第2話:罰
この世には、神がいないらしい。
神様が本当にいるのか、なんて半信半疑だったのに、いざ神がいないと断言されると、とてつもなく不安に駆られる。
始業ベルが思考を消し飛ばす音量で鳴り響いた。
「おい!早く!」
オリバーに襟元を引っ張られ、授業に出る。
補習にも関わらず、多くの席が埋まっていた。
周りを見渡すと、キリスト教徒たちが持っていたアクセサリーのシンボルは、やはり永遠のマークにすり替わっている。
あの十字マークが恋しくなりノートに描いていると、隣にいるノアが覗きこんできた。
「なんだその落書き、もうちょいマシなもん書けよ」
彼も前はキリスト教徒であった。アクセサリーは身につけていない。
「なぁ、宗教って分かる?」
そう聞くと、顔を伏せて笑っている。
「お前も俺も、宗教の家で育ってるだろ」
やはり神がいない世でも宗教は存在している。
「何を崇拝してるんだっけ?」
ノアの表情が少し曇ったのを感じる。
「どうしたんだ?俺たちは弱肉強食のサイクル、"永遠"を尊崇し、命に感謝を述べ、罪を償ってるんだろ」
教科書を音読したかのような棒読み。少し不穏になったその場を、笑って取り繕う。
神がいないなら、天国地獄や霊的存在も、この世に存在しない。キリスト教が掲げていた「永遠の命」も無い。
だからこそ、この世で"唯一の永遠"を尊崇してるのかもしれない。
授業が予定より早く終わったらしく、先生は話を持ち出した。
「最近我が国で銃を所持する者が多発している。それは言わずもがな犯罪だ。他人事じゃないぞ、いつ引き金を引かれるか分からないんだ。死んでしまえばその先は真っ黒で、何もない。だから銃を持っている人が現れたら…」
銃社会のこの国が、銃を規制している。人間の死への恐怖が高まっているのだろうか。
終業ベルが、人々をその場から追いやった。
学校を終え、帰路でどうすれば元の世界に戻れるかを考え込む。そもそもなぜこの世に俺が飛ばされたのか。絶対に揺らいではならないのは、おかしいのは俺じゃないということ。俺は聖書の内容を覚えているのだから。罰が思わぬところで実を結んだ。
聖書…
昨日は7/7、7時に再読が終わった。何か関係しているのか?
そのとき、共通点が輝いて浮かび上がった。
『神の数字』
宗教において、「7」は聖書にも載っている代表的な数字だ。
その日時に読み終わった事がトリガーなら、あと1年間、この世で過ごさなきゃならない。猛暑の太陽光が汗を落とさせ、コンクリートを色付ける。
それ以前に、この世に聖書は存在しない。
考えれば考えるほど行き詰まっていく感覚。
暑さも相まって、じわじわと冷静さを吸われていた。水筒をリュックから取り出すため降ろしたとき、ノートが目に入った。
授業中に描いた、十字のマーク。
これは俺が描かなければ存在しなかった。
周りの音や景色が、鮮明になる。
聖書、一から作ればいい。
確か七回読んでるはずだ、数回書き写しもしたし、暗記できてる。元の世界に戻れる。
いや、1200ページ…無理だ、現実的じゃない。一瞬の興奮は、暑さに溶けた。
だが俺は閃きを捨てきれなかった。冷却された家に着いて、溶けたものは固まった。
ノートを取り出して、ボールペンの先を滑らせた。
意外と覚えているものだが、頭の奥が詰まるように痛む。額を抑えながらページをめくると、圧倒的に足りない事に気づく。すべてを慎重に切り取り、ホチキスで端を留める。出来上がったのは、今にも風で吹っ飛びそうな書物だった。
後日、学校帰りに有り金全てを使ってノートを数冊買い家へ向かうと、普段素通りする公園の砂場で、見覚えのある少女を見つけた。屈んで、汚れることも厭わず何かを指で描いている。
無言のまま近寄ると、砂場に描かれていたのは、あの十字マーク。
聞こえていた音のすべてが途絶えた。前かがみになり重心が崩れる。呼吸のリズムが狂い、肩がすくんだ。
「おい!」
彼女の目の前に立ち、夏の光を遮る。
「ロバート?おいじゃなくて、メアリー!」
彼女は曲げた膝を伸ばして立ち上がった。
「イエス・キリスト…アーメン…」
興奮して乱れた呼吸のまま、共通する言葉をひっきりなしに放つ。
彼女が口を抑えて一歩後ろに下がる。
やっぱり、彼女も。
「貴方も覚えてるのね!キリスト教!」
「あぁ。覚えてるというより、俺たちはパラレルワールドのようなところに飛ばされてるんだと思うよ」
言葉が聞こえていないかのように跳ねる彼女に伝染し、二人して子供のように体全体で喜びを表した。砂場にいくつもの十字マークを描き荒らす。しばらくして興奮を鎮圧し、冷静に話し合うことになる。
「それで、戻れるよね?」
「言い切ることはできない。けど、1つ案はある」
木漏れ日がベンチの影に明かりを落とす。
「いい案だわ!意外と賢いのね!…あなたって本当にロバートよね?」
「いくらパラレルワールドだからってそこまで疑わないでくれよ」
昨日作った弱々しい書物を見せる。
「不格好ね」
「仕方ないだろ」
これからは2人で聖書を完成させることになり、現実味を帯びてきたと感じる。
「俺は7/7の7時に再読が終わったから飛ばされたと思ってるんだけど、メアリーも再読してたのか?」
「1年かけて再読してたけど、読み終わったのは7/7じゃない。7/3だったはずよ、時間は覚えてないけど、夜に」
トリガーは一体何なんだ?
考えふけていると、彼女が口を開いた。
「7も神に関係している数字だけど、3や8、他にも関係している数字はある!」
その日は、俺が聖書を書き、彼女がトリガーを探るということで解散し、
「1週間後、16時に再び集合」と約束を交わした。彼女は携帯を所持していなかった。
1200ページは、ノート9冊あれば充分だ。
現状はホチキスの書物含め5冊分しかない、金が足りない。バイトしとけば…
そのとき、携帯が振動と共に音を鳴らす。
「今日くらいパーティ来るだろ?」
と、オリバーからのメッセージ。
毎週水曜日の夜、教会でキリスト教信徒のユースグループでパーティがある。そこも変わらずある事に少し驚いた。
「そんな暇ない」
と送り返す。が、そのパーティにメアリーが来るかもしれない。ノートを買うことに協力してもらおう。
「やっぱ行くよ」
即座に送り直した。
それに、宗教が尊崇する"永遠"をこの目で確かめたい。




