2-3 飢えた山の背
黑稻相癸です。第三話。
皆さんは本格的な登山をしたことがありますか?
空気が薄くて、一歩ごとに息が上がり、手元の食料がどんどん減っていく……
あのじわじわと体力が削られる感覚。
今回のコラは、まさにその極限状態です。
飢えと寒さの広がる灰色の世界。
どうぞ、お楽しみください。
さらに何日も歩いた。
いつから腹の虫が鳴きやまなくなったのか、もう思い出せない。
高山蓼は食べ尽くした。あれは舌が痺れるほど苦いが、少なくとも噛めるだけましだった。今は岩の隙間の枯れ根すら掘り出せない。標高が上がるほど植生はまばらになり、この高さまで来ると、足元には砕石と風化した灰色の岩板、そして時おり石の隙間から顔を出す惨めなまでに矮い苔しかない。
空気が薄くて呼吸が浅くなり、上り坂を歩くたびにこめかみがどくどくと脈打つ。
だが「ここは草原とはまったく違う」と心底思い知らされたのは、空腹からではなく、頭上からだった。
初めてその岩鷹をはっきりと見た時、あたしは全身が硬直した。
奴はあたしたちの頭上の約三十歩の高さで旋回していた。翼開長は帆のように広い。灰褐色の羽の縁には金色の細い波紋があり、陽の光を浴びて冷たく光っている。その目――あたしは、かつて草原で地鼠の穴を睨みつけた時のように、あの目があたしたちをじっと見据えているのを感じた。
あれは好奇の視線ではない。値踏みだ。
「走るな」亜倫の声が耳元で響いた。極めて軽く、安定している。
「あいつは俺たちが急降下する価値のある獲物か判断している。もしおまえが走れば、それは答えを教えてやるのと同じだ」
あたしは拳を握り締め、石のようにその場に立ち尽くすことを自分に強いた。その岩鷹は三周旋回し、やがて翼を畳むと東の峡谷へ滑空していった。より手に入れやすい標的を探しに。
「こういう身を隠す場所のない地形では」亜倫は歩き続けた。語調は天気のことを話すのと同じくらい平坦だった。
「身を隠すことは、戦うことより常に重要だ」
それ以来、この山背の食物連鎖に注意を払うようになった。
それは岩に書かれた絵のように残酷だった。
岩鷹は空の王だ。この禿げ上がった丘陵において最も完璧な視野を持ち、高みからすべてを見下ろしている。奴らの目から逃れられるものはない。動かない石を除いて。
一方、地上を統べるのは、匂いは嗅ぎ取れてもいまだ姿を見たことのない何かだった。
「蒼脊豹」亜倫が岩の傍らで立ち止まり、その上の引っ掻き傷を指で撫でた。傷は深く新しく、鉄器で抉られたようだった。
「大猫だ。前脚の力は甲虫の殻すら引き裂くほど強い。岩鷹を除けば、この一帯でヒエラルキーの頂点に立つ捕食者だ」
「じゃあこいつは何を恐れるの?」
「岩鷹だ」亜倫は空を見上げた。
「いくら豹が強くても、こういう木陰一つない開けた地形では、岩鷹にロックオンされれば、天から降るあの急降下速度から地表の生物は逃れられない。だから蒼脊豹は黄昏と夜明けにしか活動しない。岩鷹の視力が最も落ちる時間帯だ」
「じゃあ岩塩羊は?」遠くの崖の縁で岩苔を齧っている、灰白色の動物の群れを指差した。彼らの細く力強い蹄は、ほぼ垂直な岩壁にしっかりと立っていた。
「あいつらがすべての捕食者の主要な食糧源だ」亜倫の視線が羊の群れを追った。
「だがあいつらは、蒼脊豹も岩鷹も手出しできない懸崖の狭い棚に逃げ込める。あんな拳ほどの出っ張りは、羊の蹄でしか踏みとどまれない。だからあいつらは生き残れる。平地に下りてこない限りな」
「あたしたちは?」あたしはたまらず訊いた。
亜倫はすぐには答えなかった。あたしを見て、周囲の禿げ上がった山背を見渡し、それから毛が怒りそうなほど平静な口調で言った。
「俺たち? たぶん、羊と同じだ」
◇
彼が正しいとは認めたくなかったが、事実は目の前にあった。
それから数日間、あたしたちは毎食のように他の捕食者の「施し」に頼らざるを得なかった。
最初は、亜倫が岩の背後で、半分食い散らかされた大岩蜥蜴を見つけた時だった。それは小腕ほどの長さで、硬い殻が蒼脊豹の鋭い爪で叩き割られ、剥き出しになった肉から淡黄色の体液が滲み出していた。
「豹に狩られた後、たぶん岩鷹に脅されて、食い切る前に逃げたんだろう」亜倫がしゃがんで検分した。
「肉はまだ腐っていない。食える」
半分の蜥蜴を凝視し、胃袋がひっくり返った。
だが三日間の飢えは、すぐに嫌悪をねじ伏せた。無傷の部分を匕首で切り出し、亜倫がバルのくれた熾熱粉で火を起こした。蜥蜴の肉は生臭く筋張っていて、味のついた皮を一所懸命噛んでいるみたいだった。
だがそれは、あたしが食べた中で一番美味い飯だった。
その後も、岩鷹が食べ残した地鼠、岩壁の下で転落死した狼、さらには何かに脚を噛みちぎられて失血死した小型の岩塩羊なんかを拾い食いした。
「腐肉食いの狩人なんて」最後の羊の肉を平らげた後、あたしは苦笑して言った。
「今のあたしの姿を部族の連中が見たら、きっと笑い転げるだろうね」
「生きてる人間が、生きてる人間を嘲笑う資格はない」亜倫は石で小刀を研いでいた。
「それに、おまえはよくやってる。たいていの奴はここまで来たら、酸欠だけで歩けなくなる」
それは慰めだろうか? よくわからなかった。
◇
さらに歩くこと約二日、あたしはいくつかのおかしなものに気づき始めた。
最初はただの偶然だった。道端の砕石の隙間に、一匹の地鼠の死骸が丸まっていた。干からびていて、水分をすっかり抜き取られたみたいだった。毛皮は無傷だが、体全体が陥没し、中身だけがすっぽり吸い出されたかのようだ。
「この地鼠、どうやって死んだの?」あたしはしゃがんでまじまじと見た。
亜倫がやってきて、小刀で死骸を軽くつついた。彼の眉間に皺が寄った。
「外傷がない。噛み殺されたわけでも、餓死でもない」刀の先で干からびた皮を突いた。その皮に弾力はほとんどなく、長く天日干しされた古い皮革のようだった。
「吸い空にされたんだ」
「空に?」
彼は説明しなかった。だがあたしは気づいた。彼の表情が変わったことに。いつもの漫然とした淡泊さではなく、彼の顔にはめったに見られないもの――警戒――が混じっていた。
北へ行くほど、こうした干からびた小動物の死骸が増えていった。
初めは地鼠、次に昆虫、そして岩塩羊の幼獣。どれも同じ死に方だ。外傷がなく、もがいた痕跡もなく、体の中のものが何かの力であらかた吸い取られていた。いくらかの死骸には、風化した蔓草の破片のような、枯れた紫色の細い糸が纏わりついていた。
さらに不気味なのは、方向だった。
死骸は無作為に散らばっているわけではない。逃げているようだった。すべてが同じ方向を向いていた。あたしたちがやってきた南の世界へ向かって。
「何かから逃げている」あたしの尻尾が無意識のうちにきつく巻き上がった。
「そうとばかりも言えない」亜倫が突き出た岩の上で立ち止まり、前方の地形を見下ろした。
ここから見ると、丘陵の起伏が前方に浅い窪谷を形成している。その窪谷の底に――あたしは目を細めた――不自然な緑色の一帯があった。
この標高の、禿げ上がった灰色の世界にあって、そのささやかな緑はひどく刺々しく、唐突に見えた。灰色のパズルに無理やりねじ込まれた翡翠の破片。
「あそこ、もとは何があったの?」あたしは訊いた。
亜倫は数秒黙り込んだ。
「翡翠温泉」声はとても軽かった。
「高山の地熱泉だ。温かい蒸気が周囲のささやかな草地と矮い木々を養っていた。この過酷な高山環境において、あれは半径百里以内で唯一、生物の棲息に適したオアシスだったんだ。岩塩羊はあそこへ塩を舐めに、水を飲みにいく。小型の生き物はあの温かい草地で繁殖できた」
「もとは?」
「死骸の方向を見ろ」亜倫の語調が沈んだ。
「あいつらはオアシスに近づいていたんじゃない。逃げていたんだ。だが逃げ切れなかった」
彼は腰袋から、とてもきれいに巻き直された白い繊維の塊――地竜島から持ち帰った霊鹿毛――を取り出した。歩きながらそれを編み始めた。指の動きは速く、無数に繰り返された作業のようだった。
「なんで迂回しないの?」あたしの直感が、前方の何かがヤバいと告げていた。
亜倫は首を横に振った。
「放っておけば、この状況は拡大し続ける」彼は袋からさらに、鶴嘴岡で補充した粗塩を数個取り出し、霊鹿毛でぐるぐると巻きつけた。
「半年後、この山背全体から生き物がいなくなる。一年後には、地下の水脈を飲み込む。そうなれば動物だけじゃない。下流でその水脈に頼るすべての村、鶴嘴岡も含めて、全部枯れ果てる」
あの婆さんが煮た不味い粥を思い出した。河原ではしゃぐ子供たちを思い出した。
「……じゃあ、見に行こう」
風が山背に吹き荒れ、あたしの言葉をずたずたに引き裂いた。だが亜倫には聞こえていた。
彼は頷き、編み上がったいくつかの霊鹿毛の結び目を腰袋に詰め込み、あの不自然な緑の方へと歩き出した。
あたしも後を追った。腹は相変わらず減っているし、脚も酸っぱいほどだるい。
だが、腹が減っていたり疲れていたりするからといって、見なかったことにはできない物事もあるようだ。
お読みいただきありがとうございます。
極限状態での選択。
自分が腹ぺこで、足も棒のようになっていて、もう一歩も歩きたくない時。
それでも「見なかったことにはできない」と、さらに厄介な場所へ足を踏み入れる。
皆さんは、そういう経験はありますか?
自分のことで手一杯なのに、ついつい誰か(あるいは何か)を助けてしまったこと。
「どうして私が行かなきゃならないんだ」とぼやきながら、結局は手を差し伸べてしまう。
それって、人間の(あるいは獣人の)すごく不思議で、すごく強い部分だなと思います。
コラの直感の通り、前方の緑は明らかにヤバいものです。
この灰色の世界で何が起きているのか。
——次回、第四節「沸騰する翡翠」
紫色の悪夢。生存を懸けた戦い。
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