオファーだったわ、
授業料免除で、奨学金までもらえて、何を悩む必要があるのよ」
助手席のナタリーが後ろを振り向きながら声を荒立てる。
「でも、日元人に比べれば、たいしたことのない魔力量で、
こんなに優遇されていいのかなって・・」
「いいのよ、元々魔力保持者を、魔女狩りと称して火あぶりにして
殺しまくった欧米人が悪いんだから、今更、魔力保持者を増やしたいのなら、
私達のように魔力持ちを優遇するのはあたりまえでしょう。
別に悪い事している訳じゃないんだから、使える武器は、
なんでも使わないと損だよ、カイ」
僕らのご先祖さまは、イザベラ・バードという女性の旅行作家で、
明治の初期に日元国を周り{前世では、40代後半で来日していたが、
今世では、20代後半で来日していた}その時に、リョウマ・サカモトと
カイ・アラミチという2人の男性に出会ったのだという。
そのどちらの男性と、そう言う関係になったのか分からないのだが、
帰国する船の中で妊娠していることが分かり、帰国後に生んだ女の子は、
魔力持ちだったそうで、その女の子が、僕らの曾々ばあちゃんだ。
それから代々、バード家には、魔力保持者が生まれているのだった。
ただ、代を重ねるごとに魔力量は減ってきていて、従姉のナタリーは
アメリカ人としては、高い魔力量だが、日元人と比べると、
10分の1ぐらいの魔力しか持っていなかった。
ところが僕の場合、親父が日系の女性と結婚したためか、
普通の日元人レベルの魔力を持っていて、これはアメリカ人としては、
トップクラスなのだという。
そのため、両親は、明治時代に日元国で活躍し、ご先祖さまとも、
関係があったかも知れない、伝説の偉人と同じ“カイ”という名前を
僕に付けたのだそうだ。
日元国には、魔力モーターや魔力電池を使った車やパソコンなど、
欧米のメーカーではとても太刀打ちできない高性能な、
さまざまな製品が作られている。
魔力保持者は、肉体強化魔法や、治癒魔法などが使えるだけでなく、
それらの高性能な魔力製品をも、自由に使いこなせるのだ。
そのことが、羨望とやっかみの対称となり、ハイスクールでは露骨に、
すり寄る者と陰険な嫌がらせをする者に別れ、日々、やりづらい生活を
送っていたのだった。
このまま奨学金をもらってハーバードに進んでも、魔力保持者に対する
羨望とやっかみの中での生活が続くのだろう。でも、日元国なら・・
****
カイ・バードは、ハイスクール時代に、母方の実家や親戚が住む日元国へ、
2ヶ月程、短期留学をしたことがあった。
カイの魔力量は、アメリカではトップクラスだといっても、日元国では、
普通のレベル3の魔力量ということで、ちやほやされることもなく、
普通の留学生として扱われたのだ。
「へえ、アメリカ人なのに魔法が使えるんだ、すごいじゃん。
お母さんが日系人なんだ、どうりで・・」クラスメイトたちはそう言うと、
後は普通の友人として接してくれたのだった。
普段、羨望とやっかみの中で過ごしていたカイにとって、その生活は
ホッとする一方で、有名スターから、一般人に格下げになったようで、
少し物足りなさも感じる2ヶ月だった。
「じゃあさあ、サムライスポーツも、できるんじゃない?」そう言うと、
日元国のクラスメイトたちは、放課後、カイを部活動に誘ってくれたのだ。
日元国では、フェアネス精神というか、魔法が使えない欧米人と対等に
スポーツを楽しむために、野球やサッカーやテニスなど、欧米発祥のスポーツでは
肉体強化魔法も含めて、魔法は全面禁止でプレーをするのだが、
日元国発祥の剣道、柔道、弓道、長刀、空手や合気道など、そして、
それらを統合した魔法将棋では、魔法を自由に使っていいことになっていて、
魔法を使えない、欧米人ではありえないような、スピードやパワーを駆使して
プレイされていて、その圧倒的な迫力から、外国からは、“サムライスポーツ”と
呼ばれるようになっていた。
カイが留学初日に連れて行かれた部活は、魔法将棋、海外ではサムライ・チェスと
呼ばれているスポーツで、元々は明治時代に陸軍の小隊の動きを練習するための
模擬戦から始まったものだという。
プレイヤーは、東洋で言う将棋、西洋のチェスのような名前と武器が与えられるのだ。
具体的には、
王将1人:武器は大太刀と魔法砲と軽機関魔銃
飛車1人:武器は、魔法砲(バズーカ砲のようなもの)と太刀
角行1人:武器は、ライフル魔銃と太刀
金将2人:武器は、軽機関魔銃と太刀
銀将2人:武器は、軽機関魔銃と太刀
桂馬2人:武器は、長刀と弓
香車2人:武器は、槍と二刀
の11人で、敵味方合わせると総勢22名が50m×100mのフィールドで、
攻守に分かれて、9回の表裏まで行われるのだ。
{戦闘5分、攻守入れ替え準備5分、戦闘5分の繰り返し}
勝敗は、守っている側の王将に攻撃を加えた回数{3回斬られるか、
撃たれると攻守がチェンジする。ただし攻撃時間は5分}で、
点数{斬ると3点、撃つと1点}が与えられるのだ。
カイは、初めてなので、全体の動きが見られる、王将役をやらせてもらったのだが、
最初は、その迫力に圧倒され、まともに動くことさえできなかった。
魔法将棋はもともと日元国陸軍の模擬戦から来ているので、攻撃側11人が、
本当に殺気を放ちながら、王将である自分を斬りに向かってくるのだ。
もちろん、その間には、味方のプレーヤーがいて、カイを守ろうと
動いてくれているし、{敵、味方とも、3回撃たれるか、斬られると、その回は退場になる}
さらに言えば、訓練用の刀や砲弾なので、斬られたり、弾が当たっても、
蛍光塗料の印が付くだけなので、少し衝撃があるだけで死ぬことはないのだが、
それでも、敵が走り込んできて、自分に刀を向けてきて、初めて斬られたときは、
本当に斬られた感じがして、しばらく動けない程だった。
また、カイ以外は全て日元人なので、高校生といえども、
みんな、かなりの魔力を持っていて、それらを使いながら、
空中を飛んだり、ありえないスピードで斬り合いをしたり、柔道の投げ技や、
空手の正拳や回し蹴りを放つなど、これまで、映画やゲームでしか
見たことのないような、すばらしいプレイをするのだった。
その日から、カイは魔法将棋というサムライ・スポーツに夢中になった。
授業が終わると、毎日部活に顔を出し、いろんな技を教えてもらったのだ。
飛行魔法は、かなりの魔力を使うので、カイの魔力量だと、すぐに枯渇してしまう
そこで、空中に見えない足場を作り、そこを踏み台にしながら、空中を走る、
ステップ魔法や魔力を節約するために、刃だけに魔法を這わせる方法。
そして肉体強化魔法も、足や腕などにピンポイントで掛ける方法などを
教えてもらい、ひたすら、練習をしたのだった。
その甲斐あってか、留学の最後の頃には、クラブ内でも、
そこそこ上位の選手となり、練習試合では、
飛車役をさせてもらえるようにまでになったのだった。
アメリカに戻ってからも、魔力パスポートにダビングさせてもらった、
“一人でできる、魔法将棋の練習”のビデオを何度も見ながら、
さらに、上級選手が使う、魔法の刃を飛ばす方法や、小さな魔法シールドを
瞬時に、ピンポイントで張る方法をマスターしていったのだ。
類は友を呼ぶもので、そんなサムライチェス好きのカイは、
やがて同じ街のサムライチェスチームに呼ばれ、{魔法が使えない人が
ほとんどなので、アメフトやバスケのように各校に一つのチームはなかったのだ}
そこでの活躍が、多くの人の目にとまり、やがて州代表チームに選抜され、
そして昨年にはなんと、ナショナルチームの練習にも参加させて
もらえるようになっていたのだった。
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片側5車線のフリーウエーが渋滞しだした。
「これ、もしかしてスタジアムに向かう車ですか、試合は明日なのに・・」
遠くにスタジアムが見えていた。
「午後から、相手チームの公式練習があるのよ、多分、明日のチケットが
取れなかった人たちへのサービスね、カイも寄る?」
「いえ、相手のデータは何度も見て覚えましたから、予定通り明日の9時に
スタジアム入りで大丈夫です。今日は、そのまま伯父さん家で
少し汗を流すくらいでやめておこうかと思ってます」
そう、明日、アメリカチームは日元国のプロチームと親善試合を行うのだが、
若手に国際舞台の経験を積ませるために、なんとカイも飛車役として、
途中からだが、出場することになったのだ。
「相手は阪神タイガースだっけ?どんなチームなの」
「ナタリー姉さんも行ったことがある、京都や大阪など、関西と呼ばれる地域を
ホームにしている名門チームだよ。ずっとトップリーグに入っていて去年は、
21年ぶりに総合優勝した上に、巨椋池杯でも優勝してるんだ」
日元国では、有名な試合としては、トップ12チーム
{アメリカのメジャーリーグにあたるリーグで、マイナーリーグにあたる、
あすなろリーグ24というのもある}の年間130試合を行うリーグ戦と、
オープン参加{プロチームの上位以外は予選有り}の
魔力模擬戦発祥の地で行われる巨椋池杯がある。
「ああ、なんか聞いた事あるわ、今年は、さらに二刀流のルーキー・オオタニが
入ったチームでしょう?でもなんで、二刀流でそんなに騒がれてるのよ、
カイだって、時々二刀使ってるじゃない」
「いや、ナタリー姉さん、二刀流の字が違うよ、彼は、剣だけじゃなく
魔法砲の使い方もすごいんだよ、それで、二頭の竜がいるみたいだから
二頭竜と呼ばれているんだ」
魔法砲とは、テニスボール程の蛍光塗料弾を撃ち出す道具で、撃ち出した
弾のスピードは、プレーヤーのセンスによって決まり、トッププレーヤーで
平均250km程なのだが、オオタニが撃つ弾は、300kmを超えるのだ、
しかも、カーブやシュートと言って、右や左から曲がって来たり、
フォークやホップと言って上から落ちてきたり、下から浮き上がって来るのだ。
その映像を魔法パスポートで見せてあげると、ナタリー姉は本気で
心配しはじめた。
「・・カイ、死なないでね」
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それは、一方的な試合展開だった。
先攻を選んだ、カイの所属するアメリカチームの攻撃は、
敵の王将に一発の弾も撃つことが出来ずに、2分程で全員斬られて
チェンジになり、守りでは、逆に2分程で、半数以上が斬られて、
守備に穴が開き、王将が3回斬られてしまうのだ。
それでも、スタジアムを埋めた10万人の観客は大喜びだった、
なにせ、魔法を使って人間が飛んだり跳ねたりしながら、
砲で撃ち合ったり、剣で斬り合ったりするのだ。
しかも、吹っ飛ばされ轟音と共に、地面に叩きつけられた選手が、
すくっと起き上がり、土をはらうと、再び戦いに向かっていくのだ。
そのすさまじい迫力とタフさに、人間のすごさを感じているのだろう。
「大丈夫ですか」控えのカイは、チェンジ休憩のときに、キャプテン・
カエサルにスポーツドリンクを渡しながら尋ねる。
「オオ、サンキュー、ところで気づいているかカイ?」
「彼らが利き腕と逆の腕で、刀や砲を構えていることですか」
カイがビデオで見た、飛車の掛布選手、角行の馬薄選手、金将の真弓選手、
岡田選手たち、彼らはみんな右利きだったはずなのに、左で剣を振っているのだ。
「いや、それもあるが、彼らはおそらく、スピードアップの魔法を
使ってないみたいだよ」
「ばかな、それであのスピードなんですか」
「ああ、それに、王将役のルーキーオオタニの魔法砲はマジでやばいぞ、
とんでもないスピードで飛んできて、ありえない角度で曲がってくるんだ・・」
「そんな、キャプテンたちが手も足も出ないなんて・・」
「まあ、本場のレベルのすごさを味わえただけでよしとしよう。
カイも次の攻撃から入ってもらうから、準備しておけよ」
そう言うと、キャプテンは少し悔しそうな顔を、一瞬見せたが、
微笑みながら、グランドに戻っていった。
電光掲示板には、6回の表を終わって、45対0の数字が示されていた、
普通の試合なら、もう逆転は不可能なので、コールドゲームになるのだが、
あくまでも親善試合なので、9回表の、カイたちの攻撃まで続けられるのだ。
「くそ、ぜったい、本気にさせて、1点でも入れてやる」
カイは静かに闘志を燃やした。




