第十二話 修行はつらいよ
修行編は後二話ぐらい続く予定です。
第十二話 修行はつらいよ
エベレスで修行を始めて三週間が経過した。僕は空気の薄さにようやく慣れてきて、魔法も初級のものが一通り使えるようになった。師匠によるとなかなか上達が早いそうだ。
「今日も修行をはじめるわよ。まずはランニング、スタート!」
師匠がいつものように宣言すると僕ら は走り始めた。師匠がエベレスの街はずれに借りた家を起点に、エベレスの街を一周するコースで走る。最初の内は走るので精一杯だったが、最近では街の人に挨拶する余裕も出てきた。
「おはようございます」
「おはようなの」
「おはようさん、今日もよく走るねえ。頑張れよ」
朝早くから働く職人のおじさんたちに見送られ、坂道だらけの街を僕らは走りぬける。
三十分もすると十キロほどの道のりを僕らは走り終えた。
「お帰り、だいぶ早くなったわね」
家の前で待っていた師匠は時計を見て嬉しそうに言った。
「師匠、今からまたいつもの集中力を養うための修行ですか?」
僕は師匠にこれからやることを聞く。もっとも返ってくる答えはいつも同じなのだが……。もしかしてを期待したくなるのが人間なんだろうか
「もちろんよ、板を持っていつものところに行くからついて来なさい」
師匠は立て付けの悪い扉をこじ開け、中から座布団ぐらいの板を出して来た。
「あれこわいのに……」
ナルは泣きそうだったが板を持って来る。
ナルが持って来たのに、男の僕が持って来ないわけにはいかない。なのでしぶしぶ僕も板を持って来た。
「それじゃ、行くわよ」
そういって師匠は街の中心にある工房に向かって歩き始めた。
エベレスは小さな街なので直ぐに工房についた。見上げるように高い煙突を持つ巨大な工房だ。工場と言った方が適切かもしれない。
「おはよう、また煙突借りるわよ」
師匠は工房の中で働いていたおじさんに話し掛ける。作業服のような服を着たおじさんは師匠に怪訝な顔をした。
「借りるのはかまわねえが、見ていてこっちがゾッとする。もう少し何とか何ねえのか?」
師匠はおじさんに至極あっさりと答えた。
「無理ね、優しくしたらこの子たち伸びないもの」
師匠は呆然としたおじさんを放置して煙突の方へと向かって行った。煙突の梯子を上り始めた。
僕らもその煙突の脇にある二つの煙突にそれぞれ上った。煙突のてっぺんは三角錐の形をした赤い屋根が付けられている。僕らは屋根に板を乗せ、その上に座った。
「今から集中力の修行をはじめるわよ。返事は?」
眼下に広がる景色に身を小さくしながらも、僕らは師匠に返事をする。
「は、はい、師匠」
「はいなの」
師匠は僕らの返事に深く頷くと、杖を振った。光り輝く虫のような物が飛びはじめる。
「今から一時間、いつものようにこの板の上で過ごしてもらうわ。しかも今日から集中力を妨げる虫を使うからそのつもりでね」
長い一時間が始まった。街一番の煙突から広がる景色は白い山々と赤い大地の対比がとても美しい。だが、眼下には小さな人影が見え、脳に恐怖を訴える。
風が吹いた。板が揺れる。三角錐の細い先端に乗せられた不安定な板が落ちてしまえば、僕らに待っているのは死のみだ。恐怖に血の気が引いていく。さらに風だけでなく、虫が集中を妨げ、板が小刻みに震え始めた。
「集中するの!」
ナルが静かに僕に注意をした。頭が恐怖でいっぱいだった僕は、ナルの注意で意識を再び集中させた。
長い時がまた流れ始めた。神経が研ぎ澄まされて、わずかな空気の流れや地上の人々の話し声すら感じることができる。
「一時間たったわ。今日の午前中の修行はおしまい。煙突を下りたらご飯を食べに行くわよ」
そういって師匠は煙突から飛びおりた。師匠は魔法を使い地上付近で急に速度を落とし、ゆっくりと地上に降り立った。
僕とナルにはそんなことまだできないので梯子を使って地道に降りた。師匠は僕とナルを一緒に地上に下ろすことぐらいできるそうだが、やってはくれない。面倒くさいんだとか……。大丈夫かな、この人?
★★★★★★★★
「こんにちは、いつものよろしく」
僕らは最近通っている食堂についた。鉱山の街らしく、労働者向けの安くてボリュームのある食事を出す大きな食堂だ。食事が出されると同時に僕とナルは勢い良く食事を胃の中に流し込んでいく。
「あんたたち良く食べるなあ……」
店の店長のおじさんが呆れたように僕とナルを見た。皿が二人の脇に山と積まれている。
「白河はわからないでもないけど……。ナル、あなた食べ過ぎじゃない?」
ナルは師匠をじっと睨んだ。目の鋭さが半端じゃない! にわかに信じがたいほどだ。
「師匠は金を造れるんだからケチなこと言わないの!」
食べ物に対するナルの執着は凄まじかった。師匠もナルの迫力にビビる。
「お嬢ちゃん、よっぽど腹が減ってるんだな。何をやってるんだ?」
ナルは食べ物を口に含んだまましゃべる。
「はぐ、もぐ、大陸最強武道会に参加するために修行中なの」
おじさんの顔が凍りついた。周りにいた客も動きを止める。
「大陸最強武道会だああ! 正気か? 化け物しか参加しないあの大会に出場するだとおお!」
店長が店中に聞こえる大音響で叫んだ。そんなに驚くことなのか?
「正気よ。そのために修行させてるんだから」
師匠は冷静に言い放った。店長は顔を引き攣らせている。
「まじかよ……。あの大会は死人が毎年出る上に会場が吹っ飛んだり、無茶苦茶なんだぞ!」
会場が吹っ飛ぶってどれだけ激しいんだよ! だいたいそんなに強い人たちがいるなら勇者いらなくないか?
「まあ疑いたければ疑ってれば良いけどね。さあ白河、ナル、いい加減食べ終わったでしょう? 早く出るわよ」
師匠と僕らは食堂から出て家に向かって歩いた。師匠は家に着くと黒板の前に僕とナルを座らせて、魔法理論について講義を始める。
「昨日は魔力制御とその理論の途中までやったわね。今日はその続きからよ。では始めるわ。えーと……」
座学の時間はゆったりと、つつがなく流れて行く。元の世界の学校のような感じだ。
そしてあっという間に日が傾いて夕方になった。
「今日はここまで。ご飯を食べて後はゆっくりしなさい」
今日の修行は終わったようだ。こんな日々が最近ずっと続いている。だが、僕らの修行の日々はまだまだ続いていくのだった。
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