終話 俺の仕事
「にいちゃん・・・」
グリッドに水を汲みに行けと言われ外に出たが、いつもの井戸には行かず、街の外れの川にまで来ていた。
「疲れたか?ミネ」
ミネの手を引いていたジルは返事も聞かずにミネを抱き上げた。
「ねむい・・・」
ジルの腕の仲でむにゅむにゅと動く。
片手でミネの体重を支え、空いた手でミネの頭を撫でる。
「少し寝るか?」
身体をなるべく小さく丸めたミネに聞く。
ミネはもごもごと何か言おうと言葉を発しているがうまく声に出せない。
「うぅ〜ん・・・おなかすいた・・・」
さっき昼食を二人の祖父の知り合いである軍人に邪魔された事を思い出した。
少しムカつきはしたが、今はミネの空腹を満たす事が優先だと思考を切り替える。
「腹か・・・確かにな。どうするか・・・」
きょろきょろと周りを見渡す。
街まで行けば何かしら食料を調達する事は容易いがここから街まで行く体力がミネには残っていない。
かといってミネを抱えたまま街に行くのもジルには戸惑われる。
時間がかかりすぎる。
「!」
周りを見渡していると川の畔、少し開けた場所に寂れた小屋を見つけた。
人が住んでいるとは思えない風貌だが、何故か野菜や肉が干されていた。
「ミネ、少しいいか?」
抱きかかえていたミネを傍らに降ろし、優しく頭を撫でてやる。
「ちょっとだけ此処に居てくれ。あそこ、見えるか?兄ちゃんはあそこに行ってくる。ここなら兄ちゃんが見えるからな」
ボーッと眠い目をこすって頷くミネ。
「よし」とわしゃわしゃとミネの頭を撫でて、気配を殺し小屋に向かう。
極力音を出さず、自分の周りとミネの周りに注意を払いながら進む。
小屋の傍らに着くとまずは窓から中を確認する。
中には誰もいないようだ。
「いないな、ちょっと失敬」
ささっと干されていた野菜少々と干し肉を奪い足早に去っていく。
「パンがあれば完璧なんだけどな、ま、いいか」
素早くミネの元に駆け寄る。
半分寝かかっているミネを優しく起こして移動を促す。
中々歩き出さないミネをオンブしてそのまま川を後にする。
小屋の中に人影が見えた気がしたのは次の一歩を踏み出した瞬間にどうでも良くなっていた。
「〜♪〜♪~」
干し肉をほおばりながら何の歌かも分からない歌を歌って上機嫌なミネ。
そんなミネの手を引き、ジルも干されていた果物を食べていた。
考える事はもうあの軍人は帰ったのか、何の用事だったのか、そんな事ばかりだった。
基本的に他には興味がないがミネや自分に関わる事となれば別だ。
明らかにあの軍人は祖父であるグリッドに何か頼み事があるようだった。しかもその頼み事はおそらく、自分たちの・・・
父親にも関係するような気がする。
5年前に死んだはずの父親。
「あれ?」
家に帰って来たら、軍人二人はいなくなっていた。
「おう、お帰り!」
二カッと笑うその笑顔はいつも通りのグリッドの笑顔だ。
「ただいま〜!!」
グリッドにミネが勢いよく飛びついた。
「おぉ、ミネ〜ごめんな〜腹減ったろう?」
違和感。
「大丈夫だよ!にいちゃんが食べ物くれた!」
へへ〜と食べかけの干し肉を見せた。
二人のやり取りはいつもの日常と同じだ。
でも、違和感。
「そうか〜・・・ジル、どうしたんだ?」
なんだろう
「あ、」
わかった。
「ジル?・・・あの二人なら帰ったぞ?」
不思議そうな顔でジルを覗き込むグリッド。
「いや、何の用だった?」
視線をそらすジル。何か気付いたようなそぶりだったが、グリッドも気付いていない事にした。
「大した事じゃなかったさ、近くに寄ったもんだからだそうだ」
「ふーん」
手紙がどうとかって言ってたのに。
納得していないような顔だったがジルはそれ以上追求しなかった。
「今日は何か拍子抜けしたな〜どうするか、ジル?」
「今日はもういい」
それだけ言うとジルは奥の部屋に引っ込んでしまった。
ジルの背中を見送った後、グリッドはミネに向き合う。
「兄ちゃんはなんか不機嫌だな〜」
「ふきげん?」
「そ。じゃあミネ、今日は二人でお昼寝しようか!」
「おひるね!する!」
きゃっきゃとジルが入って行った部屋とは別の部屋に移動する。
辺りはすっかり闇に包まれた。
夕食を手早く済ませジルはすぐに奥の部屋へと移動した。
「まったく、いつまで拗ねてるかね」
一人洗い物をしながらグリッドは呟く。
ミネはすでに夢見心地のようでうつらうつら頭をかくかくさせていた。
「ミネ〜寝るなら、兄ちゃんンとこ行けよ」
「う〜ん・・・」
必死に目を開けようとこすってみる。
立ち上がっては座る。
そんな意味不明な行動を繰り返す。
「ミネは甘えん坊だな〜」
洗い物が終わったグリッドがミネを抱えてジルの部屋へと向かう。
部屋のノブに手をかけた所で中からシュッシュという音が聞こえた。
「ジル?」
ミネが落ちないように腕にチカラを入れ、ドアを開ける。
中ではジルが体術の型のような事をしていた。
「・・・お前、昼間もそれやってたの?」
呆れたようにグリッドはジルを見下ろす。
「・・・」
チラッとだけグリッドを見るとすぐに次の動きに移る。
滑らかだが強く、逞しく空を裂く拳は鮮やかだった。
「ミネが寝るぞ、お前も寝ろ」
ベッドにミネを寝かしつけながら後ろでせわしなく動くジル。
「・・・今日の」
「ん?」
突然ジルの動きが止まり、グリッドに向き合う。
「あの二人は、どこにやった?」
真剣な顔のジル。
何て答えようか。
本当にこの子はすばらしい逸材になってしまった。
昼間、ミネと一緒に帰って来て部屋の椅子が一脚だけ変わった事で全てを把握するなんて。
「ミネに危害がないならそれでいいけど、でも・・・」
一筋の汗がジルの顔を伝う。
うっと惜しそうにそれを拭うと深呼吸した。
「ミネを護るのは俺の仕事だ」
まっすぐにグリッドを見つめるジルの瞳には、奥の方からどす黒く、濁った感情が見え隠れした。
「そんな顔をするな。お前は何があっても冷静でいなければならない。感情が目に出ていてはまだまだだな」
ニヤり。
不気味な笑顔をジルに向けるグリッド。
ジルの瞳から溢れ出る感情は変化しない。
「明日、軍に行く」
一言だけ残し部屋を出るグリッド。
残されたジルはミネを見つめていた。
窓辺のノッキングチェアはもういらない。
翌日、主を失った家は燃やしてしまった。
ここには戻らない。
戻った所で何もない。
とりあえず、川辺に行こうか。
あの小屋に行こう。
人が居たら居たでいい。
ミネさえ無事ならそれでいい。




