016 会談決裂!江戸は火の海に?
「おやじ、団子をもう一皿もらえるか」
品川の近くの泉岳寺の門前町の団子屋で、天照さまが、
両手に串を持ちながら、さらなる追加を要請している。
それを見た伊藤博文が小声で
「開師匠、これで5皿目ですよ、まずいですよ。待ち合わせ時間に遅れてしまいます・・」とぼやく
(師匠って、僕は魔法回路を浄化しただけなのに・・)
(この時代の志士たちは、年齢に関係なく、自分より優れた思想や、
技術を学ばさせてもらうと、素直に敬うんだよ、現代人には少なくなっている、美徳だな)
開は、新たに京都で知り合った、桂小五郎(木戸孝允)、山県有朋、伊藤博文にも
魔法の要素があったので、魔力回路の調整をしてあげたのだ。
このとき、伊藤博文さんは28歳、開より8歳も年上なのだ。
ちなみに、龍馬さんが33歳、土方さんが34歳、
沖田君は27歳、西郷さんが41歳、大久保さんが39歳、
桂さんが36歳、山県さんが31歳、一番年上の大村さんが45歳で、
皆、開より年上なのだが、魔法使いの開に真摯に接してくれるのだ。
(僕も真摯になろう・・)開は前の世界で、魔法が使えなくなって
少し、斜に構えていたところに、天照さまと知り合い、再び魔法が
使えるようになって、少し慢心していた事に気づき、反省するのだった。
「天照さま、そろそろ行きましょうよ、じゃないと高輪の薩摩藩邸で行われる、
勝先生と西郷さんの会合に遅れてしまいますよああ、歴史的な場面なのに・・」
「ふん、妾を放っておいた罰じゃ、遅刻して見逃してしまえ」
「うう、なんでこんな事に・・」開は、この5日間の事を思い出す。
5日前、西郷さんたちと別れると、新幹線並の時速285kmで
京都まで飛行し、明治天皇や有栖川殿下に、現状報告をしたのだが、
そこに現れたのが、置いてきぼりを食らって、憤慨していた天照さまだったのだ。
いきなり回し蹴りを喰らい、ヘッドロックをされたまま、
強引に丸2日間の京都、食べ歩きツアーに付き合い、
さらに、その後の江戸への飛行にも同伴(しかもまたお姫様だっこで)する事を誓わせられたのだ。
それから2日間、本当に食べ歩きに付き合い、3日目の朝、ようやく機嫌の
治った天照さまをお姫様抱っこして、旅立とうとしていると、
今度は、長州から戻ってきた、桂小五郎(木戸孝允)、山県有朋、伊藤博文の
3人に現在の状況を説明してほしいと、懇願されたのだった。
しかたなく、龍馬さんの暗殺未遂から、明治天皇への襲撃事件、
そして、岩倉卿と、三条卿の謀反(妲己の事や、2人がすでに宇宙人に
乗っ取られていたことは話していない)ことや、
最後に、藤沢宿近くでの、幕府軍との戦の話を、1日かけて説明したのだった。
結局、3日目はそれで終わってしまったので、
京都に戻って、4日目の朝、今度こそ、江戸へ向かおうと、天照さまを
お姫様抱っこして飛び立とうとしていると、また、桂さんと山県さんと
伊藤さんが、今度は白装束で、やって来て、これからだと、馬を飛ばしても、
会談に間に合わないので是非、我らも飛行魔術(彼らには、魔力回路の調整を
しただけで、飛行魔術は教えていない)で江戸に連れて行ってほしいと
土下座して懇願され、断られれば、切腹すると、宣言されたのだった。
しかも、天照さまの甘味好きを見抜き、有名どころの大福や八つ橋を大量に献上してきたのだ。
大福賄賂で懐柔された天照さまの命令も有り、とりあえず、激戦地であった
藤沢宿まで、1人ずつ背中に乗せて(天照さまはお姫様抱っこ)
4往復した所で、残り魔力が乏しくなったので、1泊したのだ。
そして、5日目の朝(ここからなら、15分も飛行すれば到着するので
4往復しても2時間で済む)、急に、天照さまが、
{高輪の薩摩藩邸は知らないが、近くの泉岳寺には、赤穂浪士が切腹するときに見に行った記憶がある}
と言い出したので、天照さまの瞬間移動で、行くことになったのだが、これが、失敗だった。
そう、泉岳寺の門前には、団子屋をはじめ、様々な食べ物屋が軒を連ねていたのだった。
「へい、お待ち」
店主自ら、焼いた団子に、甘辛いタレをたっぷり付けた、みたらし団子を持ってくる。
桂さんと山県さんは、先に薩摩藩邸に向かってしまっているので
ここにいるのは、3人だけだった。
(だめだコリャ)開と伊藤さんがガックリ肩を落としていると、
「おお、いいニオイだな、店主、こっちにもそのを団子2皿頼むよ。
それと、酒はもう飲めるかい?出せるんなら、酒も頼む」と
侍たちが、入って来る。
(昼間から酒って・・)と開がその侍たちをチラ見すると、
なんと、その侍は、坂本龍馬さんと勝海舟さんだった。
「龍馬さん!え、じゃあ、その方は勝海舟先生ですか」
「おお、開師匠!それに天照さまも。勝先生この方が、
先ほど話した、儂の魔法の師匠の開殿ですよ」
「ほう、お前さんが、例の魔法使いさんか、俺は勝海舟、
沈みゆく、幕府とかいう泥舟の操舵役を命じられている、
しがない幕臣だ。よろしく」
「一条開(伊藤さんがいたので、偽名にする)です、
こちらこそよろしくお願いいたします。
それで、勝先生がここに来てるって事は、もしかして、
会談は終わってしまったのでしょうか」
「ああ、終わっちまったよ、決裂さ、これで江戸も終わりだな」
「うう、日元史に残る、世紀の会談が終わってしまったのですね。
見たかったなあー、江戸城無血開城の瞬間、世界史的に見ても、
旧勢力から、こんなにスムーズに政権が委譲されるのは、稀ですからね、
いや、奇跡といってもいいかも、おかげで、江戸100万の町人が
焼け出されずに済んだんですからね。
そんな、奇跡の会談を生で見られるチャンスだったのに・・
あれ?今決裂っておっしゃいませんでした」
「ああ、言ったよ、会談は決裂した。残念ながら、お前さんの言う
江戸城無血開城という奇跡は起こらなかったのさ」
「な、なんですとー、会談決裂、無血開城ならずって、そんな・・
どこで、歴史が狂ったんだ、僕が龍馬さんたちを助けたからか?
いや違うなあ、でも、このままだと江戸の町人たちが・・」
「お前さんの言うとおり、このままだと、江戸は火の海さ、
酒でも飲まんとやってらんねえぜ」と
勝さんは、ちょうど店主が運んできた酒をお銚子に注ぐと、グイっと煽った。
「うむ、どうして決裂したんじゃ、おい、写本の小童、
そのあたりの事情をもうちょっと、詳しく話せ」
「写本の小童って、金髪のお嬢ちゃん、日元語を誰にならったんだい、
そういう時は、ジェントルマン、いやダンディなおじさまと言うんだよ」
「ふん、せっかく作った写本を、かっぱらわれて、いじけていた
泣き虫小僧がえらくなったものだな。
妾が取り返してやってまんじゅうもおごってやったじゃろう」
「なんで、そのことを・・」
勝の疑問に龍馬さんが耳打ちする。
「え、じゃあ、あの回し蹴りの、綺麗なお姉さんですか!
あの時は、ありがとうございました」
勝先生の話では、家計を助けるために写本(今のような印刷技術が
発達していないために、本を写すアルバイトのような仕事があった)をして、
届けに行く途中で、かっぱらいに遭った所に、金髪のお姉さんが
現れ、回し蹴り一発で、泥棒をノックアウトしてくれたのだという。
しかし、かっぱらった泥棒も少年だったので、奉行所には突き出さず、
迷惑料としてその泥棒少年の所持金で、まんじゅうを買わせて献上させ、
そのうちの一つを勝さんにも恵んでくれたのだそうだ。
(泥棒を撃退したのはすごいけど、その少年にまんじゅうを買わせて
献上させるって、どうなんだろう)
「で、写本の小童、決裂とは、どう言うことじゃ?慶喜から全権を委託されとるはずじゃろう」
綺麗なお姉さんと言われて、機嫌よさそうに天照さまが、勝に尋ねる。
(確かに、海から聞いた話では、徳川慶喜将軍から勝海舟先生が
全権委任されていて、江戸城を無血開城して、徳川家は静岡に引きこもる
代わりに、江戸の街を戦場にしないという話でまとまったはず)
「それが、全権委任じゃないんですよ、天姉さん。おいらは、休戦協定を
結んでこいと言われただけなんです。
ぶっちゃけ、全権委任してもらえば、ここで綺麗に大名同盟の盟主である徳川家に、
引退してもらう腹づもりでいたんですよ、慶喜公もそれで納得していたんですがねえ」
「小栗忠順か」
(小栗忠順って幕臣の人だよね、そんなに力のある人だっけ?)
(ばか、お前、知らないのかよ、この時期の幕府側の実質の政策責任者だろ)と
海にあきれられる。
(そうなんだ・・)
(まったくもお、天照大神さま、天照大神さま、ちょっとまた、開を勾玉内に、
召還を、お願いします!)
***
海たちの願いが、聞き届けられたようで、開の魂が再び、勾玉内に入ってきた。
外の世界とは、時間の流れが違っているので、1時間ぐらい滞在しても
外界では、ほんの一瞬の時間になる。
そこで、開は小栗忠順についての、レクチャーを受けるのだった。
「すごすぎる・・、こんな人がいたのか、知らなかった・・」
昔、NHKで放送していたプロジェクトX のような映像には、
小栗忠順が行った、近代国家政策が次々に写し出されていた。
それは、日米間の金銀貨の交換比率の是正や、憲法制定の準備、
造幣局の設立準備に、大砲や火薬製造所、反射炉に、横須賀造船所、
江戸・横浜間の鉄道施設。
はたまた中央銀行の設立準備に郵便電信の準備、ガス灯の準備に学校制度の制定や、
会社や商工会議所の原型作りなど、多岐にわたっており、
開が明治政府が行ったと思っていた、ほとんど全ての近代国家政策が入っていたのだ。
まあ言えば、勝海舟が、徳川家を葬式に出して、江戸時代を終わらせた、
古い国家の建物解体の設計者なら、小栗忠順は、近代国家への国家改造の
設計者と言った感じだった。
「まあ、教科書には出てこないからなあ」海がフォローしてくれる。
「しかも、最後は斬首だなんて」
そのプロジェクトXのような映像の最後では、明治維新後、江戸を去り、
上州の権田村に引きこもっていた、小栗忠順が新政府軍に捕らえられ、
打ち首にされている場面が映し出されたのだ。
「男の嫉妬心は怖いよな、この後、小栗さんの功績は抹消されて、
手柄は全部、新政府のものにしちまったんだぜ。
ちなみに月本国では斬首はしていないが、切腹しているけどな」
***
「さすが、天姉さん、するどいですね。あやつ(小栗)の理詰めの意見には、
慶喜公も無下に反論出来ずにいたところに、錦の御旗が偽物で、
討幕中止の天皇陛下からの勅旨でしょう?
なら、休戦して時間を稼ぎ、海軍を集結させて交渉すれば、
江戸城の明け渡しもせずに済むのではないかという感じですかね」
「ふむ、困ったもんじゃのう、これじゃあまた内乱になってしまうぞ」
「はい、しかもやつ(小栗)の政策で、幕府軍は、お雇いフランス人の軍事顧問のもと、
着々と近代化が進んでいます。ここで時間稼ぎされると、薩長軍の方が
負ける可能性も高いですよ。だから、西郷は、休戦でお茶を濁すぐらいなら、
力ずくで、今すぐ江戸城から追い出すつもりですね」
薩長は、5日前に農民兵を帰して、今は1千人しかいない。
品川沖から、軍艦で、砲撃されれば、ひとたまりもないだろう。
そうなると、歴史が本当に振り出しにもどりそうだった。
「あの、勝先生、お願いがあります」
勾玉から戻ってきた開が、勝さんと天照さまの会話に、急に口を出した。
「お、おうお前さん、いや開君だったね、どうした?
何か今、一瞬、ボーとしてたみたいだが、急にいい顔になったな、何か思いついたのかい」
「はい、僕に小栗さまを紹介してもらえないでしょうか」
「小栗に?うーん、別にかまわんけど、あやつが会ってくれるかどうか」
「いえ、この時期に、勝先生から、火急の用で面会を申し込めば
大丈夫でしょう」龍馬さんが口添えしてくれる。
「わかったぜ、何を思いついたのか知らんが、どうせこのままじゃ
江戸は火の海じゃ、魔法使い君にまかせるよ」
さすがの勝海舟も、妙案が思いつかないので、開に託すのだった。




