そんな話聞いてない、ってかフツメン寄越せ!!
これだったんだ。
ずっと、ずっと感じてた違和感。
その日、私は私が何であったのかを思い出し、生きる気力を奪われた。
私こと、碧坂 桂香14歳は、日本はおろか世界でも名を轟かせている碧坂家の長女として生まれ、蝶よ花よと甘やかされ、教育され、敬わられ、妬まれながらも今までそれなりに恵まれた環境で育ってきた。
それは別にどうとも思ないというわけでもないけれど、いつもの三文劇が昼時の食堂で繰り広げられた瞬間、私は思いだしたくもない忌まわしき過去(前世)を思い出してしまった。
嫌われ、見向きもされず、拒絶された過去。
目に入るなり顔と言わず眉も顰められ、唾棄された過去。
おぞましい、使い道もない、と嗤われた過去。
唯一味方だと思っていた子からも逸らされた視線のことは、意識が掻き消えるその瞬間まで忘れなかった苦すぎる過去。
「ふふふ、苦瓜だけに、苦すぎる過去ってわけ」
だけどこれでようやく理解できたこともある。
何故妹の希美子だけが周囲から渇愛され、求められ、妹であの子が時折姉である私を氷より冷たい瞳で見下しているのか。
あの子は前世で私が勘違いして唯一の親友だと思っていた【卵】だったのだろう。
そして苦瓜と卵ならば、誰だってまろやかで甘くてふわふわな【卵】を選ぶだろう。
と、ここまで語れば誰だって察することが出来、思うことだろう。
《ああ、また転生モノか。そして乙女ゲームネタか、はいはい乙》と。
が、ここで私が訴えたいのは、諸君は読者で傍観者だからそんなことが言えるのだ、ということである。
前世なんか所詮は夢物語だろ?と思ってる輩もいるかもしれないが、現実は小説より奇なりという言葉もあると言う事を思い出してほしい。
ああ、なんて不幸な真実。
もう生きる気力はゼロを突き抜けて別次元までに到達しかけてる。
誰か、私を救ってはくれまいか、と考え、そこで苦い笑みが浮かんでしまった。
「誰か、なんているはずがないよな。私は嫌われ者だもの」
ちやほやされていたのは希美子の姉で、妹に近寄る為。
甘やかされていたのは世間体の為。
敬われていたのは、私が生まれた実家が凄かっただけ。
そう一つ一つ理由付けをしていけば、驚くほど私の周りには何も残っていなかった。
そしてそれは私の前世とピタリと一致した。
ポタリ、ポタリ、といつの間にやら妹とその取り巻き共によって掛けられていただろうまだ温かな紅茶の雫が、真っ白い制服のブラザーに落ち、染みこんでゆく。
そんな光景が繰り広げられていると言うのに、食堂に居合わせている良家の子女や子息、一部の一般家庭の学生は、見て見ぬふりをするか、嘲笑を漏らすか無視を決め込むかの何れ。
こんなことなら過去なんか思いださなければよかった。
そうだったらこんなにも苦しくて切ない気持ちなんて感じずに済んだのだ。
神様、仏様、私はこれからまた一人寂しく朽ちてゆくまで、怨んで生きてゆく、と心の中で決めかけた時だった。
「碧坂さん...?どうしたんです?こんなに濡れて。――あぁ、ヒドイな、これ紅茶じゃないですか」
緑色の長くウェーブした前髪で塞がれていた私の視界に、突如現れた白いハンカチと、細いけれど、綺麗な男子生徒の指。
そんな指の持ち主である彼の登場によって、今まで密やかに交わされていた他生徒の会話が、俄かに大きくなる。
妹は妹で、
「え、なんで、杷風君が悪役令嬢にハンカチ渡すのよ...!!そこは私に渡すところでしょう?」
と、これまた如何にもな独り言を結構大きな声で呟いていたのだが、私は構ってられなかった。
何故かって?
そんなのはそれこそ察してくれよ。
「―あなた方には本当に失望しましたよ、志摩君に、三糸君、佐良君?」
「杷風先輩こそどういう了見でそんな女を庇うんですか。そいつは俺達の希美子を陰湿に苛めた上に命さえ奪おうと企んだんですよ?」
「そ、そうなんです!!いくら私がお姉ちゃんの好きな志摩君を好きになっちゃったからって、お姉ちゃんサイて「あなたは少し黙っててもらってもいいですか?」
あなたの声を聞くだけで気分が悪くなる、と、妹の言葉を一刀両断した銀髪にダークブラウンの瞳を持った先輩は、ほとほと呆れ切った表情も隠さずに、世間話をするかのように私でさえ知らなかった爆弾をアッサリ投下してくれやがった。
「一月前から碧坂 桂香さんの婚約者は志摩君、君じゃなくて、僕になっているんだよ。この意味、賢い君ならすぐに理解できる筈だね?」
私には理解できなかった。
それどころでなかったともいうが。
だって、先輩は私の髪を慈しむように撫でるし、時折さり気なく唇に触れるし、その、手つきが、妙に生々しくてだな。
「他家の婚約者を公衆の面前で貶めた償いはしっかりとして頂きますよ? ああ、他の方々も家が無事なら宜しいですねぇ?」
クスクスと優雅に笑みを漏らす先輩は美しかったのに、怖かった。冷たかった。
思わず逃げたいと思ってしまったのは生存本能と言ってもいいだろう。
けど、そんな私の思惑さえ先輩は感じ取ったのか、それとも私の反応さえ最初から計画の内だったのか。
「杷風家に喧嘩を売った事を覚悟しておいてくださいね。――僕の家は君たちの家と違う」
紅茶染みが出来たブラザーを脱がされ、先輩の温もりが移った上着を着せかけられ、手を引かれゆっくり立ちあがるように促された時に、私だけに聞こえるように落された囁きに私は違う意味で、神や仏を怨みたくなった。
――もう逃がさないよ、苦瓜ちゃん?
おい、この野郎。
こんな崩れヤンデレじゃない、フツメンでいいから私に幸せをくれ!!
こうして私こと、前世ゴーヤな私の二度目のサバイバル人生が幕を開けたのだった。