第5話 ワイバーン
森に調査に入って、明日で丁度ひと月。結界がもうすぐ壊れそうだ。ワイバーンが来ればすぐにでも壊れてしまうだろう。けれど今のフェンリルに、まだ結界を張り直せる程の力はない。
森の魔物に関してはほとんど討伐済みで、あとはワイバーンを倒すだけなのだが、探してもなかなか見つからない。思っていたより、この森は広かった。フェンリルの守護のおかげでもあるだろうが、元が広いと強い魔物でも探しにくい。
「さて、今日は東に行ってみるか」
いつも通りフェンリルは二体の長に任せ、中心部から東へ進んで行く。弱い魔物の気配はあるが、ワイバーンらしい魔物は見当たらない。
困り果てていると、どこからか突風が吹いてくる。反対の西から、一瞬吹いてきたようだった。同時に、バリンッと何かが破れる音が響く。結界が破られた!
急いで森の中心部に向かえば、結界は跡形もなく破壊され、近くにはブラックウルフとシルバーウルフ達が倒れていた。まだ死んではいないが、いつ死んでもおかしくない。一体ずつ治癒魔法をかけるには数が多過ぎる。
範囲を指定し、軽く回復魔法を使う。これですぐに死ぬ事はないだろう。申し訳ないが、ワイバーンを倒すまで耐えていてもらう事にしよう。フェンリルは長二体が守ったようで、怪我もなさそうだ。
「フェンリル、できれば結界を張り直してみてくれ」
そうひと言だけ言って飛び出した。ワイバーンは空を飛ぶのが厄介だ。剣では攻撃が中々当たらない上に、空中で逃げ回られると弓矢や魔法も当たりにくい。
けれど、わざわざ出てきてくれたのなら、早く倒してしまおう。冒険者ギルドにも報告に行かなければいけない。これが終わればまたのんびりとひとり旅だ。
「早めに終わらせよう」
避けようとするなら、避けられなくすれば良い。空に暗雲が立ち込める。雨が降り始め、ゴロゴロと空から音が鳴る。不思議な事に、雲は森の上空だけにとどまっている。
魔法を使うのに、本来詠唱は必要ない。ここに人はいないから、ほんの少しだけ強い魔法を使っても見つからない。雷ならば、ワイバーンでも落とせるだろう。
「ほら、避けてみろ」
上に向けていた腕を下に振り下ろせば、ワイバーンに向かって雷が落ちる。直撃したワイバーンはフラフラと下に落ちていくが、まだ死んでいない。雷が落ちた場所から火が出ているが、雨が少しずつ消してくれている。もう一撃くらいなら大丈夫だろう。
ゴロゴロと音を鳴らし、ピシャッと光が走って雷が落ちる。ワイバーンは今度こそ地面に向かって真っ逆様に落ちてゆく。ドォンとワイバーンが落ちた音が聞こえ、土埃が立つ。
「火を消すのに、もう少し雨は降らしておくか」
雨雲をもう少しだけとどめておこうと空に向かって手を伸ばす。しかし魔法を使う前に、パッと優しい光が広がる。振り向けばそこにいたのはフェンリルだった。結界を張り直す事ができたらしい。火はすぐさま消えていき、森は元通りに戻っていった。念のため確認したが、ワイバーンはしっかり倒せていた。
〜
「これでもう大丈夫だろう。後はお前達に任せるよ」
「ありがとうございました」
ブラックウルフとシルバーウルフの群れを全て治すのには骨が折れたが、なんとか元通りの森に戻った。危険な魔物も討伐できたし、ワイバーンも倒せた。フェンリルは結界を張り直し、前と同じ森になった。
「さて、私はこれから街へ行かなければならない。だが、ギルドからここの調査を頼まれていた。ここで起きた事を報告しなくちゃならない」
「それは……!?」
「まぁ、森の均衡が崩れた原因を全てワイバーンに押し付ける事もできるがな。幸い、ワイバーンの仕業だっていう証拠もある訳だしな」
討伐したワイバーンは他の魔物同様アイテムボックスに入れてある。逸れたワイバーンが森に入り、森が危険な魔物で溢れたとでも言えば良い。強い魔物の周りには強い魔物が集まるというのが、この世界での定説だ。
事実、この森の均衡を保ってきたフェンリルがいるために、高ランクの魔物が森にいたのだろう。ブラックウルフとシルバーウルフがその最たる例だ。他のフェンリルが狩っていた魔物に関しても同じ事が言える。
「何から何まで、感謝してもしきれません。何かお返ししなければ」
「何もいらないよ。それより、聞きたい事がある。古代遺跡について、何か知らないか? 知らなければそれで良い」
古代遺跡。かつて栄えたこの世界の遺物。この世界は、一度既に滅びかけている。滅ぶ前の過去の遺物が残る場所を、古代遺跡と呼んでいる。それこそが、俺が探し求める物。
「古代遺跡ですか……確か、隣国の国境沿いの村の近くにそれらしい物が見つかったとの事ですが、真偽は定かではありません。しかし、古代遺跡を破壊する者もいるそうです、お早めに向かった方がよろしいかもしれません」
「……そうか、十分だ、感謝する。そうだな、ギルドに報告が終わったらすぐに出発するとしよう」
次の目的地は、隣国イルレシア王国。全ての過去を、消し去るために。