眩い
文明はまだ終わっていなかった。
「スパイク、お前なのか? ついにお前は、起きたのか?」
長髪でフランス人のような気取った服を着て、ヒゲもちょびヒゲではあるが、貴族のようなものとなっている男が言った。
「ああ、紙を見た、だけど記憶が無い」
僕は言った。
もちろん記憶なんてあるはずはないのだが、この人達と円滑にやるにもこの嘘は必要だ。
男は、少し考えて言った。
「俺の名前は分かるか?」
男は言った。
「グレイ?」
なんとなく浮かんだその名前を言った。
すると男はほっとしたような、顔をした。
「完全に消えてるわけじゃなさそうだな、戻ると良いが」
グレイはそう言って、僕をキャンプ地に案内してくれた。
若い女の人が駆けつけた。
若いといっても恐らくスパイクより年上だろう。
「スパイクだ、よろしく」
彼女は、驚いた声で言った。
「あんたが動いてるの見るのは2年振りだね、こんな時代に起きたのはなんというか不幸だったかもしれないけど、歓迎するよ、生きてる人が少ないからね」
彼女の名前を知っている気がする、そうだ、確か。
「レベッカ、それくらいにしてやれ」
もう一人弓兵の格好をした男がいた。
王国に仕えてる兵士のものだと僕は分かった。
彼の名前は思いつかない。
「さて、俺の名前はわかるか? スパイク」
彼は言った。
僕は戸惑った。
「えっと……」
すると彼は笑い声をあげた。
「グレッグ、いい加減にしなさい、こんな危険な時代にジョークなんて」
レベッカは言った。
「悪いな、こんな時こそ笑いが必要だと思ってな、グレッグだ、よろしく」
彼はそう言って握手を持ちかけた。
僕は快挙した。
彼の顔は、恐らく僕と同年代ではあるが、大人びている。
どこか、社会に対する納得と適応を見せたその姿は、元の世界で成功している人たちを彷彿とさせた。
そして彼の顔は、美男とは言えないが、見て気持ちは良い顔である。
「ああ、よろしくグレッグ、僕はスパイクだ」
名前を知っている相手に対して、再度紹介する彼の流儀を尊重することにした。
彼は、挨拶が終わるとそそくさと、キャンプ地を歩いていった。
「彼は、今どんなことをしているんだい?」
僕は言った。
するとレベッカは不満そうな顔をした。
レベッカは、年齢より子供に見えるが、美人だった。
「なるほど、レベッカは今何をしてるんだい?」
僕は察して聞いた。
日本人であった僕の唯一の特技かもしれない。
「新しい新人への教育と、色んな雑務ね」
彼女はそう言ってまくっている腕を見せた。
彼女の少し不服とも言える態度を僕は感づいた。
「雑務は不服かな?」
僕は、少しジョークのようなトーンで言った。
元々僕は、こういう人間ではないが、元のスパイクの体にいる以上多少影響を受けるのか。
「不服なんてもんじゃないわね、腕利きの勇者を赤ちゃんの護衛に付ける様なもんだわ」
レベッカは言った。
僕は、思いついた言葉をなぜか言わずにはいられなかった。
「それなら、絶対に安心だな、身に余る光栄だ、レベッカ卿」
僕は、語尾を弱めて言った。
するとレベッカは、まんざらでもないのか、グレッグの事について話し始めた。
「あなたは、グレッグに一目惚れしたようだから、教えてあげるけども、グレッグは、元衛兵で今はキャンプの防衛をしてるわ、彼は薄っぺらい人間に見えるけど、安心感はあって適任だと思うわ」
彼女は言った。
僕は何かを察した。
「グレッグとうまくいくといいね」
僕はジョークっぽく微笑して言った。
「なによそれ!」
レベッカが、怒ったのでその後少しキャンプの説明が雑になった。
「ここが、睡眠用キャンプ、一番大きくて、全員個々で寝るわ、ただ人が多くなったので、第一と第二で分けてる」
彼女の言い方は、わざとらしく説明口調で棒読みだった。
「じゃあ、あなたの仕事は、衛兵ね」
レベッカは言った。
衛兵? 戦うのか、道中戦いで勝利を収めてきた僕は、かつての本人が強かったからかもしれない。
だからこういう仕事が適任だと彼女は思っているのか。
「わかった、物資は共有してるみたいだから、これ渡すね」
僕はリュックを手渡した。
彼女は、中身を探りつつ分別して、保管倉庫キャンプに運んで言った。
僕は、グレッグに話しかけた。
グレッグは街中を見回っていた。
「衛兵の仕事をすることになった、どういう事をすればいい?」
僕は聞いた。
「とにかく、危険から回避するってことだ、キャンプ地内部での争いを収めて外を見張る、ゾンビがいれば倒す」
グレッグがあまりにも真面目な口調で言ったため、僕は再び緊張感を取り戻した。
「村の警備は、僕達だけか?」
僕は聞いた。
するとグレッグは少し考えて言った。
「魔物とかを使えばもっと楽にはなるかもしれないが、魔物を森に探しに行く前に、ゾンビを見つけてしまうからな」
「そうだな、じゃあ魔法か何かでキャンプに役立つ事は出来ないのか?」
僕は聞いた。
魔法や魔物について知る必要がある。
「魔法ね、みんな簡易的回復魔法なら覚えてるくらいかな、炎魔法とかそういうのは、体力が減って剣より無駄だしな、結界の魔法は、体力をかなり消費するから長期的維持には向かない、みんな一応は国民の義務で覚えてるけどね」
グレッグは言った。
「結界を使った街などを知ってるか?」
結界を何かの装置で作って街に張るという事ができるんじゃないか。
「魔法石を大量に集めて杖に魔術を記憶させて、稼動させてた街はあるが、この街はそういったものはないし、第一魔法石や杖だって整備いらずってわけじゃないしな」
グレッグはそう言った。
「わかった、魔物や魔法を使ってくる追いはぎに対しての対抗策は考えてあるのか?」
僕は聞いた。
「一応、ゾンビや魔物相手なら村にわかりやすい罠なら仕掛けてある、落とし穴で針がたくさんはいってる、人間が落ちたらやばいからみんな気をつけてるよ」
グレッグは言った。
だが、僕はじっと見続けた。
魔法に対してはないのか?
「お前の言いたいことは、悪の魔法使いにどう対抗するかだろ? 俺も悩んでる、多少は魔法対抗魔法で何とかなるかもしれないが、相手の強さによるな、そもそもこのゾンビ病だって、魔法使いの死霊術とか、錬金術師の毒薬のせいなんじゃないかって思ってるくらいだぜ」
グレッグは言った。
「つまり、魔法使いに対してはあまり対抗手段は無いか」
僕は言った。
だがそれにすかさずグレッグが言った。
「魔法使いも魔法を完全に制御はできない、だが剣は? 肉体は? 魔法よりかなり素直だと思うぜ、自信を持ってやらないと勝つものも勝てねぇ」
グレッグはそう言った。
僕は、キャンプ地の反対側を警備した。
もちろんキャンプ地は広くない。
第一宿泊キャンプ、第二宿泊キャンプ、倉庫キャンプ、簡易的キッチン、畑、食事用手作り青空ダイニング、作業場。
7つの場所を基本的に皆利用している。
畑の作物はジャガイモしかなかった。
ここら辺の土地はあまりよくないから、育ちやすいものを選んだのだろう。
キッチンが畑の近くにあって、そのまま調理が出来そうだ。
その近くには手作りのテーブルと長いベンチのような椅子があって、皆で食事が出来る、これはきっとキャンプ地の治安維持や親交を深めるためだろう。
倉庫キャンプは、宿泊キャンプ並に大きく、物で散乱している。
近くに作業場があり、洗濯や、修理、素材の加工などをしていた。
ファンジーの世界だから、皆生活力が高い。
使っても良い第二宿泊テントに僕は向かった。
走ったため疲れたのだ。
グレッグに、少し休むことを伝えておいたので問題は無いだろう。
第一宿泊テントは、ベッドが10個あった。
第二宿泊もベッドの数が10個ある。
このキャンプ地は、僕、レベッカ、グレッグ、グレイ、そしてあまり良く知らない男達8人と、女達6人の合計18人、少し余分だが新しい人に備えているからだろう。
保存食がテーブルにおいてあり、バケツに入った水とコップがある。
ここでも一応食事はできるらしい、きっと各自で食事を行う時間や夜お腹が空いた時用だろう。
僕は、少し休んでいた、キャンプは、獣の皮でできていて、存外暖かく快適だ。
骨組みは、木を使っている、そして天井には、ランタンが吊るされてあって、二階建てベッドになっている為に付けられている梯子を登って点灯、消灯しているらしい。
まだ、夕方だったが僕は眠り込んでしまった。
街の人々はそれぞれ、悲しみを持っていて、時々悲しい話を聞くこともあったが、それでも希望を捨てずに生きている。
僕はこの場所を守ろう。
そう決心した。
それは、僕にとってここが必要だからでもある。
丸1日、生きた人と合わずに過ごした初日を思い出せば、ここは天国に近いだろう。
まぁ、ある意味この世界全体が天国に近い。
みんな死と隣り合わせっていう意味でだが。
平穏を維持することはできるのか。