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死神ボタン  作者: 斑鴉


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死神ボタン1

一発書きです。

あとで修正するかも

死神ボタン1



 目が覚めたら、知らない部屋にいた。

 ビジネスホテルのシングルを少し広くした感じだろうか。

 一人サイズのベッドにユニットバス、冷蔵庫には一日は充分保ちそうな飲料があり

 ポットとカップラーメンまで置いてある。

 意識を失ってこの部屋に連れ込まれるまでの記憶はないが、財布とスマホは手元にあった。

 当然のように通話もデータ通信も繋がらない状態だが。

 部屋を一廻りして気づいたが、どこにも窓や出入り口がない。

 つまり、どうやってオレをこの部屋に放り込んだのか見当もつかない。

 まあ床か天井になんかあるんだろう。

 前に流行ったセックスしないと出れない部屋かと思ったが、女が隠れている様子はない。

 そして、目立つ場所に40型くらいのテレビみたいなモニタと、自己主張の強い赤くて大きなボタン。

 撃ち落とされた戦闘機のコクピットから脱出したり、アジトを正義の味方ごと自爆する時に使いそうなやつだ。

 折角ボタンがあるのだから、押さないとと失礼だろう。

 そう思って立ち上がった時、モニタが通電して画面に文字が現れた。

 まるまる読み上げる必要もないので要約すると、今から24時間後にここから解放してくれるらしい。

 この部屋の中は安全だから、休暇と思ってリラックスして過ごして欲しい。

 一体なにをしたくてオレを拉致したのか問い詰めたいところではあるが、クレームの連絡先が分からないのでベッドに腰掛ける。

 そして次に表示された文字で、弛緩しかけた精神が一瞬で張り詰めた。

『この赤いボタンは死神ボタンです。一回押すごとに貴方の口座に500円入金されます。そして、一定の確率で地球上の人類の誰かが一人死ぬかもしれません。退屈でしたら押してください』

 もちろんオレも社会生活を営む人間だ。できれば死んでほしくない知人もいるし、死なれると面倒な顔見知りもいる。退屈だからなんて理由で押すものではないし、そんなに軽く勧めてくる相手の倫理観に嫌悪を覚える。

 そもそも、そんな戯言を真に受けるのもどうかしているのだろうか。

 部屋には時計もないし、よく見るとスマホの時計も時間が進まなくなっているようだ。

 わけがわからない。監視を気にするのも面倒くさく、適当に服を脱ぎ捨ててベッドに横になる。

 自分は硬いベッドが好みだと思っていたが、やたらと柔らかいスプリングに乗ってしばらくすると、急に睡魔が訪れた。


 目を覚ます。

 部屋はなにも変わっていない。せめて電気を消せると良かったのだが。

 周囲を見回して、部屋に時計がないことを思い出す。何時間寝たか分からないのはひどく気持ちを不安定にした。

 冷蔵庫から当たり障りのない水のペットボトルを取り出して口に含む。起き抜けに美味いことは美味いが、普通の水だ。

 スマホを取り出し、ネットに繋がらずともローカルで暇を潰せるものを……と探してみて、アプリもデータもロックされているのに気づく。

 やることがない。できることもない。

 自然に目が例の赤いボタンに引き寄せられていく。

 今の世界の人口は? 80億人? 90億人?

 そもそも一定の確率っていうのは、具体的には何パーセントだ?

 ガチャなら明確に表示しないと問題だろう。

 そう思った時に気づいた。これもガチャみたいなものか。

 正確に言うなら逆ガチャ。引くごとにお金をもらい、キャラを得ることの反対にリアルで誰かをこの世から失う。

 最悪なのは逆SSRの知人を当てることだが、100億に近い人類の中の数人をピンポイントで当てて、なおかつ一定の確率とやらをくぐり抜けて死なす?

 落ち着いて考えると、ボタンを押さない理由がない。

 ごくりと喉を鳴らして唾を呑む。

 最初が肝心だ。最初の一回を押してしまえば、後はいくらでも押せる。

 ボタンに手をかけ、それでもオレは押せないままベッドに戻った。


 また目を覚ます。

 夢現のまま、そう言い訳して、今度こそボタンを押した。

 スタンバイ状態だったらしいモニタが起動し、オレの預金口座に500円が振り込まれたログが表示された。

 吐きそうになって手を口で抑える。

 自分は今、確かに、なにかになにかを売ったのだ。その代金が500円だ。

 ユニットバスに駆け込んで吐く。出てくるのはさっき飲んだ水くらいだが、異様に苦くて後味が舌に残る。

 息が落ち着くまで待って、ペットボトルで口をゆすいで、一度深呼吸して。

 もう一度オレはボタンを押した。

 今度はなにも感じなかった。無感情に口座に500円が入ったのを確認してもう一回押す。

 もし、ボタンのせいで誰かが死んだとか死ななかったとか表示されたていたら、心のブレーキになっていたかもしれない。

 それとも、実際に誰か死んだら表示されるのだろうか。それまではセーフということか。

 不思議な感覚だった。

 頭ではそんな言い訳は白々しい嘘だと理解している。自分ははした金のために他人の命で博打をしているのは覆しようがない。

 だが心では、その理屈はとても正しかった。

 そして体は頭ではなく心で動く。

 もうボタンを押す手を止めるものはなかった。


 何時間飽きずにボタンを押していただろう。

 20万円もなかった預金は、いつの間にか1000万円を越えようとしていた。

 何人かボタンのせいで死んでしまったかもしれない……しかし死んでいないかもしれない。

 どうせ世界では一日に何万人としんでいる。自分の責任など微々たるものだ。

 それに、もし万が一でも、いま世界経済を荒らしいてる独裁者でも死ぬようなことがあれば、オレは責められるどころか救世主になれるかもしれない。

 浮き立つ心でボタンを連打していると、口座履歴を映すだけだったモニタが変化した。

『今、一回押すごとに人が死ぬかもしれないボタンを、一回500円貰いながら押し続けている男がいます』

 その言葉はあらゆる言語に翻訳されながら、世界中のオールドメディアや大手SNSを駆け巡っていく。

 背筋なんてものじゃない。頭頂部からケツの穴まで凍りつくような寒気が走る。

 火傷したように反射的にボタンから手を離す。

 モニタは世界の反応をわざわざ日本語に訳して読み上げていく。

 最初はみんな半信半疑だった。

 しかし口座の履歴やボタンを押した回数、時間などが開示されていくにつれ、怒りの表明が増えていく。

 そして臨界点を突破した瞬間、世界は怒りに包まれる。

 情報提供が呼びかけられ、沸いたデマに踊らされてもすぐに誰かが叩き潰して矛先が修正され続けていく。

「罠だ、違う、オレじゃない、違うんだ!」

 うまく動かない指で蓋を開け、大量にこぼしながらペットボトルの水を口に流す。そしてすぐ吐く。

 できるのはただ、恐ろしい勢いで悪化していく情勢を見続けるだけだった。


 正確な時間はもう分からない。

 が、体感で30分くらいで、事態はさらに悪化した。

 ボタンを押した犯人として、オレの顔と本名が世界中にばらまかれた。

 ガチの軍隊まで含む世界中の特定班が情報を漁る様子をリアルタイムで見せつけられる。

 ガキの頃からの個人情報がどんどん抜かれて晒されていく。程度の低い嫌味を添えて。

 そしてまた30分後、なにかのデータが開示される。

 それがなにか理解して蒼白になった。

 地図情報。おそらく、この場所の。

 画面が切り替わる。暴徒のような日本人の一団。ここに向かっているのだ。

 ここで最悪なことが起きる。

 先頭付近にいた中年が、突然苦しみだして倒れた。

 冗談じゃない。オレはボタンを押していない。

 勝手に倒れるな。オレのせいにされるだろうが。

 周りで叫んでるチンパンジー共も、一人くらいは救急車を呼ぶくらいの知恵を働かせてもいいだろうが。

 そして画面が切り替わる。暴徒どもは一つの建物を囲んでいた。

 誰か一人が駆け寄って、金属バットのようなもので壁を殴る。

 部屋の壁が、確かに衝撃を受けて音を立てた。

 今度こそ全身が凍った。


「おい、誰か見てるんだろ!? もういいだろ、助けてくれよ!」

 オレの叫びに応える声はない。

「なんなんだよこれ、なんでこんな目に合うんだよ!」

 もちろん帰ってくるのは静寂だけだ。

 かわりにモニタが切り替わる。

『ご退出の24時間まで、あと3時間です』

 こんなところで放り出されたら殺される。

 オレはもう一度ボタンに手をかけた。

 どれだけ確率が低かろうと、この建物の周りのクソ共を皆殺しにしなければ、オレが殺される。

 一心不乱にボタンを押す。

 死に物狂いでボタンを押し続ける。

 もし、今までの人生で一度でもこんなに真剣になることがあったら、オレはまったく違った場所にいたのかもしれない。

 もう一度ボタンを押して……視界が消えて、体の感覚もなくなる。

 嘘だろ?

 ああ、なんで一度も考えなかったんだろう。

 このボタンで自分が死ぬ可能性だったあるんだって。

 それを最後に、すべてが消えた。



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