第2話 日常≠非日常
「ジル、そこの皿にこれ盛りつけな」
「分かった」
「ミネー!コップにミルク注いでくれー」
「はぁーい」
テキパキと昼食の準備をする。
「よし!出来たぞ!」
テーブルの上に三人分のパスタとサラダ、ミルクを並べ今日の昼食は完成した。
真っ先にミネが席に座った。
「おいしそー!はやく!」
がたがたとテーブルを揺らすミネ。
「ミネ、落ち着けって。ちゃんと座れ」
それとなくジルが手を差し出しミネを正す。
「では、天の恵みと神様と命に感謝し、今日を精一杯生きよう」
パンッ!
「「「頂きます!」」」
三人は同時に昼食にありついた。
ぼろぼろと口からモノをこぼすミネにジルは甲斐甲斐しく注意を払い、口元を拭う。
「ミネはもう少し食事の練習しないとな〜」
「フォークの練習、しないとな。ミネ、サラダこぼすなよ」
そんな孫二人の光景はとても微笑ましい。
コンコン
ドアが叩かれた。
「だれかきた!ぼく出るよ!」
ジルに口元を拭われていたミネが真っ先に扉に向かう。
駆け足で一度転びかけた。
「だれー?今おしょくじちゅうなのー」
ドアを開きかけた所で、足が掛けられ勢いよくドアが開かれた。
「わっ!」
突然動いた扉に体重をとられ、つんのめるミネ。
その身体をがっちりした腕が支える。
「?なに?」
自身の身に何が起こったのか分からないミネに身体が宙に浮く感覚が襲った。
「誰だ!?ミネを離せ!」
その様子を見ていたジルはミネの身に危険が及ぶと判断した。
一歩ミネを抱えている男に近寄ろうとする。
「ジル、大丈夫だ」
さっきまでにこにこしていた老人はジルを制し険しい顔つきで男に向き合う。
「軍の者だな?孫がすまんな。降ろしてやってくれ」
もし、このとき老人がジルを制していなければジルは男に襲いかかりその命を刈り取っていた所だろう。
そんな事も知らずに軍人の男はふんっと鼻を鳴らしミネを地面に降ろす。
その様子に未だ警戒心を解かないジルは持っていたフォークを後ろ手に持ち替え隠した。
「ミネ、こっちにおいで」
老人が優しくミネに手を差し出す。
その手に縋るようにミネはジルと老人の後ろに隠れた。
「天下の軍人様がこのような僻地に何の用かな?まさか、子供達を虐める為に来た訳ではあるまいな?」
感情のない声と表情で問う。
横でミネを抱きかかえながら、ジルはフォークを握りしめる。
「そんなに警戒しないでもらいたいものだな。グリッド」
そう言って軍人の後ろから初老の軍人が現れた。
その姿からとても上品だが力強い印象が見受けられる。
「アールヴァーグか」
老人=グリッドは案著したような表情に変わった。
「すまんな、本当なら私一人で来れば良かったんだがな」
グリッドの前に手を差し出す。
「いや、こちらこそすまないな。会えて嬉しいよ、アールヴァーグ」
二人はがっちりと握手をしお互いの再会を懐かしんだ。
「久しいな、元気そうで何よりだ。今一度無礼を詫びよう、だからそこの紳士が持っているモノを下げさせてくれないか?」
ジルの方を向き、微笑んだ。
その顔にビクっと肩があがる、ジル。
「ジル」
グリッドが声を掛けるとジルは渋々手にしていたフォークを机に置いた。
「ありがとう、若いが判断力はすばらしいな。後は経験を積めば立派な戦士になれる」
「ジルを戦士にする気はないよ」
そんな二人のやり取りを見てジルとミネは少しだけ緊張と警戒が解けた。
「突然押し掛けてすまないな、驚かせた。私はアールヴァーグ、軍部で司令官を務めている。こっちは私の部下だ。グリッドとは昔、軍で同じ小隊に居た事がある。旧知の仲というやつだな」
ジルとミネに向き合い頭を下げにっこりと微笑む。
ジルはチラッとグリッドを見た。
小さく頷くグリッド。
「俺は、ジルジット。こっちはミネ」
「ジルジット、それにミネだな、よろしく」
差し出された手を素直に結ぶジル。
ジルとの握手の後、ミネとも握手をする。
「怖い思いをさせたね、ミネ。すまない。怪我はないかい?」
ミネを気遣うような声でアールヴァーグは問う。
「だいじょうぶ。おじさん、じいちゃんのおともだち?」
「あぁ、ずっとずっと昔からの友達だ」
「そうなんだ!」
友達というフレーズに安心したのかミネは笑顔になる。
「にいちゃん、にいちゃん!このおじさん、じいちゃんのおともだちだって!」
「みたいだな、ミネこっち来い」
アールヴァーグからミネを遠ざけ、ジルはグリッドに顔を向ける。
「アールヴァーグ、用件はなんだ?」
「手紙は受け取ったか?」
「・・・あぁ、その件か」
頭を掻きながら、椅子に座るグリッド。
「食事中にする話でもないが私も時間がなくてね。座っても?」
ジルが座っていた席にアールヴァーグを座らせ、ため息をつく。
未だ警戒を解いていないジルにグリッドは顔を向ける。
「ジル、ミネと外に出てくれるか?」
「なんで?」
睨みつけるジル。
当然だろう、突然現れた軍人に昼食を邪魔され、訳の分からない状況で外に出ろと言われて素直に頷けるはずがない。
「・・・水がないだろ、汲みに行ってくれるか?」
「なんで今行くんだよ。後ででいいだろ」
「ミネを一人にさせる訳にはいかないだろう」
「・・・」
ミネの名前を出されてしまったらジルはそれに従うしかなかった。グリッドの声のトーンやアールヴァーグの態度から二人の話はミネには聞かせたく無いのは分かっていた。
「でも・・・」
ジルが苦悶の表情でいるのをミネは心配そうに覗き込む。
「にいちゃん?」
ミネがジルの手をぎゅっと握った。
「私は二人が居ても構わないよ」
アールヴァーグのその言葉に眉を潜め、ジルは「分かった」といってミネを連れて出て行った。
「嫌われたかな?」
苦笑いでジルが出て行ったドアを見つめる。
「ま、仕方ないだろ。あいつは軍人は誰だろうと嫌いだしな」
新しいコップを出し、アールヴァーグの目の前に置く。
「酒はまずいな、ミルクでいいか?」
「あぁ、もらおう」
ミルクを注ぎ、乾杯をする。
「あぁ、そうだ、君は外に居てくれるかな?」
アールヴァーグが少し離れている部下にそう命じると部下は一礼し外のドアの脇に引っ込んだ。
「偉くなったもんだな」
その様子を静かに見ていたグリッドはため息をつきながら言う。
「ハハ、まぁ私ももういい歳だしな。順調に出世はしているさ」
「生きていれば、な」
「軍にいれば、の話だ」
アールヴァーグは一枚も二枚も上手だ。
皮肉を言ったつもりでも皮肉で返されてしまう。
「なぁ、グリッド」
「あいつの事はもういいさ、もう何年も会ってないしな」
「グリッド」
「第一、もう5年くらい前には死んだ事になってる。今更、戦死の知らせをもらってもな。ジルやミネには知らせられない」
「その話じゃない。いや、彼の事は残念だったが・・・分かってるだろう?」
グリッドの話を中断するように、強めの口調で言う。
「・・・」
二人の間に奇妙な空気が流れる。
グリッドは目をつむり、考え事を始めた。
「私が直接来たのも軍からしたら譲歩だよ。君なら分かるだろう?」
沈黙。
静かにグリッドの様子を見守るアールヴァーグ。
盛大なため息をつき、掛けていた椅子から離れ、タバコを持ち出した。
「いるか?」
一本、アールヴァーグの目の前に差し出す。
「もう吸ってないんだがな」
そう言いながらも受け取る、アールヴァーグ。
それぞれが同時にタバコに火を付け深く吸い込み、煙を吐き出す。
「・・・グリッド、軍に戻れ」
唐突に告げられた言葉はグリッドの表情を変えさせるには十分な一言だった。
「お前が軍に戻れば、ジル君やミネ君には一生の安全が保証される、悪い話ではないと思うが」
「こんな老人に何をさせる気だ?」
自嘲気味に笑う。
「若い人材を育てる人間がいないんだよ。今日、此処に来て確信した。ジル君を育てたのはお前だろう?あの子の成長がお前の素質を物語っている」
「お前にジルの何が分かる?」
「見れば分かるさ。さっき、咄嗟にフォークを手にし、隙を伺っていただろう?相手にそれと気付かせない殺気を帯びながら」
暗殺者に向いている。
そう呟いたアールヴァーグを見てグリッドは鼻で笑う。
「なんだ?」
明らかな不快の表情を浮かべるアールヴァーグ。
そんな昔の戦友をおかしそうに眉をひそめ眺める。
「それは違う。ジルは暗殺者ではない。そんな、つまらんモンに育てた覚えはない」
タバコを一気に吸い込み、灰皿に押し付ける。
「ジルは守護者だよ」
「なんだと?」
アールヴァーグの不快の表情は一層深くなる。
くっくと笑いがこみ上げてくるのを堪えきれないグリッド。
「弓・刀・ナイフ・銃器・体術・・・少しの暗器。戦術に人体についての知識、ありとあらゆるモノをジルには詰め込んだよ」
アールヴァーグの表情が不快から嫌悪に変わる。
「軍人は国や民間人を護る為に戦うだろ?まぁ時には政治や秩序なんて曖昧なモノのためでもあるが。ジルは違う。ジルはたった一人を護る為だけに存在する」
この男は何を言っているんだろう。
ジルジットはまだ年端も行かない少年だ。
この男はそんな子供に人間を壊す方法を教えているという。
しかもそれはたった一人の為だけに備えたものだという。
己を護る術としてではなく。
「ジルはミネを護るためなら自分を犠牲にする、ワシも同じだ」
嫌悪から恐怖に変わった。
ノッキングチェアは激しく揺れる。




