1-5 脊の上の森
黑稻相癸です。第五話。
今回は、とにかく「でかい」回です。
でかすぎて、私自身もこのシーンを書いている時、なかなか文字だけでは伝えきれないもどかしさを感じていました。
もし皆さんの頭の中に、この島の姿がうまく浮かんでくれたなら——それは私にとって最高の褒め言葉です。
それでは、地竜の背の上へ。
九日目の黎明、格拉克の怒号で吊り床から叩き落とされた。
嵐の時の「死ぬぞ」という絶叫ではない。別の種類だ。畏怖と恐怖を帯びた、見てはならないものを見た時に発する類の叫び。
「全員――見ろ――前方――」
あたしは甲板に這い上がり、海風にくっついた目をこすった。
そして止まった。
前方の海面に、存在するはずのない山が聳えていた。
いや、聳えているのではない。ずっとそこにあったのだ。あたしの目がこのものの大きさを受け入れるのに数秒かかっただけだ。あまりに巨大で、最初の数拍の間、脳がそれを遠い水平線に垂れ込めた暗い雲の塊と誤認したのだ。
島だった。
島の表面は深い緑と暗紫が交錯する密集した植生に覆われている。樹木と呼べるものなら――あれが樹木だとすれば――空を突き破りそうなほど高く、樹冠が朝霧の中で絡み合い巨大な穹窿を成していた。その隙間に時折何かが光っている。まるで梢の上に明滅する灯りを点したかのように。
だが、あたしの毛が最も逆立ったのは、島の「縁」だった。
あの島の海岸線は――砂浜ではなく、岩礁でもなく――鱗甲だった。
一枚一枚が巨大な瓦のように重なり連なる深褐色の鱗が、海面の下から延び上がり、汀線の辺りで蔦と苔に侵食されて墨緑色に変わっている。鱗の一枚一枚が天幕一張りより大きく、表面には深い亀裂と寄生した海草が刻まれていた。
島ではない。生きている。眠っている。あたしのすべての想像を遥かに超えて巨大な――
「地竜」亜倫の声が背後から聞こえた。
彼はマストの傍に立ち、朝の風に髪が乱れ放題だったが、その目は異様に……輝いていた。あたしが初めて見る、子供が新しい玩具を見つけた時にしか出ない、純粋な興奮。
「何十年ぶりだ」彼は低く呟いた。独り言のように。
「変わらないな」
変わらない?
その意味不明な言葉を問い詰める暇はなかった。格拉克が爆発していたからだ。
「あ――あれが――」独眼船長の顔色は嵐の夜よりもひどかった。舵輪を掴む指の関節が骨のように白い。
「あいつは生きてるのか?! 海面に数ヶ月留まるとか言ったが――おまえの意味は、生きた、何千歳の、この船を爪楊枝みたいに――」
「眠っている」亜倫が静かに遮った。
「地竜の換気睡眠は極めて深い。背中で踊って歌っても起きない。ただし――」少し間を置いた。
「鱗甲を叩きに行くような馬鹿をやらなければ、だが」
格拉克の口が何度か開閉したが、何の音も出なかった。隣の船員たちも似たようなもので、人間の水夫たちは紙のように白くなり、あのドワーフの帆索手はすでに祈りの詞を唱え始めていた。
「船長」亜倫が格拉克の前に立ち、語調が雑談から取引に変わった。
「地竜が放出する霊気は継続的に魚群を引き寄せている。今からおそらく三日間、この海域の魚の密度は通常の十倍だ。稼ぎたいなら、今すぐ網を下ろせ」
格拉克の片目が閃いた。恐怖と欲がまたあの顔で戦っている。だが今回は、欲が勝った。
「おまえら二人はどうするんだ?」彼が横目であたしと亜倫を見た。
「海の中にちょっと探し物をしに行く」亜倫の口調は、甲板を散歩しに行くとでも言うような軽さだった。
「おまえらが死のうが知ったことじゃねぇ」格拉克はすでに振り返り、船員たちに怒鳴っていた。
「網を下ろせ! 全員網を下ろせ――! 間抜けども動け――!」
◇
甲板が大騒ぎしている隙に、亜倫はあたしを船員たちの反対側に引っ張った。彼はあの、どれだけ入れても一杯にならない古い背嚢から幾つかの物を取り出した。
太い麻縄が一本――いや、二本。どちらもあたしの腕ほどの太さで、異常にきつく編まれている。
返しのついた鉄の杭が一つ。大きくて、錨を小さくしたような形。
それから魚が一匹。
すでに死んでいるが、塩と刺激臭のする薬液で漬けられた、強烈な腐臭を放つ大魚。その匂いが鼻に突っ込んできた瞬間、朝飯を吐きかけた。普通の腐臭ではない。わざと調合された悪臭だ。
「なにこれ?」あたしは鼻をつまんで訊いた。
「囮だ」亜倫は魚を縄で縛り、それから麻縄に見たことのない結び方で等間隔に結び目を作り始めた。縄に握り手を一列並べたように。
「恐魚を知ってるか?」
「船長が言ってた。深海の狂犬だって」
「狂犬だけじゃない」亜倫は結びながら言った。指が漁師を一生やってきたかのように器用に動く。
「恐魚はこの海域で最速の捕食者だ。成体で五歩の長さになり、全身が紙やすりのように粗い黒い鱗に覆われている。口には三列の歯があり、どの列でも船板を噛み砕ける。普段は百歩以上の深い水に潜んでいるが、特定の匂いの獲物を嗅ぎつけると――」彼はあの臭い魚を振った。
「深水から突き上がってくる。自分を水面の上に射出するほどの速さで」
嫌な予感がし始めた。
「まさか――」
「乗る」亜倫がその二文字を口にした語調は、「水を飲む」と言うのとほとんど変わらなかった。
「正気じゃない」
「そう言われたのは初めてじゃない」彼は結び終えた縄を輪に巻いて、あたしに渡した。
「この結び目を掴め。何があっても離すな。縄の反対の端は鉄杭に繋がっている。杭は恐魚の背の硬い鱗に打ち込む――あの鱗は石より硬いから、杭で傷はつかない。引っかかるだけだ」
「それから?」
「それから、あの魚の匂いに引かれて地竜島に向かう。この魚の血には地竜島にしかない藻類の汁が混ぜてある。恐魚は獲物が島にいると思い込んで全速で突進する。俺たちはその背中でしがみついていればいい」
「どのくらい?」
「だいたい……三百拍」
あたしは千歩以上先にある鱗の海岸線を見やり、次に亜倫の手の中の悪臭を放つ死魚を見た。
「もし落ちたら?」
「近くに二匹目の恐魚がいないことを祈れ」
亜倫は船縁に歩み寄り、あの臭い魚を力いっぱい海に投げ込んだ。
腐った血の水が深い青の海面に暗紅色の輪を広げた。
そして、待った。
最初は何もなかった。波が船体を叩く音と、船員たちの緊張した息遣いだけ。
あたしは船縁にしゃがみ、耳を立てた。水の下は静かだ。静かすぎる。昨夜まで船底を泳ぎ回っていた蛍藻が消えている。巨大な暗い影も跡形もなく消え失せた。
まるで海全体が息を止めたかのように。
違う。
あたしの尻尾が爆ぜた。
何かを見たからじゃない。何かを聴いたからだ。海面のはるか深い所で、何かが想像を絶する速度で水面に向かって突っ込んでくる。その音は泳ぎではなく――切断だ。巨大な刃が水の中を一直線に切り裂くような。
「来た」亜倫があたしの手首を掴んだ。指が鉄の万力のように締まる。
「跳べ!」
彼はあたしを引っ張って船縁から翻った。
落下する一秒間に、海面が見えた。正確に言えば、海面が炸裂した瞬間が見えた。
黒い影が真下から水面を射出した。水飛沫の轟音で耳が痛む。その速さは、ぼやけた輪郭しか捉えられなかった。流線型の体、砥石のように粗い黒い皮膚、そして頭の後ろまで裂けた口から覗く三列の歯。
恐魚。
水面から少なくとも五歩は跳び上がり、あの恐ろしい口を開けて、空中で落下しつつあるあの臭い魚を咥えた。
魚を咥えたその一瞬――
亜倫が動いた。
空中で――空中で!――手の中の鉄杭を振り出した。返しのついた杭が、恐魚の背鰭の後方にある最大の一枚の硬鱗の隙間に正確に嵌まり込んだ。
ぱん!
杭が噛み固まった。
縄が一気に張り詰めた。
あたしの腕全体が馬に引かれたように引っ張られ、肩の骨が関節から抜けかけた。だがあたしの爪は結び目に――亜倫が作ったあの握り手に――死に物狂いで食い込んでいた。爪が麻縄の繊維にめり込み、指の隙間から血が滲み出る。
恐魚があたしたちを引き連れて海面に叩きつけた。
衝撃。
氷のような海水が四方八方から口と鼻に流れ込む。そして速さ。あたしが一度も経験したことのない、意識が千切れそうになるほどの狂った速さ。恐魚は水面から半身ほどの深さで全力疾走し、あたしと亜倫はその背に引きずられ、海水が移動する壁のように何度も顔に叩きつけられた。
何も見えない。何も聞こえない。掌に縄が食い込む激痛だけ。
離すな離すな離すな――
どれだけ時間が経ったかわからない。三百拍だったかもしれないし、三千拍だったかもしれない。
やがて、速度が落ちた。
恐魚が減速し始めた。水の中で体をくねらせているのを感じた。何かを探している。匂いを嗅ぎ取ったのだ。あの臭い魚に混ぜた藻類の汁が、地竜島の浅瀬に向けて恐魚を誘導している。
「離せ!」
亜倫の声が轟く水音の中をかろうじて耳に届いた。
「今だ!」
あたしは指を離した。というより、ついに指が持たなくなった。血と海水で握り手が滑り、麻縄が掌から抜けていった。
体が牽引力を失い、慣性のまま放り出された。水面を二度弾んでから、腰までの深さしかない温かい浅瀬に突っ込んだ。
足の下に硬いものが触れた。
砂じゃない。岩礁でもない。鱗甲だ。巨大な、何年海水に浸かっていたかもわからない、表面に蠕虫と貝殻がびっしり付いた鱗甲。
あたしは立ち上がった。全身ずぶ濡れで、両手が縄の摩擦で火を噴くように痛い。鬣と尻尾から海水がざあざあと流れ落ちる。
「ぅ……」
しゃがみ込み、何度か乾嘔した。飲み込んだ海水が多すぎて、胃がひっくり返っている。
背後から手が伸びてきて、背中を叩いた。
亜倫。
彼もまたずぶ濡れだったが、またしてもあの腹立たしいほどの余裕があった。掌に縄の赤い痕はあるが、あたしよりずっと軽い。
「生きてるか?」彼が訊いた。
「あんたが憎い」あたしは喉から搾り出せる限り最もかすれた声で答えた。
亜倫がわずかに笑った。本当の笑みだ。口角の弧がいつもより少し大きい。
「俺を憎む奴は列の最後尾に並べ」
彼はあたしの手に目を落とした。掌に麻縄が刻んだ深い血の筋が何本も走り、爪の縁が裂けて、鮮血と海水が手首に暗紅色の線を描いている。
「まずこれを処理しよう」彼は足元の鱗甲の隙間から一掴みの草をむしった。
矮い、葉に銀色の産毛が生えた小さな草。鱗甲のあちこちに生えていて、雑草のように目立たない。だが亜倫がそれを揉み潰して、絞り出した汁をあたしの掌に塗った時――
涼しい。
氷の冷たさではない。傷口の上を小川が流れるような、優しい涼。痛みが数拍のうちに引いていき、裂けた皮膚の端が少しずつ閉じ始め、出血も止まった。
「これ……」あたしは自分の掌を目を見開いて見つめた。
「地竜の背の上のものは何千年分の霊気で育てられている」亜倫が残りの草をあたしの手に押し込んだ。
「雑草にすら傷を癒す力がある。おまえは草薬師だ。俺よりわかるだろう」
あたしはぼんやりと手の中の地味な銀毛草を見つめ、それから丁寧に腰の布袋にしまった。草薬師の本能が告げている。これを持ち帰れば、活霊草にも劣らない価値がある。
◇
地竜島の匂いは、あたしが生まれてこの方嗅いだ中で最も現実離れしたものだった。
海岸――つまり地竜の鱗甲――から内陸へ二十歩も歩かないうちに、世界が一変した。
鱗甲の隙間に何年分もの泥と腐葉が堆積し、その上に植物が狂ったような密度で繁っている。だがこの植物たちはマングローブの森のものとはまったく違う。一本一本が発光していた。
足元の苔がほのかな青緑の光を放ち、土の中に砕いた星屑を無数に埋めたよう。頭上の羊歯植物は一枚の葉があたしの腕ほどもあり、葉脈の中に淡い金色の汁液が流れている。あの光は反射ではなく、植物の血そのものが光っているのだ。
空気も違った。
マングローブの空気は「濃い」。腐敗と生命が矛盾しながら交差する。だがここの空気は「薄い」。篩にかけたように清浄で、一口吸い込むたびに涼やかな、ほんのり甘い味がする。果実の甘さではない。もっと――
「霊気だ」亜倫が言った。あたしの心を読んだかのように。
「おまえが吸っているのは空気だけじゃない。地竜の生命力がその背から染み出して、上に生きるすべてのものに注がれている。この島の一本の草、一匹の虫、どれも外の同族より十倍は強い」
彼はしゃがみ、羊歯の根元に生えた一輪の小さな花を指差した。五枚の花弁は蝉の翅のように薄く、光の下で虹色の色彩を屈折させている。
「星脈花。霊気の密度が閾値を超えた場所にしか咲かない。外の世界では百年に一度。ここでは――」彼は指先で花弁にそっと触れた。
「だいたい三日に一度」
あたしは周囲の光景に圧倒されて言葉が出なかった。すべての感覚が悲鳴を上げている。危険の悲鳴ではなく、過負荷の悲鳴だ。匂いが多すぎる。新しすぎる。あたしが一度も嗅いだことのないものばかり。
耳が絶え間なく回転していた。樹冠の奥から様々な奇妙な音が聞こえてくる。風鈴のような澄んだ響き。遠雷のような低鳴。そして、あたしにはまったく分類できない、何か巨大な生き物が呼吸しているような律動。
「地竜の心拍だ」亜倫が言った。
「聞こえるのは、おまえが今、その背の上に立っているからだ」
あたしは掌を足元の土に押しつけた。
厚い土の層と鱗甲を透して、極めて微弱な、緩やかな震動が伝わってきた。
どん……どん……どん……
一打ちと一打ちの間はおよそ十拍。その律動は古く、深く、大地そのものが呼吸しているかのようだった。
「何歳なの?」あたしは小声で訊いた。
「誰にもわからない」亜倫は立ち上がり、頭上の発光する羊歯が編む穹窿を見渡した。
「書に記された最も古い目撃記録は三千年前だ。だがそれはもう何度目の浮上かわかったものじゃない。鱗甲に寄生しているある種の珊瑚は、あの大きさになるまで少なくとも五千年はかかる」
五千年。
あたしは五千年生きた生物を想像しようとした。そして諦めた。その概念は大きすぎた。片手で空全体を掴もうとするようなものだ。
「行こう」亜倫が森の奥に向かって歩き出した。
「活霊草は縁には生えない。脊椎の中心へ向かう。心臓に近い場所が、霊気が最も濃い」
あたしは後を追った。足元の苔が靴底に微かな光を返す。あたしの足音に応えるかのように。
奥に進むほど、植物は高く、奇怪になっていった。羊歯は天を覆う巨大な傘蓋に変わり、枝には琥珀色に光る実が房になって垂れ下がっている。地面には茸が密生していた。一つ一つがあたしの頭ほどの大きさで、傘の表面に呼吸に合わせて脈動する発光紋様が刻まれている。
そして、あたしはそれを見た。
巨大な、幹一面に発光する苔を纏った古木の下に、一頭の鹿が佇んでいた。
普通の鹿ではない。
全身が雪のように白く、毛皮は月光で織った絹のように柔らかく光っている。だが、あたしの視線が最も離れなかったのはその角だ。あの角は骨質の尖角ではなく、珊瑚のように無数の細い枝に分かれていた。その一本一本が透明で、水晶のように樹冠の間から零れる光を屈折させ、空気中に無数の小さな虹を投げかけていた。
幻鹿。
彼は頭を上げ、一対の純金色の目で静かにあたしたちを見た。
あたしの体が本能的に固まった。恐怖からではない。畏敬からだ。あの目の中には、あたしがどんな生き物の目にも見たことのないもの――静寂があった。絶対的な、何の感情も含まない静けさ。数千年の風景を映し続けてきた古い湖面のような。
「動くな」亜倫の声がごく軽く押さえられていた。
「攻撃はしない。だが彼が望まなければ、俺たちはその足元の草を見ることすらできない」
幻鹿は亜倫を長い間見つめた。
それからそっと頭を下げ、傍の粗い樹皮に首筋を擦りつけた。銀白色の光の粒が水晶の角からほろほろと舞い落ちた。溶けた月光の欠片のように。
やがて身を翻し、音もなく発光する羊歯の茂みの中に消えた。
彼が立っていた場所、樹根の間の泥に、数株の矮い、目立たない植物が静かに育っていた。深い墨緑色の葉の縁に、ごく細い銀の線が走っている。
あたしはしゃがんで匂いを嗅いだ。
その匂い――
清冽で、清浄で、深呼吸したくなるような涼気を帯びていた。早朝の一番最初の風の味を液体に凝縮したような。
「……これが活霊草」あたしの声が震えていた。
興奮からではない。あたしの鼻が告げている。この一株に宿る生命力は、マングローブの森で採ったすべての蛍光苔を合わせたよりもなお濃い。
「慎重に掘れ」亜倫が小さな鏟を差し出した。
「根を切るな。活霊草の薬効は七割が根にある」
手が震えていた。だが指は安定していた。七年の採薬の経験がこの瞬間に活きた。根系の走る方向に沿って少しずつ土を掘り開け、一株丸ごと根から引き抜いた。
根系は長く、地上部分の三倍近い。一本一本の根鬚がかすかに光っている。
布袋にしまう時、指が根から滲み出た汁液に触れた。あの涼気が指先から腕に駆け上がった。血管の中に冷水を一杯注がれたような。
「足りるか?」亜倫が訊いた。
「三株あればおじいちゃんの潮毒は治せる」あたしはもう二株を慎重に掘り出し、湿った布で包んで袋の奥に入れた。
「もう少し多めに掘っておけ」亜倫がそばにしゃがみ、周囲の地面に目を走らせた。
「潮毒は一度で除去しきれるものじゃない。しばらく継続して服用する必要があるかもしれない」
あたしは頷き、さらに三、四株を掘った。それから草薬師の本能が完全に覚醒した。周囲の地面を探り始めた。
地竜島の植物はどれも霊気で養われている。さっき亜倫が手当てのために適当にむしった銀毛草でさえ、外の世界に持ち帰れば希少品だ。
樹根に沿って手探りし、いくつかの良いものを見つけた。薄荷のような涼気を放つ一塊の冰脈苔、触ると絹のように滑らかで汁にほのかな甘味がある広葉羊歯の葉が数枚、さらに先ほど亜倫が言っていた星脈花が数輪。花弁が蝉の翅のように薄く、乾いた布で丁寧に隔てて割れないようにした。
一つ採るごとに布袋が膨らんでいく。長年鍛えた腕が、あたしの動きを速く正確にしていた。どれを根ごと掘るか、どれは葉だけ採るか、どれを日光から守って保存するか。その判断はもう指に刻まれている。
亜倫は急かさなかった。発光する古木にもたれ、あたしが忙しく動き回るのを静かに見ていた。幻鹿が落とした銀白色の毛を丁寧に拾い集め、別の布袋に入れているのにあたしは気づいた。
「それは何?」採薬しながら訊いた。
「幻鹿が落とした毛」彼は布袋を背嚢の奥にしまった。
「極上の導魔素材だ。あちらが自ら残してくれたものだ。貰わなきゃ損だろう」
あたしは布袋の口をきつく結び、長い息を吐いた。袋はぱんぱんだ。活霊草、銀毛草、冰脈苔、広葉羊歯、星脈花。それに名前はわからないがあたしの鼻が「大事だ」と告げるものが幾つか。
やり遂げた。
毛皮の歌を出発して、灰塩平原を越え、砕石丘陵を越え、沈木港の喧騒を越え、海の嵐を越え、狂ったような恐魚の背に乗って眠れる巨竜の脊の上まで――
この一袋の草薬のため。
おじいちゃんがもう一度立ち上がれるように。
あたしは袋の中でかすかに光る活霊草を見つめ、ふと鼻の奥が酸っぱくなった。
「行こう」亜倫があたしの肩を叩いた。
「帰りは恐魚に乗らなくていい。格拉克の船がまだ近くにいるはずだ。魚群が三日留まると教えたからな。あいつが帰れるわけがない」
あたしは目の端を拭い、布袋を背負って彼の後について島の縁へ歩いた。
背後で、地竜の心拍が泥土の深くで緩やかに打っていた。
どん……どん……どん……
お読みいただきありがとうございます。
今回、一つだけ聞かせてください。
恐魚に乗るシーン。
皆さんは、縄を握っていられましたか?
私はこのシーンを書きながら、自分の手のひらが汗ばんでいることに気づきました。
物書きとして、これほど嬉しいことはありません。
もう一つ。
亜倫が「何十年ぶりだ。変わらないな」と呟いたこと。
あれ、気になりませんでしたか?
何十年前に、この島に来たことがあるということ?
百年に一度しか咲かない星脈花の周期を知っていること。
幻鹿が彼を見て、静かに道を譲ったこと。
この男は、いったい何者なのか。
……その答えは、もう少し先で。
——次回、第六節「帰路」
帰り道は来た道より楽なはず。
……たぶん。
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