王太子にプロポーズされたので秒で断った件
物語の設定上、主人公が搾乳していた事を説明する文言が含まれます。
大丈夫、問題ない、という方のみ先にお進み下さい。
「聖女カナ、君を心から愛している。どうか、私の妃になってくれ」
場所は王城の広々とした地下室。
キラッキラの笑顔と共に大きな花束を差し出したのは、この国の王太子。
うん、金髪イケメンの笑顔は眩しいね。
あたしは純日本的平均顔で、負けずににっーこり笑って見せた。
「真っ平ごめんです」
「……………………は?」
金髪イケメン王太子はキラッキラの笑顔のままピキンと固まっている。
まさか断られるとは思ってなかったの?
「あたし、これから元の世界に帰るとこですよね? 帰還のための魔法陣も、魔導省のケントさんが開発してくれましたし」
そう、あたしは八年前いきなりこの世界に召喚され、聖女だなんだと仕事を押しつけられ、この国の瘴気を祓い終わって元の世界に帰るとこなのだ。
なんならすぐそこで、もう帰還の魔法陣が光ってる。
「ケンちゃん、ホントありがとね。もうケンちゃんには色々世話になり過ぎて感謝しかないわ」
ペカペカ点滅してる魔法陣の側に佇むローブ姿の男性。その人に私は心からの笑顔を向ける。
いやいやと片手を振るケンちゃん、こと魔導省 魔法開発課のケントさんには、いきなり見知らぬ異世界に召喚されて、絶望してた頃から面倒みてもらって、頭が上がらない。
特にイケメンとかじゃないけど、全体の雰囲気とか笑いのツボとかが地球産の旦那に似てて、なんとなく一緒にいて落ち着くんだよね。
プロポーズしたのがケンちゃんだったら、ちょっと迷ったかも知れない。3秒くらい。
「待ってくれ、カナ。私には君が必要なんだ。どうか帰らないでくれ!」
我に返った王太子が、グイグイと花束と自分の都合を押し付けてくる。花束の物量が地味に痛いわ! てゆーか、お前正妃も子供もいるやろがい。
「だから嫌だっつってるでしょ!
だいたいおかしいでしょう、本人の同意もなく勝手に召喚して仕事押しつけて、しかも元の世界に帰る手段を用意してないとか。
はっきり言ってアンタのやった事は犯罪だからね? 紛う方なき拉致監禁だからね?」
「いや、しかし、我が国は溢れ出る瘴気で滅びに瀕していたから、やむなく……」
この八年間で何度も聞かされた言い訳を王太子が繰り返す。
「だーかーらー、瘴気祓ってあげたでしょ! 犯罪王族の事なんか知らんけど、国民の皆さんが気の毒だから協力してあげたでしょ!
それに、魔法開発課の人たちが瘴気を祓う魔法の開発に着手したじゃないの! なんで今までやってなかったかなぁ? こーゆーのって、本来、王族主導で真っ先に取り組んでなきゃおかしいでしょーが!」
もうね、ほんと、我ながらお人好しだわ。
召喚された当初は「別の世界から誰か拉致って来ないと維持できない国なんか滅びてしまえ!」とか思ったけど、アホの国王と王太子はともかく、国民に罪はないからね。
あ、口に出しては言ってないよ、さすがに。その前にケントさんがあたし基準でマトモな対応をしてくれたから。
「そ、それには礼を言ったではないか」
「当たり前じゃ!! 自分が頼んだ事してもらって礼も言わんとか人として終わってるわ! だけどね、これだけは言っとく」
召喚当初からずっと胸の奥で燃え盛っていた怒りが噴き出し、全身が爆発しそうだ。
それが顔に出てたのか、王太子が花束と一緒に後ずさる。
「向こうに戻って、万が一、あたしの娘に何か起きてたら、お前○ろす。どんな手段を使ってでも、絶対、お前を、呪いこ○す!」
真っ直ぐに指差しながらはっきり宣言すると、王太子は「ひぃ〜」なんて悲鳴をあげながら尻餅をついた。
「おのれ、いと尊き王太子殿下に対し、なんたる無礼!」
専属の近衛兵がどなりながら剣の柄に手をかけると、聖女付きの聖騎士たちがあたしと近衛兵の間に入って壁を作ってくれた。
聖騎士さんたちにも世話になったなぁ。食事とかお菓子とか作って、都度お礼はしたけど。
「残念でしたぁ〜、聖女は国王と同等の立場ですぅ〜、あたしの方が王太子より偉いんですぅ〜」
聖騎士壁の隙間から近衛兵に向かってあっかんべーをかまし、目に浮かびそうになった涙をごまかす。
あたしの娘。萌衣。
召喚される直前、あたしは旦那と、生まれて八ヶ月の萌衣の三人で帰省するところだった。
そして、スマホをいじりながら運転してるトラックと…………
旦那は、萌衣は、どうなっただろう?
あっちに戻って二人がいなかったら、あたしは正気でいられるだろうか?
いつも心の奥に押し殺している恐怖が鎌首をもたげ、喉首を掴んで息を詰まらせる。
そんな時、
「カナさん」
ぽんと軽やかに肩を叩かれた。
振り向けば、ケントさんの穏やかな眼差し。その視線が床の魔法陣へと向けられる。
「ほら、準備万端ですよ」
彼には全部話してる。事故の事も、旦那や萌衣のことも。お乳が張って痛くなってた事も。毎晩ふたりの夢を見ることも。
彼は「悪いようにはしません」「俺を信じてください」と言って、帰還の魔法陣開発の企画をねじ込んで予算を奪い取り、寝食を忘れて取り組んでくれた。
「うん、ケンちゃん……ケントさん、お世話になりました」
あたしが深々と頭を下げると、ケントさんも真似をして頭を下げ、どういたしましてと返す。
「騎士団のみんなもありがとう。元気でね」
まだ近衛兵を牽制している騎士のみんなにも声をかけると、あたしに背中を向けたまま、片手を振ってくれる。
そうだ、帰ろう。旦那と萌衣のところに。怖くて怖くてたまらないけど、でも、ずっと帰りたかった。
あたしはペカペカ光ってる魔法陣に駆け寄り
「とうっ!」
気合いと共にぴょんと飛び乗った。
途端に溢れ出す、眩い光。
あたしの視界は白一色に染まって…………
* ***** * ***** *
「だから、ごめんって、代わりにシュガーバターサンド送るからさぁ」
壁越しに聞こえる声に、はっと我に返る。
腕の中には温かく柔らかな赤ちゃんの重み。
「あ……」
辺りを見回せば、そこは八年前に住んでたマンションの寝室。
隣から聞こえるのは旦那の声。
「成功、した……?」
腕の中の萌衣を見下ろすと、おっぱいを飲み終わったらしく、ご機嫌なお顔で両手をもにょもにょ動かしてる。
これは現実?
それとも、何度も見た……夢?
萌衣を見つめたまま呆然としていると、トントンとドアをノックする音。
「香奈、入っていい?」
「あっ、ちょ、ちょっと待って!」
旦那の声に返事をし、慌てて萌衣をベッドに下ろしておっぱいを仕舞う。
「いいよー」
あらためて萌衣をだっこしながら声をかけると、すぐにドアが開いた。
八年ぶりの旦那の顔。でも、夢の中で毎晩見てた。
「香奈」
神妙な面持ちで、旦那があたしの前に膝をつく。
「ごめん、今回、帰省は中止にした。さっき実家にも電話したよ」
「きせい……」
すぐには頭がついていかず、呟きながらタンスの上のデジタル時計を見ると、忘れもしない、あの事故にあった日付だった。
そうだった。あの日、あたしは萌衣におっぱいをあげて、それから家を出たんだった。
「母さんにはすごく怒られたけど、仕方ないよね」
目の前の旦那が苦笑を浮かべる。
「また事故にあったらやだもんね」
「け、けんちゃん……なんで……?」
なんで事故の事知ってるの!?
色んなことが頭の中でぐるぐる回って、うまく言葉が出て来ない。
そんなあたしを見て、泣きそうに笑顔を崩した旦那が、萌衣を避けてあたしの膝に顔を埋める。
「俺さー、ちょー頑張ったんだよー、なんか事故ったヤベー!って思ったら知らないとこで赤ん坊になっててさー、あー、俺あの事故で死んだんだーって、思ってギャン泣きしてさ。
そしたら、アホ王子が召喚だ聖女だって騒いで、ばかじゃねーのと思ってたら、ほんとに召喚やらかして、聖女見たら、香奈じゃん!
もう、驚いたの何のって!」
そこまで捲し立てた旦那が膝から顔を上げると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったから、ティッシュを箱ごと渡してあげた。あと、スカートについた鼻水を拭った。
「けんちゃん、けんちゃんはケンちゃんなの?」
「そだよー」
ティッシュで鼻をかみながら、旦那がニカッと笑う。
旦那が鼻をかむ度に萌衣がぶー、ぶー、と呟く。大きな手が小さな頭を撫でると、にぱあと笑った萌衣がきゅうと鳴いた。
「俺さ、香奈を絶対日本に還らせるって、決めたんだ。でもさ、ただ戻るだけだと、あの事故の真っ最中とか、事故った後とかかも知れないじゃん?
だから、必死で座標の時空間設定のピン留め方法を改良して精度を上げてさ」
泣きながら、鼻をかみながら、時々萌衣の頭を撫でながら、旦那が早口であたしには難し過ぎる内容を語り続ける。
ざひょーじくとかじくーかんいどーとか、ちっとも理解できなかったけど、ああ、いつもの旦那だって、実感した。
エンジニアの仕事が好きで、晩酌の時にはあたしには分かんない専門的な話を、早口でご機嫌に語って、合間にわざわざ萌衣の寝顔を見に行って、ほっぺをつついて起こして泣かれて。
ああ、あたし、ほんとに帰って来たんだ。
旦那も、萌衣も、生きてるんだ。
そう思った途端、ぶわっと涙が溢れて来た。
「げんぢゃん、あだじ、がえりだがっだぁ〜」
萌衣をだっこしたまま、あたしがおんおんと泣き出すと、
「俺も、がえりだがっだ〜!」
旦那も新たにべそべそと泣き出した。
「ずっどげんぢゃんどぼえにあいだがっだ〜!!」
「俺もがなどぼえにあいだがっだ〜!」
「「ぶふぇ〜〜〜ん!!!」」
「ほぇ〜ん」
萌衣を潰さないように抱き合って二人で大泣き。
びっくりした萌衣まで一緒になって泣き出して。
あたしは、あっちの世界では泣かなかった。
絶対泣くもんかと思ってた。
特にあの、あたしが惚れて当たり前だと信じて疑わない犯罪王子の前でなんて、泣いてやるもんかと思ってた。
八年分。溜め込んだ涙はなかなか止まらない。でも、思い切り泣くのが気持ちいい。
旦那と萌衣。
愛しいあたしの家族。
一度は、もう会えないんだと絶望した。
召喚されてしばらくの間は、萌衣の事を想うと、お乳が痛くなるほど張って、自分の部屋でこっそり搾りながら、切なくて、哀しくて、淋しくて、胸が破れそうだった。
でも、あたしは今、ここに居る。
旦那と、萌衣と一緒に生きていける。
これから、絶対、絶対、絶対、ふたりを幸せにして、あたしも幸せになる。
そう決意しながら、あたしは生まれて初めて神様にありがとうと祈った。
読了ありがとうございました(*´∀`*)
藤原百家様から素敵なレビューを頂きました。
ありがとうございます!
(ノ*>∀<)ノ♡わぁーい
6/21 ローファンタジー短編 日間ランキング1位になってました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます!
m(__)m
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