長い1日
農場から出てかなり歩いて既に夜になっていた。
周りには、虫の声とゾンビのうめき声がする。
僕はここで、一番大事なことに気づいた。
僕達には、食事以外にも必要なものがある。
睡眠だ。
街道に続く道には、ゾンビは居なかったが、その周りにはゾンビが居た。
その光景は、道中何度も見たものだったが歩いているときには脅威ではないものの、睡眠する場所となると街道でも危険はある。
街道に紛れ込んできたゾンビに噛まれて起こされるかもしれない。
ゾンビのうめき声は、不気味だが寝てしまっていては気づかないかもしれない。
どこかに建物があって、そこを密室にする必要がある。
僕はあたりを見回すと、交差点と宿屋、厩舎があった。
どうやら商人達が、休む為に使っていたものだろう。
早歩きでその宿屋に近づく。
うめき声は近くからしない、ゾンビはいないのか、ともかく僕は宿屋の扉を開けた。
扉を開けると人の死体があった。
死体は、頭にナイフを刺して死んでいた。
おおよそ、誰かに殺されたのか。
この状況を考えると、自殺の線も考えられる。
頭を刺せばゾンビにはならない事に気づいて、自殺したのかもしれない。
その死体は、男のものでこの宿屋の主人だった。
おおよそ、一般的な市民の顔で、ちょびヒゲの生えた男だった。
僕は、宿屋のドアを鍵で閉めた。
宿屋の男の懐を探って、鍵を手に入れたが、中から鍵は、必要なかった。
確認したところ、部屋は4つあった。
2階に2つ、1階に2つだ。
1階の1つの部屋は主人用だった。
鍵が必要だったため、僕は主人の鍵を試した。
錠は鈍い音を挙げて開いた。
中を見ると、おおよそ宿の部屋と変わりは無い。
中世風の机とベッド、椅子。
時計があって、机の上には主人のものと思われる、リンゴと羊皮紙と羽ペンがあった。
僕は、羊皮紙がいくつか重ねてあったのに気づいた。
下の羊皮紙から読むと、宿屋の主人の日記だった。
日付は無い。
『街の様子がおかしい、みんなが魔物と化していた、私の宿屋は街道にあるから、被害は受けなかったが、ともかくこれを情報として残す。
今日は、まともな人だけ無料で入れよう。
普段稼がせてもらってる分恩を返すときだ。
どうやら、感染病の類らしい、街の下水道が汚染されたときも同じようなことがあったが、今回は、死んだ人が動き出す、だが頭を潰せば動かなくなるようで、感染者のためにもそうするべきだろう。
物資探索に言った仲間達が帰ってこない、どうしてだ? 死んでしまったのか? 外に出れば理由を探せるが、その勇気はない。
うめき声に耐え切れない、仲間がいるから精神が保てていたが、一人とはコレ程までに辛いのか。
いや、だがそうするべき』
これで羊皮紙の日記は終わった。
最後のは、自殺手前に書いたものだと思われる。
いや、そうではないかもしれないが。
僕は、この宿屋で寝ることにした。
宿屋の倉庫に食事があったので、助かった。
ここの宿屋の人たちは、あまり生存がうまいほうでなかったのだろう。
窓からゾンビに見られるのを防ぐものや、バリケードが施されてなかった。
僕は、椅子やベッドを剣で崩した。
少しやりにくいが、持ち手の部分を握り、差し込んでえぐるようにした。
板を手に入れたら、固定だ。
これは、板には使えない木材の欠片を三角の形に切って簡易的な釘にした。
手が切れるのが怖かったが、このスパイクという人物は、手先が器用だったのか、難なく出来た。
剣の持ち手を釘代わりにして、1階の宿部屋の窓に板で作ったバリケードを施した。
ドアは、余った板を打ち付けて開かないようにした。
これでこの部屋は、安全だ。
僕は、転生初日の夜をベッドで過ごした。
外の様子が見えないし、うめき声もバリケードが防音効果となり、かなり薄いものとなった。
絶望的な状況であったが、僕は今日を生き残れた。
転生をしないほうが、マシだっただろう。
だが、これは僕が決めたことじゃない。
自分でどうしようもならないことと向き合った。
そういう一日だった。
僕が、かつて過ごしてた世界では、自分の力である程度回避できた問題に対して向き合うことすら出来なかった。
僕は、きっと努力が必要になるまで出来ない人間だろう、だがこの世界なら怠けることもないだろう。
この世界の生存者の為に生きることが僕の生きがいになれば、それは幸せかもしれない。