1-2 毛皮の歌
黑稻相癸です。第二話をお届けします。
前回、マングローブの泥の中で大鰐に食われかけたコラ。
今回は打って変わって、焚き火と骨湯の温もりに包まれた一話です。
ただし、「温かい場所」を書くのは「そこを離れる痛み」を描くためでもあります。
それでは、毛皮の歌の夜をどうぞ。
あたしはすぐに亜倫と一緒には出発しなかった。
「先に部族へ戻る」あたしは砂利道の分岐点で立ち止まり、東北の方角を振り返った――マングローブの森がそちらで途切れ、代わりに乾季に焼かれて黄ばんだ矮い灌木と、まばらな刺棘樹が広がっている。もう一刻も歩けば毛皮の歌の領域だ。
「おじいちゃんがまだ薬を待ってる。この蛍光苔は対症療法にしかならないとしても、何もないよりましだから」
亜倫は分かれ道の反対側、南の海岸に向かう小径のそばに立っていた。急かしもせず、ただわずかに頷いただけ。
「俺の居場所はわかるな」彼は自分の肩を軽く叩いた――蝋葉で覆った傷口はもう血が滲んでいないようだった。
「沈木港、波止場の一番東の端、曲がった椰子の木の下に看板が半分しか残っていない酒場がある。『魚骨亭』という店だ。そこで待つ」
「どのくらい待ってくれるの?」
「おまえが腹を決める速さ次第だ」
彼は振り返ることなく黄昏の中へ歩いていった。黒い外套が灌木の影に溶け込み、まるで最初からそこにいなかったかのように消えた。
あたしは彼が消えた方角を数秒間見つめてから、踵を返して部族に向かった。
◇
毛皮の歌は、黄昏時が一番わかりやすい。
建物のせいじゃない――粗い丸太と獣皮で組まれたあの天幕は、遠目には灌木の茂みと見分けがつかない。見分けがつくのは匂いだ。部族全体が、分厚くて暖かい匂いの層に包まれている。
焼き肉の脂の匂い。鞣し革に使う酸液の匂い。仔獣たちの甘ったるい乳の香り。獣人たちが常に分泌する麝腺の匂いに、乾いた草と獣脂と土が混ざり合う。
これらの匂いが見えない結界のように、外の世界を数百歩先で遮断している。
物心ついてから、この匂いの囲いの中に戻るたびに、あたしの体は自動的に力を抜いてきた――肩が落ち、尻尾が垂れ、耳が緊張した旋回をやめる。これが「安全」の匂い。「家」の匂い。
今日も同じだった。
少なくとも、体はそう反応した。
「コ――ラ――!」
甲高い子供の声が思考を断ち切った。一番近い天幕の裏から、もふもふの橙色の砲弾が飛び出してきて、あたしの脚にまっすぐ突っ込んだ。
「帰ってきた! 帰ってきた! おばあちゃんが大鰐に食べられたって言ってた! 食べられた? 尻尾まだある? 見せて見せて――」
「尻尾は元気いっぱいだよ、このちび毛玉」あたしは手を伸ばしてその毛玉をくしゃくしゃにした。七歳のミカ、部族で一番小さい猟崽で、一番騒がしいやつだ。体より長い尻尾が今、興奮して風車のように振り回されている。
「コラ!」
今度はもっと落ち着いた声。族長の阿伽流が中央の大天幕から歩み出てきた。白い鬢毛が薄暮の中で銀糸のように光る。七十を過ぎてなお、その足取りは大型の猫科動物そのもの――無音で、悠然として、一歩一歩が正確に必要な場所に落ちる。
「おじいちゃんは?」あたしは挨拶を省いて、直接訊いた。
阿伽流の眉間にわずかな皺が寄った。浅い皺だが、あたしにはわかる――老猟師の顔では、あれは悪い知らせを意味する。
「今日また熱が上がった。昨日より高い」
彼はあたしを一番奥の天幕へ連れていった。
天幕の中には、胸を締めつけるような匂いが充満していた。解熱草薬の苦味、汗に浸された獣皮の酸っぱさ、そしてもっと深い層にある、錆びた鉄を塩水に漬けたような腐食臭。
潮毒。
亜倫の言葉が脳裏によみがえった。
おじいちゃんは獣皮を重ねた寝床に横たわり、厚い毛布にくるまれて、体全体がひと回り縮んだように見えた。鬣――かつて鋼の針のように硬く逆立っていた黒い鬣――は今、頭皮にぺたりと張りつき、先端が不健康な灰白色に変わっている。呼吸は速く浅く、息を吐くたびに口の端から漏れる唾液がかすかな錆色を帯びていた。
「おじいちゃん」あたしはベッドの脇にしゃがみ、そっとその手を握った。かつて素手で枝をへし折れたあの手が、今は冬の枯れ葉のように乾いている。
「蛍光苔、持って帰ってきたよ」
おじいちゃんは苦しそうに目を開けた。濁った瞳の中に、ひと筋の光がよぎる。
「……嬢ちゃん……」その声は紙やすりで木を擦るようだった。
「また潮汐帯に行ったのか?」
「うん」
「ひとりで?」
あたしは少し迷った。
「通りすがりの……旅人が助けてくれた」
おじいちゃんは数秒間あたしを見つめてから、苦しげに口元を緩め、弱々しい笑みを浮かべた。
「旅人か……」
それ以上は訊かなかった。老猟師の勘は、いつ好奇心を収めるべきかを知っている。
あたしは蛍光苔を部族のもう一人の草薬師――瀬丹花おばあちゃんに渡した。あたしよりずっと腕がいい。胼胝だらけの手が薬臼の中で苔を擂り潰す動きは流れるように滑らかだった。
「薄すぎるね」彼女は擂り出した汁を嗅いで、首を振った。
「この苔の薬効は正常の三割くらいだ。熱は抑えられるが、長くはもたない」
わかっている。
あたしは天幕の隅に座り込み、瀬丹花が薄い薬汁をおじいちゃんの口に慎重に流し込むのを見ていた。老人はくぐもった声で小さく唸り、眉間の皺がわずかに和らいで、呼吸が徐々に落ち着いていった。
熱は引いた。一時的に。
・・・
天幕の外は夜の帳が下りていた。部族の焚き火が焚かれた――一つではなく三つ、いびつな三角形に並べられて。これは毛皮の歌の伝統だ。三つの火は三方の猟場を表す。火が消えない限り、猟場は捨てられない。
あたしは天幕を出て、一番近い焚き火のそばに座った。
炎があたしの顔の上で踊り、暖かく、懐かしい。周りでは族人たちの話し声が次々と重なっている――
「明日、東の沢に行かないか? この前あそこで角鬣鹿の蹄の跡を見たんだが」
「やめとけよ、この前オールドのやつ、牡鹿に突っ飛ばされかけたろ」
「あの爺さんは自分で転んだんだ、鹿は関係ねぇだろ――」
「おい聞いたか? 南の海の連中がまた値上げしやがった。塩魚一匹で銅貨三枚だぞ! 三枚! 昔は一枚で二匹半買えたってのに――」
「ふん、海の連中はぼったくることしか知らねぇ。あいつらの銅貨がなんの役に立つんだ? 食えやしねぇのに――」
あたしはこれらの会話を聞いていた。角鬣鹿、塩魚、銅貨、明日の猟場。
かつてはこれがあたしの生活のすべてだった。どの話題にも口を挟めるし、どの口論の結末も知っている――先月も同じことで揉めたし、その前の月もそうだし、去年もそうだった。日々は潮のように繰り返す。満ちて、引いて、引いて、満ちて、永遠に同じ泥干潟に同じ模様を描き続ける。
以前は、それが心地よかった。
今日は――
「聴いてるんだ。おまえの心臓の音を」
あたしは拳を握りしめた。
あの大鰐の黄色い眼球が記憶にこびりついて離れない。恐怖ではない――恐怖はアドレナリンの退潮とともに薄れた。残っているのは別の何かだ。
あの一瞬、泥が爆ぜ、大口が閉じ、死を覚悟した零コンマ数秒の間に――あたしの体の中で湧き上がったのは、恐怖だけじゃなかった。
尾てい骨から頭頂まで駆け上がる、電流のような――
生きている。
そう。あの瞬間、あたしはこの上なくはっきりと、自分が生きていることを感じた。一本一本の毛が逆立ち、一本一本の筋繊維が張りつめ、すべての感覚がかつてない鋭さに研ぎ澄まされた。それは、暗闇の部屋で突然すべての窓が開け放たれたような感覚。風と日光が同時に流れ込んでくる。眩しくて、冷たくて、だけど激しいほどに叫びたくなる。
そして亜倫。気根から飛び降りた瞬間。香辛粉の球が大鰐の喉に正確に飛び込んだこと。尾に肩を打たれても眉一つ動かさなかったこと。心拍が振り子のように揺るぎなかったこと。
彼はまるで別の世界の住人のようだった。
いや、別の世界じゃない。同じ世界だ――だが彼が見ている世界は、あたしのそれよりも途方もなく広い。
「コラ?」
声に思考を断たれた。阿伽流だった。いつの間にかあたしの隣に座っていて、手に湯気の立つ一杯の骨湯を持っている。
「何を考えてるんだ? ずっとぼうっとしてるぞ」
「族長」あたしは彼を見た。
「若い頃……部族を出たいと思ったことはある?」
阿伽流はすぐには答えなかった。ゆっくりと骨湯を一口すすり、焚き火の光が白い鬢毛に暖かい橙色を塗る。
「猟師はみな一度は思う」彼は静かに言った。
「おまえのじいさんが若い頃、なんで毎日潮汐帯に浸かっていたと思う? 泥を顔に塗りたかったからじゃない――外海に通じる道を探していたんだ。海の向こうに何があるのか見たかった」
「見つけたの?」
「いいや。おまえのばあさんを見つけた」阿伽流が口を開けて笑い、すり減った犬歯が数本覗いた。
「それで行きたくなくなった。扉というのは、一度閉めてしまえば息苦しくなくなるものもある。だがな――」
彼は言葉を切り、あたしの目を見た。
「開いたままの扉は、二度と閉じられん」
あたしは目を伏せ、焚き火の燃えさしを見つめた。
「族長」深く息を吸い込んだ。
「おじいちゃんの病気……蛍光苔じゃ治せない」
阿伽流の表情は変わらなかったが、湯碗を持つ手がわずかに止まった。
「うむ」
「『うむ』だけ?」
「七十三年も生きていれば、『うむ』の一言で片づかんことなどあるものか」彼はもう一口すすってから、親指で口の端を拭った。
「言いたいことがあるなら言え、嬢ちゃん。人間の回りくどい真似をするな」
「地竜島に行く」
口にした瞬間、自分でも驚いた。内容にではなく――口調に。あれは許可を求める声ではなかった。通告だった。
阿伽流はしばらくあたしを見つめた。焚き火の光が深い茶色の瞳の中で揺れている。
「どれくらい遠い?」
「ひと月。もっとかかるかもしれない」
「ひとりで?」
「ある……旅人が、道案内をしてくれると」
「おまえを助けたあの人間か?」
あたしは頷いた。
沈黙。
阿伽流は碗を置き、両手を膝の上で重ねた。その目は焚き火を越え、囲んで座る族人たちを越え、遠くの暗い草原を見ていた。
「行け」
条件もなく。忠告もなく。「道中気をつけろ」も「早く帰ってこい」もなく。
たった二文字。
「それだけ?」あたしは呆然とした。
「『まだ若すぎる』とか『外は危険だ』とか言われると思ったんだけど」
「おまえは今日、潮汐帯から生きて帰ってきた」阿伽流は立ち上がり、あたしの頭を撫でた。あの荒っぽい大きな手が髪の間に置かれ、骨湯の温もりを帯びていた。
「それに、おまえの目が変わった」
「変わった?」
「うむ。今朝おまえが出かけた時、目に映っていたのは苔と処方箋だけだった」彼は身を翻して中央の天幕へ向かい、その背中が焚き火の光に長く引き伸ばされた。
「今のおまえの目には、道が映っている」
◇
あの夜、あたしはよく眠れなかった。
怖いからでも、興奮しているからでもない。目を閉じるたびに、二つの匂いが交互に浮かんでくるからだ。
一つは、天幕の中の獣皮と乾いた草の温かな気配。
もう一つは、マングローブの潮汐帯に漂う、塩辛くて錆の混じった風。
前者は安全。後者は生きていること。
本来、対立するはずのないものだ。なのにあたしの鼻の中では、二つが戦っていた。
夜明け前に、最後の一つだけやった。
おじいちゃんの天幕に入り、残りの蛍光苔を瀬丹花の薬臼のそばに置いた。それからおじいちゃんのベッドの傍にしゃがみ込み、額を彼の枯れた手の甲に押しつけた。
あたしたちは「さよなら」とは言わない。
「おじいちゃん、あたし、風を追いに行くよ」
老人の指がかすかに震えた。夢の中で何かを聞き取ったように。
あたしは立ち上がり、荷物を背負った――笑ってしまうほど簡素な荷物。干し肉の袋、皮剥ぎナイフ一本、包帯一巻き、基礎薬剤が数瓶、それと薬籠。
これが全財産。
天幕を出ると、空の端にようやく薄い白が差し始めていた。焚き火はすでに灰になり、わずかに残った火の粉が朝の風に明滅している。部族全体がまだ眠りの中で、夜番の若い猟師が数人、天幕の脇にもたれて船を漕いでいるだけ。
あたしは誰も起こさなかった。
部族の縁に立つ一番高い刺棘樹の下まで歩き、族長の天幕に向かって額触れの礼を行った――右手の三指を揃え、額に触れてから外側に翻す。額にあったものを手渡すかのように。
そして踵を返し、南に向かって歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。
「行け」――阿伽流のあの一言、皆さんはどう感じましたか?
引き止めることもできたはずです。条件をつけることも、忠告を並べることもできた。
でも彼は、「行け」とだけ言った。
あたしはこういう大人が好きです。
言葉は少なく、でもその少ない言葉に、全部の信頼が詰まっている。
皆さんの人生にも、こういう「行け」をくれた人はいますか?
よかったら、感想欄で教えてください。
——次回、第三節「南風と塩の平原」
コラ、初めて部族の外の世界に足を踏み出す。
だが、その世界は彼女の鼻が悲鳴を上げるほど容赦がなかった——。
ブックマーク・評価、いつもありがとうございます。




