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1-3 南風と塩の平原

皆さん、黑稻相癸です。第三話です。


快適な場所を離れるのは、いつだって快適じゃない。

コラの鼻が初めて「知らない世界の匂い」に殴られる回です。


どうぞお楽しみください。

 部族を離れて最初の三日間、道はそれほど辛くなかった。


 まだ馴染みのある内陸の草原の縁だった。乾季の風が草を黄色く枯らし、靴で踏むとさらさらと乾いた音を立てる。空気は陽に焼かれた土の匂いに満ちて、時おり遠くから角鬣鹿の糞の匂いが漂ってくる。


 部族の猟師たちにとっては慣れた匂いだ。鹿の群れの匂いを辿れば、きれいな水源と休める木陰が必ず見つかる。


 だが四日目に、草原の匂いが消えた。


 地平線に、目を刺すような白色が現れた。最初は、冬が早く来て降りた霜だと思った。だが南方に雪はない。近づいてようやくわかった。果てしなく続く塩の荒野――灰塩平原(はいえんへいげん)だ。


 気温がここで急激に上がった。地面の白い結晶が容赦ない日差しを反射し、目を開けていられないほど眩しい。空気は異常に乾燥して、息を吸うたびに粗い塩の粒をそのまま呑み込んでいるようで、喉が灼けるように痛む。


「おじいちゃんがこっちの道を通らなかったわけだ……」あたしはぼろ布で口と鼻を覆い、目だけを出した。だがこの程度の防護では、匂いの遮断にはほとんど役に立たない。


 あたしの鼻が悲鳴を上げ始めた。


 灰塩平原には沼地の腐臭もなければ、草原の清らかな香りもない。ここにあるのは純粋な、まったく生気のない「苦い塩の味」だけだ。その匂いは鼻の奥に直接染み込み、脳に強烈な渇きを引き起こす。持ってきた水袋は塩の平原に入って二日目で半分を飲み干した。それでも前方には果てが見えない白い荒野が続いている。


 人の姿が見えた。


 遠くに小山のように積み上がった塩の丘の上で、影がまるで蟻のようにゆっくりと動いていた。


 あたしはわざと大通りを外れ、風化した岩の陰に隠れて観察した。


 塩の平原の労働者たちだ。大半は人間で、少数の痩せこけた半獣人も混じっている。裸の体は日焼けで剥がれた樹皮のようになり、肩に重い麻袋を担ぎ、結晶化した粗塩を一籠一籠、遠くの集散地へ運んでいた。


 奇妙な光景だった。


 毛皮の歌では、塩は自然の一部だ。あたしたちは塩の鉱石を舐めるか、特定の植物の根茎から塩を取り出す。それを山のように積み上げたりはしないし、ましてやそのために自分の皮膚がひび割れるまで働いたりもしない。


「たった数枚の銅貨のために」あたしは部族の猟師たちが焚き火のそばでこぼしていた愚痴を思い出した。海辺の人間たちは数枚の銅貨のために、汗も時間も、命さえも売り渡す。


 塩はもともと海と大地からの贈り物のはずだ。


 あたしは彼らに近づかなかった。野生の獣人の直感が告げている。過酷な労働にすべての精気を搾り取られた者たちは、時に森の腐肉漁りの狼よりも危険だ。目に光がなく、あるのは生存への最も原始的な貪欲(どんよく)だけだから。


 あたしは外套をきつく巻きつけ、足を速め、灰色の幽霊のようにこの白い地獄を通り抜けた。


 八日目に、灰塩平原を抜けた。


 足元の感触が、ゆるい塩粒から硬くいびつな石に変わった。地形が起伏を始め、砕石丘陵(さいせききゅうりょう)に入った。


 ここで風向きが変わった。


 それまで北から吹いてきた、内陸の乾いた気配を帯びた風が、正面からの強い気流に押し返されていた。その気流は湿って重く、無視できないほどの巨大な存在感を纏っている。


 海だ。


 あたしは本物の海を見たことがなかった。マングローブの潮汐は海の呼吸にすぎない。今、あたしは海そのものの匂いを嗅いでいた。


 途方もなく複雑な匂いだった。重い塩気、海藻が腐った生臭さ。この匂いを嗅ぐだけで、それがどれほど広大で、どれほど底知れない水域であるかが想像できた。


 最後の丘陵の尾根を這い上がった時、あたしの両脚はすでに石になったように重かった。足の裏の水膨れは潰れてはまたかさぶたができ、薬籠の肩紐が肩に二筋の血の跡を刻んでいた。干し糧は一昨日で半分が尽き、水袋には饐えた温水が最後の数口だけ残っていた。


 あたしは立ち止まった。


 尾根の向こう側、急な斜面を下った先に広がっていたのは、あたしが見たことのない喧騒と混沌だった。


 無数の灰白い石造りの家と木の小屋が、藤壺(ふじつぼ)のように海岸線にびっしりとへばりついている。高い帆柱が葉を落とした森のように林立し、港湾に停泊している。海の水はもう澄んだ青ではなく、さまざまな排泄物と油汚れと腐った魚の内臓で濁った灰緑色に染まっていた。


 これほど離れていても、ありとあらゆる音が波のように押し寄せてくる。水夫たちの罵声、木箱が地面に叩きつけられる鈍い音、鷗の鋭い鳴き声、鍛冶場で槌が鉄床を打つ震動。


 これが沈木港(しずきみなと)だ。


 あたしは曲がりくねった石畳の道を丘陵から下り、この街に足を踏み入れた。


 静かなマングローブの森と死の静寂の塩の平原から出てきたばかりの獣人にとって、沈木港の匂いはまさに災害だった。


 うるさいのだ。音だけじゃない。匂いまでうるさい。


 焼きたての安物の麦餅の匂い、路地の隅に溜まった小便の臊い匂い、刺すような香料をまとった安い白粉、船から降ろしたばかりの血生臭い汁……ありとあらゆる匂いが実体を持つかのようにあたしの鼻に突っ込んでくる。吐き気が何度も込み上げた。


 あたしは外套のフードを深く被り、耳を伏せ、できるだけ目立たないようにした。通りには人が多く、種類も雑多だった。人間のほかに、重荷を担ぐ半獣人の運び屋、せわしなく行き来する数人のゴブリン商人、さらには黒い長衣に身を包み、尖った耳だけを覗かせたエルフの姿まであった。


 あたしに目をくれる者は誰もいなかった。沈木港では、余計なことに首を突っ込む者は長生きできない。


「波止場の一番東……」あたしは小声でつぶやいた。


 海岸線に沿ってずっと歩き、いつ乱闘が起きてもおかしくない酒場や暗い路地を避けた。波の音が街路の喧騒をかき消すようになった頃、ようやく目当てが見えた。


 巨大な、海風にへし折られかけた曲がった椰子の木が、波止場の端の石の隙間に必死で根を張っている。椰子の木の陰にある木造の建物は、木よりもさらに崩れかけに見えた。屋根板が何枚か抜け落ち、入り口には残骸のような看板が掛かっている。共通語で歪んだ字が書いてあった――「魚骨」。前についていた「鹹」の字は海風に食われて消えていた。


 あたしは油にまみれた木の扉を押し開けた。


 蝶番が歯を酸くする軋み声を上げた。中は薄暗く、安物の麦酒の酸っぱい匂いとカビた焼き魚の匂いが漂っている。何卓かの、下船したばかりらしい水夫たちが大声でじゃんけん的な何かに興じ、隅では誰かが高いびきで眠りこけている。


 あたしはぐるりと見回し、外套の下で尻尾がわずかに力を抜いた。


 見つけた。


 窓に一番近い、辛うじて光が届く隅の席に、黒い麻布の外套を纏った人物が座っていた。卓の上に麦酒はなく、清水が一杯と、今にも粉々に崩れそうな厚い羊皮紙の海図が一束。彼は頭を垂れ、指を図面の上で緩やかに滑らせていた。複雑な謎を解いているかのように。


 こんな煙に巻かれた場所に座っていても、彼の体から漂う、あの清潔な古い書物のような匂いは掻き消されていなかった。


 あたしは彼の向かいまで歩き、油の染みた木の椅子を引いて腰を下ろした。


 亜倫は顔を上げなかった。海図を見つめたまま、短い航路の推算を頭の中で完了させてから、ようやくゆっくりとまぶたを持ち上げた。


 驚いた様子はなかった。あの深い目にはさざ波一つ立っていない。ただ、あたしの塩霜にまみれた靴と、傷だらけの外套の裾に視線を走らせて、淡々と言った。


「十三日。俺の予測より一日半遅い。灰塩平原で迂回したな?」


「運塩の苦力に会いたくなかったの」あたしは空になりかけた薬籠をどんと卓に置き、彼の前の清水をひったくって一気に飲み干した。


「あー」口を拭い、


「旅の経験ゼロの猫を笑いたいなら、あんたの勝ちだよ」


 亜倫の口の端がかすかに動いた。笑顔とはほぼ判別できない程度に。彼は海図を巻き上げ、防水の牛皮の筒に収めた。


「灰塩平原を生きて抜けた半人前の草薬師を笑う趣味はない」彼は立ち上がった。


「休めたら行くぞ。船を一隻『調達』しないとな」


「調達?」あたしは固まった。


「そんなにお金あるの? 部族の長老が言ってたけど、地竜島の海域までの船賃は、獣人の天幕一区画を丸ごと買えるくらいだって」


「金はない」亜倫は当然のように言った。


「じゃあどうやって調達するの? まさか船を奪うとか?」あたしは慌てて周囲を見回し、誰も注意していないのを確認してから声を落とした。


「奪いはしない。俺たちはただの『商機を提供するコンサルタント』だ」


 彼は入り口に向かって歩き出した。あたしは薬籠を背負い直して急いで後を追う。


 三番波止場の端に、幾度もの嵐をくぐり抜けてきたと見える中型の漁船が停泊していた。船首には牙を剥いた深海の怪魚が彫刻されているが、海水の腐食で木彫りはぼやけかけている。


 独眼の獣人が甲板に立ち、木樽を積み下ろしている数人の船員に大声で悪態をついていた。上半身は裸で、傷跡だらけの胸板から、漬け魚と汗の強烈な臭いが漂う。


「あいつだ」亜倫が足を止めた。


「あたしたちを海に放り込んで魚の餌にしそうな顔してるね」あたしは正直に評した。


 亜倫は微笑した。今回ははっきりと笑みが見て取れた。自信に満ちた、狡猾な笑み。


「南へ行きたい」亜倫は桟橋の前に立ち、その独眼の船長に声をかけた。大きな声ではないのに、不思議と波止場の喧騒を貫いた。


 船長が怒鳴るのを止め、振り向いた。残った片目がサーチライトのようにあたしたちを上から下まで舐め回す。


「南?」血の混じった唾を吐いた。


「人間よ、この季節は逆風だ。南に行くのは楽じゃねぇ。停泊費に危険手当にこの船の損耗費が要る。金貨を一袋持ってねぇなら、さっさと酒場に戻って馬の小便でも飲んでろ」


「南だけじゃない」亜倫は腰から銀貨を数枚取り出し――沈木港で最も一般的な通貨だ――指の関節の間でくるりと回した。退屈な手遊びのような仕草で。


「南西。深海区域。紫の雲を追う」


 独眼の船長が固まった。船縁まで歩み寄り、見下ろすように亜倫を睨みつける。


「南西だと? 気でも狂ったか?」その嗄れた声が八度ほど跳ね上がり、周りの数人の運搬工まで手を止めて振り向いた。


「あそこは乱流域だ! 海竜王の領域の外縁だぞ! しかも……」声を落とし、残った一つの目に本物の恐怖がよぎった。


「最近、あの辺りで大物が動いてると聞いた。ここ何日かあっちから戻った船は、船底をごっそり削られてやがる」


「あいつらが間抜けで、海流に正面から突っ込んだからだ」亜倫は今夜の献立でも語るかのような平静さで言った。


「地竜が浮上している。今回の換気周期は、背が数ヶ月間海面に留まる。放出される霊気が周囲に巨大な暖流を生む。暖流の縁を辿れば、船の労力は半分で済む」


 彼は一拍置き、目が刃のように鋭くなった。


「さらに重要なのは、あの周辺の魚群は霊気に養われている。網を一度下ろすたびに、引き上がるのはただの魚じゃない。魔力を帯びた上物の肉だ。一網ごとに、金貨の匂いがする」


「金貨」という言葉に、独眼船長の顎が痙攣した。強欲と生存本能がその顔の上で激しく戦っている。


「本当か?」猜疑の目で亜倫を値踏みし、眼差しに警告を込めた。


「人間、もし騙しやがったら、マストに吊るして干物にしてやる。おまえの隣のその毛の抜けた小娘も、海に放り込んで恐魚(きょうぎょ)の餌にしてやるからな」


「恐魚?」あたしは思わず口を挟んだ。尻尾が不安げに丸まる。


「なにそれ?」


「深海の狂犬だ。口一杯の牙で船板すら噛み砕きやがる」船長があたしを睨みつけた。


「時間は金だ、船長」亜倫が遮った。その語調に商人の冷徹さが滲む。


「港で腐っているのもいい。だが賭けに出れば、他の船が地竜島の周りの富を根こそぎ浚っていくのを眺めることになるぞ。俺はただ便乗させてもらうだけだ。漁獲の分け前は要らん」


 船長が黙った。遠くの陰鬱な雲の垂れ込めた水平線に目をやり、それから亜倫の指の間で回る銀貨に目を戻した。


「乗れ!」彼は猛然と振り返り、甲板に向かって怒鳴った。


「纜を解け! 帆を揚げろ! 毛抜け、もしふざけた真似をしやがったら、おまえの骨は沈没船より粉々にしてやるからな!」


 あたしは亜倫の後ろについて踏み板を渡った。足元の板がわずかに揺れ、海水の生臭さが鼻に流れ込む。


「船を奪わないって言ったよね」あたしは声を落とし、歯を食いしばって亜倫に言った。


「他人の欲を借りた(・・・)だけだ」亜倫があたしの肩を軽く叩き、その口元にかすかな、ほとんど見えない笑みをたたえていた。


「大人の世界へようこそ、子猫。さあ、しっかり掴まれ。この船旅は、おまえの想像以上に揺れるぞ」

お読みいただきありがとうございます。


一つ、裏話を。


本作では、キャラクターの言葉遣いにかなりこだわっています。

たとえば船長が言った「毛抜け」。あれは獣人に対する蔑称で、この世界の種族ごとに独自の罵り言葉や俚語があります。


こういった世界観に根ざした言い回し、皆さんはどう感じましたか?

「こういうのが好き」「ちょっとわかりにくかった」——どんな声も大歓迎です。

物語の空気を作り上げるのに、皆さんの感覚がとても参考になります。


——次回、第四節「波と錆」

初めて船に乗った陸の生き物が、果てしない海と向き合う。

その広さは、コラに何を感じさせるのか——。

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