孫を鬼婆にしないために、眠れる森の美女を改変させていただきます。
そろそろ私にもお迎えが来そうだわ……。
ベッドで過ごす時間が長くなった私はぼんやりと天井を見る。
夫は一足先に天国へと召され、私の孫は去年子を産んだので、ひ孫もできた。孫は長い間子ができず悩んでいたそうだが、これで一安心。
そう思った時だった。
突然バタバタと使用人が部屋の中へ入ってきた。
「奥様大変でございます」
「どうしたのです? 騒々しい」
どれだけ慌てるようなことがあっても決して品位を落とすようなまねはするなと使用人教育をしてきた。それなのに前に転がるように来たのは、若い使用人ではなく、長年私に仕えてくれたクリジアだ。
私がここで生活をしている間に、多くの者が年齢を理由に辞めていった。だから四十代後半のクリジアはこの屋敷の中でも古株である。
「り、リアナお嬢様が……処刑されました」
「なんですって⁈ しかも処刑⁈」
「奥様、お気を確かに!」
私が胸を押さえて体を前に倒してしまった為、クリジアは慌てて私の上半身を起し横たえた。
「主治医を呼んでまいります」
「いいえ。驚きすぎただけよ……。それで、どうして私の孫が処刑などされたの?」
何かの間違いでは? と言いたかったけれど、王妃となった孫娘には、幸せではない最期が訪れる可能性は十分あった。
政敵に暗殺されたり、はめられることもある。それは覚悟していたこと。
折角、ひ孫が生れたのに……。
覚悟してはいても、悲しみは同様に訪れるようね。
でもまだ実感が湧ききらず、涙一つこぼれない。
「実は……リアナお嬢様の夫が愛人と愛人との子を囲っておりました。すでに十歳にもなる双子です。そんな愛人と子供達に会うために、リアナお嬢様の夫は国務をリアナお嬢様に押し付け、度々王城を抜け出していたそうです」
あの顔だけ、下半身男め!
私はリアナと結婚した王に殺意を覚えた。体が動いたら、処刑されようと、殴りかかったことだろう。
「……そう。でも愛人を作って、リアナを排斥しようとしても、王妃を突然処刑などできないでしょう?」
「リアナお嬢様は……嫉妬にかられ、愛人の子を殺し夫君に食べさせたそうです。そして愛人も殺そうとし、逆にその処刑道具を使い、その場で処刑されたと知らせが入りました」
「なんということ……」
愛人が憎いのは分かる。
十歳の子ということは、リアナが結婚して約二年後に産まれたというのことだ。その頃から、いえ、それより前かもしれないわね。とにかく結婚後も愛人を囲い、子を成せず悩むリアナをないがしろにしていたということ。
悲しかっただろう。
辛かっただろう。
でも、子供に罪はなかった。たとえ命を奪うとしても、それを父親に食べさせるなど、鬼の所業。
そこまで追い詰めてしまう前に、リアナをどうして抱きしめてやれなかったのだろう。
王妃としての重責で苦しみ、子ができぬことを責められ、当てつけのように国務を押し付けられる孫娘。逃げてもいいのだと、どうして私は示してやれなかったのだろう。
「それでは、王妃にはその愛人をつけるのね? その愛人は、どこのどなたなの?」
どうしても譲れない愛する者がいたならば、リアナを娶らなければよかった。でもそれができなかったということは、愛人は確かな後ろ盾のない女性なのだろう。
「それが……よく分からないのです」
「名前など聞いていないの?」
「聞きました。名前は、ターリヤ・フォレスタ。フォレスタ王国の王女と名乗られています。しかし、フォレスタ王国は百年前に滅んでおりますし……」
フォレスタ王国。
一夜にして王都の者がすべて眠りについた国。そんなおとぎ話のような国の王女……。
「フォレスタ王国は今どうなっているの? あそこは伝染病が流行ったからと道が封鎖されているはずよ。でも一度使者を派遣してちょうだい。何か女性に関する手がかりがあるかもしれないわ」
「かしこまりました」
私はクリジアが部屋から出て行くと、そのまま目を閉じた。
疲れたわ。
天に召される直前に、このような酷いことが起こるだなんて、誰が予測しただろう。
「どうしてリアナが……」
脳裏に思い浮かぶのは、幼いころの無邪気なリアナ。あんな可愛い子が、どうして鬼にならねばならなかったのか。
どこで間違えたのだろう。
自分に問いかけるが、その答えは出なかった。
しばらくして、クリジアが再び情報を持ってきてくれた。
「フォレスタ王国に派遣された者から、滅んだはずのフォレスタ王国が存在したと報告がありました。そして……どうやら時が百年近く止まっていたようなのです。多分魔法使いの祝福によるものではないかと……」
この世界には魔法使いという、人知を超えた力を持つ者たちがいる。
その者の力ならば、人を百年眠らせることもあるだろうと思えてしまう。
「そして、フォレスタ王国には確かにターリア王女がいらっしゃるようです。生まれた時に多くの魔法使いから祝福と呪いを受けられたようで、首都にいた者が全員眠ってしまったのもその時の呪いのせいのようです。ただ……時が動き出したのは、五年ほど前のことで、十年前はまだ動いていなかったと」
「どういうこと?」
「……恐れ多いのですが、リアナお嬢様の夫君は人々が眠っている王城に忍び込み……その、ターリヤ様の同意なく、眠っているターリア様に色々とされたのではないかと。眠っていて知らぬ間に子を産んでいて、子供達は最初は魔法使いに育てられていたとターリヤ様がおっしゃっていたという話しも聞きまして……」
「あんの、顔だけ、クソ下半身王め‼」
同意なく、眠っている相手に何ということを。鬼畜の所業だわ。
本当にそうならば、そのターリヤという娘は被害者だ。
「あと、厨房の使用人のとっさの判断で、ターリヤ様の双子のお子様は殺されず、無事に保護されていたそうです」
「……それは、本当によかったわ」
生きていたからリアナの罪が軽くなるわけではない。リアナは許されないことに手を染めようとしたのは間違いないのだから。
死んでしまえば変わらないかもしれないけれど、でも子を殺し親に食べさせるなんて所業をリアナがしないですんだのは、素直によかったと思えた。
「それにしても、あの王、どうしてくれよう……」
何もかも、あの王のせいではないか。確かに罪を犯したのはリアナだけど、そうさせたのは王だ。
考えていると気分が悪くなり、私はそのまま寝込んだ。
……復讐をしたら、リアナは喜ぶかしら? 考えてみるけれど、王妃となってからのリアナにはほとんど会えなかった。思い出の中のリアナは、そんなこと喜ばない心優しい子だった。
そもそもこのおいぼれに、復讐が務まるだろうか。
命は惜しくない。そもそも、もうつきかけだ。
でもだからこそ、一矢報いることができる気がしない。
なんと無力なのだろう。
リアナ……。もう一度あの子を抱きしめてあげたい。復讐などより、あの子の心を守ってあげたかった。
『その願い、叶えましょう』
「……どなたかしら?」
『私は昔あなたに助けられた魔法使いです』
「そんな覚えはないけれど……夢かしら?」
『あなたが覚えていなくても、私は覚えております。小鳥の姿で遊んでいたところ、猫に食べられかけましたが、貴方に助けていただきました』
「……ごめんなさいね。よく覚えていないわ。でも、たぶんその猫は私の飼い猫でしょうね。もう死んでしまっていないけれど……」
私がまだ嫁いだばかりのころ、夫にプレゼントされた猫は、私の気を引く為か、色々なプレゼントをしてくれた。
虫やネズミの死骸を持ってこられるのには困ったものだけど、とてもかわいい子だった。もしかしたら、その子が鳥を狙っている時にやめさせたことが何度かあるので、そのどれかなのかもしれない。
『それでも命を助けられたので、貴方の命の灯が消える前に願いを叶えます。リアナにもう一度会う。それが願いですね?』
「リアナはもう死んでしまったわ」
『大丈夫です。貴方の記憶に触れさせてください。精神を過去へと戻し、リアナに会わせて——』
「待って。もしも、過去へ行けるのならば、フォレスタ王国のターリア様が産まれる頃に行かせて頂戴」
もしも彼女が呪われなければ、時間軸的にリアナの夫と交わることがなかった人間だ。
『それだと貴方が生れるよりも前になってしまいます』
「できないかしら?」
その通りだ。百年前、私はまだ産まれていない。
私が生れるのは、それよりも後。
『では精神だけ私が貴方を過去へ連れて行き、貴方が生れたらその中に移しましょう。丁度ターリア様の生まれを祝う場に私もいましたもの』
「……なんですって⁈」
『私が与えた祝福は【美しい少女に育ちますように】です。思った通りとても美しい女性に育っていました』
美しい少女って、美貌を魔法で保証したってことよね? それは男をたぶらかす能力ではないの? だからあの男があんなことを?
いやいや。いくら、絶世の美女が相手でも、寝ている女性に対して行為を行った男の方が悪いので、アイツが屑なのは変わらない。
「前の時間に戻れるなら。その祝福を変えることってできない?」
『魔法は世界の理に書き込むものなのです。だから消すことはできません。変えるとしても言葉を付け加えるとかぐらいですね……』
「それならば、【『心が』美しい少女に育ちますように】という文面には変えられないかしら? 確か心が美しい女性は、動物の言葉を聞くことができると聞いたことがあるわ。だから心の美しさも祝福として与えられないかしら?」
『古の女神の魔法ですね。美しい心を持つ少女は、生きとし生けるものすべてと言葉を交わせるそうです。なので、祝福として引っかからないでしょう』
これで、絶世の美貌を持つ少女ではなくなるので、あの男が襲わない……襲わないって言いきれるかしら?
怪しいわね。あの下半身の性癖が分からないもの。
「百年後まで首都ごと眠らせる呪いもなんとか変更できないかしら」
『呪いではなく祝福です。死ぬ呪いを眠る祝福に変更したものなので、ターリアが眠ることは変えられません。でも首都ごと眠らず、ターリアだけが眠るとするのはできると思います。きっと、目覚めた後にターリアが困らないようにすべてを眠らせたのかと』
「ならターリヤ様だけにすべきだったわ。彼女だけなら、場所を移して、安全に守りを固めておくこともできたでしょうから。それから、眠る時間は百年から動かせないかしら?」
百年後でなければ……せめて五十年後に目覚めていたら、流石に襲うことはなかっただろう。年齢差もできているでしょうし。熟女もいけるなんて……そんな生き物でなければだけど。
『数字を変えることはできません。ですが百年ではなく、千年と、ゼロを増やすだけなら可能かと』
「せ、千年……」
百年でも果てしない時間だと思うのに、千年。
そんなに眠り続けた後、どうなるのだろう。少なくとも私は結末を見届けることができない時間だ。
でもそれだけ寝過ごしてもらえば、確実に王と結ばれることはない。
まって。その前に王のアレを切り落した方が確実かも……。いえ、駄目ね。そうすると、ひ孫が生れなくなってしまうわ。その後なら構わないけれど。
一つ心残りがあるとしたら、これから私がしようとしているのは、ターリアの子をこの世から消す行為であることだけだ。
望まない妊娠だったとしても、子には罪はなかった。それでも、私はその双子を選んであげられない。
ごめんなさい……。
「千年に書き換える協力をして頂戴。それが私の願いよ」
『かしこまりました』
こうして、私は魔法使いに連れられて、過去へと跳んだ。
祝福の変更は上手くできたけれど、結局私は生き直すにあたって、孫の夫を鍛え直すことになった。あまりに素行が悪いというか、若い女が好き過ぎるので、幼い頃から厳しく指導していたこともあり、お目付け役としてつけられたのだ。
彼の親からは、悪いことをしたら殴ってもいいと一筆もらったので、今日も馬鹿王子を殴り倒している。
「いってー。糞婆! あんなところでかわいこちゃんが眠ってるって聞いたら、忍び込みたくなるのは男として当然だろ⁈」
「糞は貴方様のような男につける言葉でございます。私の孫と結婚しているのに嘆かわしい。ひ孫ができていたら切り取って、男であることをやめさせてあげられますのに……。そもそも眠っている淑女の寝室に潜り込むのは、人ではなく、獣の所業です」
「綺麗な言葉で怖いこと言うなよ! ちゃんとリアナも愛してるって」
「【も】ではなく、一人をちゃんと愛しなさい。できないのなら別れなさい」
「嫌に決まってるだろ!」
過保護ババアと呼ばれても、私にとって大切なのは孫のリアナだ。
この馬鹿も下半身がだらしないところはあるが、矯正したおかげで、リアナをちゃんと愛し大切にしてくれている。仕事を押し付けたりもしない。
たまにこうやって馬鹿をしでかすが、事が起こる前にすぐさま確保し簀巻きにしていた。
まあでも、ひ孫ができても変わらなかったら、切り刻みましょうか。
ひとまず私はリアナが笑顔でいられるよう、体を鍛えて元気でいることが使命だろう。