イベリコ豚のクリスマスイブ
腹の腔所を埋めた刃。
彼女の脂肪ででっぷりとした腹部からは大ぶりなナイフが顔を出し、流れ出る血液は白い雪をケロイド模様に染め替えた。
何者も、死を拒む為に唸る。だが彼女には既に、弱々しく鳴くだけの力も残されていなかった。身体に対して妙に細い脚は、急な衝撃に耐えられずバランスを崩し、大きな体躯は地に打ち付けられた。
ここまで残忍な手口で殺す必要など、どこにあっただろう。それは、人間の気紛れで寿命が決まる、動物には残酷な運命だ。
私はカレンダーを覗く。十二月二十四日には、これ見よがしに赤く丸が付けられている。
彼女にとっては、いつもと何一つ変わらない日。だが私たち人間は、この日の為に準備をし、盛大に祝う。それだけ大切な行事である。サンタクロースを信じて眠る子どもたちの枕元にはプレゼントが添えられ、親は笑顔で床に就くのだ。
そんなありふれた幸福さえ、彼女には一生分からなかったことだろう。
私はこの日、退勤時間を待ちわびながら気もそぞろに仕事をしていた。
ようやく仕事の目処が立ち、馳走の入ったビニールを手に提げ家路についた。街は凍える雪の中でも、活気で溢れていた。
玄関を開くと、息子が笑顔で出迎えてくれた。後から聞いた話では、息子は私の帰りの遅さにひどく腹を立てていたらしい。
「メリークリスマス」と、クラッカーの音が響く。持ち帰った食事をテーブルに並べ、息子と共に妻の帰りを待った。
待てども姿を現さない妻に業を煮やし、息子に妻の所在を聞いた。彼からは「朝から小屋にいる」と返答が返ってきた。
腹を空かせた息子を不憫に思い、二人だけで食事をとった。そして私は、彼をベッドに寝かしつけた。
寝息を立てる息子の腹部は、いつも紫色の痣でグロテスクに彩られている。私がそれを知ったのは、奇しくも去年のクリスマスイブだった。彼の欲していた玩具を枕元に置いたとき、はだけた服からは強く殴打されたような痣が見えた。私は寝室に戻り、妻の隣で眠った。
それから私は、できるだけ家にいる時間を長くしようと努力した。だがそれでも、彼の傷が身体から消えることはなかった。
だから私はこのクリスマスイブ、家畜に囲まれ笑う彼女の、豚のような大きな腹をひと突きしてから、会社へと出勤した。