夜の子供
唐突に書いちゃいました。
夕飯食べさせて。
夏休み明けの教室は、どことなくざわついたまま、最後のホームルームの時間を終えた。
もちろん、ざわついている理由はそれだけじゃないけど。
「ねえ、相沢さん、その髪素敵ね、いつ切ったの?その色も綺麗ね。」
さっそく、クラスメートの今まで話した事もない、このクラスのリーダー挌の女生徒が、私の机までやってきた。
私は、今までの私なら、長い前髪の隙間から、小さくなりながら、話しかけられた事に驚き、途方にくれていたに違いない。
けれど、今の私には、そんな事どうでもいい。
私は彼女をしっかり見つめ、
「ありがとう。」ただ一言を返しニッコリ笑う。
クラス中が、何気なくを装っていても、こちらに注目しているのがわかる。
私が、綺麗に笑ったとたん、教室中が更にし~んとした。
「マジかよ。」
「別人じゃねえのか?」
とかの男子の声が聞こえるのを、うっとうしいので、席から立ち上がる事で、私に集まる視線のことごとくを振り払った。
私は、私を捨てた。
16年間生きてきた自分をあの日捨てた。
だからここにいるのは、以前の私ではない新しい誰か。
だから私には関係ない。
全てが、本当に全てが関係ないし関心もない。
家に帰ってすぐに着替えて出る用意をする。
玄関の大きな姿見には、タイトなミニのワンピースを着た綺麗な赤い髪をした私が映っていた。
そこへ声が、不機嫌な声が聞こえた。
「どこへ行く。」
二つ年上の義兄の真だ。
私は玄関のドアを開けながら、振り向きもせず答えた。
「デート」と。
まあ、人に会うのだから、広い意味でデートでいいだろう。
義兄が言った言葉は、もっと長かったが、どこへ行く、以外は意味がわからなかった。
きっともうじき、この義兄の真の言葉も、全てわからなくなりそうだ。
二つ年上の義兄と優しくかっこいい義父ができたのが、私が小学二年生の時だった。
私は嬉しかった。
本当にうれしかった。
母と二人、それに厳しい祖母と暮らしていた私には、新しくできた家族は、まぶしい光のようだった。
会社を経営する義父にも、何くれと優しく気遣ってくれる義兄にも、本当は甘えたかった。
沢山お話ししたり、遊んで欲しかった。
けれど、母もそして祖母も、私に何度も何度も呪いのように言うのだ。
「分をわきまえなさい。」と。
だから私は甘えるのも、必要以上に話しかけるのも我慢して我慢して・・・。
時折遊びに来る華やかな義父の妹さん達の子供達、新しくできた従姉妹や従兄弟たちと遊ぶ、私以外の家族たちに、羨望を込めて見つめる事はあっても、その中に入ろうとは決して思わなかった。
いつしか全てに臆病な、顔をさらすのも嫌いな、いつも前髪で顔を隠すようにうつむいている女の子が出来上がっていた。
それでも私はそうして暮らす事しかできなくなっていた。
いつからだろう、義兄もまた、あの意地の悪い従姉妹たちと一緒に私を馬鹿にしたように見下しはじめたのは。
不機嫌さを隠しもせず、従兄弟と一緒に、
「お前は我が家の恥だ。決して外にしゃしゃり出てくるな!」
そう言いはじめたのは。
私は「分をわきまえた。」そうしなければいけない、と教わったから、それが正しいと思っていたから。
いつしかそんな私も愛されるかもしれないと、ほんのりと祈りを持って。
祖母の言葉がよみがえる。
「凜子、分をわきまえて生きていけば、ちゃんと、お天道様が見ていてくれます。しっかりと、己を持って生きなさい。過分な望みなど持つことは許しませんよ。」と。
だから、そう、私はちゃんとそうして辛くとも我慢して生きてきた。
高校に入学してすぐに、私の上履きと体操服がなくなるという事件があった。
それを知った担任は、何とか頑張って解決していきましょう、そう優しく言ってくれた。
私は申し訳なく思い、その言葉を大事に胸にしまって、それに癒されていた。
そんなある日、私のだけが何故かなくなったプリントをもらいに職員室に向かっていた私は、たまたま開いていたドアから、一年の学年主任と私の担任との茶飲み話しを聞いてしまった。
「まったく、面倒なんですよね、全然しゃべろうとしないし、顔なんて貞子ですよ。そりゃあ、絶対あの子嫌われますよ。私だって自分が同じクラスメートだったら、いい気味ってやっちゃうかも、です。はっきりしろ!って感じで。」
おいおい、と苦笑する学年主任の声を聞きながら、私はそこから離れた。
トイレに逃げ込んだ私は、お天道様って太陽の事だったな、太陽みたいな明るいのは苦手かもしれない、そう思った。
そんな私でもただ一人、義父と年の離れた末の弟である義孝さんとは、それなりにうまくいっていた。
彼も定職にはつかず、27歳になっても自宅のパソコンで株の売買をしながら暮らしている、義父の一族では変わり種と言われていた人だった。
小さい頃から、人と距離をおく私を、ただ一人呆れもせず、気が付けばそばにいてくれた人だった。
そんな義孝さんが私の初恋の人で、今でもずっと密かに思っていた人だった。
私が担任の話しを聞いて、そのまま逃げるように学校から帰った時、ちょうど義孝さんが遊びに来ていた。
母の買い物の荷物運びを義父に頼まれた、とかで、超人使い荒いよなぁ、と笑っていた。
けれど私はいつもなら何とか一言くらいは返せる言葉も出ず、自室に引きこもった。
担任の言葉があまりに痛かったせいで。
そんな私をわざわざ心配して散歩に連れ出してくれた義孝さんは、一つ一つ無理強いせずに私の話しを聞いてくれた。
誰かに自分の事を話すのは初めての事だった。
どうしてそうなったのかはわからないが、いつのまにか私は子供のように大泣きをしていて、そうして義孝さんが好きだ、と思わず言ってしまった。
その瞬間、全てが真っ白になり、私は自分の言った言葉に、自分で絶望していた。
けれど、そんな私を強く抱きしめる温かい腕があった、義孝さんだった。
思わず見上げる私に、そっと優しく義孝さんは愛の言葉をくれた。
そうして私は生まれて初めての他者の存在の愛おしさに溺れていった。
けれどそれは、ほんのちょっとした仕草、義孝さんの服の袖をちょっと握ったり、少し顔を上にあげ、義孝さんの顔を姿を少しだけ、この目に映す、っていう。それだけの事だったけど。
それでも私にはすごい事だった。
私は少しずつ少しずつ義孝さんに寄り添っていた。
けれどあの日、七月に入ってすぐの日全ては消え去った。
全ては幻だったんだろう、全てが。
その日、義兄の真が私をいつも通りの不機嫌さで待っていた。
けれど少しずつ義孝さんの存在で強くなった私は、いつもは逃げるように自室に行くのを止めて、真の言葉を待った。
そんな私に、
「お前、何か勘違いしてないか、義にいが、マジでお前なんか相手してっと思ってんの?」
「ああ、何で知ってんのかって顔してんな、なぁ教えてやるよ。」
そう言って私の腕をきつく握りしめて、そのままずんずんと家の外に出た。
この義兄に触られるなんて、何年ぶりだろう、いつも不機嫌さを隠さず私を冷たく見る人なのに。
タクシーで向かった先は、義孝さんのマンションだった。
車の中もエレベーターの中も無言の私達だった。
何を教える、というんだろう、私は冷たく私を見据える事はあっても、これほど怒りを表に出した義兄を初めてみた。
小さい時から貴公子然としている彼の触れれば熱いような怒りに、私はなすがままだった。
真がマンションの鍵を勝手にあけて、靴も脱ぐのもそこそこに私を無理やり引きずり見せてくれたものは、義孝さんと、いつも私を見下している従姉妹の詩織さんが、ベッドで抱き合ってる姿だった。
「真お前、・・・」
そう言ってこちらを見た義孝さんは、私を見た。
それで、幻は綺麗にくだけちった。
ただそれだけ。
義孝さんが何かを言ってる、けれど私には何も聞こえなかった。
真も詩織さんも、その発する言葉のことごとくが、全てわからなかった。
私は気がつけば、飛び出していたらしい。
ふらふら街をさまよってても聞こえる言葉の何一つ意味がわからなかった。
ここはバベルの塔だったのかもしれない。
私はお天道様に近づこうとして、罰を受けたのか。
気がつけば、どこか古いビルの屋上にいた。
ストンとその時何が必要かわかった。
ここから消えていけばいい。
その時も私は普通だった。
足も震えず普通にヘリに立った。
その時、突然声が聞こえた。
ここに来るまでで、初めて理解できる言葉だった。
振り向くと、たばこをくゆらせた格闘家のように体の大きい男がいた。
「お前死ぬのか」と。
「まぁいいけど、あまりキレイな体じゃなくなるぞ、スイカ落とした感じだ、な。」
「ここはしょっちゅうだからな。何度も見てる。手助けした事もあったぞ。びびっで飛び降りるのやめそうな奴の手助けをしてやった。」
「なぁ、俺は考えたんだ、ここで次死ぬ奴がいい女なら一緒に死んでやろう、ってな。」
私をじろじろ見た男は残念とばかりに、手をヒラヒラさせた。
私が一応わからないなりに、男に頭を下げて、
「すみません。」
と謝ると、男はゲラゲラ笑いながら、たばこを口にそのまま再び咥え、ポケットに両手を突っ込んだまま、私のそばまでよってきた。
男は、私を見ながら、もう一度口を開いた。
「で、な、お前自分がいらねぇわけだろ。決めた、俺もらうわ。」
そう言って、私が何を、と思うまもなく、ひょいと軽々と男は私を抱えると、そのまま私を連れて帰った。
不思議な事に、私は大きな声で笑ってしまった。
こんなに笑ったのは初めてじゃないだろうか。
男の名前は杉野康平、年は36歳、親は昔は名だたる暴力団の会長をしていて、祖父と孫ほども違う女に手を出して70すぎに生まれた子だという。
いわゆる天才肌で、簡単に全てが手に入る。
30歳をすぎたあたりで、全てに賭けをして生きる事にしたらしい。
人を殺すも生かすも、仕事にしても。
そうして最後に自分の死を賭けた。
で、拾ったのが私。
私と共に生き死ぬ事にした、そう言った。
勿論、2人とも男と女の愛情なんかじゃなく、この世界に生き死んでいくための相棒。
息苦しいお天道様を捨て、夜の闇で密やかに息をしていくことに決めた私にはちょうどいい相棒だ。
康平とそのまま家に帰らず暮らした。
もちろん、友人の所にいると一度だけ家には連絡をいれた。
あそこが騒ぐことはないけど私の事で、だけど念のために。
康平の仲間たちはぶっとんだ人達ばかりで、私が康平の鎖になった事をすぐに察し、私にまでちょっかいをかけてくる。
全国展開で美容室をやっている悦子さんには会ったその場で髪を切られ、染められ、冒険家だという悟さんには2週間ほど無人島サバイバルに連れて行かれた。
他にも怒涛の2か月半、生きるか死ぬかのバイオレンスも経験した。
下を向いていたなら、間違いなく死ぬ!自分で選ぶならまだしも、他人から強制されるそれが、どんなにむかつくものか身をもって知った。
そうして過ごしていくうちに、16歳以前の私は綺麗に消え去った。
康平に今までの自分が記憶の中にも存在しない、と何気に言ったら、当たり前だ、と怒られた。
人間の細胞は数日で新しくなるんだそうだ。
だから今の私は全て康平が新しく作ったんだから、大事に扱え、と言う。
じゃあ、いつか私が康平の手を離したら、それもまた新しい私になるんだね、と言ったらひどく頭をはたかれた。
その基本の細胞を作ったのは俺だから、俺のだ、と言う。
康平のとんでもない仲間たち、やくざの組長やら、はたまた弁護士事務所を開いているエリート、ジャンキーの情報屋、有名なクラブのママや街の顔役、バッタモンの売り子、彼ら10数名に遊ばれ揉まれ私は過ごした。
たかが2か月と半だけど、ひどく濃い時間だった。
康平と仲間の彼ら以外の言葉は、私にはあいかわらずわからない耳をただ通りすぎる雑音のようなものでしかなかった。
夜と裏の世界で、あっという間に私は康平の女として認識された。
そうして過ごすいつもの時間、康平が言った。
「ちょっと準備してくる、めんどーだがしょうがねぇ、たまには計画性も大事だからな。」
そう言ってみんなを呼んで、少しの間海外に出るから、私のお守りを頼む、と言いながら、なぜか皆の目の前で初めて抱かれた。
まったくもってわからない私に康平は、
「あいつらが不安がるからな、俺もな。」
そう言って空港に行く直前まで、私を抱き続けた。
どうやら康平と彼らにはわかってるらしい、私は康平とそうなることが、別に嫌じゃなかったけど、熱くなる事もなかった。
どうせなら一度戻ると家に帰った私に、母も他の人間も何も言わなかった。
何か言っていたかもしれないけど、私は気にしなかった、意味がわからないんだもの。
私の居場所は別にここじゃないし。
嫌になってさびしくなったら、彼らのうちのどこかに転がりこめばいいし、皆私が帰るのにブウブウ文句を言っていたくらいだ、喜んでくれる。
ただ一番ここにいるのが平穏だろうと、あの日々を思い返して遠い目になりつつ、ラクを選んだだけだもの。
目もそらさず、しっかり顔を合わせるものの、かといって無関心な私に、時折り義兄の真は苦しそうな顔を見せる。
元から、この義兄の事はわからないから、仕方がないとしよう。
夏休み明けの初めの方は学校で、以前のように上履きを隠された事があった。
私は、その後すぐに、放課後帰る時、上履きの縁に、皮膚がただれるという薬を、康平の仲間から貰って塗っておいた。
匂いもないそれの取り扱いに、気をつけろと練習までさせられて・・・・。
刷毛とそのぬるっとした液体は、そのまま回収された。
翌日一人の女子生徒が学校を休み、その後、彼女の友人たちの内、あのクラスのリーダー挌の子も含めて数人が家に帰る途中、災難にあった。
自転車での接触事故や駅の階段から落ちたり、特にあのリーダー挌の子は凄惨な目にあったという噂が流れた。
加害者は誰一人見つからなかった。
それ以来、私は何という事なく学校生活を続けている。
平日は平穏に休む為だけに学校にいき、家に帰る。
週末はそのまま、自分の巣に戻る。
康平からは何の連絡もないが、まぁ大丈夫だろう。
巣に戻った時に、その名前を子供でも知ってるだろう暴力団のトップがいれば、一緒に夜の街に繰り出して派手に遊び、この日本でも屈指の高級クラブの数々を経営する恵美ママがいれば、彼女に連れて行ってもらいクラブでまったりと過ごす。
グループとして美容全般を経営する悦子さんがいる時は、ひたすら女を磨かれる。
確かなことは、週末には必ず誰かしらがいて、金曜の夜から日曜の夜まで、私はいつも誰かにかわいがられている、という事。
ジャンキーな情報屋の鐡さんには、パソコンのいろいろを教わったり、パッチモンやアクセサリーを路上で売ってるいつも寝ぼけているような櫂クンには、危ない街の歩き方を教わり、と、私の毎日はそうして過ぎていった。
週末には思いきり動いて、平日はじっとしている。
そうしてもうじき年も暮れるという時、それがおこった。
家に帰ると、どうやらお客様らしい。
私は気にもせずに自室に向かおうとすると、腕をつかむ母がいた、どうやら話しがあるらしい。
あぁ、この人の言ってる事も、もうわからないや。
でもまぁ、リビングに来い、って感じね。
私が大人しくついていくと、義父も年若い叔父も、義兄も、何と従姉妹たちも勢ぞろいしていた。
何だ?
何やら義父が口を開き、母も何か私に言っている。
どうやら私の素行の事みたいだ。
そう思った私は、ぎゃあぎゃあとひどい雑音の中、席を立った。
「出ていくから。ありがとう。さよなら。」
そう言って。
何か荷物あったっけ?そう思い浮かべ背中を見せて歩きだした時、その背中を誰かが抱きしめた。
振り向くと義兄の真だった。
何かを呟いているようだった。
やがてぽつりぽつりと生暖かい水が私の首すじに滴り落ちていく。
手をやりふき取りたいのに、ぎゅうぎゅう抱きしめられてそれができない。
困った、濡れて気持ち悪い、私がそう思っていると、思いもかけない所から助けがきた。
叔父の義孝さんだ。
義孝さんに、無理やり引きはがされた真は、今度は何か怒鳴っている。
やれ、やれだ、今度は義孝さんが、私を見つめて泣いている。
何なんだこれ?この茶番。
そこに真が突き飛ばされたままの体勢でまた怒鳴りはじめた。
「ずっと、ずっと好きだった、義妹なんかじゃない!俺に、俺に、すがって欲しかった!本当に俺だけ見て欲しかった。それを、それを、義にいになんか渡せるかよ!俺があんなに優しく大事にしてもダメだったのに、何で義にいならいいんだよ!」
「義にいは、そこのバカ女でいいじゃないか!義にいが大好きなバカ女とくっつくように、畜生!バカ女と二人で計画したのに。義にいだって、そのバカ女抱いたって事は、やっぱ誰でも良かったんじゃないかよ!」
「俺に璃子が帰ってくるはずなのに、なんでこうなっちゃうんだよ!なぁ璃子、俺を見ろよ、頼むから俺をちゃんと見てくれ、そんないないもんみたいな目で俺を見るな、お願いだ、出ていくなんて言わないでくれ。俺を捨てていくなよ!」
そう言って泣き崩れる。
けれど私の耳にその言葉は入ってきても、意味はわからなかった。
義孝さんが泣きそうな顔をしながら言っている。
「すまない璃子、本当に心から愛しているのは嘘じゃない、何であの時詩織の言葉に頷いたのかな?一度だけ抱けば、璃子にもう関わらないし、学校で璃子をいじめる友人にも、もうしないように言う、その言葉に俺は、一度だけならって、そう、思っちまった。なぁ、本当に俺には璃子だけなんだ。璃子しかいないんだ。お前が消えてから、俺はもう自分が生きているって思えないんだ。だけど死ぬ事もできない。璃子の噂を聞く度に、綺麗に璃子の人生から消えてなるもんか、って思うんだ。なぁ、もう付き合ってくれなんて、ずうずうしい事は言わない。だけどせめてその姿を見える場所は取り上げないでくれ。頼むよ。なぁ頼むよ。」
言葉は意味をなさなければ、ただの雑音だ。
くるりと部屋を見回すと、やはり泣き崩れてる詩織さんや、戸惑うように私を見る、他の従兄弟たち。
何やらわめきだした母、それをなだめようとする義父。
カオスだ。
そこにちょうど鳴り出した携帯に出た。
「璃子、4月には帰るぞ。」
日本を出てから初めてかかってきた相棒からの電話に、それもこのタイミングでかかってきた電話に、私は思わずクスクス笑ってしまった。
「ん?どうした?」
ちゃんと通じる甘くやさしく囁く声と言葉に、私は「何でもない。」と答えて、「待ってる。」と言って電話を切った。
私は振り返って聞いた。
「で、出た方がいいの?いた方がいいの?別にどっちでもいいんだけど。」と。
驚き、やがて絶望をあらわす顔たち。
本当にわけがわかんない。
今度の週末、そろそろアラスカから帰ってくるんだよね、例の冒険家の悟さん。
まさか、いきなり巣にきたりしないでしょうね。
拉致られたら、当分穏やかな日常はなくなるな、うん。
絶対それはパスの方向だ。
対策をたてるべく私は鷹さんに電話をかけながら部屋に戻った。
別段それを止められなかったから、どうやらここにいていいらしい。
本当にここは楽でいい。
何にも私を煩わせる事がない。