020 止めろ!上野戦争
「なっ」開の振り下ろした刃先を紙一重で躱した侍は、
一瞬で開の懐に飛び込み、鋭い突きを放ってきた。
「がは」魔法で生成している白鎧の腹部にヒビが入り、
開は咄嗟にバックステップで距離をとろうとするが、
開と同じぐらいの歳の若い侍はそれを読んでいたように、
一歩踏み込み、今度は顔に向けて突きを放ってくる。
(だめだ、殺られる)
魔力量がアップし、腕や足、最悪、心臓を突かれても、自己治療魔法を
掛ける自信はあったのだが、脳を貫かれ、意識が飛んでしまえば、治療魔法は使えない。
開が死を覚悟したとき、その侍の頭に横から、クナイが飛んできて、即死させてしまった。
「大丈夫ですか、開殿」
「はぁ、はぁ、ありがとう、助かったよ、サスケさん」
上野の寛永寺には、芝の増上寺と対をなすように7階層の地下要塞が隠されていて
江戸城の北の防衛の要として、6kmの地下道で繫がっているのだ。
そこから侵入すれば、彰義隊の本陣に最小の犠牲でたどり着けるのではないかと
考え、龍馬さんに地上部隊を率いて陽動作戦を行ってもらいながら、
開は、サスケさんの案内のもと、江戸城から続く、その地下道から忍びこんだのだが、
各階に小数とはいえ、配置されている侍たちの技量が半端じゃないほど凄いのだ。
龍馬さんに、この2週間、何度も袈裟斬りにされて、本当に死ぬ思で、
稽古を付けてもらっていたので、結構自信が付いていて、映画の主人公のように
相手を峰打ちで気絶させ、殺さずに、すり抜けられるんじゃないかと思っていたのだが、
現実には、手加減など考える状況ではなく、今の戦いのように、
何度も殺されかけながら、なんとか登ってきたという感じだった。
「大丈夫ですか・・」サスケさんが、心配そうに聞いてくる
「なんとか、大丈夫です。でも、少し待ってもらえますか」と言いながら、
開は、ヒビが入った白鎧と多分損傷しているだろう内臓に修正魔法と
治療魔法を掛けていく。
(これで、21人か・・向こうの世界じゃ、死刑確定だな)
最初は江戸城の地下通路から、上野の寛永寺の地下要塞に入る地下7階の入口の所に
警備していた6人の侍と戦いになり、今回と同じようにサスケさんと協力して倒した。
{実際には、サスケさんがほとんど倒しているのだが、責任感の強い開は自分が
殺したものとしてカウントしている}
その後も上の階に上がる扉の所に必ず、2~3人の侍が警備しており、
説得には全く応じず、戦闘になっていたのだ。
最初の6人の侍の内の1人は、12~13歳ぐらいで、開の世界ではまだ、中学生ぐらいだった。
しかしその少年は、ものすごい気迫で突っ込んできて、とても峰打ちなどで
躱せるような状況では、なかったのだ。
初めて人を殺めたあと、開は今朝、食べたモノを全てもどしていた。
人を説得するのがどれだけ難しい事なのかは、土方さんたちの件で、
思い知らされたと思っていたのだが、その考えがまだまだ甘かった事を
身をもって体験していたのだ。
そんな自分自身の心の葛藤で、心が折れそうになる開を、サスケさんは
少ない言葉だが、要所要所で励ましてくれていたのだった。
「ありがとう、サスケさんは大丈夫ですか」怪我をしていれば
治癒魔法を掛けようと聞いて見ると
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」と答える。
実際、見た感じでは、擦り傷もほとんどないのだ、
(あれだけの、手練れと戦って、擦り傷もないなんて・・)
改めて、サスケさんの技量に驚きながら
「わかりました、じゃあいきましょうか」と
鎧のヒビと怪我の治療が終わった開は、再び歩き始める。
階段を上ると、開たちはようやく1階に出ることができた。
そこには、土方さんたちが着ていた誠をあしらったダンダラ羽織を
はおった侍と、5人の兵士がいた。
「ほう、彰義隊の精鋭を2人だけで抜けてくるとは、貴様ら化け物か」
(あんた達の方が化け物だろう、なんなんだよあの命を省みない、侍たちは!)
開はそう心のなかで叫びながらも、
「あの、降伏はしてもらえませんか」と聞いてみた。
侍はフッと笑い、
「その白鎧・・、そうか貴様が、土方副長が言っていた、魔法剣士だな、
俺の死に場所としてちょうどいいか、新撰組、三番隊隊長、斎藤一、参る」と
さっきの侍よりもさらに早い踏み込みで間合いを詰めると、
ほとんど見えないような速さで、突きを放ってきた。
(三番隊隊長、斎藤一って、気を付けろ開、確か、沖田さんに並ぶ
剣の使い手だぞ)
(死に場所って、この人、最初から死ぬ気なのか・・)
「ぐは」「う・」「・・」斎藤の放った三段突きが、眉間、喉、心臓部分に
突き刺さる。
先ほどの侍との戦いの反省から、ヘルメットはガ○ダムのような
フルフェイスにして、しかも鎧の厚みを2倍に強化して生成していたため、
ヒビが入りながらも、なんとか防いでいたが、
前回のままなら、最初の一撃で、即死だっただろう。
「ほう、俺の三段突きを止めるか、やるな魔法剣士」
(くぅ、力量が違いすぎる・・)
開は、サスケさんの方をチラッと見るが、サスケさんは、残りの5人の
侍たちと斬り合っていて、さっきのような助太刀はとても無理そうだった。
(まだ、成功率が30%だけど、やるしかないか・・)
そう決意すると、沖田さんに形見としてもらった、菊一文字に
魔力を流し、それを利き腕ではない左手で持った。
{ちなみに土方さんの愛刀、和泉守兼定は、龍馬さんが受け取っている}
魔力の流が見えていない斎藤は、開が左手に刀を持ち替えたことに
違和感を覚えながらも、三段突きを止めた相手と戦えるのが楽しいみたいで、
「じゃあ、これはどうかな、奥義、閃光!」と
先ほどの三段突きよりも早い突きを、再び眉間のみに放ってきた。
開は、右腕を犠牲にする覚悟でその突きにぶつけていく。
某、ボクシングマンガの主人公が放ったクロスカウンターをイメージ
したものだが、開の力量では、片手剣で、突きに突きでカウンターを
合わせるのは無理なので、拳に魔法を纏い、相手の刀にその拳をぶつける
作戦なのだが、これすら、刀の速度が速すぎ、成功率は30%といった所だった。
案の定、右腕は薬指から肘にかけて、魔法鎧ごと切り裂かられてしまうが、
そのおかげで軌道が少しずれたのか、斎藤の突きは、眉間では無く
まだヒビが入っていない右の額に当たり、そこにヒビを入れるところで
かろうじて止まった。
そして、すかさず開は、左手に持っていた、沖田さんの愛刀、
菊一文字に込めた魔力を解放したのだ。
開の魔法は光の刃となって、斎藤の両腕を切り裂き、
遥か後方へと飛び去っていった。
「見事だ、魔法剣士」両腕を切り落とされたにもかかわらず、
斎藤はどこかうれしそうに、その場にあぐらを組むと、
「これで、ようやく俺も、近藤さんや、土方さんの元にいけるぜ
さあ、介錯を」と目をつむるのだった。
2人を倒し、残り3人と斬り合っていた、サスケたちは、戦いをやめ
開と斎藤のやり取りを凝視している。
開は、斎藤の右腕を拾い上げると、傷口に浄化魔法をかけ、治癒魔法を使って
繋ぎ合わせていく。
「なにをするのだ」戸惑う斎藤に
「新撰組三番隊長の斎藤一は今、死にました。これからは、天皇陛下を
お護りする者として、生きてもらえませんか」そう言いながら、
右腕が繫がると、同じように左腕を浄化して繋げていく。
両腕が完全に元通りになり、斬り痕さえもわからない完璧な治療魔法に
斎藤をはじめ、サスケたちと斬り合っていた、侍たちも驚きの表情で
事態を見守っていた。
「俺に生き恥をさらせと言うのか・・」
「いえ、責任を取れと言っているのです」
「責任?」
「ええ、あなたは、これまで幕府を護るために、多くの命を殺めてきた、
でも、それは佐幕派、討幕派のそれぞれの正義を貫こうとしたもの、
どちらが正しかったかは、結果がでないとわからないと思うんです」
「貴殿たちが勝ったのだ、結果はでたのではないのか」
「すみません、言葉が足りませんでした、この明治維新と呼ばれる革命が
正しかったのかどうかは、後の世の人が幸せになるかどうかで決まると思うんです。
今のまま、士農工商という身分差別が続けば、これだけの犠牲を払いながらも
結局、この内戦は、徳川幕府から薩・長幕府に変えるだけだったということになり、
もしそうなら、これまで多くの志士たちが命をかけて行動してきたことが
全て、無意味になってしまうと思うんです。
そうならないためには、斎藤さまも、新政府の一員となり、
新政府が、日元国の人々の幸福を増やす方向に進むように
きちんと意見を言い、導き続けるべきだと、思うんです。
でもそうなればきっと、裏切り者だと陰口をたたかれ、
後ろ指を指される事になるでしょう・・。
それでも、斎藤さまのような方が、新政府に入り、新政府が道を誤らないよう、
堂々と意見を言い続けるべきだと思うんです。
それが、僕も含めて、今生き残っている者の、責任だと思うんです・・」
「新政府が道を誤らないよう、意見を言うのか・・」そいうと
斎藤は暫く目を瞑ったが、ゆっくり目を開けると
「わかった、貴殿の言うとおり、生き恥をさらして生きてみよう。
まずは、どうすればよい」と、どこか吹っ切れた感じで静かに語った。
「あ、ありがとうございます。まずは最高責任者の方と面会をしたいのですが」
開は、この説得には、天国から土方さんや沖田さんが力を貸してくれたのだと、
感謝の想いを秘めながら、立ち上がった。
それからは、比較的順調だった。
斎藤一と、5人の兵士{サスケさんが倒した2人は峰打ちで気絶しているだけだった}の
案内のもと、寛永寺の本堂にいた、皇族の北白川宮能久親王に面会をさせてもらい、
今回の戦の終了と、天皇への帰順を宣言していただけたのだ。
戦死者も、龍馬さんが率いる、新政府軍には、龍馬さんが赤い鎧で飛び回りながら
威嚇射撃のみを行ってもらっていたので、比較的少なく{それでも30名は出ていたが}、怪我人に関しては、数十名ずつ集まってもらい、
開がまとめて、広域治癒魔法を掛けていった。
レベルが6の上位にまで上がっていたのと、龍馬さんの攪乱のおかげか
思ったより負傷者が少なかったので、重症者も含めて全ての怪我人を
治療することができたのだ。
こうして、上野戦争は終結した。
そして、北白川宮能久親王を早い段階で、新政府側に引き入れることが
出来たことと、新撰組三番隊隊長の斎藤一が、千葉の鴻之台に集まっていた
幕府軍への説得に動いてくれたおかげで、その後、前世で起こった、
宇都宮城を巡っての激戦や、会津や二本松での悲劇、松前城攻略から始まる
箱館戦争を回避できることになった。
それは、会津攻略のために兵力と軍資金の提供を長岡藩に高飛車に命じ、
それに反発する家老、河井継之介を中心に起こった、北越戦争の回避にも
繫がり、その結果、今世の新政府では、これらの内戦により、多くの人材を失った上に
多額の戦費を使うということが無くなったのだった。
前世界では、上野戦争から、函館戦争終結まで、1年以上かかった、
いわゆる戊辰戦争が、この世界では、上野戦争だけで止まったことは
人材難と財政難にあえぐ新政府にとって非常にありがたかった。
そして、その予算や人材を、上下水道や鉄道などの社会基盤の整備や、
教育事業の充実などに投入ることにより、前世の日元国の2倍の速度で
国力の増大が加速されることになっていくのだった。
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天照さまや、明治天皇は、予定通り、12月の20日に江戸城に到着し、
年が明けた、1月1日、(1868)には元号を新たに、明治とした。
また、江戸を東京と改名、江戸城を皇居{国会議事堂が建設されるまでは、
暫定的に本丸で会議をし、天皇は西の丸、天照さまが二の丸に入っている}とし
元旦の午後から、本丸の大広間で、天皇自ら、五箇条の御誓文を奉読された。
その誓文は、
一、広く会議を興し万機公論に決すべし
二、上下心を一つにして盛に経綸を行うべし
三、官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめん事を要す
四、旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし
と四までは前世の御誓文と変わらなかったのだが、
五の、知識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし、の部分が、
世界の宗教の、親神は、全て同一神なり、よって日元国民は
その同一神を信仰する全ての人々に兄弟姉妹のように接すべし、に
変わっていた。
この一文が入ったことにより、新生日元国は、
前世の日元国とも月本国のコピーでもない、地球神信仰の基に、
自由と民主主義を掲げ、地球ユートピアの創造を牽引する、
世界のリーダー国になっていくのだが、
そうなるためには、国内外を問わず、さらなる試練が
降りかかってくることになるのだった。
ようやく、明治維新がなりました。でも、まだ廃藩置県と西郷さんの件が残っています。
戊辰戦争が上野だけで収まったので、逆に武士の反発心が高まっていくような気がします。
10話を過ぎたあたりから、勝手に主人公たちが、動き始めたので書いている私も
どうなるのか、よくわかりません。日元国が良い方向へ進んでいってほしいです。




