第7章:衝突 (Conflict)
授業前のわずかな時間。二人はなんとか静かな片隅を見つけ出していた。この規模の学校でそれを成し遂げるには、並大抵ではない労力が必要だった。
だが、その平穏は長くは続かなかった。
ムカイのテーブルから、二人の男子生徒が歩み寄ってきた。誰かに「やめろ」と言われたことなど一度もない人間特有の、傲慢な足取り。その一人がモトを見て、あからさまに鼻をすする。
「なんだ、ここ。煙臭えな」
シェウの手がモトの腕を掴んだ。彼女はす計算し、彼を引っ張って誘導しようとする。だが、もう一人の男子が彼女に手を伸ばした。
モトの手が、相手の指がシェウに触れるより早く、その手首を真上から叩き落とした。
――パンッ!
教室に、鋭く平坦な破裂音が響き渡る。男子生徒たちはヘラヘラと笑った。それは最悪の反応であり、事態は一気に最悪の方向へ転がり始めた――その時、水が弾けた。
ザバァッ!
二人の間に、突如として揺らめく分厚い水の壁が立ち上がる。振り被った拳のまま、モトは急ブレーキをかけて立ち止まった。
水が割れる。
その間から、ムカイ(Mukai)が姿を現した。両手を開き、指先からはまだ水が滴っている。青い髪を後ろに流し、他人が自分の言うことを聞くのが当然だと信じて疑わない者特有の、あの静けさを纏っていた。
「私の教室で、喧嘩は許さん」
「こいつらが先に手を出した」モトが吐き捨てる。
「二度言わせるな」
「白々しい真似すんじゃねえ」モトの声は低く、そして平坦だった。「あんたの席からこいつらが来たのを、ちゃんと見てたんだぞ」
ムカイの表情に何かが走った。一瞬の、制御された感情。そしてすぐに消える。
「ここでは反抗的な態度は容認されない。……ましてや、ここにいる権利すら自力で勝ち取っていないような連中からはな」
「王子様が、よく言うぜ」モトが鼻で笑う。
教室が、水を打ったように静まり返った。
部屋の反対側、後ろの壁際に集まったグループの陰に半ば隠れるようにして、ムカイと同じ顔を持つ少年が立っていた。しかし、その雰囲気はより柔らかく、青い髪は長く、線も細い。彼は不安に顔を強張らせて、この光景を見つめていた。
ムカイが手首を軽く振る。
水の壁が横に崩れ落ち、その大半がモトの頭からバシャリと降り注いだ。ムカイは背を向ける。
「放課後、残れ」
『元素』の授業は、さらに最悪だった。
モトの担当教官は、授業中ずっと彼の存在を黙殺した。まるで、十分に長い間無視し続ければ勝手に消えてなくなる、壁の染みか何かのように。モトは顎をこわばらせ、あることを試すことに決めた。
彼は皮膚から直接、煙を押し出した。ただ息を吐くのではない。あのエリートたちが火をまるで玩具のように操るのを見てから、ずっと頭の中で練っていたアイデアだ。全身の毛穴から一斉に煙を噴出させる。
シュゥゥッ!
ヤカンの蒸気のように、鋭い噴流となって煙が噴き出す。
即座に、周囲から嘲笑が巻き起こった。そして次の瞬間、誰かがその煙の雲の中に小さな火球を投げ込んだ。当然の嫌がらせだ。
ボンッ、パンッ!
煙はモトの周囲で、くぐもった連続破裂音を立てて引火した。彼の腕と首元に、無数の小さな火傷の痕が散らばる。
薄れゆく煙の中。モトはただ立ち尽くし、一言も発しなかった。
昼休み。シェウはカフェテリアで彼を見つけた。モトは部屋の隅でテーブルに両肘を突き、隠し切れない不機嫌さを顔に貼り付けていた。
二人は並んで座った。互いに無理をして明るく振る舞うような真似はしなかったが、それ自体が一種の慰めだった。
「やあ」柔らかく、ゆったりとした声。「ご一緒してもいいかな?」
テーブルの端に立っていたのは、長い青髪と色白の肌を持つ少年だった。もしその表情が、今朝見たものとこれほどまでに違っていなければ、一目で誰か分かったはずだ。
「ああ」モトは少し身を起こした。「でも、底辺の奴らと一緒にいるところを見られたら、あんたも後悔するぞ」
「なら、これで底辺が三人になったね」少年は微笑んだ。「僕はスカイ(Sukai)だ」
空気が、ふっと緩んだ。モトは危うく吹き出しそうになり、シェウは小さく笑い声を漏らした。
シェウが小首を傾げる。「ムカイにそっくりね」
「双子なんだ」とスカイ。
モトは彼をまじまじと見つめた。「嘘だろ」
「本当だよ」
「だって、お前……」モトは言葉を飲み込もうとし、そしてやめた。「お前、めっちゃ良い奴じゃん」
スカイの微笑みが、少しだけ複雑なものに変わる。「みんなにそう言われるよ」彼はトレイを置いて席についた。「彼は誤解されてるんだ」
「誤解もクソもあるかよ。お前もあの場にいたんだろ」
「いたよ」スカイは淡々と言った。「でも、お願いだ。僕が彼とちゃんと話をするまで、少し彼とは距離を置いてほしい。僕なら、彼の心に届くと思うから」
モトは少しの間、彼を観察した。スカイが持っていて、彼の兄が持っていない『何か』は、確かに機能していた。
「分かった。良い方の双子の言葉なら信じてやるよ」
スカイはそれを聞いて、静かに嬉しそうに目を細めた。
少し間を置いて、シェウが尋ねた。王の息子たちなら、こんな学校に通わずとも、安全な場所で家庭教師をつけることもできたのではないか、と。
スカイは首を振った。
「父上は、そういうやり方を好まないんだ。指導者たる者、一人の市民として生きることがどういうことか、実際に知らなければならないと信じている。僕たちのうちの誰かが跡を継ぐなら、その資格を自ら勝ち取らなくちゃいけないんだ」
「賢い親父さんだな」モトが言う。
「うん、本当に」スカイは心の底からそう言った。
その穏やかな時間から遠く離れた場所――ニカ(Nyika)の国境を越え、岩と闇の先にある、単なる洞窟以上の『施設』へと作り替えられた地下壕。
そこに、一本の槍が突き刺さった。
ドゴォォォンッ!!
それは頭上から、すべてを終わらせる死の宣告のような重低音を響かせて地下壕の天井を貫通した。僅かな光を反射して輝く、黄金の金属。その柄には鮮やかなロイヤルブルーの糸が結ばれ、そこには小さな丸まったメモが括り付けられていた。
それを手に取るために進み出た女は、紫の髪と紫の瞳を持ち、他人が『彼女がどれだけ周囲を警戒しているか』を過小評価してしまうような、妖艶な顔立ちをしていた。
彼女はゆっくりとメモを開く。
読む。
少しの間、無言。
やがて彼女は――ゆっくりと、ひどく満足げに、そして全く友好的ではない笑みを浮かべた。
「さあ、仕事の時間だよ、お嬢さん方」
集まっていた暗殺者たちがざわめく。不安げな視線が部屋中を飛び交った。一人が、囁くような声で口を開いた。
「……危険すぎやしませんか」
女は彼を見た。その顔に張り付いた笑みは、ピクリとも動かない。
彼女は詳細を並べ立てた。賞金額。その規模。そして、標的を。
彼女の言葉が一節進むごとに、部屋はさらに静まり返っていった。それは決して、冷静さからくる静寂ではなかった。
一人の暗殺者が、眉間に皺を寄せて前に出た。「計画は?」
女はそれを吟味する。彼女の表情が、一切の慈悲を持たない、冷酷で正確な『決断』の色へと落ち着いた。
「いい質問だね」と彼女。
「まずは――あの王子からだ」
その言葉が、電流のように部屋を駆け巡った。金のために危険な橋を渡るこの暗殺者たちの中でさえ、彼の名を出すことは計り知れない重圧を伴う。彼の力。彼の影響力。彼が象徴する『問題』の異常な難易度。
誰も、口を開けなかった。
地下壕の暗闇が彼らを押し潰すように迫る中、黄金の槍だけが地面に真っ直ぐに突き刺さり、鈍い光を放ち続けていた。




