断罪された悪役令嬢の中身は、看取られて死んだ八十五歳です
王城の大広間は、今夜も隙なく磨かれていた。
天井から吊るされた燭台が金の光を落とし、床は薄い水面のように輝いている。弦楽器の音は軽やかで、笑い声は抑えられ、香水と花の香りがゆるやかに混じり合っていた。
その華やぎの中心にいるのが誰かと問われれば、多くの者は王太子レオンハルトの名を挙げるのだろう。少なくとも、ほんの少し前までなら。
今、実際に人々の視線を奪っているのは、彼の婚約者であるアデル・ローゼンベルク公爵令嬢だった。
彼女は立っているだけで目を引いた。
背は高く、首筋から肩へ落ちる線はひどく美しい。腰は細く、礼装の上からでも分かる胸元の豊かさは目を奪うのに、全体の均衡が整いすぎていていやらしさには転ばない。長い手足、白磁のような肌、艶やかな黒髪。正面からでも、横顔でも、視線を逸らす理由が見当たらない。
だからこそ、羨望もまた強かった。
近づけば自分が色褪せる。並べば差が出る。微笑まれれば、自分が平凡であることを思い知らされる。彼女が何をしたわけでもないのに、勝手に傷つく者は後を絶たなかった。
アデルはそのことを知っていた。
知っていて、どうでもよかった。
若い頃なら、視線は刃のように刺さったかもしれない。けれど、もっと重いものを知ってしまえば、こんなものは風だ。
自分の足で立てるかどうか。
自分の手で杯を持てるかどうか。
喉を通る一口を、きちんと飲み込めるかどうか。
そういうことに比べれば、嫉妬も悪意も軽すぎる。
その時、音楽が止んだ。
最後の一音がほどけるように消え、談笑していた貴族たちが一斉に振り向く。視線の先に立っていたのは、レオンハルトだった。
王太子らしい華やかな礼装。高い身分の男によくある、育ちの良さをそのまま顔にしたような整った容貌。見栄えだけなら申し分ない。隣には聖女セラフィナが寄り添い、その可憐な顔にはいかにも慎ましげな影が落ちている。
レオンハルトは一度、ゆっくりと会場を見回した。
自分が今、全員の視線を集めていることを確かめるように。
それだけで十分だった。
ああ、この人はそういう人なのだ、とアデルには分かる。
「皆に聞いてもらいたいことがある」
よく通る声だった。
だがアデルの耳には、その響きがひどく薄く聞こえた。
人生の終わりに耳元へ落ちてくる声は、こんなふうには響かない。もっと近く、もっと低く、もっと必死だ。飲めますか、寒くないですか、ゆっくりでいいですよ――届いているかも分からない相手に、それでも繰り返しかけ続けられる声。
櫻井民子が最後に覚えているのは、そういう声だった。
レオンハルトがアデルの名を呼ぶ。
「アデル・ローゼンベルク。お前の数々の悪行について、今ここで明らかにする」
ざわ、と広間に波が走る。
やはり、という顔。ようやくか、という顔。信じたくないふりをしながら、目だけはしっかりと見開いている顔。誰もが、今から始まる見世物を待っていた。
レオンハルトは一歩前へ出る。
「セラフィナへの陰湿な嫌がらせ。祈りの場における侮辱。使用人への高圧的な言動。数え上げればきりがない。お前は公爵令嬢という地位にあぐらをかき、弱い者を虐げ、自らこそ選ばれるべきだと思い上がってきた」
言葉の切れ目ごとに、彼は会場を見た。
ちゃんと響いているか。ちゃんと人々が頷いているか。自分が“正しい側”に見えているか。
そこまで見えてしまうと、もう駄目だった。
この断罪は裁きではない。演出だ。
「だが、もう終わりだ。私はこれ以上、お前のような女を隣に立たせておくつもりはない」
そこでセラフィナが、苦しげにレオンハルトの袖へ手を添えた。
「殿下……そんな、皆さまの前で……」
震える声。潤んだ目。だが指先だけはしっかりと王太子の袖をつかんでいる。止めるふりをしながら、立場だけは手放さない手つきだった。
美しい芝居だ、とアデルは思った。
この娘も軽い。
可憐さを盾にする女は、自分が踏んでいるものの感触に鈍い。そういう女を、民子は前世でも何人か見た。口では可哀想ねと言いながら、汚れた話になると席を外す人。涙ぐむだけで、最後まで残らない人。
「セラフィナは優しい。慎み深く、誰に対しても分け隔てなく手を差し伸べる。お前とは違う」
その言葉に、周囲の令息や令嬢がいかにも納得した顔で頷く。
「冷たくて、お美しいだけですもの」 「殿下もおつらかったでしょうに」 「セラフィナ様のような方こそ、お隣にふさわしいわ」
聞こえるように落とされる小声は、昔から下品だ。
アデルは、そのひとつひとつを受け止めながら、ふと自分の足元へ意識を落とした。
ちゃんと立っている。
膝に力が入り、背筋が伸び、呼吸が深く入る。ドレスの下の身体は若く、強く、意志へ素直に従っている。
それだけのことが、今も少し不思議だった。
民子の晩年には、立ち上がることも、食べることも、自分だけでは難しくなっていた。何をしようとしていたのか分からなくなり、匙を持つ指にもうまく力が入らず、最後には口元へ運ばれる一口を飲み込むだけで精一杯だった日がある。
だから今、自分の足でまっすぐ立てるという事実だけで、目の前の断罪劇はずいぶん上滑りして見えた。
そしてレオンハルトが高らかに告げる。
「以上をもって、私はお前との婚約を破棄する」
広間の空気が張り詰めた。
誰もが次を待つ。
泣くだろうか。怒鳴るだろうか。縋るだろうか。高慢な令嬢が初めて人前で無様を晒す、その瞬間を見たくて仕方がない者たちの沈黙だった。
アデルはゆっくりと瞬いた。
それから、ほほえんだ。
ほんのわずかな笑みだった。
けれど、その一瞬で空気がずれた。
「……終わりましたの?」
静かな声が、妙によく通った。
レオンハルトが眉を寄せ、セラフィナの睫毛が揺れる。あちこちで息を呑む気配が立つ。
「ずいぶん楽しそうでしたけれど」
「何だと」
「断罪そのものではなく、断罪しているご自分に酔っておいでなのでしょう。よくある顔ですわ」
ざわめきが広がる。
レオンハルトの表情が変わった。王太子の顔ではなく、否定された若い男の顔になった。
「見苦しいぞ、アデル。今さら強がって何になる」
「強がり?」
アデルは首をわずかに傾げる。
「婚約破棄そのものより、大勢の前でなさるところに見栄が出ておりますわね、と申し上げているのです」
遠くで、誰かが噴き出しそうになって慌てて口を押さえた。
セラフィナがすぐに割って入る。
「アデル様、どうしてそんな……殿下は、本当にお苦しみになって……」
悲しげな目。か細い声。だが袖をつかむ指は、相変わらず離れない。
アデルはその顔を見つめた。
「そのお顔で人を踏みにじるのは、お上手ですこと」
セラフィナの顔が固まる。
「……え?」
「皆の前で悲しそうにしておいでですが、嬉しくてたまらないのでしょう。わたくしには分かりますわ」
「そんな、私は……!」
「お優しい方ほど、自分が人を傷つけている時の顔を見ませんのね」
その瞬間、セラフィナの目元がわずかに歪んだ。可憐な聖女の面が、薄くずれる。
「どうしてそんな言い方をなさるのです」と彼女は震える声で言う。「私は、ただ皆さまが仲良く、穏やかでいられるようにと思って――」
「皆さま、ね」
アデルはその言葉だけを拾った。
「便利な言葉ですこと。皆さまのため、と口にしてしまえば、ご自分が誰を傷つけたか曖昧にできますもの」
「そんなこと――」
「あなたは、ご自分が善いことをしていると信じて疑わない。その顔が、いちばん質が悪いのです」
セラフィナが言葉を失った時、取り巻きの一人が叫んだ。
「無礼だ! 聖女様に向かって何という口を――」
アデルはそちらへ視線だけを向けた。
それだけで青年は一瞬ひるむ。真正面からその美貌に見据えられると、怒鳴っていた勢いが削がれる。強い言葉で押せると思っていた相手がまるで押されていない。その事実に、喉が急に狭くなるのだ。
「お黙りなさいな」
静かな声だった。
「主役でもない方の忠義ごっこに、付き合うほど暇ではありませんの」
「忠義ごっこ、だと……!」
「ええ。今のあなたは聖女様のために怒っているのではなく、ご自分が安全な位置から石を投げられると思っていたのに、その石が返ってきたから腹を立てているのでしょう」
図星を刺された顔は、いつだって分かりやすい。
民子は前世で、こういう顔を何度も見た。口では家族のためと言いながら、面倒なことだけ誰かへ回す人。金は出していると胸を張るくせに、紙おむつの値段も、食事介助に何分かかるかも知らない人。最後に泣くのは、たいてい最初に逃げた者だった。
目の前の小物も、同じ種類だ。
レオンハルトがついに声を荒げる。
「もう許さぬ! アデル、お前は自らの罪を省みることもできぬのか!」
その怒声が広間を震わせる。
だがアデルは、わずかにも身じろがない。
怒鳴る者は、まだ余裕がある。怒鳴れるだけの体力と、自分の不快を相手へぶつける余地がある。
本当に残る者は、怒鳴らない。
熱のある夜も、同じ問いを十度繰り返す朝も、うまく飲み込めずに咳き込む昼も、ただ静かに水を含ませ、背をさすり、身体を起こし、また寝かせる。怒鳴っても何も前へ進まない場を知っているからだ。
アデルはそこで、ゆっくりと口を開いた。
「わたくしは」
声が落ちる。
広間がしんと静まった。
「一度、すべてを他人に預けて死にましたの」
誰も、すぐには意味を理解できなかった。
レオンハルトが止まり、セラフィナの目が見開かれ、取り巻きたちが戸惑いの視線を交わす。
アデルは続けた。
「何をするつもりだったのか分からなくなり、同じことを何度も尋ね、自分の足で立てなくなって……最後には、手を貸されなければ水ひと口も飲めませんでした」
声は平坦だった。
「食べることも、自分ではできなくなりました。口元へ運ばれた一匙を、うまく飲み込めるかどうかだけの日がありました」
その淡々とした語りの方が、場には重かった。
「それでも、残ってくださる方がいました。嫌な顔をせず、背を支え、口元を拭き、何度同じことを聞かれても答え続けてくださる方が」
そこで初めて、アデルはほんの少しだけ遠いものを見る顔をした。
「だから分かりますの」
レオンハルトを見る。
「最後まで残る方と、綺麗事だけ並べる方の違いが」
次にセラフィナを見る。
「泣き顔のまま人を傷つける方も」
そして二人をまとめて切るように言う。
「あなた方のような方々に、人は預けられませんわ」
広間の空気が凍りついた。
レオンハルトが先に我に返る。
「何を……何をわけの分からぬことを! そんな気味の悪い話で同情を買うつもりか!」
アデルは少しだけ目を細めた。
「気味が悪い、とおっしゃるのね」
「当然だ!」
「ご自分に理解できない痛みを、そうやって切り捨てるのですか」
「私は――!」
「大きな声で正しさを装っても、中身までは重くなりませんのよ」
レオンハルトの顔が赤くなる。怒りと、そしてほんのわずかな恐れが混ざっていた。自分より下にいるはずの女から、理解できない基準で値踏みされている。その値踏みに抗えないことを、彼は感じ始めていた。
セラフィナが絞り出すように言う。
「私は、そんなつもりでは……ただ、皆さまがお困りで……アデル様はいつも冷たくて……」
「ええ」
アデルは頷いた。
「わたくしは冷たいのでしょうね。少なくとも、あなたのように“優しい顔をしたまま”踏みつける趣味はありませんから」
セラフィナの口元がひくりと動く。
「私はっ……!」
「お優しい方ほど、自分が人を傷つけている時の顔を見ませんの。先ほども申し上げたでしょう」
会場の空気が完全に変わる。最初はアデルの転落を待っていた者たちが、今は王太子と聖女のほうを見ていた。見られる側が入れ替わったのだ。
「父上!」とレオンハルトが叫ぶ。「この女は正気ではありません! 皆の前で虚言を弄し――」
「レオンハルト」
国王の声が落ちた。
低く、短く、無駄がない。
「……もうよい」
「しかし父上――」
「もうよい、と言った」
その一言は、先ほどまでのレオンハルトの大仰な宣告より、よほど王の言葉らしく響いた。
王太子の顔が青くなる。
彼は初めて気づいたのだろう。自分が場を制しているつもりでいたのに、気づけば自分の器の浅さばかりが照らし出されていることに。
セラフィナがその袖を引く。
「殿下……」
もうその声音には慎ましさがない。焦りだけがある。
アデルは二人を見て、どこか遠い気持ちになった。
ああ、こういう方々は、最後の場面にはいない。
人が本当に弱った時、こういう顔をした人はたいてい少し離れたところで泣く。あるいは忙しいと言って姿を消す。残るのはもっと地味な人たちだ。目立たず、派手な言葉もなく、けれど背中を支える手だけは確かな人たち。
その差が、今のアデルにはよく見える。
国王が今度はアデルへ視線を向けた。
「アデル嬢」
広間に別種の緊張が走る。
だが、その前にレオンハルトが口を開いた。
「待ってください、父上!」
先ほどの張り上げた断罪の声ではない。必死さが混じる。
「アデル、今の話は……その……誤解だ。私は、お前を本当に……いや、その……ここまで思いつめていたとは思わなかった。だが、今ならまだ――」
アデルはほんの少しだけ首を傾げた。
「今さらですの?」
その短い一言で、レオンハルトの言葉は止まる。
「薄い方は、失いかけてから価値を測りますのね」
「私は、そういう意味では……!」
「そういう意味以外に、今のお言葉へ何を見つければよろしいのかしら」
レオンハルトが黙り込む。周囲の空気がもう彼の味方をしない。誰も助け舟を出さない。出せない。出したところで、自分もまた同じ側へ並ぶだけだと分かってしまったからだ。
セラフィナがあからさまに顔色を変える。
「殿下……」
その呼びかけには焦りが滲んでいた。ようやく手に入れたと思った立場が、指の隙間からこぼれ落ち始めている。王太子の隣という位置も、可憐な勝者という役も、ここで崩れれば危うい。
だがアデルは、もう彼女にほとんど興味を失っていた。
気の毒だとは思わない。けれど憎くもない。結局のところ、セラフィナもまた、自分の善性を信じたいだけの若い女なのだ。そういう人間は珍しくない。
ただ、上に置くべきではないだけだ。
アデルは国王へ向かって口を開く。
「婚約破棄はお受けいたしますわ」
ざわ、と今度こそ大きな波が起きた。
受ける。
その言い方が、場の意味を決定的に変えた。
レオンハルトが彼女を捨てるのではない。彼が差し出したものを、アデルが受け取り、終わらせるのだ。
アデルは続ける。
「わたくしを悪女と呼ぶのは、お好きになさって結構」
広間を見渡す。
先ほどまで、自分の転落を待ち望む目でこちらを眺めていた者たち。聖女の涙に酔い、王太子の正義ぶった声にうなずいていた者たち。今は皆、黙って彼女を見ている。
「あなた方よりは、よほど人を見ておりますもの」
そして最後の言葉を置く。
「人は、最後には誰かの手を借りますの」
静まり返った広間に、その声だけが通る。
「立場も、若さも、美しさも、その時には役に立ちません」
民子の記憶が、胸の内でかすかに触れる。
動かない指。乾く喉。うまく閉じない口。自分が自分でなくなっていく怖さ。そこへ差し出される手のぬくもり。何度同じことを聞いても、怒らずに返ってくる声。
ああいうものだけが、本当に残る。
「その時に預けてよい方だけを、上に置きなさいませ」
言い終えると、アデルはゆるやかに一礼した。
完璧な淑女の礼だった。
頭を下げる角度も、指先の置き方も、重心も乱れない。敗者の礼ではない。怒りに震える女の礼でもない。ただ、自分の役目を終えた者の静かな区切りだった。
前世では、ただ身体を横へ向けるだけでも誰かの手を借りた時期があった。寝返りを打つことすらひとりでは難しく、口の端を拭われることも、衣服を整えられることも、最初は恥ずかしかったはずなのに、いつしかそれを恥じる力さえ失っていた。
今は違う。
自分の意志で立ち、自分の意志で礼をし、自分の意志で顔を上げる。
そのことが、ひどく嬉しかった。
アデルは踵を返した。
誰も止めない。いや、止められない。
セラフィナが小さく何かを言いかけた気配がした。だが声にはならなかった。レオンハルトも半歩だけ追いすがろうとしたように見えたが、それ以上は動けなかった。今さら何を言っても、自分がさらに薄くなるだけだと、さすがに悟ったのだろう。
広間の中央から扉へ向かって歩くたび、人々が自然に道を空ける。
深紅のドレスの裾が床を滑るように進む。長い脚は一歩ごとに迷いがなく、背筋は最後までまっすぐだった。王太子も聖女も、そのどちらの側へ寄るべきか測りかねていた貴族たちも、すべて置き去りにして、彼女だけが最後まで美しい。
扉の前へたどり着いた時、アデルはふと、自分の手を見た。
細く長い、若い手だった。白く、よく整い、もう何かを落とす心配もない手。扇を持ち、杯を持ち、ドレスの裾をつまむことができる手。
民子だった頃、最期に見た自分の手はもっと痩せて、節くれ立ち、力が入らなかった。あの手も確かに自分のものだったが、今のこの手もまた、自分のものだ。
扉が開く。
大広間より少し冷たい廊下の空気が、肌を撫でた。
アデルは振り返らない。
そのまま一歩、また一歩と外へ出る。自分の足で。誰の手も借りずに。
歩ける。
それだけのことが、今も少し信じがたい。床を踏む靴音が心地よく耳へ返る。息を吸えば肺がきちんと膨らむ。若い肉体は信じられないほどよくできていた。
廊下の途中で、控えていた近侍がはっと顔を上げる。
「お嬢様……馬車を」
「ええ」
アデルは短く頷いた。
「ローゼンベルク公爵家の馬車を回しなさい」
近侍は一瞬だけ驚いたようだったが、すぐに深く頭を下げた。
「かしこまりました」
「父には、わたくしが直接話しますわ」
それだけ告げて、アデルはまた歩き出す。
家へ帰ろう、と思った。
泣きつくためではない。閉じこもるためでもない。ただ、終わったことを終わったこととして告げに行くために。今夜のうちに、自分の口で。
前世では、何かを“自分で決めて、自分で伝える”ことすら少しずつ失っていった。だからこそ今、この足で歩いて戻り、この声で話せることに意味がある。
背後で大広間の扉が閉じる音がした。
残された者たちは、しばらく誰も口をきけなかった。
レオンハルトは立ち尽くし、セラフィナは顔色を失ったまま視線を落とし、取り巻きたちは互いの顔を見合うばかりで、もう先ほどのように勢いよく吠えることはできない。国王は重い顔で玉座の前に座ったまま、何かを思い返すように指先を組んでいた。
そこに残っているのは、ただ沈黙だけだった。
さきほどまでの断罪劇を楽しんでいた空気は消え失せ、代わりに、自分たちがどれほど軽いものを重いと思い込んでいたかを突きつけられた後の、ひりつくような静けさが広がっている。
若い男の断罪も、可憐な聖女の涙も、彼女を揺らしはしなかった。
一度、何も持てず、何もできず、ただ誰かに看取られて死んだ身には――あまりにも軽かった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
断罪ものの形を借りていますが、今回は「人が最後に何を失い、何が残るのか」を軸に書きました。
強さや立場ではなく、
「その人に自分を預けられるかどうか」という基準で見ると、
見え方が少し変わるかもしれません。
何かひとつでも引っかかるものがあれば、嬉しいです。




