第二十六話 殺戮マシンと魔族と勇者
第二十六話 殺戮マシンと魔族と勇者
僕はゆっくりと顔を後ろに向けた。
仮面のような無表情の男がいた。重厚な黒光りする鎧を着ていて、背中から青い炎が噴き出している。この間見た時とは格好が違うが間違いない、こいつはクレナリオンだ!
「クレナリオン!」
僕ら三人は声の限りの叫んだ。声が騒然としている帝都に響き渡る。
クレナリオンは叫び声に眉をひそめると、思わぬことを言った。
「貴様ラニ用ハナイ早ク城ニ行ケ。最モ勇者ヲ呼ンダトコロデ奴ハ私ガ倒シテイルダロウガナ」
何でそれを知っているんだ! 僕は思考が一瞬停止した。他の二人も同じようで顔が凍っている。
しばらく時が止まった。
そこからナルが真っ先に回復した。そしてクレナリオンに疑問をぶつける。
「どうしてそれを知ってるの……」
クレナリオンは何を言っているんだ、とばかりに首を捻った。
「アレダケ大声デ話シテイタノダカラ聞コエテ当然ダロウ。私ハアノ時競技場ニイタノダカラナ」
あの時いたのか! 気配がなかったからまったく気づかなかったぞ。
「分カッタナラ早ク行ケ。アノ女ガ待ッテイルゾ」
クレナリオンはそういうと師匠たちの方へ向かって飛んで行こうとした。それを咲が止める。
「待ってくれ! クレナリオン、お前は一体……」
咲の叫びにクレナリオンは動きを止めた。そして首をゆっくりゆっくりこちらに向ける。
「私ハ奴ヲ倒スタメニ開発サレ、コノ大陸最強武道会ニ送リ込マレタ。タダソレダケダ」
クレナリオンは無表情で言うと、爆風の吹き荒れる中を、激しい戦いの真っ只中へ向かって飛び立って行った。
「さあ、行くぞ。早く勇者を連れて私達も加勢するんだ!」
クレナリオンを見送ったあとで、咲は城に向かって一気に加速した。僕とナルは咲の身体から振り落とされないようにしっかりとしがみついた。
★★★★★★★★
少しして、僕らはようやく城の上空までやって来た。白亜の城は峻厳な山の中腹から山頂に向かってそびえており、さながら帝都を見下ろしているようだ。さらに空を突くいくつもの塔が周囲を威圧している。
僕らはその城の高く頑丈そうな塀にある巨大な鉄張りの門の前に降り立った。
門の前に立っていた兵士が、怖々と僕らに近づいてくる。
「お、お前たち何しに来た!」
二人の兵士は手に持っていた槍を僕らに向けて来た。怖いのか腰が引けているが。
「私達に敵意はない。この城には勇者様に用があってきたの」
ナルが先頭に立って兵士たちに事情を説明し始めた。兵士はかわいい少女が前に来たからか、少し態度を柔らかくして答えた。
「勇者様? 一体何があったのですか?」
兵士たちは実に呑気に聞いてきた。この人たち平和ボケしてないか?
「街で魔族が暴れてるのだ! 早く勇者を呼んで来てくれ!」
兵士たちの態度に業を煮やした咲が怒鳴った。兵士たちは街の方を見る。街の中心部から一筋の煙りが上がっている。それを見た兵士たちは一瞬で固まった。
「あの火事はまさか……魔族……?」
兵士たちは無表情でつぶやくと、顔を青くした。そしていきなり慌てふためき出す。
「こんな時に!」
「皆に知らせなければ!」
「早くしないと帝都が!」
兵士たちは門の隣にある小さな扉からワタワタと城の中に入っていく。すると、僕らに向かって手招きをした。
「さっき勇者様を呼んでくれと言っていたな?」
門の内側に入ったところで兵士が聞いてきた。僕がすぐに答える。
「はい、早くお願いします!」
僕がそういうと兵士たちは顔を見合わせ、そして歪めた。
「勇者様は今、神殿で洗礼を受けるためノースウェルまで出かけているんだ!」
なんだって! 勇者がいない!?
僕は顔から血の気が引いて行くのを感じた。他の二人も動きが止まる。
「今すぐ魔法で連絡するが、戻って来られるのはおそらく二、三時間後だ。それまでは城に避難しているといい」
一人の兵士が他の兵士を呼び、事態の説明を始める。もう一人は僕らを避難場所に案内しようと呼んだ。
「僕らは街に戻ります! 師匠が戦ってるんです。師匠を一人にはできません!」
僕は兵士の誘いを断った。兵士は驚いたような顔をしたが、すぐにキリリとした表情になる。
「そうか、なら今から勇者様がお戻りになるまで何とか持たせてくれ! 勇者様さえ戻ってくれば何とかなるんだ。すまないが頼んだぞ、情けないことだが、我々では魔族は手に負えん!」
僕は兵士に向かって敬礼をした。兵士は戸惑ったものの敬礼を返してくれた。
僕とナルは兵士に向かって手を振ると、咲につかまって飛び立った。
街の方へ戻って来るとクレナリオンとエルストイが熾烈な戦いを繰り広げていた。衝撃波が広がり、辺りの建物にヒビが入る。クレナリオンの方がやや押されていた。エルストイの顔に喜悦が見て取れる。戦いを楽しんでいるかのようだ。
エルストイが笑いながらクレナリオンを振り落とした。しかしすぐに猛烈な密度の魔法がエルストイに殺到する。間違いない、師匠の魔法だ。
師匠は少し離れた広場から魔法でクレナリオンを援護していた。額に汗をかきながら、目を凝らして空を見つめている。
「遅かったわね、勇者は! 勇者はどこなの?」
師匠は目の前に降り立った僕らの中に勇者がいない事に困惑した。すかさずナルが説明する。
「勇者は今出かけているそうなの。戻ってくるには二、三時間かかるそうよ……」
師匠は舌打ちすると、クレナリオンとエルストイの方を見た。そして額にシワを寄せ、顔を険しくする。
「あの魔族の強さははっきり言って異常すぎよ。勇者の聖剣があればあんなのでも簡単に倒せると思ったのだけど……。四人で何とかなるかしら……」
師匠はしばらくエルストイの方を見てしばらく考え込む。
そして気合いの入った叫びを上げた。
「もう考えても仕方ない! 四人でエルストイを倒すわよ!」
師匠に続いて僕ら三人も気合いを入れる。
僕らの長い戦いが今、始まろうとしていた。
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